第40話 ゾディアック・ユニオン


 ――――ドン!


 地面が爆ぜるような音と同時に、目の前の景色がブレて、ジャガラールは地面と平行にすっ飛んでいく。


 (がっ……な……!?)


 何が起きたのかすらまともに理解出来ぬまま、ジャガラールは肺の中の空気を全て絞り出して、地べたを転がりながら床に胃の中身を吐き戻した。


 (な、んだ、これ……!? 何された、今……!?)


 「大事な話し合いの場で剣を抜くのは頂けんな。私に力を見せろというのなら付き合ってはやるが、少なくとも場を弁えることだ」


 そう言って、ジャガラールが先程まで立っていた位置には、ダンが拳を突き出した姿勢のままで佇んでいた。


 ――そこまで経って、ジャガラールは自分が何をされたのかようやく理解した。


 殴られたのだ。腹を、それを目にも止まらぬ速さで。


 俺と立ち会え――ジャガラールがそう口にした瞬間に、ダンはSACスーツのパワードギアの一部を使って、急加速して相手にボディブローを突き入れた。


 卑怯――とはジャガラールは口が裂けても言えなかった。


 油断していたとは言え、既に自分は戦闘態勢に入っていた。だというのに、ダンの攻撃にろくに回避行動すら取れなかった。


 今の一撃だけで、ジャガラールは完全に相手との格付けが済んでしまったのを本能的に理解した。


 「どうした、立てるかね? 苦しいなら寝ていても構わんぞ」


 「……ッざけるなぁ……! まだ終わっちゃいねえ……!」


 だが、相手の方が強いからと言って、素直に負けを認められるほどジャガラールは老いてはいない。


 何とかして一矢報いてやる――その意地だけで、ジャガラールは血反吐を吐きながら、剣を杖にしてヨロヨロと立ち上がる。


 「うむ、素晴らしいガッツだ。さすがは一つの勢力を統べるだけはある。いい兵士になれる素質がある」


 ダンは素直に称賛を口にしながらも、止めを刺そうとジャガラールの方に近付く。


 しかし、その時――


 「オラッ!」


 あろうことかロンゾが、手負いのジャガラールに向かって斬り掛かったのだ。


 「ぐっ!」


 ジャガラールはどうにかそれを剣で受け止めたあと、猫科の猛獣のような柔軟な動きですぐさま距離を取る。


 「てめえごときが、兄貴と一対一タイマンで相手して貰おうなんざ百年早えんだよ! ……兄貴、ここは俺に任せてくれよ! 喧嘩売ってくるやつ全部兄貴が相手してたら、舎弟の俺の立つ瀬がねえんだ!」


 ロンゾは剣で鍔迫り合いながら、背中越しにダンに懇願する。


 「それは構わないが……彼は強いぞ? 私のパンチに咄嗟に反応して急所を外してきたからな。ラース殿と同じくらいはやるんじゃないか?」


 「知ってるさ……! こいつ、族長とまともにやりあってたからな、多分俺より強え。だが、今の状態なら互角だ!」


 「このクソガキが……ッ! 手負いでもてめえごときにやられるかよ! 身の程を知りやがれ!」


 ジャガラールは殺気を飛ばしながら、未だダメージが抜けきらない体のままでロンゾと対等に鍔迫り合う。


 ダンはならば、とロンゾに任せることにして、一旦後ろに下がって観戦することにした。


 「……塔の主殿は、どちらが勝つと思われますかな?」


 その隣で、ロクジが好々爺然とした顔で話しかけて来る。


 ダンは互いに打ち合う二人の動きを見比べながら、客観的に意見を述べる。


 「ふ〜む……ジャガラール殿ではないですかね? ロンゾもあれで人間の兵士よりは遥かに強いんですが……やはり戦闘経験もそうですが、身体能力でもちょっと上をいかれている感じはありますかね」


 「ほっほっほ! そのジャガラール殿を、子供のように叩きのめしてしまったあなた様の底が見えませんな。ラース殿も、同じような感じだったのですかな?」


 ロクジは愉快そうに言う。


 「ラース殿とは、素手での殴り合いで戦ったことがありますが、実に楽しかったですよ。この星に来て、初めて一発攻撃を受けましたからね。彼はとても卓越した戦士でした」


 ダンはそう素直に称賛する。


 「やれやれ、あのラース殿ですらたったの一撃しか与えられなかったのですか。とても私のような老いぼれでは相手になりませんな」


 「あ、あの……ダン殿は、そのお力を得るまでに、どれほどの鍛錬をお積みになったのですか?」


 ロクジの傍に隠れて、カイラが恐る恐るそう尋ねてくる。


 「私ですか? それほど近接戦闘の訓練に割いた時間は多くはありませんが……私の頭の中には、先人たちが積み上げた戦闘経験の蓄積が、そのまま継承されています。その蓄積に関して言えば、それは数百年分に上るでしょうね」


 「すうひゃくねん……」


 ダンの言葉の半分も理解出来できていなかったが、カイラはその年月を聞いただけでも圧倒されてしまう。


 実際にダンの電子頭脳の内部には、軍隊で採用される主たる格闘技の最適化された動作と、それを使用した戦闘訓練のフィードバックが蓄積されている。


 その経験を共有リンクするシステムによって、ダン含む全ての強化兵士が、達人でなくともそれと同じ動きを再現することが可能となっていた。


 もっとも今は、その経験を共有するシステムとの繋がりが絶たれてしまったので、新たなフィードバックは届かなくなっている。


 新たな星での戦闘経験の蓄積は、ダン自身が積み重ねていくものに限られていた。


 「野蛮な……剣や素手を使った近接の戦いなど、実に前時代的ですな。これから先は魔道具を使った範囲殲滅にこそ主眼を置くべきでしょう」


 先程までの会話に聞き耳を立てていたのか、エランケルが不機嫌そうに鼻を鳴らしながら話に入ってくる。


 どうやら耳長エルフ族は魔道具の開発に長けているらしく、口ぶりからして現地の技術を使った爆弾のようなものを開発しているようであった。


 「おっしゃっていることは理解できます。我々も兵器……あなた方の言う魔道具を使って戦うことが主流ですから。ですが、その我々とて、未だに近接格闘や拘束術などの鍛錬は欠かさず行っています。相手を殲滅するだけでは、人質を取られたときや、民間人の救助を目的とした場合に手出しが出来なくなってしまいますから」


 「む……それは……」


 その言葉に思い当たる節はあったのか、エランケルも言葉に詰まる。


 「やはり最後に物を言うのは人の力です、エランケル殿。道具も使い手次第で石くれにも玉にもなります。訓練によって自らを鍛えることが力をつける一番の近道ですよ」


 「ふん……そう言った肉体労働は我ら耳長エルフ族には向かん。他の種族にお任せするとしよう」


 「まあ、互いの得意分野を持ち寄るのも種族同士の協力の形ではありますがね。……おっと、そろそろ決着がつきそうですね」


 そうダンたちが会話している合間にも、ロンゾとジャガラールは激しく打ち合っている。


 戦いも佳境を迎えつつあるのか、両者ともに肩で息をしながら、互いに剣を振りかぶる。


 「このクソガキがぁぁぁッ!」


 「さっさとくたばりやがれ……!」


 お互いに力を振り絞っているのだろうが、未だ殺気の籠もった一撃を放てるジャガラールと違って、ロンゾはもう立っているのもやっとなほどフラフラであった。


 (ここで地力の差が出たか)


 ダンはもはや勝負はついたと判断して、即座に二人の間に割り込む。


 「そこまでだ!」


 ガギィ! と金属が擦れる音と同時に、ダンは両者の剣先を指先で掴み取る。


 「なっ……!?」


 自身の渾身の一撃が、まるでハエのように指先でつまみ上げられたのを見て、ジャガラールは驚愕のあまり固まる。


 ロンゾはもはや驚く元気すらないのか、その場にへたり込む。


 「もう勝負はついた。――ジャガラール殿の勝ちだ。ロンゾもそれでいいな?」


 「ちくしょうっ……!」


 ダンの裁定に、ロンゾは悔しげに地面を叩きながらも、大人しく受け入れる。


 「あのまま続けていればロンゾが死んでいた。だから、私の判断で勝手に止めさせてもらいました。文句はありませんね?」


 「ぐっ……!」


 その言葉に、ジャガラールは勝者でありながら、敗者のような屈辱を感じながら剣を収める。


 自分の剣を指先で止められて勝利を宣言された所で、そんなものを喜べるはずもなかった。


 実際にダンは、電子頭脳による軌道予測と高速演算、またパワードギアの身体強化によって、弾丸くらいなら指先で掴み取れる程度の力を有している。


 相手の剣先を掴み取るくらいは、さほど難しいことでもなかった。

 

 「……ロンゾもこれで、帝国の兵士なら五人同時に相手取っても押し切れるような有能な戦士です。それに勝つのは流石は東の長といった所でしょう。頼もしい味方が増えて嬉しく思います」


 そう言って、ダンはにこやかにジャガラールに右手を差し出す。


 現地に握手の風習があるのか分からないが、少なくとも利き腕を差し出すことが、挑発と捉えられることはないだろうと判断した。


 「ちっ……今度は褒め殺しか。バケモンが、あんたに褒められても嫌味にしか聞こえねえんだよ。……だが、今は従ってやる」


 ジャガラールは、顔に不満はありありと出しながらも、ダンの方が上と認めたのか、その手を取る。


 奇しくも互いに握手が成立した所で、ダンはその場にいる全員に向かって呼び掛けた。


 「――ここに魔性の森の主たる種族の意思が一つになりました! 皆で協力して、帝国の脅威へと当たりましょう! またこれをきっかけにして、戦いだけでなく、互いに助け合える関係になれれば、これに勝る喜びはありません!」


 「おおおお……!」


 ダンのその宣言に、列席した族長たちからも歓声が上がる。


 熱に浮かされたようなその空気には、これまでバラバラだった魔性の森の異種族たちが、初めて結束した喜びも含まれていた。


 「ダン様……この集まりにも、何か名前が必要ではありませんか? ただの寄せ集めではなく、皆で一つに集まる旗印となるものがあれば、共同体として結束が高まると思うのです」


 「おお、それはよい考えですな! ならばその名前は、我らをこの地に集めた議長である、塔の主殿に決めていただくのが良いでしょう」


 エリシャの提案に、ロクジもそう大いに賛同を示す。


 「私としても異論はない。むしろ、種族的な公平性から見ても、あなた以外に適任はいないだろう」


 鳥人ハーピィの女王、フィリヤもそう続く。


 「……皆さんはそれでいいんですか?」


 ダンは全員の顔を見回してそう尋ねる。


 他の者たちも、ほぼ同意見なのか反対意見を述べるものはいない。


 複雑な表情をするものはあれど、立場的にダン以上の適任者がいないというのも理解しているのだろう。


 ならば、とダンは考える。


 この集まりに最も適した名前。


 種族の垣根を超えた連合体。


 魔性の森に住まう、十二の種族からなる、最高意思決定機関。


 その名も――。





 「"十二支族連合ゾディアック・ユニオン"、そう呼称しましょう」





 ダンはそう宣言する。


 「ほう……その心は?」


 エランケルが興味深そうに尋ねてくる。


 「"ゾディアック"とは、私たちの世界で十二の数、または太陽の通り道にある十二の星座を表す言葉であり、"ユニオン"はその連合を表します。数にこだわった訳ではなく、長くこの関係が続けば、十三、十四と参加する種族も増えてくるかも知れません。……ですが、最初に発足したきっかけは、ここにいる十二の種族であるという歴史を記すため、あえてその名を付けました」


 「おお……良いのではないですかな。名前としても、強く印象に残ります」


 「なんかカッコイイべなぁ」


 ロクジの言葉に、アダムも嬉しそうに同意する。


 「議長は公平であり、教養もなければ務まらんということだな。私もそれが良いと思う」


 「……まあ良いでしょう。私なら、もっと機知に富んだ名前を付けられたとも思いますが」


 フィリヤの言葉に、エランケルが負け惜しみのように呟く。


 「どことなく強そうなのが……私も良いと思います」


 「素晴らしい……もしかしたら、後世に名を残すような組織になるやも知れません。そんな予感がします……」


 控えめな感想を述べるカイラに、ユリウスは青白い顔を興奮に綻ばせて言う。


 「ム……オレ、神サマノ部下、ウレシイ」


 「ま、オレっちは商売できりゃ何でもいいんだけどよ。ただまあ、多少は身が入るっての? そんな感じかな」


 純粋に喜ぶドルゴスに続き、ジャスパーは相変わらず飄々とした感じでそう言った。


 「おお……素晴らしい。この老いぼれが、この歴史的な場に立ち会えたことを、生涯の誇りにいたしますぞ」


 エリシャは感激しながらそう述べる。


 「――いえ、まだです。皆の力で、帝国の脅威を退ける。それを成すまでは、これはただの寄せ集めでしかありません。この決断を歴史的なものにするためにも、我らは結束し、一つの目的に向かって共に進みましょう!」


 「おおおお!」


 再び歓声が湧き上がるとともに、後に偉大な歴史の転換点とも語られる、十二支族連合ゾディアック・ユニオン初回会議は盛況のまま幕を閉じた。



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