第39話 発議


 「――それでは、亡くなった前族長ラースに代わり、新たな族長としてロンゾを任命する!」


 「お、おう!」


 その言葉と共に、何故かガチガチに緊張したロンゾがダンの前に立って宣誓する。


 本来なら、族長を任命する役目は前任の族長か、長老であるエリシャの役目である。


 しかし、今西の獣人ライカンは完全にダンの傘下へ入っており、それならば、とエリシャの提案により急遽ダンが任命することとなった。


 「族長として、郷を守り、仲間を守り、一族を守り、森を守ることを先祖と森の主に誓うぜ!」


 「うむ、では以後よく励むように」


 そう簡単に任命式を済ませたあと、列席した族長たちからまばらな拍手が降り注ぐ。


 ここまでは、予定された日程を消化しただけに過ぎない。


 本題はここからであった。


 「さて、これで正式に族長が全員出揃った所で、皆さんにお話したい事があります。—―それは、最近の人間の国の動向についてです」


 「帝国のこと、でよろしいですかな?」


 ダンの言葉に先回りして、ロクジが発言する。


 「そうです。最近帝国とロムール王国の間で戦争が始まるような動きがあります。……いえ、ほぼ開戦は確定と言ってもいいでしょう。まずはこれをご覧ください」


 そう言うと、ダンはビットアイによって、あらかじめ用意していた映像をホログラムで表示させる。


 そこには、ロムール王国の兵士たちが戦列を作って訓練し、殺気立った指揮官たちに激を飛ばされている所であった。


 『気合いを入れろ! 薄汚い帝国の犬どもはもうすぐそばにまで迫っているッ! ジャン王太子亡き今、我らがこの王国の守りの要である! この城壁にあの恥知らずの侵略者どもの首を並べるのだ!』


 『おうッ!』


 兵士たちの士気は高く、愛国心からか数倍の国力はあろう帝国の軍勢に相手にも、一切怖気づいた様子もなく訓練に励んでいる。


 武器や防具を作る鍛冶師たちは寝る間も惜しんで増産に励み、城壁内部にはいくらでも籠城が出来るような大量の食糧がうずたかく積まれていた。


 例え言葉が通じずとも、これを見ればロムール側が戦争の準備をしているのは誰の目にも明らかであった。


 「……これが今現在のロムールの様子です。戦に備え、訓練に励んでいるのでしょう。人間同士の国など、勝手に争わせておけば良いという考えもあるかも知れませんが、事はそう単純でもありません。この中には、人間の国と一定の取引がある種族の方もいるのではないでしょうか?」


 「おい、困るぜそれは! オレっちの郷は人間の村との行商でやりくりしてんだ。いつどこで軍に出くわすか分からねえのに商売なんか出来ねえぞ……」


 ジャスパーが声を上げる。


 どうやら南の獣人は商売で生計を立てているらしい。


 見た目が人間に近く、紛れ込むのもそれほど苦労がないのかも知れない。


 「そうです。特にロムールは異種族に融和的、とはいかないまでも、無関心でいてくれる数少ない国です。商取引で関わる方も多いのではないでしょうか?」


 ダンは更に続ける。


 「……ですが、残念ながら帝国とロムール王国では国力に圧倒的な差があり、まともにぶつかればまず間違いなくロムールが敗北します。……そして帝国は、皆さんもご存知の通り、亜人排斥を国是に掲げ、異種族に対して奴隷化政策を推める国です。このままロムールが滅亡などすれば、ここ魔性の森にも負の影響が出ることは間違いないでしょう」


 「だから、我らにロムール王国を支援せよ、ということか?」


 ダンの言葉に、鳥人ハーピィの女王アルタイル、改めフィリヤが尋ねる。


 「真正面から命を懸けて戦え、とまでは申しません。ですが、帝国軍に奇襲をかけて、ロムール侵攻中の横っ腹を突くぐらいの事はできると思います。ロムールが滅亡してしまえば、次に脅威に晒されるのはここですから」


 「ほう……ならば、ご自身の手で帝国を滅ぼしてみては如何かな? 偉大なる叡智を持つ、暗黒の海からやってきた神ともならば、人間ごときの国を滅ぼすなど造作もないでしょう」


 エランケルが挑発的に言う。


 どうもエランケルは耳長族以外を見下しているきらいがあり、ダンであってもその例外ではないようだ。


 それに対しダンは、深くため息をついてからこう答えた。


 「残念ですが……私自身が人間同士の戦いに介入することはありません。――なぜなら、私はこの星、この世界の出来事は、この地に住む当事者同士で解決すべきだと考えているからです。確かにあの船を使えば帝都を灰燼に帰すことも出来るでしょう。だからと言って、この世界に突然現れた異物である私がそれを行い、偽りの平和を作り出した所で、あなたがたにそれを維持する力がなければ同じことです。真の平和と平等というものは、自分の血と痛みで勝ち取ってでしか創り上げられないものと考えます」


 「これは異なことをおっしゃる! だが現にあなたは介入しようとしているではないか。我々をこうして扇動してな!」


 エランケルは勝ち誇ったように言う。


 「その通りです。ですが……これが私の介入できる限界だと思って頂きたい。私があなたがたに対して出来るのは、より効率的に平和と平等、そして尊厳を勝ち取れる道を提案し、その決断を委ねることだけです」


 ダンは一息ついてからこう続ける。


 「私としては、この魔性の森に住まう異種族の方にもう少し力を付けていただきたいのです。今のように、"人間もどき"として迫害され、僻地に追いやられている状態は、異種族、人間両方にとってもよいとは言えません。なので私は、異種族の方々が人間たちから尊厳を勝ち取り、対等と認められる存在になって欲しい。それが、結果的に奴隷制度の上にあぐらをかく人間たちに、努力を促すきっかけにもなるでしょう」


 「……つまりは、間接的に人間のためでもあるということですな?」


 「その通りです。全ての種族に平和と発展を享受する機会が与えられて欲しいというのが、この星から見れば異物である私の、偽らざる本音でもあります」


 その言葉に、エランケルははっ、と鼻を鳴らして応える。


 「なるほど、全ての者たちに平等に機会を与えたい、と。あなたが神でもなければ、許されぬほどに傲慢な物言いに聞こえますな」


 「――エランケル殿、もう押し問答はよいのではないですか? 私は、塔の主殿の壮大な思想に共感します。……また、種の発展などという、大層な目標を掲げずとも、これ以上帝国が勢力の伸ばすのは我らとしても都合が悪い。ロムール王国が潰されると、次に奴らが手を伸ばすのは帝国本土に比較的近い我らの郷でしょう」


 皮肉るエランケルを諌めるように、ロクジが発言する。


 「そ、そうです……。我らオーガ族としても、これ以上の帝国の増長は見過ごせません。今の郷には、人間の勢力と対峙するほどの余力はありませんし……叩ける時に、協力して叩いておいた方が良いと思います……」


 カイラが、おどおどとしながらも、そうはっきりと主張する。


 カイラは友好関係にあるロクジと事前に打ち合わせでもしていたのか、二人の発言には統一性が見られる。


 またロクジ自身が、ダンの言いたいことを明確に察して発言している様子もあり、年の功からか統治者としてはかなり有能な雰囲気を滲ませていた。


 「そうだなぁ〜。ロムールにはお得意さんも結構いるし、取引先潰されんのはオレっちとしても困る」


 「ム……オレ、神サマ、命令、従ウ。オーク、戦イ、逃ゲナイ!」


 飄々とした掴めない雰囲気のジャスパーをよそに、ドルゴスは途切れ途切れの言葉で戦意をアピールする。


 「だが、今回それをすることで、帝国との対立が決定的なものとなるぞ? 今回は確かに帝国の不意を突けるかも知れない。……だがその後、怒り狂った帝国の報復がないとは言えないな」


 「んだなあ……オラ、戦いは怖いべよ。帝国の人たちも、ここで大人しくしてれば手出してこねえんでねえが?」


 フィリヤの言に続いて、有角タウロ族のアダムが発言する。


 配下の三人娘がかなり脳天気だったが、統治者のフィリヤはかなり冷静な切れ者のように感じられた。


 ダンは鳥人に若干偏見があったことを恥じた。


 「なるほど。ではそれについてはこちらをご覧下さい。……ノア、映像を頼む」


 『どのような映像に致しましょう?』


 ダンが体内通信でノアに連絡を取ると、脳内に返答する声が返ってくる。


 「捕虜に尋問した時の映像があるだろう。あの時のを頼む」


 『了解しました』


 それと同時に、ビットアイが動き出して、全員の中心にとあるホログラムの映像を映し出す。

 

 そこには、後ろ手に縛られた裸の男が、真っ白なタイルに覆われた部屋で尋問を受けている所であった。


 —―――――


 『それでは、帝国側はこの魔性の森を征服するつもりなんですね?』


 『ああ……今の皇帝陛下の目玉政策の一つが、大陸東部の"魔性の森の平定"だ。我が帝国では、征服した領地が多いほど名君と見做される。今代の陛下は後の歴史に名を残すつもりであらせられるようだ』


 そう答えたのは、ノアに捕らえられた、セザールという帝国軍の隊長であった。


 『元々、今の陛下は亜人の奴隷化政策の功績で皇太子になられたお方だ。今回の出兵も、その延長に過ぎん。魔性の森を征服すると同時に、亜人の奴隷を補充するつもりなのだろう。……さあ、話したぞ! だからさっさとこの枷を――』


 —―――――


 ブツン、と音と同時に立体映像ホログラムが途切れる。


 「い、今のは……!?」


 「私が尋問した帝国軍の指揮官ですよ。西の郷を襲撃してきた際に、私の部下が取り押さえました。今聞いた通り、帝国の狙いはこの土地と同様に、皆さん自身を奴隷化することにあります。この森に引き篭もって、対立を避けたからと言って帝国が引き下がることはありませんよ」


 「む……」


 「んだべかぁ……」


 ダンの言葉に、先程反対意見を述べたフィリヤやアダムも黙り込む。


 「……補足ですが、奴隷として一番高く売れるのは耳長エルフ族であり、見た目が良く長持ちするということで、帝国の好事家の貴族がこぞって高く買い取るそうです。その用途は知りたくもありませんが……エランケル殿はどう思われますか?」


 「おのれ……! 薄汚い短命の劣等種どもがッ!」


 ダンが煽るまでもなく、耳長族エルフ至上主義者であるエランケルは、怒りに額に青筋を立てて吐き捨てる。


 「えー……以上で、この事はたかが人間の国同士の争いとして考えず、魔性の森全体で当たるべき問題と思い、発議しました。今なら帝国の鼻先を圧し折って、勢いを削ぐ絶好の機会でもあります。ロムールが攻め落とされ、足場を固められてしまえば、この地から帝国を退けるのは容易ならざることになるでしょう」


 「…………」


 そのダンの言葉に、異を唱えるものは出てこない。


 「……中にはまだ発言してらっしゃらない代表者の方もいるようです。反対意見でも構いませんので」


 「私どもは……見ての通り、あまり戦うことに向いた種族ではありませんわ。ですが、我々は治癒魔法が使えますので、後方支援などでもよろしいのですか?」


 そう蛇人ラミア族のアヴィニアが発言する。


 蛇人ラミアは上半身こそ人の形だが、腰から下は五メートルもあるような蛇だ。


 もし平原で兵士と相対した場合、矢のいい的になってしまうだろう。


 「無論です。むしろ、負傷者の治療に関してはどうしようか頭を悩ませていたので、支援して頂けたら助かるくらいです」


 「我ラ、蜥蜴人リザードマン、戦イトアラバ、逃ゲルツモリハナイ。ソレガ森ノタメトアラバ、尚更ダ。……ダガ一番槍ハ、貰エルノカ?」


 「一番槍ともなれば、一番危険で一番名誉のある役です。それは、ゲル=ダ殿ように、勇敢なる蜥蜴人リザードマンの戦士にこそ相応しいでしょう」


 ダンの言葉に気を良くしたのか、ゲル=ダは上機嫌に舌をチロチロと出したあと、ウム、と大きく頷いて納得する。


 「私たち吸血鬼ヴァンプは、皆さんの決定に従いましょう。……ですが、我々は日の光だけは駄目なのです。その辺りはご配慮頂きたい……」

 

 「なるほど、そういうことでしたら夜襲専門の部隊として活動して頂くことも出来ます。昼間は遮光性の高い暗幕を私が用意致しますので、そこで休んで頂ければ」


 「おお、それは有り難い……」


 ユリウスは、青白い顔を綻ばせながら、上品に礼をする。


 「オラぁ……相変わらず戦いはこええけんども……。さすがにこの状況でなんもしねってのはまずいべなぁ……」


 「いえ、何も前線に立って頂く必要もないんですよ。有角タウロ族ほどの体格があるのなら、後方支援で荷物持ちなどをしていただいても構いませんし」


 「そんなんで良いのがぁ? それだったらオラでも出来そうだげんども」


 アダムはホッとした様子で言う。


 「ふん……良いように動かされたようで業腹ではありますが、我が同胞も狙われているとなると、看過は出来ません。我らパルムウッドの民からは、戦闘に役立つ魔道具をいくつか供出しましょう。使用すれば、たちどころに劣等種どもは躯を地に晒すことでしょうな」


 「ま、まあそこまで徹底的にやると恨みを買いそうですが……ご協力頂けるなら助かります」


 ダンはエランケルの憎悪に辟易としながらも、そう応える。


 エランケルはエルフ以外を蔑視しているきらいはあるが、その分だけエルフに対する愛情は深いのかも知れない。


 「我ら鳥人ハーピィも上空支援をお約束しよう。先程は反対意見を述べたが……実際には我らも帝国はどうにかせねばならぬと苦々しく思っていた所だ。我ら単体ではどうしようもない相手なのでな」


 「いえ、冷静な意見を言っていただいて助かりました。そう言った、一歩引いた視点を持った方が味方にいることを頼もしく思います」


 ダンは、フィリヤにそう述べる。


 「わしは鉄が打てれば何でもいいわい! 武器や防具が必要ならわしに言ってくるがいい! 鉄さえ持ってくればいくらでも打ってやる!」


 そう豪快に笑いながらガンドールは言う。


 「オレっちはなあ……非戦闘員だからあんま戦いの方は期待しねえでくれや。でもまあ、目星は効く方だからよう、後方の撹乱とか、食料とか物資かき集めんのは得意だからよう。うちの連中はそういう方面なら役に立てると思うぜい?」


 ジャスパーは、ヒラヒラと手を振りながら言った。


 「なるほど……では、お二方とも後方支援志望ということで……。有り難いですね。随分陣容が固まって来たように思います。……ジャガラール殿はどうされますか? 先程から一言も発されていないようですが」


 「…………」


 ダンがそう尋ねると、ジャガラールはゆらりとその場から立ち上がり、ゆっくりとダンに近付いていく。


 その様子を、他の者たちは固唾を飲んで見守る。


 やがて、ジャガラールはダンの前にピタリと立ち止まり――そのまま即座に腰の剣を抜いて、ダンの首目掛けて振り抜く。


 「――!?」


 全員が騒然とする中で、ダンだけは自身の首の皮一枚の所で止まった剣を前に、にこやかな笑みを崩さず言った。


 「なんのつもりかな?」


 「眉一つ動かさねえか。気に食わねえ……」


 ダンの言葉に、ジャガラールは憤怒の籠もった眼差しを向けながらそう呟く。


 ダンからしてみれば、筋肉の動きから軌道予測して、ブラフであると分析出来ていた。


 避ける必要性を感じなかっただけである。


 「人間どもと戦うってのはまあいい。それが森にとって必要なことってんならまあ協力はしてやる。……だが、仕切ってんのがてめえってのが気に食わねえ」


 ジャガラールはそう言うと、そこから数歩下がる。


 「――この場で俺と立ち会え。それでもし俺が負けたら、てめえの言う通り、人間と殺し合いでも雑用でも何でもやってやるよ」


 そう吐き捨てたあと、ジャガラールは獰猛な笑みを浮かべて剣を構えた。



 

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