第38話 異種族の集い


 『さあ、どうぞこちらへ』


 エレベーターから降りたあと、各種族の長たちがいざなわれたのは、室内とは思えないとてつもなく広大な空間であった。


 白き館エバッバルの最上階。そこには、場を見下ろすような巨大な人影が静かに鎮座していた。


 全長二〇メートルにもおよぶ、ウトゥと思われる人物が遺した巨大な宇宙服である。


 「な、なんだあれは、ゴーレムか……!?」


 その威容に圧倒されてか、招待者の中から驚きの声が漏れる。


 『あれはかつて、この塔を所有していた者が遺した遺物です。鎧のようなものですから、動くことはありませんよ。……どうぞ、皆様はこちらに』


 そうダンがいざなった先には、まるでその巨大な宇宙服に見下されるような位置に、ビットアイが円状に並んでいた。


 テーブルなどはなく、ただその場所に怪しげな円盤が並んでいるだけ。


 当然、座るのに躊躇する者がほとんどだった。


 『どうぞこの上におかけ下さい。耐荷重は一トンを超えますので、多少体重を預けても潰れることはありません』


 そう現地人には伝わらない単位で説明して、ダンが率先してビットアイの上に座る。


 ビットアイは、直径五十センチほどのフリスビーのような円盤状の構造をしており、上部は真っ平らな形をしている。


 また、反重力で浮いているだけに、フワフワとクッション性も悪くなかったので、椅子としてはもってこいであった。


 「これはなんとも……不思議な座り心地ですな」


 「ケツが落ち着かねえ……」


 「私は飛んでいるときとさほど感覚は変わらないな。かえってしっくりくるよ」


 各種族の代表から思い思いの感想が出つつも、全員が着席する。


 そして、準備が整ったのを確認してから、ダンは改めてこう宣言した。


 『本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。私の名はダン。今日は皆さんと、この魔性の森における重要事項を話し合うために、このような集まりを開催しました』


 ダンはそう言うと、自身のSACスーツのヘルメット部位を、後頭部のスイッチで収納し、素顔を披露する。


 「おお……!」


 「人間だと!?」


 スーツの不思議な動作に驚く者、ダンが人間であったことに難色を示す者等反応は様々であったが、ひとまずそれらをおいてダンは話を続ける。


 「私は分類上の人類ではありますが、"宇宙人"――つまりはこの星の人間とはまったくの別種と考えていただいて結構です。人間である私に反感もあろうかと思いますが、今回皆さんと話をする上で顔を隠したままでは不誠実と思い、この姿で話をさせて頂くことに致しました」

 

 「……ダン殿の誠意、確かに受け取った。私は前代女王アタルヤの子にして十四代目の『アルタイル』、フィリヤである。以後よろしく頼む」

 

 ダンに続いて、鳥人ハーピィの女王がその場に立ち上がり、名乗りを上げる。


 てっきりダンはアルタイルが名前と思っていたが、本名はまた別らしい。


 女王として代々受け継ぐ名前と本名はまた別なのだろう。


 そこで自己紹介の流れが出来たのか、ダンが何も言わずとも、各種族の長たちが次々と名乗りを上げる。


 「パルムウッドの森の長、耳長エルフ族のエランケルにございます。暗黒の海を渡りし者よ、どうかお見知りおきを」


 「鉱人ドワーフ炉長ろちょう、ガンドールぞ! この塔は何か妙ちきりんな金属で出来ておるの! 少し剥がして持って帰っても構わんか!?」


 そう妖精種、と呼ばれる長命な種族の二人が名乗りを上げた。


 エランケルは見た目も美男子と言ってもよく、慇懃で謙虚な態度ではあるが、ダンはなんとなくこちらを見下したような狡猾で腹黒そうな印象を受けた。


 ガンドールは金属のこと以外に何も興味がなさそうな、如何にも職人といった風情の、やたらと声のデカい胴長短足の男であった。


 「おら、有角タウロ族のアダムだす。こんな森のえれえ人ばかりに囲まれて、ちょっと緊張してますだなあ」


 「吸血鬼ヴァンプ君主ロード、ユリウスと申します。このような姿で申し訳ない……日の光は、我らにとってあまり良いものでないのでね」


 「……百鬼将、カイラです。よろしくお願い申し上げます」


 続いて、魔人種と呼ばれる、強力な力を持つ三種族が名乗りを上げる。


 アダムは身の丈三メートルを超えるような、とてつもない大柄の体型だが、その中身は人が良いのか、朴訥な笑みを浮かべながらそう名乗る。


 ユリウスは、真っ黒なフードを目深に被って、できるだけ日光を避けようとしているのが分かる。美形だが、それより顔色の悪さの方が際立つ青年だった。


 カイラ、と名乗ったオーガの代表に関しては、完全な子供であった。


 日本で言う小学生くらいの頭に角の生えた女の子が、和服のような民族衣装に身を包み、申し訳無さそうにちょこんと佇んでいる。


 もしかしたら見た目と実年齢が一致しない一族かと思ったが、態度からして明らかに見た目のまま子供のように感じられた。


 「あの……失礼ながらカイラ殿は今おいくつでいらっしゃいますか?」


 「か、数えで十歳になります……」


 そう消え入るような声で応えるカイラに、尋ねたダンもいたたまれない気持ちになる。


 数えで十歳というとリラと同じかひとつ下くらいかも知れない。


 そんな歳で各種族の代表者が集まる会議に出るのは、いささか厳しいものがあるだろう。


 「塔の主殿、オーガ族は今、長の座を巡る激しい内部抗争によって、今はカイラ殿しか長の血族が生き残っていない状況なのです。その辺りの事情を斟酌しんしゃくし、何卒ご配慮頂きたく……」


 そう訴えかけたのは、カイラのそばに座る白髪の老人であり、その頭部の獣の耳から、獣人ライカンであることが推測できた。


 「もちろんです。これは互いの交流を主な目的とした気軽な会合なので、幼いからと言って軽んじたりはしませんよ。むしろ、この会でどんどん積極的に発言して、経験を積んで頂きたい所です。……ところで、あなたは?」


 ダンは改めてその老人の方に視線を向ける。


 「おお、これは失礼致しました。私は北の獣人ライカンの長で、ロクジと申します。生前はラース殿ともよく手合わせをしておりました。この度のことはまことに残念に思います」


 ロクジは深々と頭を下げた。


 「ありがとうございます。彼もそれを聞けば喜ぶでしょう。……つかぬことをお伺いしますが、北の獣人の方々と、オーガ族の方々は仲がよろしいのでしょうか?」


 「ええ、我らの郷と鬼族の方々の郷が近いこともあり、以前から交流がございまして。特に先代の長、カイラ殿のお祖父様に当たるゲンラ様には、よく二人で悪さをして、弟分のように可愛がってもらったものです」


 そうロクジは、隣のカイラを見て懐かしそうに目を細める。


 「なるほど……それは素晴らしいですね。いつか私も、その二つの郷をこの目で直接見に行ってみたいものです」


 「おお! あの言い伝えの新しき神が、我が郷に訪れるというのなら、全力を持って歓迎するのが筋というものでしょう。ぜひその際はお声がけ下され!」


 「わ、我が郷は、今はお客人を出迎えられる状態にありません。ですが……いずれ落ち着いたときに必ず……」


 ロクジに続いて、カイラも遠慮がちながらもそう応える。


 それに「期待しております」とだけ答えたあと、ダンは残りの者たちに目を向ける。


 「つい話し込んでしまい申し訳ありません。残りの方のお名前を教えて頂けますか?」


 「あ、そう? じゃまあ、オイラは南の獣人ライカンで商隊長やってる、ジャスパーってんだ! 宇宙人の旦那、よろしくっ!」


 そう威勢よく、獣人ライカンの男が応える。


 ジャスパーはヒョロっとした痩せぎすの体型で、獣の耳や体毛などが見えないため、一見して普通の人間のようにも見える。


 だが、よく見ると腰から尻尾が生えており、顔もどことなく猿顔なところから、猿人系の獣人ライカンなのかも知れない。


 「私は蛇人ラミアの巫女神……アヴィニアと申しますわ。よろしくお願いします、我が暗黒の主よ……」


 アヴィニアは、何故か両目に当たる部位を黒い布を巻いて覆い隠していた。何か宗教的な意味があるのだろうか?


 暗黒の主という言葉も気になるが、何故かうっとりとした顔でダンを見ており、あまりそこに突っ込むのはためらわれた。


 「蜥蜴人リザードマンノ勇者、ゲル=ダ、ダ。ヨロシク頼厶」


 「……ちっ、東の長、ジャガラールだ」


 「厶……緑鬼オーク族、勇士、ドルゴスギレン・グラバ」


 そう一通り挨拶を述べたあと、おもむろに緑鬼族の族長、ドルゴスギレンが立ち上がり、ダンの方に近付いてくる。


 そして、ダンの前に片膝をついたあと、その眼前に大きな毛皮を捧げ持った。


 「おや? これはなんだい?」


 「厶……神サマ、オ供エ……イボシシ、大物ノ毛皮……オレ、シトメタ……」


 途切れ途切れの言葉で説明する相手に、ダンはようやくその意味を理解する。


 どうやらこれは献上の品のようだった。


 「なんと野蛮な……」


 「へっ、空飛ぶ船なんてモン持ってるやつに、あんな汚え毛皮かよ。これだから豚野郎は……」


 「うへっ、あれダニ付いてんじゃねえか」


 「…………」


 恐らくはエリシャの言う、緑鬼オーク族が嫌われているというのは本当のことなのだろう。


 ボソリと呟くような小さな声だが、ダンの耳にははっきりと悪意の籠った声が聞こえてくる。


 故にダンは――あえてその声を無視して、毛皮を受け取ったあと、颯爽とそれを羽織った。


 「…………!」


 その行動に一瞬全員がハッと息を呑む。


 その反応は、うえっ、と嫌そうな顔をする者と、少し嬉しそうにする者とで分かれた。


 ダンは何も気にせず居住まいを正したあと、そばにいるエリシャに尋ねる。


 「どうです? 似合いますかね?」


 「ええ、ええ……! 大変良くお似合いでございます!」


 エリシャは満面の笑みで何度も頷いた。


 「だ、そうだ。ドルゴス君、大変良いものをありがとう。……ところで、君の名前はドルゴス君でいいのか? それともドルゴスギレン君? もしくはグラバ君か?」


 ダンは気になったことを尋ねる。


 「オレ、名前……ドルゴスギレン。家ノ名前、グラバ。デモ神サマ、好キニ呼ブ」


 「ありがとう、じゃあドルゴス君だな。これからもよろしく」


 「ム」


 ダンがそう言って肩を叩くと、ドルゴスは満足気に頷いて、自分の席に戻っていく。


 その背を見送ったあと、ダンは全員の顔を見回して改めて口を開く。


 「全員の自己紹介は終わったな? では……さっそく、今回の本題に入らせて貰おうか」


 そう告げるや否や、全員の視線が一斉にダンへと集中した。

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