第46話 閑話:少女たちの戯れ
「ちょっと! 勝手なことしないでってば!」
シャットは、全身泡だらけのまま風呂に入ろうとするカーラを慌てて呼び止める。
「え? でもでも~、お水入らなきゃ泡とれないよ?」
「だからそれはこっちのシャワーで先に洗い流すのっ!」
そう説明してなお、よく分かっていない様子でキョトンとするカーラにシャットはイラっとする。
「あはは! ぬるぬるする~」
「モコモコ……楽しい」
「そこ! シャンプー無駄遣いして遊ぶな!」
好き勝手に遊び回る
「ちょっと! あなたこいつらの女王様なんでしょ? そっちからもちゃんと言ってよ!」
「はあぁぁ~……日頃の疲れが溶け出していく……。水浴びの湯が暖かいだけで、ここまで違うとは……」
シャットの言葉など聞こえていないかのように、フィリヤは湯船の中でフニャフニャに解されていた。
「蛇のお姉さん……お肌すごい綺麗……。どうやって手入れしてるのか教えて欲しい」
「ふふふ、ありがとうございますわ。美容の秘訣はやはり定期的な脱皮、かしら? あと毎日の茹でた卵も欠かせませんわね」
その隣では、リラとアヴィニア、そしてカイラが並んで仲良く体を洗っていた。
今、女性陣はダンの船にある大浴場で、全員一斉に入浴していた。
基本、ダンは狭いシャワールームしか使わず、大量に水を消費する大浴場は存在するだけでほぼ使わない設備となっていた。
しかし、各種族の代表者たちをもてなすために今回に限り特別に解放した大浴場ではあったが、その使い方を説明するために、ダンが女性陣と一緒に入浴するわけにはいかない。
よって、普段からシャワールームを勝手に使っているシャットとリラの二人が、説明兼接待役としてあてがわれた。
「船の中にこんなものまであるなんて……すごいです」
「本当ですわね。髪もこのしゃんぷー? っていうのでツヤツヤだし。これなら毎日でも通いたくなりますわ」
カイラの言葉に、自身の金髪をうっとりと撫で付けながらアヴィニアも同意する。
「私たちはほぼ毎日通ってる。ダンも別に何も言ってこないから大丈夫だと思う」
「本当ですの!? ……そうなったら本当にここに移住しようかしら。ああでも、巣穴に置いてある孵化前の卵ちゃんたちも心配ですし……はあ、長の立場というのも不自由なものですわね」
アヴィニアは残念そうに項垂れる。
流石に長としての責任感が自分勝手を許さなかったらしい。
「う~む、私は首領様より情報局長の役職を賜ったからな。報告は部下を使っても構わないという話だったが……ここはやはり情報の正確性の観点から私自身が定期的に報告に伺うべきだろうな」
「報告にかこつけてお風呂に入りたいだけじゃないの」
フィリヤの言葉に、シャットが冷静に突っ込む。
「私もお風呂いただきますわね」
そう言うと、アヴィニアはその長い体をシュルリと器用に動かして湯船の中に入る。
その体を横たえると、大浴場の端から端まで届くほどであった。
「ああ、体をまっすぐ伸ばして暖かいお湯に入れるだなんて……なんと贅沢なんでしょう。人間の貴族になった気分ですわ」
「……どんなえらい貴族や王族でも、このシャンプーやボディソープは使えない。ダンの船はどこぞの皇帝のお城よりすごい」
「そうだな。あの宴に出てきた料理もこの世のものとは思えない美味だった。特にあのアイスクリームというものが……」
初めて食べた時の冷たさと、極上のまろやかさを思い出したのか、フィリヤはうっとりとした顔で語る。
「わたくしのお気に入りはプリンですわね。あのトロっとした食感と濃厚な卵の風味……たまりませんわ」
「わたし、ハンバーグ大好き~!」
「あ、あの……オムライスも悪くないと思います!」
そう言って、各々の好きなものを好き勝手に言い合いながら女性陣は盛り上がる。
ダンの用意した料理は比較的ポピュラーで、ともすれば子供向けなメニューが多かったが、それ故に味が分かりやすく、美食に慣れていない現地人の心をガッチリ掴んでいた。
もはや彼女たちは、あれだけの美味を覚えて果たして今後元の粗食に戻れるのか不安にすら感じていた。
それから全員湯船に浸かったあとで、ふとフィリヤが口を開く。
「そういえば……首領様はご細君などはいらっしゃるのか?」
「「えっ」」
突如そんなことを言い出したフィリヤに、全員の視線が集中する。
「い、いや違うぞ!? 私は首領様のことは尊敬申し上げているが、そういう対象ではない! ただ私はご細君がいらっしゃるのなら、その方にもお仕えせねばと思っただけだ!」
フィリヤは慌ててそう言い繕う。
「あらあら……隠さなくていいのですよ? 確かに首領様ほどの優良な御仁はそうはいらっしゃらないもの。私もあなたも、男が産まれない種族。よい男を囲っておきたいと思うのは自然なことでしょう?」
アヴィニアはくすくすと笑いながら、フォローにもならないことを言う。
中でも
今どちらの郷にも別種族の男が常駐しているが、既に高齢で生殖能力を失っており、新たなハーレムの主が必要とされていた。
「だ、だから違うと言うに! そ、それを言うなら、アヴィニア殿こそどうなのだ!? 貴女はまさに世の男性を虜にする体をしているだろう!?」
フィリヤは苦し紛れに、アヴィニアの双丘を指して叫ぶ。
アヴィニアの胸は今入浴している女性陣の中でも圧倒的に大きく、湯の上にぷかぷかと浮かんでいる。
フィリヤも決して小さくはないが、飛行を旨とした
「あら、わたくしですか? ええもちろん……出来ることなら首領様と
アヴィニアは平然と答える。
「つ、
「きっとどこを探しても首領様以上の男性は見つかりませんもの。誰よりも強く賢く、おまけに到来が予言されていた神の末裔様なのですよ? 種族の安泰を考えるなら、優れた血を受け入れたいと思うのは当然ですわ」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「だ、ダメよ! ダンはずっとここにいるんだから。そんな、
二人の会話に、シャットが慌てた様子で口を挟む。
それを聞いて二人は一瞬顔を見合わせたあと、新たな標的を見つけたとばかりに揃ってにやりと口元を歪める。
「あらあら……こんな少女にまで淡い恋心を植え付けるだなんて、首領様も罪作りなお方ですわね」
「まったくだ。こんな若い子まで誑かすとは……。しかし君もいくら首領様のことが好きだからといって、独占しようとするのはよくないな。あの方はこの森に住まう者すべての希望だ。独りよがりに恋心を押し付けるのではなく、あのお方の為に何が出来るかを考えたほうがいいぞ?」
「こ、恋!? す、好きとか、そんなんじゃないわよ! 私はただ……」
そう言ってもごもごと真っ赤な顔で言い淀むシャットに、二人はニヤニヤと笑いながら一見真面目風な恋のアドバイスをする。
だが実際は面白がっていることは明白であり、シャットをけしかけて何か面白いものでも見れないかと画策していた。
「何か悪い大人がいる気がします……」
「構わないほうがいい……。近づいたらわたしたちまで巻き込まれる」
「なんかあそここわーい!」
「逃げよ逃げよ~!」
非情にもシャットを見捨てて、リラたちはそそくさと風呂から上がる。
その後シャットは、二人に挟まれて、のぼせ上がるまであれやこれやと大人の世界を教え込まれたのであった。
――――
本編が落ち着いたので本日は閑話です
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