第32話 鳥人の娘たち
郷を襲撃されて以降、
雨の中出発を強行したのは雨期が関係していた。
今はまさに雨季の始まりであり、まだマシな方だが、これ以上長雨が続くと川が氾濫して完全に身動きが取れなくなってしまうからだ。
故に、多少強引でも出発を早める必要があった。
健康な者や体力に自信のある者はダンの拠点まで普通に歩かせ、怪我人やエリシャなどの足の悪い老人は、ダンが担いで何往復も歩くことになった。
幸いなことに、
ラースや、その他の死んだ戦士たちの骸は、先祖代々受け継いできた土地に埋めるのが良いということになり、元々郷があった土地に丁重に埋葬した。
「また我らが戻るまで、お主等の魂がこの地を護ることを願わん」
「…………」
そう全員で祈りを捧げ、郷のために勇敢に散った者たちを弔った。
今はただ埋めてその上に石を置いただけだが、そのうちしっかりした彼らの墓を建ててやるつもりだ。
――そして今、全員揃って拠点のある場所の前で佇んでいた。
「……さあ、これからここが君たちの家だ。新天地へようこそ!」
ダンは何もない広場を前にして、そう高らかに宣言する。
しかし、郷の者たちはその言葉になんの反応も示さない。
今でも空からはしとしとと雨が降ってきており、この場には雨宿するような屋根もない。
既に長い行軍を乗り越えた郷の者たちは、全身がびしょ濡れで疲れ切っており、とても雨ざらしの野宿に耐えられるような状態ではなかった。
「あ、あの、ダン様……わしの目には、ただ広いだけの空間が広がっているように見えるのですが……。一体ここでどうやって暮らせばよいのでしょう?」
エリシャが皆を見兼ねてそう尋ねる。
「ええ、ちょっとした冗談です。流石に、ここで野ざらしで住めとは言いませんよ。……ただ、何分急な話だったので、住居などは全く確保出来ていません。なので、皆には仮の住まいを提供するつもりです」
「仮の住まい?」
そう首を傾げるエリシャに、ダンは鷹揚に頷いた。
「ノア、見せてやってくれ」
「――了解しました」
そうノアが返答した次の瞬間――何もなかったはずの場所に、突如として背景から浮かび上がるように、白く巨大な塔が現れる。
「う、おおおお!?」
「こ、これは……!」
その場に居る全住人たちから、驚きとどよめきの声が湧き上がる。
「な、なんだこれ!?」
「いきなりデカい塔が生えたぞ!」
「ダン様、これは一体……!」
「これは古き言葉で、"
ダンは大きく口を開けた空洞が広がる一階を前に、手を広げ説明する。
しかし、一階部分だけはほぼ空洞だった。
ここは元々鉱物資源の倉庫として使われていたらしいが、移動と運搬用のエレベーター以外はほぼ何もない。
なので、このだだっ広い空間は
エリシャは、これまで見たことのないほどに高い塔を前に、はあ、と圧倒されたかのように息を漏らす。
「なんという壮大な……ダン様の為される偉業には驚かされるばかりです。まさかこんな巨大で不思議な建物を作ってしまうとは……」
「いえ、これは元々ここにあったものですよ。伝承では、"新しき神"として私の存在は予言されていたようですが……それに倣うなら、この地には私以前の"旧き神々"が住んでいたようです。その住居を、私が見つけて起動し、再利用しているだけですよ」
「旧き神々……」
ダンの言葉を反芻しながら、エリシャは呆然と塔を見上げる。
巨大でありながら複雑で、材質には石ではなく、鈍い光沢を放つ金属が使われている。
その威容は、とても人の手で成し得たものとは思えなかった。
帝国の最高峰の建築技術を駆使しても、これの足元にも及ばぬだろうということはエリシャにも想像できた。
そして、例え借り物であっても、それを自分のもののように使いこなすダンに畏怖の念を抱いた。
「……さあ、早速中に入ってみましょう。仕切りなどはありませんので雑魚寝になりますが、全員分が入れる十分な広さはあります。中は空調が効いて涼しいので、寝床さえなんとかなれば過ごしやすいと思いますよ」
ダンが、全員を引き連れて中に入ろうとしたその時、突如頭上から、バサッバサッと羽ばたくような音と同時に、姦しい少女の声が降ってくる。
「うわー! なにこれなにこれ!」
「すごーい! こんなおっきいの初めて見た〜!」
「……前までこんなのあった?」
見上げるとそこには――腕の位置から鳥の羽を生やした奇妙な姿の少女たちが、ケラケラと笑いながら塔の周りを旋回していたのだ。
羽毛の混じった癖っ毛の髪と、灰色の翼を靡かせながら、少女たちは楽しそうに大空を飛び回る。
「
エリシャは曇天の中をはしゃぎ回る三人の少女たちを見て、意外そうな声を上げる。
そして少女たちは、下にいるダンたちを認めたあと、バサバサと翼をはためかせて降り立った。
「あー! あなたたち
「悪いんだ〜森の子が勝手に"キンイキ"に入っちゃ駄目なんだよ〜?」
「みんなに言ってやろ〜!」
子供っぽく囃し立てるように少女たちは言う。
どうやら森の民は同じ言語を話すらしく、初めて見る種族だが、意思疎通に問題はないようだ。
「……それに関しては君たちも同罪じゃないか? 本来この森に住むものすべてが、この地に立ち入るのは禁じられていると聞いた。この場にいる君たちも例外ではないだろう」
「……あれ? そうかも。実はわたしたちも結構まずい?」
「女王様に怒られるかも!」
「で、でもでもー、急にこんなの現れたら、そりゃびっくりして見に来るじゃん! ね?」
「いや、ね? と言われても……」
翼の生えた三人の少女たちは、ダンの指摘にあせあせと慌てながら、パタパタと周囲を駆け回る。
「待て、
そんな中、慌てふためく少女たちに、エリシャがそう宣言する。
少女たちはキョトン、と首を傾げたあと、互いの顔を見合わせる。
「……じゃあ、わたしたちが入ってるのも怒られない?」
「ああ、怒られぬぞ。もし咎められたら、
「分かったー!」
「なーんだ。ならいっか!」
「安心したよ〜」
「……」
チョロい――ダンはホッとした様子で喜ぶ少女たちを見ながら、そんな感想を抱く。
今ので果たして何かの言い訳が立ったのだろうか? ダンには適当に言いくるめられたようにしか見えなかったが。
彼女たちの身長は、大体の目測ではあるがそれぞれ170センチ近くはあり、飛行に適したスレンダーな体型をしている。
体型的に成人女性なのかと思いきや、言動はまるっきり幼い子供そのものである。
もしかしたら遺伝子的に見た目と年齢がチグハグな種族なのかも知れない。
それか彼女たちが度を越して能天気かだ。
しかし悪い子たちでもなさそうなので、今後のことを考えて仲良くなっておきたい。
ダンは、前回も現地人との鉄板のコミュニケーションを試みる。
「えー……。もし良ければ、私の船で君たちの種族のことについて色々聞かせてくれないか? お礼と言ってはなんだが、こちらからは甘いお菓子を――」
「食べ物くれるの!?」
「やったー! いくいくー!」
「おっかし! おっかし!」
「そ、そうか」
その誘いに少女たちは、なんの警戒心も持たずに飛び付いてくる。
誘っておきながら、その食い気味の勢いにダンが引くほどである。
この安直さでは、悪意のある人間に捕まれば簡単に懐柔されてしまうのではないかと心配になる。
しかしそれはそれとして、ダンは食べ物で釣って
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