第27話 制圧


 「ふん、後もう一押しといったところだな」


 帝国軍将官、フリオ・セザールは、ご自慢の口髭を豪雨に湿らせながら、目の前の戦況を悠然と眺めていた。


 ろくな武装も頭数も持たない亜人どもの集落の割には、ずいぶんと粘られたなと不機嫌に鼻を鳴らす。


 彼の所属する東方征伐隊は、帝国において夷狄いてきと認定されている、魔性の森に住む亜人たちを討伐することを目的として編成された軍隊である。


 しかしこれまでは睨み合うだけで、時折魔性の森に派兵してちょっかいを出しては、すぐに引いていくやる気のない無能の兵士の集まりでしかなかった。


 しかし最近皇帝が代替わりしたことで状況が変わった。


 国策として、本格的に東方の亜人討伐を掲げた始めたのだ。


 国内をまとめ上げるには、外部に敵を作るのが一番という実に政治的な思惑の元、魔性の森に住む者たちは今危機に晒されていた。


 その尖兵として、セザールには最も帝国側に近い、獣人ライカン族の郷を手始めに陥落せよとの命令が下された。


 その為に、セザールは周到な準備も行った。


 まず万全を期すために、国家間の条約では使用を禁止されている、"竜香りゅうごう"という竜や亜竜が好む匂いを放つ香を焚いて、飛竜を地上に呼び寄せる。


 人間同士の国では使用を禁止されているものでも、そもそもこれは帝国にとっては尋常な戦争ではなく、ただの害獣駆除である。


 亜人相手に条約を守る気などさらさらなかった。


 また竜香は、雨が降るとすぐにその効果がなくなることもあり、雨季の直前であるこの時期においては使いやすいのもあった。


 この付近で飛竜の巣が存在することは確認済みであり、亜人の集落の付近に飛竜をけしかけて、郷に壊滅的な被害を出してから、安全に攻め入るつもりだった。

 

 (……ちっ、まるで損害を受けておらんではないか。やはり気まぐれな魔物などに頼ったのが間違いだったな。せめて半壊ぐらいはしてくれていることを期待したが……)

 

 セザールは内心で舌打ちしながらも、戦況を見守る。


 彼の中では、大方気まぐれな魔物がちょっと暴れたくらいで満足して、どこかに飛び去ってしまったのだと結論が出ていた。


 大した武器もない亜人の集落などに、まさか飛竜を倒せるほどの戦力があるとは想定していなかった。


 実際には、ダンが猛威を振るう前にあっさり倒してしまったので、郷には全く被害が出ていなかっただけなのだが。


 それでも、圧倒的な物量と装備の差、そして防壁のあまりの貧弱さによって、ライカン族の郷は徐々に被害を増しつつあった。


 「adikiotihuomota!! eseakihso!!」


 ツタを絡めて作った粗末な防壁バリケードの上で、亜人の戦士らしき男が必死に声を張り上げる。


 だが、それに対してセザールはなんら思うところはなかった。


 東大陸語を話すことすら出来ず、まともな知性すら持たない卑しむべき蛮族。


 その認識が動かぬ以上は、あれは言葉ではなく、彼からすればただの獣の鳴き声でしかなかった。


 「愚かな……獣風情がまだ抵抗するか。今一度矢を射かけろ!」


 そう言って、セザールが再び攻撃命令を下す。


 戦況は既に一方的なものとなっており、集落は今まさに陥落させられそうになっていた。


 しかし、その時――


 「なっ……!」


 突如、戦場には不釣り合いな、銀色の影がその場に降り立った。


 ――それは、恐ろしく美しい少女であった。


 作られたような完璧な造形の顔に、人形のような無表情。


 透き通った瑞々しい白い肌に、月光をそのまま落とし込んだような銀髪。


 そんなこの場には不釣り合いな存在が突如として戦場に降り立ち、敵味方問わず、その視線を一身に集めていた。


 「な……んだ、あれは?」


 そうセザールが言葉を失った、次の瞬間――


 「があっ!」


 本隊の前列の一人が、絶叫を上げながら何者かに弾き飛ばされる。


 否、何者かなどではない。


 目の前の不思議な少女が、その細足から繰り出される蹴りの一発で、大の男を軽々吹き飛ばしたのだ。


 その光景に一瞬呆気に取られるも、セザールはすぐさま正気を取り戻して声を張り上げる。


 「て、敵の新手だ! その娘を囲え! 囲えーー!」


 命令を聞いて、兵士たちも慌ててその少女を取り押さえにかかる。


 しかし、その少女は一切怯む様子は見せず、それどころか数十人の武装した兵士を真っ向からなぎ倒しながら、真っすぐ指揮官であるセザールの元に向かってくる。


 「...adami!! ekuzustinemusumona!!」


 亜人側も好機と見たのか、リーダー格の男がそう号令をかけると、外壁から飛び出して一斉に攻勢をかけてくる。


 「くそがぁっ、薄汚い土人どもめッ!!」


 セザールはそう悪態をつくも、もはや相手の勢いは止められず、率いていた戦列が崩れ始める。


 慌てて退却を命じようとした、その時――戦列を跳躍だけで高く飛び越えて、セザールの目の前に、銀色の髪の少女がスタッと降り立った。


 「おっ……お前は!」


 何者だ――そう訪ねようとした瞬間、スパン、とセザールの顎が少女の平手で跳ね上げられ、一瞬で意識が闇の中へと飲み込まれる。


 泥濘の上に力なく崩れ落ちたセザールは、少女に体を軽々と担ぎ上げられ、捕虜として集落の中へと引きずり込まれていった。

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