第26話 騒乱


 「……また雨か」


 ダンは、船外カメラを通じて、生憎の空模様を見てそう呟く。


 ウトゥのジッグラト、白き館エバッバルを攻略してから、既に一週間経つ。


 その日からしばらくの間、ビットアイの調整や試運転などを行っていた訳だが、その翌日辺りから、猛烈な豪雨が降り始めたのだ。


 恐らく季節風モンスーンによる雨季の訪れだろうと思われるが、もう五日もバケツをひっくり返したような雨が続いている。


 リラとシャットと約束した、七日後の郷への再訪問の日が今日なのだが、この天気では、とても約束を果たすことなど出来なさそうであった。


 (せめて様子を見に行くか。一応ビットアイには通信装置もある。二人に軽く話して今日のことを謝罪すればいいだろう。少し驚くかも知れないが……)


 ダンはそう考えて、ビットアイのコントローラーを取り出す。


 別に塔の中にいなくても、このコントローラーさえあれば、どこからでもビットアイを操作することは出来る。


 お披露目がてら郷に送り込んで、今後の連絡用の通信機器として設置するのも良いかもしれない。


 ダンはそんな事を考えながら、コントローラーを操作して、雨の中ビットアイを十数機、郷へ向かわせる。


 ビットアイはおよそ50センチ、十キロkgほどの大きさで、最大は時速200キロほどまでスピードを出すことが出来る。


 小回りも効くので、木々の合間を縫って行くと、それほど時間もかけずに郷にたどりつくことができた。


 ――しかし、なにやら様子がおかしい。


 「……ん? なにか騒がしいな」


 ザーザーと激しく雨の打つ音に紛れて、明らかに騒がしい人の言い争う声がマイク越しに聞こえてくる。


 それに伴い、金属同士がぶつかり合う音。


 周囲を複数機で監視しながら、ホログラムでその視点を表示させると――郷の中で、誰かが激しく揉み合っているのが見えた。


 片方の男が剣のような物を振りかざし、今まさにライカン族の女性に向かって、突き下ろそうとしていた瞬間であった。


 「……! いかん!」


 ダンは急いでコントローラーを操作して、その剣を持った男にビットアイを突進させる。


 ビットアイには一応レーザーの装備もあるにはあるが、こんな大雨の中では、威力が九割以上減衰して、目くらましにしかならない。


 それなら、機体本体を直接ぶつけたほうが確実だった。


 『ぐがっ!』


 『ひっ!』


 ホログラムの向こうでは、顔を抑えた男が悶絶する様と、怯えるライカンの女性の映像が映し出されていた。


 「早く逃げろ!」


 ダンはコントローラーに向かって、ライカンの言葉でそう叫ぶ。


 ビットアイのスピーカーを通じてそれが伝わったのか、女性はハッとした顔になって、慌ててその場から逃げ出した。


 『osuk!! adnettadnan!?』


 男はよく分からない言葉を発しながら、頭から血を流してよろよろと立ち上がる。


 よく見ると、その男にはライカンの動物の耳のような特徴が全くなかった。


 今までライカンとしか話をしていなかったから逆に違和感を覚えるが、目の前の男は、ダンと同じ人間だった。


 『uoray...urayetihsawokkub!!』


 そう謎の言語で叫びながら、男は画面に向かって斬り掛かってくる。


 ――しかし、その頃には既に周囲に複数機のビットアイを待機させており、ダンの合図と同時に男を一斉に制圧しにかかった。


 『ぎゃっ!!』


 複数のビットアイの突進に釣瓶打ちにされて、男はズタボロになりながらその場に倒れ込む。


 ひとまず安全が確保されてホッとしたのも束の間――今度はまた別の場所から、激しく争うような音が聞こえてくる。


 どうやら郷が大規模な襲撃を受けているようだった。


 「ノア!」


 「ここに」


 ダンがそう呼びかけると、すぐにノアの操作する護衛用アンドロイド艤装が現れた。


 「ライカン族の郷が、何者かに攻撃を受けているようだ! 今から出撃するから、君も一緒に着いて来てくれ」


 「了解しました」


 そう命令すると同時に、ダンはSACスーツを着込み、武器庫から適当な武装を掴んで装備する。


 今回の予想される相手は人間なので、殺傷性よりも制圧性を重視した装備である。


 ノアに関してなら、生身の生き物相手なら素手でも問題なく対応できるだろう。


 その想定で、ささっと装備を整えたあと、ダンはすぐに出発の準備を済ませる。


 「ここから先は目的地に最速で向かう。君に関してはなんの心配もしていないが、出来る限り多くの人を助けるよう心掛けてくれ」


 「了解しました。……それと、船長キャプテン、本機から一つ報告すべきことがあります」


 突然そんなことを言い出すノアに、ダンは訝しげな顔で聞き返す。


 「なんだ? 悪いが今は時間が惜しい。出来るだけ手短に頼む」


 「実は先日、本機の判断でジッグラトで手に入れたコントローラーを解析し、内部のプログラムの再現に成功いたしました。以降はコントローラーなしでも、本機の搭載機能の一部としてビットアイを使用することが出来ます」


 「本当か!? それじゃあ、移動しながらでもビットアイの操作が可能ということか?」


 「可能です。現在も、二十機を動員してライカン族の郷においての状況把握と、要救助者の護衛にあたっております」


 「流石は私の相棒バディだ! 頼りになるな」


 ダンはそう心からノアを称える。


 実際ダンにしてみれば、命令を下さずとも最善の判断をしてくれるノアの存在は非常に有り難かった。


 頼りになりすぎるくらいである。


 ノア自身にとっては、それはただ自らの任務をこなしただけであり、賛辞を受けた所で何ら感じることはないはずである。


 ――しかし、その賛辞を受けたノアの口元が微かに誇らしげにほころんだのには、その場に居たダンも、そして本人ですらも気付くことはなかった。



 * * *



 豪雨の中を、ダンたちはバチャバチャと水音を立てながら最速で駆け抜ける。


 既に道半ばを越えて、もうすぐそばまで郷が迫っていた。


 ノアがビットアイを操作して、要救助者を守ってくれてはいるものの、まだ油断はできない状況だった。


 現場を見ているノアからの報告によると、何人か死者も出ているらしい。


 どうやらちょっとした揉め事のレベルではなさそうであった。


 「この辺りだな……よし!」


 ダンは、例のごとく茂みに隠されたバリケードを見付けるや否や、確認も取らずにジェットパックで飛び越えて中に侵入する。


 どうせ声を掛けても誰も出てこないのは分かっていた。


 ノアも、それに続いてジェットすら使わず、純粋なジャンプ力だけでバリケードを超えて中へと入る。


 「こちらです」


 そう言ってノアが先導する。


 郷の奥の方では未だ小競り合いが続いているような音がするが、今はそれよりも先に、ノアがビットアイを使って保護したという、要救助者たちの確認が先であった。


 立ち並んでいたツリーハウスは、小競り合いが原因で木の根元からへし折れ、無惨な残骸を残すだけとなっていた。


 そんな中で、数少ない形が残っていたエリシャの家にノアは案内した。


 そして、ダンもそれに従う。


 「だ、誰だいあんた!」


 家の中に隠れていたライカンの女性が、最初に入ったノアの姿を見て怯えたような悲鳴を上げる。


 無理もない。彼女たちからすれば、ノアは初めて見る人物だ。


 故に、既に郷の住人たちと顔見知りとなった、ダンが前に出る。


 「大丈夫だったか? 彼女のことなら警戒しないでいい。私の部下だ」


 「あ、あんたは、あの飛竜の人……!」


 「……!? なんだと! ダン殿か!? まさか、ダン殿が来られたのか!?」


 家の奥からエリシャが慌てた様子でダンの元に悪い足を引きずるように駆け寄ってくる。


 「おお……! 森の主は我々を見捨ててはいなかった。……いや、あなたこそが正しく、我らの新しき神でしたな」


 「長老、一体何が起きたのですか? さっきたまたま、この無人機を使って郷の様子を見に来たら、とんでもないことになっていて驚きました。何かの揉め事に巻き込まれたのですか?」


 ダンは家の中に入り込んで、部屋の中を徘徊するビットアイを指差す。


 「では、このよく分からない目玉のような怪物は、ダン殿が送り込んできた使いのようなものだったのですか? 急に現れて、奴らと戦い始めたので、一体何事かと思いましたが……」


 エリシャはそう驚いたあと、コホン、と咳をしてから続けた。


 「失礼致しました。なんでこんなことになっているかと言いますと……奴らは、帝国から派遣されてきた兵士たちだからです。奴らは偶に、こうして我らの郷を襲撃して財産を奪い、女子供を攫って売り捌いて小遣いを稼いでおるのです。それにしても、これほど大規模な攻撃は初めてのことですが……」


 ダンはそれを聞いて、ふと不安に駆られる。


 そう言えば、この家の中にはリラやシャットの姿がない。


 屋内には十数人の女性や子供が固まっているが、その中にはダンの顔見知りは殆どいなかった。


 「すいません、子供が既に何人かいないようなのですが……」


 「そ、それは……」


 ダンの問いに、エリシャは気まずそうに目を逸らす。


 「お、俺、見たよ!」


 そんな時、避難していた者たちの中から、一人の少年が声を上げた。


 そのどこかで見た顔に、ダンは記憶を掘り起こした。


 「君は確か……いつぞや見た少年か。確かバズくんと言ったな?」


 「そんなのはどうでもいいよ! 俺、見たんだ! シャットが無理やり連れ去られていくとこ! 人間たちに手を引っ張られて……!」


 そう言いながら、バズは悔しそうに拳を握りしめる。


 「で、でも、俺怖くて、自分も連れて行かれたらって思うと、隠れて見てるだけだったんだ……」


 「……どっちの方角に連れて行かれたか、覚えているか?」


 悔し涙を流しながらそう独白するバズに、ダンは冷静に応える。


 「あっちだよ。郷の入り口とは逆の方角……。シャットのやつ、連れて行かれる時までずっと、『あんたたちなんか、ダンがやっつけてくれる!』て騒いでたよ。……俺、立派な戦士になるってずっとあいつに言い続けてたのに、何も出来なくて、情けねえよ……」


 「そうか……。ノア、この子の言う方角に、ビットアイを何機か向かわせて捜索してやってくれ。恐らくそう遠くには行っていないはずだ。見つけたら、足止めを頼む」


 「了解しました」


 そう命令を下すと同時に、ビットアイはその場から飛び去る。


 それらを確認したあと、ダンはバズの前に片膝を着いて話し始める。


 「でかしたぞ」


 「え?」


 その意外な言葉に、バズはキョトンと首を傾げる。


 てっきり自分は責められる者だと思っていた。郷の仲間を、それも女の子が攫われているところを見ながら、自分は恐怖のあまり逃げてしまったからだ。


 お前は臆病者だとなじられ、軽蔑した目を向けられると思っていたが、ダンの反応は予想外のものであった。


 「君がちゃんと帰還して情報を持ち帰ってくれたおかげで、こうして早いうちに有効な手を打てる。……先程君は、立派な戦士になるといったが、良い戦士の条件とは一体何か分かるかい?」


 「良い戦士の条件……? それはやっぱり……勇敢に戦うことじゃ?」


 ダンの言葉に、バズはそう返す。


 「違うな。"生きて帰る"ことだ。無理な相手には決して挑まず、冷静に状況を判断し、仮に勝てずとも生きて情報を持ち帰る。その情報や経験を元に、改めて対策を練ることで、結果的にその場で蛮勇を奮うより多くの味方や家族の命を助けることが出来る。……君がやったのはそういうことだ。だから、でかしたと言ったんだ」


 「で、でも俺、怖くてシャットを見捨てて……」


 そう言い聞かされても、バズは罪悪感からか、まだ素直に称賛を受け取れないでいた。


 「ふむ……では聞くが、もしその場で君が男たちに飛び掛かって、どうにかなったと思うかね? 武装した複数人の大人たちを、君一人で片付けてシャットたちも助けられたとでも?」


 「それは、その……」


 「そういうことだ。君がその場で無茶したところで、捕らえられるか、下手をすればもみ合いになって子供の死体が一つ増えただけだろう。だが君はそんな愚行は犯さず、いち早く私に重要な情報を届けてくれた」


 「…………」


 「君のその"臆病さ"が、結果的にシャットや他の者たちが助かる可能性を引き上げたんだ。その臆病さは戦士としてとても大事な資質だ。卑屈になることはない。……だが、どうしても納得がいかないなら――」


 

 ダンはそう言うと、ポン、とバズの肩を叩いて、更に続けた。


 「強くなることだ。鍛えて、訓練をして、いつかは自分が誰かを護れる存在になりなさい。今日のところは、私が君の後を引き継ごう」


 「……船長キャプテン、対象の一団を発見しました。今のところ死傷者はおらず、ここから500メートルほど北の森の中を真っすぐ進んでいるようです」


 会話に割り込んで、ノアが口にする。


 「分かった。連れ去られた者たちの救出には私が向かおう。君はここから、まだ戦闘が起きている方に向かい、戦っている者たちの援護に行ってやってくれ。そして、戦いながらもビットアイでこちらの防衛も継続して欲しい。マルチタスクになるが、君になら出来るよな?」


 「一切問題ありません。任務を遂行します」


 無茶ぶりとも言える命令に、ノアは平然とそう応える。


 「……ちょ、ちょっと待って下され、ダン殿!」


 そう命令を下すダンに、エリシャは慌てて口を挟む。


 「ん? どうしました?」


 「その……救援に来ていただいてこんなことを言うのもなんですが……本当にその娘一人で戦地に向かわせるおつもりですか? 向こうは百人以上の規模で、しかも凶暴な魔獣を連れております。ダン様のお力なしではとても……」


 「心配するのも無理はありませんが……ノアはこう見えて、私より遥かに有能な戦士です。たとえ兵士が何百人集まろうと彼女一人に傷一つ付けることはできません。どうか安心して下さい」


 「は、はあ……」


 エリシャは到底信じられないといった顔でノアを見やるが、それ以上食い下がることもせず口を閉ざす。


 「ノアがこの近辺を防衛している以上、あなた方の身の安全は保証されています。どうかここから出たりはせずに、じっとしていてほしい」


 「分かりました……」


 そう不安を見せながらも了承する郷の住人たちに、ダンは軽く頷いてから踵を返した。


 

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