第23話 ウトゥの試練
遺跡の屋上たどり着くと、エレベーターは昨日と同じ場所にあった。
こんな森の奥にわざわざ踏み入る者などいるはずもなく、誰かが何か細工を施した形跡もなかった。
それらを確認したあと、ダンはエレベーターらしき足場に乗って、端末の前に立つ。
黒い金属板に楔形文字が彫り込まれ、行き先のフロアを表しているのか、いくつもの四角に区切られたボタンが配置されていた。
「行く先を選べ、か。五階層しかないが……。最下層以外は閉鎖されているようだ」
ダンは、そう呟きながら端末を操作する。
昨日のうちに、念の為ノアから楔形文字のデータを
「ふむ……ひとまず最下層にいくか。どうせ最初からそこが目的だからな」
ダンはそう言ったあと、地下五階を示すフロアのボタンを押す。
――すると、ガチャン、という音とともに足場の周りに柵がせり出して、スー、と音もなく下に降り始める。
「駆動音がしないぞ。それにこの浮遊感……まさか、"反重力リフター"か!?」
ダンはそう驚愕する。
"反重力リフター"とは、近年地球でも開発された最新鋭の技術である。
実際には重力そのものを操作しているわけではなく、近年発見された元素によって負の質量の状態を作り出すことを成功し、重力の枷を無効化することに成功した。
その歴史的な新元素は、『地球、大地』を意味する"テラオン"と名付けられた。
テラオンは、レーザーで状態を固定しながら一定の電荷を与えることで、スピンが逆転して負の質量の状態を疑似的に作り出すことが出来る。
その新技術によって、地球人類史上最大の発明とまで言われた、"反重力リフター"が現実のものとなったのだ。
しかし、地球における最新の技術なだけに一機にかかるコストの高額で、使用するエネルギーも莫大なので、地球ではまだ使用される設備が限られている。
それこそノアの離着陸機能にも反重力リフターが使われているが、これはノアが最新鋭の宇宙船だからであって、ただのエレベーターに使うなどありえない。
外観を見るに数百年は経っているであろう遺跡の内部に、普通に反重力リフターが使われているという事実に、ダンは敗北感を覚えざるを得なかった。
「……まあ考えても仕方のないことか。元々、相手が優れた科学力を持っているというのは分かっていたことだ」
ダンはそう切り替えたあと、すぐに気を引き締め警戒態勢を整える。
エレベーターは振動もなくスムーズに降下し、わずか三十秒ほどで地下200メートルまで到達した。
二人はエレベーターから降り立ち、そして――その先の光景に圧倒された。
「これは……!」
ダンは思わず声を漏らす。
そこには、地下とは思えないほどに広々とした青空と、砂漠のオアシスの風景が広がっていた。
煌々と輝く太陽の下で椰子の木が生い茂り、すぐそばには、豊かで澄んだ水を湛えた川が流れている。
その川は地形の段差に合わせて小さな滝となり、周囲に生命の恵みを与えている。
滝壺の周りには、色とりどりの花が咲き乱れ、青い小鳥が澄んださえずりを響かせていた。
「ノア、これは――」
「
ノアがそういうや否や、まるでその声に応えるかのように、周囲の立体映像がフッ、と消える。
そして後には、真っ黒な黒曜石に覆われた、荒涼としただだっ広い空間だけが広がっていた。
「……反響から面積を測定した結果、天井は約40メートル。広さは奥行き横幅がともに約120メートルのドーム型の形状をしています」
そう淡々と測定結果を報告するノアに、ダンは軽く頷いたあと、改めて周囲を見回す。
明かりは足元からぼんやりと白い光が差しており、その空間を幻想的に彩っていた。
そして何より目を引いたのは――ダンの立っている向かい側の壁の端には、明らかに人間とは思えない、立てば身長が20メートルほどもある、巨大な宇宙服を着た人物が、椅子に座ってこちらを見下ろしていた。
「なんだあれは……! 生きて、いるのか?」
「熱源反応がありません。死んでいるか、もしくは最初から無機物である可能性が高いです」
警戒するダンを他所に、ノアは淡々とそう言い切る。
何故宇宙服と咄嗟に分かったか、ダンの着ているSACスーツとかなり見た目が似ているからだ。
紫外線を99パーセント以上カットする濃いアイボリーブラックのヘルメットに、真空状態の体の内圧を抑えるために、内蔵を圧迫したデザインのボディスーツ。
多少の文化的な意匠の違いはあれど、機能性を追い求めたら、大体同じ姿に行き着くのかも知れない。
そして何より、この巨大な宇宙服はただの飾りで置いているものではなく、所々傷が入り、誰かが使っていたかのような形跡が見られる。
それを見たときから、ダンはこれを本物の宇宙服だと直感した。
「宇宙は広いな。私たちと同じ高度文明人が、私たちと同じサイズである保証はどこにもないということか」
ダンはそう認識を改める。
確かにこの大きさなら、これぐらいの部屋の広さがなければさぞや息苦しいことだろう。
この地下施設が居住地なのか墳墓なのか、それとも礼拝所なのかはわからないが、少なくとも自分たちの目線に合わせて作られた訳では無さそうだった。
そんな時――ダンはその巨大な人物像の足元に、何か青白く光る、石碑のような物があることに気付いた。
「あれは……見に行ってみるか。安全装置は外しておけ」
「はい」
短く会話を交わして、二人は警戒しながらその石碑に近付く。
二人がその前に立つと――何も書かれていなかった長方形の石碑が、ぼんやりと光り始める。
「!?」
警戒する二人を他所に、その石碑の表面に、青白く輝く文字が浮き上がる。
――そこには、淡く光る文字でこう書かれてあった。
――――――――――――――――
彼の者の名はウトゥ
一日の内で最も多くを識る者。
最も多くを見る者。
太陽の代理人。
正義の執行者。
あなたがその目を求むるなら。
あなたがその叡智を求めるなら。
ウトゥの前にその威厳を示せ。
―――――――――――――――――
「なんなんだ、これは……?」
ダンがそう困惑した声を上げた、その時――
バン!
とどこからともなく大きな音が響き、ガラガラと壁の一部が崩れ落ちる音が続く。
「!?」
即座にそちらの方に銃を構えると、そこには――崩れた壁の奥から、髭を生やした人の顔を持った獅子のような怪物が、ゆっくりと顔を出してきた。
「あれは……」
その不気味な姿の生き物に、ダンは思わず声を上げる。
「"
戦闘態勢を取りながらも、ノアはそう丁寧に解説する。
「それが今や自律歩行戦車か……情緒もへったくれもないな」
そう愚痴をこぼしながら、ダンは壁の両側から一体ずつ来る
「ノア……私が合図すると同時に、跳べ!」
「了解しました」
そう平坦な声で応えながら、ノアは自らの武器を構える。
ノアが持ってきたのは、通称"バレットストーム"と呼ばれる、二槽式ミニガンである。
通常のガトリングと比べて、砲の数が二倍多く、内軸と外軸にそれぞれ六筒ずつ銃口が搭載されている。
それらを右回りと左回りで同時に回しながら、毎分22000発という凄まじい連射速度で15ミリ弾を発射して、対象を圧潰する。
通常は艦載武器で持ち歩くものではないが、アンドロイドの腕力でなら、持ち歩くことは可能だった。
「3……2……1……よし、今!」
ダンがそう号令をかけた瞬間――ノアは脚部のジェットを使って高く飛び上がったあと、地面に向けてミニガンをかざした。
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