第22話 新たな力
「アヌンナキ、か……」
ダンはノアから提出された、あの謎の七柱の神々のデータを参照していた。
古代シュメールの神々。
ほとんど文献の残っていない謎の存在で、古代シュメール人は彼らを崇めて、"
このシュメール人というのも謎が多い民族だ。
当時ウバイド人が支配していたメソポタミア地方に突如として現れ、小規模集落だったその地を一気に都市国家群へと発展させた謎の集団。
その功績は多岐に渡る。
史上最古の都市国家を築き、太陰暦を開発して天文学を発展させ、太陽の通り道である"黄道帯"を発見し、それにまつわる十二星座の基礎も創り出した。
また、歴史上最も影響を与えた"車輪"と青銅を発明し、時間の基礎となる60進数をも産み出した。
後にそれはエジプトで生み出される、12進数に影響を与えたとも言われている。
また、天体望遠鏡もない時代に既に太陽系内の天王星や海王星までの惑星の存在を知っていたとされる。
彼らシュメール人が地球文明に与えた影響は莫大で、革命的で――何より不自然だった。
まるでどこかの神様から急に知識が降ってきたかのような、不自然な文明の爆発的発展。
シュメール人はそれまでどこの地域に住んでいたのか一切分かっておらず、唐突にメソポタミア地方に現れ、当時文字を持たなかったウバイド人に楔形文字をもたらしたとされる。
彼らは自らのことを"混ぜ合わされし者"と呼び、今の地球の発展の基礎を築いた。
――そして、今ダンが置かれているこの状況。
「私は……地球文明の基礎を築いた、大先輩の足跡を辿ってきたのか?」
ダンはそう一人呟きながら、コーヒーを啜る。
地球人類がまだ素手で土をいじっていたような時代に、彼ら"アヌンナキ"はもう宇宙航行能力を持っていたのかも知れない。
そして、どこからか自分たちの部下であるシュメール人を連れてきて、地球に文明の"種"を蒔いた。
それが一体なんの目的があってのこと分からない。
だが、ここ数千年の地球人類の発展を、まるで試験管の実験動物でも覗き込むように見ていた存在がいたとしたら、今のダンからしても相当な力の開きがあるのではないかと思う。
今のところ敵対するようなことはしていないが、万が一交戦することになったら、とてつもない強敵になることは間違いなかった。
『提案致します、
そんな時、ノアが突如船内のスピーカーを使って話しかけてくる。
「ん? どうした?」
『本機の武装についてです。船体の自己修復機能により、本機の機能の一部が復旧。それにより、"護衛型アンドロイド艤装"の出動が可能になりました。明日の調査に万全を期すため、Bー1型アンドロイドの同行を強く提案致します』
「そうか。それは心強いな……。ぜひ頼むよ。味方が一体いるだけで、大分生存率変わってくるからな」
『了解しました』
相手が何であれ、これで少しは余裕が出てくるだろうと、ダンは胸を撫で下ろす。
ノアに付属した護衛用アンドロイドは最新鋭機に搭載されているだけに非常に高性能だ。
コストが高く、一体しか搭載出来ていないのが玉に瑕だが、性能だけで言うなら地球の科学力の粋を集めたものだ。
護衛用とは銘打ってあるが、船内の重火器を持たせれば重戦車とも渡り合える性能もある。
"彼女"がいるなら早々危険な目に遭うことはないだろう。
ダンはそう高をくくりつつも、自身も明日に備え、武装を考え直すのであった。
* * *
次の日の朝――
日の出とともに機械的に目が覚めたダンは、簡単に食事を取って、装備を入念にチェックしていた。
今回想定される相手は、これまでとは格が違う。装甲を持つ近未来兵器である可能性が高い。
正直に言うと現地生物などダンからすれば物の数ではないが、装甲を持った兵器となると話が別だ。
まだ戦闘があるかすら決まった訳では無いが、それ前提で動いていたほうがいざというときに対応しやすいはずだ。
そう考え、ダンは武器棚から大型の重火器を手に取った。
しかし、その時――
「お待たせしました。脚部の調整に時間を取られましたが、現在の状態は
武器庫の奥から、ストレートの長い銀色の髪を靡かせて、まるで人形のように整った顔をした美少女が現れた。
"ノア"だ。護衛用アンドロイド艤装に自身の人格データを載せて、遠隔操作している。
その声は、船内のスピーカー越しに聞こえるものと同じだが、アンドロイドの声帯を通して聞こえることで、なんだか少し幼いような印象も受ける。
アンドロイドの年齢は17歳ほどを想定して造られており、まだあとけなさの残る顔に、ピッチリとしたボディスーツに身を包んでいた。
ところどころ関節部などで機械らしい骨組みが見えたりはするものの、それで彼女の造形的な美しさが損なわれるようなことはなかった。
ダンはそれを見ながら、なんとも言えない微妙な顔をした。
「……? どうかなさいましたか、
「いや、これは今更だが……やはり君のその見た目は、だいぶ制作者の趣味が入っていると思ってな。やけに扇情的だし、地球の女子高生くらいの子を盾にして戦うのは、大人としてなかなか抵抗がある」
ダンから見れば娘ほどの可憐な見た目の少女に、巨大な重火器を持たせて戦う。
なんというか、誰かのフェチを感じざるを得ない光景だった。
「この艤装を開発した"ジョージ・ヤナギサワ博士"によると、『細身の美少女がゴツい軍事兵器を駆使して戦う姿は最高に映える!』、だそうです。本機にその意図は測りかねますが、護衛用アンドロイドBー1型は、人体よりも遥かに強靭な構造を持ち、またナノマシンによる自己修復機能も備わっています。本機が前線で戦い、
そう何でもないことのように言うノアに、ダンは頭痛からこめかみを抑える。
柳沢丈二博士は、ダンと同じ旧日本国出身で、同郷の知り合いでもある。
ロボット工学の第一人者で、天才の名を欲しいままにする優秀な科学者なのだが、筋金入りのドールマニアであり、かなりの奇人……いや、ぶっちゃけ変態としても知られている。
曰く、『アンドロイドは高度な知性と美しい体と運動能力を併せ持つ、人類の上位互換だ。人間こそ彼らに服従すべき!』とは彼の弁だ。
アンドロイドの見た目がここまでごく一部の趣味に偏ったものになっているのも、博士の溢れんばかりの情熱が現れた結果に違いなかった。
「分かってはいるがこれは気分の問題だ。……まあいい。持っていく武装に関しては決まっているのか?」
「
ノアの返答に、ダンは頷く。
「分かった、なら君に任せる。現地では頼りにしてるぞ、ノア」
「最善を尽くします」
そう会話したあと、二人はそれぞれ武装を手に取って、件の遺跡の地下へと向かった。
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