第21話 未知なる願い


 我らアヌと七人の子。


 遠く離れた暗黒の海の彼方より、この地に降り立てり。


 我らはこの地を、新たな"芽"を育てる試練の場とした。


 運命に導かれし子よ、帰り道を求むるなら、我ら七人の館を巡礼せよ。



 最初はウトゥ


 次に、エンキ


 イナンナ


 ニンフルサグ


 エンリル


 ナンナ


 ――そして、アヌ。


 

 全ての巡礼を終えし時、アヌの無限の知識があなたに宿り、宇宙はあなたのゆりかごとなる。


 あなたが八人目となる時、我らは一つとなり、また新たな知識が繋がれる。


 我ら七人はその時を待ち望む。


 変化を待ち望む。


 可能性を待ち望む――。



 * * *



 『なんだ、これは……?』


 ノアが平坦な声で読み上げる、その不可解な内容に思わずそう零す。


 そしてこの語り掛けるような口調……文章でありながら、ダンはどこかで聞いたことがあるような気がしていた。


 アヌと七人の子、というのはとんと聞き覚えのない名前だが、話の中の"運命に導かれし子"という部分は、自分のことを指しているのではないかと直感的に察した。


 もしそうなら、この帰り道を求めるなら、という一文――これが非常に重要な意味を持つこととなる。


 これは突然この星に連れてこられたダンに対して、地球に帰還する手段がある、ということを示唆しているように思われた。


 (この七人の館を巡礼すれば、元の地球に帰れる手段が手に入る。それを見つけ出せ、ということか?)


 ダンはそう推測する。


 まさか宇宙規模の距離をひとっ飛びで無効化するような手段が見つかるとでも言うのだろうか。


 『なお、ウトゥ、エンキ、ニンフルサグ、イナンナ、エンリル、ナンナ、アヌ――これらは全て、メソポタミア神話において、"アヌンナキ"と呼ばれる、運命を司る七柱の神々です。地球と同じ信仰がこの地に根差していたことは、確実であると思われます』


 ノアはそう補足し、結論を導き出す。


 『……あるいは、その信仰対象そのものがここに来ていたかだな。古代の地球で、宇宙を航行するほどの技術を持っている者がいたら、それは周りからは神と崇められてもおかしくはないだろう』


 そう言ってダンは、この七柱の神々――否、七人の古代文明人が、自分をここに呼び寄せた張本人だと確信する。


 そして、この建造物こそが、自分をここに招き寄せたワープポータルなのだ。


 『……しかし、どうやってこの装置を起動すればいいんだ? 一見ただの朽ちた遺跡にしか見えないんだが』


 『成分を解析した結果――外部は石材によって擬装されていますが、内部からは金属反応が見られます。また、地下200メートル地点から常時強力な電磁波が発せられており、本体装置はそこにあると推測されます』

 

 ダンの疑問に、ノアはドローンを介した解析結果をそう報告する。


 『200メートル!? そんな奥深くまで続いてるのか!? 地上の露出部分より遥かに巨大じゃないか』


 『間違いありません。音の反響から観測するに、最低でも地下212メートルまでは構造物が続いているものと思われます』


 『まるで地下要塞だな。この持ち主は核戦争でも想定してたのか?』


 ダンはそう驚きつつも、引き続き探索を続行する。


 表向きはただの石造りの遺跡である。いや、それですらかなり高度な建築技術を使っているのは見て取れたが、この地下には、それを遥かに超える何かが眠っているような気がしていた。


 そして、中央部の階段を登りきり、頂上にたどり着いたその時――


 『……! なにかの台座があるぞ』


 遺跡の朽ちた屋上の中心に、砂で満たされた大きな台座が置かれていた。


 直径は二メートルほど。メソポタミア形式なのだろうか、周りには独特の文化的な意匠が施されていた。


 その台座には、砂の他に何本か太さの違う鉄柱が突き立っており、砂の中にランダムに配置されていた。


 『……なんだこれは?』


 ダンはその鉄柱に触れてみる。


 びくともしない。相当強く固定されているらしく、その鉄の柱は動かすな、という制作者の意図があるのだろう。


 しかし、太さも配置も完全にランダムなこの鉄柱と、この砂の盆になんの意味があるのかダンには測りかねた。


 『……どういう代物なのか、分かるか? ノア』


 『申し訳ありません。本機には判断致しかねます。ただ、解析の結果、台座と柱の内部に電子回路が組み込まれていることが分かっています。詳細に関しては分解してみないことには不明です』


 『分解……は無理だ。この仕掛けの制作者は、恐らく我々より高度な文明を持っている。分解すればもう組み立てられなくなる可能性が高い。正規のやり方を見つけなくては』


 ダンはそう言って、改めて台座を見やる。


 最初は、この鉄柱をなんとかする仕掛けなのかとも思っていた。


 しかし動かせない以上は、その考えは捨てたほうが良いように思えた。


 もしかしたらどこかに隠しスイッチでもあるのかも、と調べてみたが、そういったものも見当たらない。


 『……この砂か?』


 ダンは、台座の中に満たされた乾いた白い砂をすくい、サラサラと落とす。


 特になんの変哲もない砂である。だが、他が全部ダメなら、この砂でなんとかするしかないように思われた。


 (この砂で何か図形でも描くのか……?)


 そんなことを考えながら、ダンは砂に五芒星のマークを描く。


 先程壁画で見た、四芒星に波形の紋章、頻繁に聞く宇宙を指す"暗黒の海"というワード。


 この場所には、何かしらの星の巡りが関係しているのでは、とダンは考えていた。

 そして、改めて台座を見た、その時――


 『……まさか!』


 ダンはハッとして、食い入るように鉄柱の並びとその太さの違いを確認する。


 鉄の柱の一見ランダムな並び方とその太さの違いに、ダンはある法則性を見出す。


 『分かったぞッ!』


 そして、ヘウレーカ、と言わんばかりの勢いでそう叫んだ。


 『ノア、これは星座の並びだ! この鉄柱を星に見立てて、砂の上に星座の線を繋ぐ。鉄柱の太さの違いは、等級の違いで、一等星は太く、三等星や四等星は細い鉄柱で表している』


 ダンはそう推察しながら、改めて鉄柱を見やる。


 『しかし……これはおかしいぞ』


 『どうなさいましたか?』


 『これは、地球の星座だろ。この一番太い鉄柱が"アルデバラン"、この細い六本の鉄柱の集まりが"プレアデス星団"だとしたら……これは"牡牛座"だぞ。この星から見える星座じゃないはずだ』


 ダンはそう特定する。


 宇宙軍士官学校を卒業しているダンは、当然地球から見える星座や恒星に関しては当然全てその配列は頭の中に入っている。


 中でも牡牛座は黄道十二星座ゾディアック・サインと呼ばれる、最も重要な星座の一つである。見間違えようはずもなかった。


 『この星には、この星から見たまた別の星座があるはずだ。なのにわざわざ地球から見える星座にするとは……地球出身の私に向けたメッセージなのか?』


 ダンはそう言いながらも、鉄柱同士をスラスラと淀みなく砂の線で繋いでいく。


 最後の星をつなぎ終えた所で、しばらく様子を見ていると――


 『おっ?』


 ブウン、という音と同時に、鉄柱の一本一本から青白いレーザー光が放たれる。


 それは、ダンが指で描いたラインを通って、互いの鉄柱同士を繋いでいく。


 『やっぱり、星座だったのか……』


 ダンがそう感心していると、台座の中からガチン、と何かが外れたような音が鳴り響く。


 それと同時に、砂の中に鉄柱が沈み込み、ズズズ、と引きずるような音を立てて台座が割れていく。


 『おいおい……まるでビデオゲームだな』


 ダンがそう呆れている間にも、台座周りで連鎖して仕掛けが動き、気が付けば目の前に、ぼんやりと青白い光が走る、不思議な円状の足場のようなものが現れた。


 明らかに周りの石とは違う、真っ黒い金属で出来たそれを、ダンはエレベーターだと直感する。


 端の所に端末のようなものがあり、それを操作すると地下まで降りれるようであった。


 『古代遺跡からオーパーツの近未来建築か……。インディ・ジョーンズにでもなった気分だが、今日はここまでだな。こんなよくわからない所に突入するには、少し武装が心許ない』


 ダンはそう言って、撤収を開始する。


 今から入るのは、正体不明の古代文明人が作った建造物の中である。


 正規ルートで入ったので問題はないと思うが、万が一これで中に入って攻撃を受けたりしたら、現地生物とは比べ物にならないくらい危険である。


 なぜなら相手は近代文明人、それも自分たちより格上の可能性がある相手だ。


 交戦になったらこちらもただでは済まない。


 慎重に挑む必要があった。


 『今夜辺りに入念に装備を見直して、また明日朝一番で挑むことにしよう』


 『了解しました』


 そう言うや否や、ダンはドローンを引き連れて即座にその場から引き上げる。


 背後には、その場に不釣り合いな近代技術が使われた、謎の足場がぼんやりと青白く光を放っていた。

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