第20話 新しい風


 次の日の朝――


 「もう行ってしまわれるのですか? もう少しゆっくりして頂いても……」


 さっさと身支度を整えるダンに、エリシャは残念そうに引き止める。


 「いえ、ちょっと気になることがありまして。早く帰って調べ物に専念したいのですよ」


 ダンはそう言ったあと、最後にSACスーツの首の突起部分を押し込む。


 ――すると、ガシャン、と音を立てて、後部に折りたたまれていたヘルメットが、元通り顔面を覆った。


 『それじゃあ、私はこれで失礼します。次にくる時はまたお土産でも持って参りますので』


 ダンはそうスピーカー越しに別れの挨拶を述べる。


 「次は……いつくるの?」


 「ちょっと、このままお別れだったらただじゃおかないからね! 絶対に来なさいよ!」

 

 見送りに来たシャットとリラの二人が、名残惜しそうに言う。


 二人とも本当だったらダンに付いていきたい所だったが、まだ本調子ではない母親を置いては行けぬため、こちらに残ることにしたのだ。


 『うん、そうだね。二人の顔を見るために、出来るだけ早く戻ってくるとも。大体一週間くらいかな? それまでいい子にして待っていてくれ』


 ダンはまるで出張に出るお父さんのような気持ちになりながら、二人の頭を撫でる。


 「まあ……! この子たちがこんなに懐くなんて。郷の大人にはまるで心を開かなかったのに……。本当に良くしていただいたみたいで」


 そう言って、二人の後ろから挨拶してくるのは、もうすっかり顔色が戻ってきた、エリヤであった。


 たった一日で先日に見た死相が抜けて、顔色も劇的に良くなっていた。


 二人も子供がいる割にはエリヤはまだ非常に若く、美人な顔付きをしていた。


 病み上がりということでまだ健康的とは言い難いが、その儚さがむしろ薄幸の佳人という雰囲気を醸し出していた。


 『なに、二人ともいい子で手がかからないので助かりました。むしろ私が助けてもらったくらいです』


 「それは嘘。シャットは反抗したりワガママばかり言ってダンを困らせてた。私はずっといい子にしてたけど」


 「ちょっ……あんたそうやって、自分ばっかり良いように言ってずるいわよ!」


 「事実を言っただけ。シャットの普段の行いが悪いせい」


 そう言って、キャッキャとまた姉妹喧嘩を繰り広げる二人を、大人組は和やかに見守る。


 そんな中、一人の男が前に歩み出てきた。


 「よう、旦那! 帰っちまうんだってな」


 『確か、ロンゾ君だったか。君ともゆっくり話したかったな。また次に来たときにでも酒を酌み交わそう』


 「ああ、それはいいな。だが、今回はそうじゃなくて、旦那に言いたいことがあんだ!」


 『言いたいこと?』


 (うん? 何か気に触ることでもしたか?)


 そのロンゾの言葉に、ダンは不思議そうに首を傾げる。


 しかしロンゾは、次の瞬間頭を深々と下げて言った。


 「頼む! あんたのことを兄貴と呼ばせてくれ!」


 『え?』


 「は?」

 

 その突然の告白に、その場に居た全員から妙な声が漏れる。


 『えーっと、つまりロンゾ君は、そっちの趣味があるわけではないんだよな?』


 「? 何の話だ? 俺は純粋にあんたの桁外れの強さに惚れたんだ! 飛竜をあっさり始末した上に、俺らライカンの戦士を、素手でひとまとめにぶっ飛ばすなんて、あんたほど強え奴は見たことねえよ! だから、頼むから俺の兄貴分になってくれ!」


 そう熱弁するロンゾに、ダンはホッとする。


 

 ただ純粋に強さに憧れているだけらしい。変な話ではなかったようだ。


 『それなら問題はないが……兄貴分とは具体的に何をするんだ? 基本私は船にいるから、そう頻繁にここにはこれないぞ』


 「それは問題ねえ! 俺が個人的に兄貴と慕うだけだ。たまに来たときに喧嘩の相手でもしてくれりゃあそれでいい」


 『ふむ……それぐらいなら別に構わない。好きに呼んでくれたらいいさ』


 「おお、ありがてえ! これからよろしくな、ダンの兄貴!」

 

 そう満面の笑顔で白い歯を見せるロンゾに、ダンも思わず苦笑する。


 「なんか暑苦しい……」


 そうウンザリしたようにリラは呟くが、ダン自身は別にこういうノリは嫌いではなかった。


 ロンゾ自身も、屈託のない好人物であるが故に、郷の中でも慕われている。


 彼と仲良くなることは、ダンにとっても利益があることと思われた。


 「ダン様」


 そんな時、見送りに来た人々の奥から、一際大きな人影が現れた。


 「ラース君」


 「……一晩考えました。自分の人間に対する憎悪を、無関係なあなた様に理不尽にぶつけたことを、今は恥じ入る思いでごさいます。本来なら、郷と住人を救ってくれたことの礼を含め、私があなた様を歓待せねばならなかったものを」


 ラースは憑き物が落ちたような顔でそう言うと、その場で深く頭を下げる。


 「……先日の非礼を、改めて深くお詫び申し上げる。この郷は、あなた様の第二の家にございます。私ともども、あなた様のご帰還を心より……うぐっ!」


 そう口上を述べる途中で、ラースは言葉を区切る。


 何故なら、途中でダンのボディブローが入ったからだ。


 とはいえ本気ではなく、ちょっと苦しいが別に痛いほどでもない、絶妙に加減されたパンチであった。


 「な、何を……」


 ラースが困惑していると、ダンがぽん、とその肩を叩いて言う。


 『私から言えることはただ一つ。……あれはいい喧嘩だったな。またやろう!』


 そう有無を言わさず言い放つ。


 これは、『もう遺恨はないから、謝罪は不要』というダンなりのメッセージだ。


 少なくとも、昨日殴り合った時点でなんとなくお互いのことを理解した気になっているダンにとって、これ以上の言葉は不粋でしかなかった。


 「……個人的にはもう、二度と遠慮したいところですな」


 その意図を察したラースも、思わず苦笑を零す。


 思えば、息子が殺されて以来久々の自然な笑顔であった。


 今までずっと、息子を殺された恨みと、妻を攫われた憎しみに突き動かされて、郷をまとめ上げてきた。


 外敵を退けるために、強く厳格な族長であろうと、必要以上に人間を憎み

、また周りにもそれを強要した。

 

 しかし今、時代が変わろうとしている。


 "新しき神"などという、一見すればバカバカしいお伽噺のような存在によって、郷を覆う暗雲が晴れたような気がしたのだ。


 その迎えるべき新しい時代に、自分のような古い憎しみに捕われた者に果たして居場所はあるのだろうか。

 

 ラースは、手を振りながら去っていくダンの背中を見送りながら、この先の郷の者たちをどう導くべきか、改めて考えるのであった。



 * * *



 その後は、特にトラブルに合うこともなく帰還を果たした。


 道中で危険生物に遭うこともあったが、ダンにとっては特に苦戦するほどの相手でもなく蹴散らして進んでいく。


 『お帰りなさいませ、船長キャプテン。お食事の用意を致しますか?』


 船の近くまで帰ってくると、管制AIのノアからそう通信が飛んでくる。


 『いや、大丈夫だ。まだ周囲を調査することもあるからな。……ところで、私が留守の間何が変わったことはなかったか?』


 『はい。船長キャプテンが留守の間、個体名:ギガネウラ10体が周囲を徘徊していたので、警備用ドローンによる攻撃で撃退致しました。また、名称未設定の不明個体が7体ほどこちらに近付いてきていたので、これもドローンにより撃退致しました』


 『ご苦労、ノア。大戦果だな。その不明個体の映像データをこちらに送れないか?』

 

 『了解しました』


 ノアがそう応えると同時に、ダンのヘルメットの内側に映像が表示される。


 そこには、ドローンに追いかけ回されながら、ギャアギャアと声を上げて逃げ惑う、腰蓑姿に緑色の肌をした、人型の種族が映し出されていた。


 『……! おい、これは知的生命体じゃないのか? 攻撃したのか!?』


 『はい。なおこの個体は、再三の退去勧告を無視して近付き、本機の装甲を鈍器によって損傷しようとしておりました。よって敵対行動と見做し、電撃銃パッチガンによる撃退行動を取りました』


 そのノアの無感情な報告に、ダンは頭を抱える。


 この緑色の生物がもし、この付近で勢力を築いている知的生命体だとしたら、色々不味いことになる。


 まだ情報を集めているだけの段階で、現地人と無駄な争いを起こしたくはなかった。


 『……勧告はどの言語で行ったんだ?』


 『宇宙公用語、そして現地の獣人ライカン族の言語によってそれぞれ三度の勧告を行いましたが、聞き入れられませんでした。また、本対象の言葉は"ゲ"、"ギ"、"ギャ"の三音だけで構成されており、言語よりも鳴き声に近いものと推測されます。よって本機の権限により知的生命体ではないと判断し、攻撃を実施しました』


 そのノアの淡々とした説明を受けて、ダンも少し考えを改める。


 (確かに、人型だからといって、知的生命体とは限らないか。こん棒のような道具を使っているのが少し気になるが……)


 言語を使えないなら、猿より少しだけ高度な知能を持つ動物と解釈しても問題はないかも知れない。


 何より少々攻撃的な生物のようなので、ノアの対応は妥当であるとダンも判断した。


 『分かった。今後も現れるようなら、引き続き同じ対応を取ってくれ。しかしこの見た目……まるでファンタジー映画に出てくる魔物だな。危険生物リストに加えておいてくれ』


 『承認しました。個体名を"ゴブリン"と仮に称し、現地生物リストに登録します』


 ノアはその謎の人型生物に、今やファンタジーの定番となっているモンスターの名前をつけた。


 まるでどこかの誰かが、それを真似て作ったかのように、見た目そのものだったからだ。


 最も、原典のゴブリンは家事を代行してやってくれる悪戯が好きだが親切な妖精である。


 野蛮な生き物に付ける名前としては少々不適切かもしれない。


 『さて……』


 ひと心地ついてから、ダンは改めて船の周りの景色を見やる。


 ここに来てから、リラとシャットの二人に出会い、諸々に巻き込まれて、ろくに周辺の調査も出来なかった。


 現地人から得られる情報も重要だが、今のダンにとって最優先はここにある。


 何故なら、この付近には"ワープスポット"が確実に存在しているからだ。


 光通信によるワープの構造上、送信側のワープスポットと、受信側のワープスポットが必ず存在する。


 そうでなければ、送られてきた光データから宇宙船や肉体を再構築することが出来ず、ダンは永久にデータのまま宇宙を彷徨うはめになっていたはずだからだ。


 ここに体が存在する以上、近くに必ずデータを受信し、肉体を再構築する装置が存在する。


 恐らくそれを作ったのは、"新しき神々"の伝説を書き残した、高度な文明を持つ古代人だろう。


 ダンが"新しき神"であるなら、少なからず自分と同程度以上の文明を持つであろうその者たちのことは、"古き神々"と呼ぶべきだろう。


 『ノア、ドローンで着いてきてくれ。三機だけでいい』


 『了解しました』


 ダンがそう指示を出すと、そのすぐ側にドローンが付き従い、周囲を警戒するようにゆっくり旋回し始める。


 それを横目に、ダンは宇宙船が不時着時に、地面を深くえぐり取ったクレーターを辿っていく。


 相当な衝撃があったのか、周囲の木々を吹き飛ばし、数百メートルに渡って一つの道のように続いていた。

 

 この先に必ず何かある。


 そう確信しながら、十分ほど進んでいた、その時――


 『これは……!』


 ダンは、現れたその建造物を見上げて思わず声を漏らす。


 見上げた先には、切り出した石を積み上げて作った極めて原始的な構造物。


 民族的な意匠の施された、ピラミッドのような独特な形の巨大な建物。


 しかし近づいてよく見ると、その積み上げられた石は、カミソリ一枚も入らないほどに緻密に詰められており、非常に高度な建築技能が施されていることは見て取れた。


 高さは20メートル、建物の幅は50メートル以上にも渡り、所々に植物が侵食して、端のほうは半ば崩れかけたような有り様であった。


 『この建物は……昔、世界遺産の観光パンフで見たことがあるぞ。ノア、地球にこれと似たような建造物がないか、ちょっと調べてくれ!』


 ダンは必死に記憶を探りながら、ノアにそう指示を出す。


 強化人間であるダンの記憶は、その全てが電子データ化されており、うろ覚えや思い出せない、などと言った曖昧な事象は本来起きない。


 しかし、これと似た建物を見たときはまだ"生身"であったことから、記憶が定かではなかった。


 『了解しました。当該対象物の分析を開始します――照会完了。分析の結果、当該構造物は、地球における世界遺産"ジッグラト"と構造が酷似しており、また装飾の様式から、同一文明圏のものである可能性が非常に高いと推測されます』


 『……それは確かなのか?』


 ノアの分析が非常に正確であると理解しつつも、ダンはその結果を受け入れられないでいた。


 『根拠として、構造物の外側にメソポタミア文明の神々を表すレリーフが彫刻されています。四芒星に波形の紋章は、"ウトゥ"、またはシャマシュと呼ばれる神のものであり、地球の文明圏のものと同一の形状をしています』


 『…………』


 そう言われて、ダンは慎重にその構造物の外壁を調べる。


 メソポタミア文明の神々と言われても、そもそもその知識もないダンには確かめようもない。


 しかしノアが嘘を吐く訳がないので、事実としてそれを受け入れなければどうしようもなかった。


 『これは……楔形文字か?』


 ダンは、壁に刻印された、かつて教科書で見たことがある、独特の形の文字を指でなぞった。


 だが、如何に多言語をインストールしたといえど、流石に楔形文字などという、実用性ゼロな言語は脳内のデータには入っていない。


 ――しかしダンにはなくとも、単機であらゆる星に入植することを想定したノアには、地球史上における膨大な知識量のビッグデータが保存されている。


 もしかしたら、という気持ちで、ダンはノアに問いかけた。


 『読めるか? ノア』


 『……解析します』


 ノアはそう答えると、ドローンが文字の書かれた壁面に光を当てて、カメラを近付けさせる。


 光でスキャンをしているようだった。


 しばらくその場で待機していると、ノアから返事が返ってくる。


 『解析完了しました。文字列は紀元前2500年頃の原シュメール語と、古アッカド語が入り混じったものとなっており、また原典もその周辺地域のものからと思われます。内容を翻訳して読み上げますか?』


 『ああ、頼む』


 ノアの優秀さに舌を巻きながら、ダンはそう依頼する。


 その後、ノアは感情のない平坦な声で内容を読み上げ始めた。

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