第19話 和解
「……最近気付いたことがある。ダンは意外と無茶苦茶する。何も全員と戦う必要はなかった」
そう呆れたように言いながら、リラはダンの杯に酒を注ぐ。
宴席の真ん中には、それこそ死屍累々と言わんばかりの有様で、戦士たちがカウンターを食らって気持ちよく転がっていた。
「いやぁ、盛り上がってしまってついね。皆それなりの実力者だったから、興が乗って思わずやり過ぎてしまったよ」
そう語るダンの顔には、傷ひとつ付いていなかった。
実際には、乱戦の中で二、三発は攻撃を受けているのだが、造り物の顔であるダンはダメージが顔に出ることはなかった。
中でも、戦士長を名乗るだけはあってロンゾの戦闘力はかなりのものだった。
ラースには少し劣るものの、ほとんど同格と言ってもいい強さだった。
それでもダンは二十数人はいた郷の戦士たちを全て倒して、今はゆっくりと宴席の料理を楽しんでいた。
(もうこれで、彼ら郷の人間の身体能力のサンプリングは十分だろう。全員平均して、ナチュラルの人間より身体能力はかなり上だ。鍛えたらいい兵士になるだろうな……)
そんな職業病じみたことを考えながら、飛竜(ワイバーン)肉の串焼きを口に運ぶ。
口の中にじゅわりと肉汁が染み出てくると同時に、濃厚な肉の味が広がっていく。
飛竜(ワイバーン)の肉は地球における蛇やトカゲの肉より、むしろ鶏肉に近く、サバイバル訓練であらゆる野食を食べたダンにしても、食べやすい部類に入っていた。
「おいしい?」
ダンの隣で、リラが小首を傾げながら聞いてくる。
先程まで同じ位置に座っていたシャットは、今は母親の介助に回っているらしい。
どうやら姉妹で交代して母親の世話をしながら、ダンの歓待役もこなしているらしい。他の子どもたちは好き勝手遊んでいる中で、感心な子たちだった。
「ああ、郷の人たちは料理上手だな。だが、こうなってくると唐揚げも捨てがたい」
「カラアゲ?」
ダンの言葉を、リラは不思議そうに聞き返す。
「私の故郷の料理でね。こういう淡白でジューシーな肉に実に合う」
「ダンの故郷……私も行ってみたい。暗黒の海の遥か彼方にあるんでしょ?」
料理の話をしていたのだが、どうやらリラの興味は別のところにあったらしい。
「それは……ちょっと難しいな。物理的な距離が離れ過ぎている。ここから帰ろうとすれば、どんなに速くても二十万年は掛かるという話だ」
「にじゅうまんねん……」
リラは、その途方もなさすぎる時間に想像すら及ばない。
実際、ノアの観測では地球から二十万光年以上は離れていることが明らかになっている。
物体の限界速度である光速ですらそれだけの年月がかかるのだ。
通常の宇宙船の航行速度なら、諸々を加味してその百倍は掛かると見ていい。
「ほう……ダン殿の、神々の住まう世界はそんなにも遠く離れておるのですか?」
そうリラを挟んで隣りに座っていたエリシャが、今の会話を聞きつけてそう尋ねる。
「ええ、神々……という訳ではありませんが、そうやすやすと帰れる場所にはありませんね」
「ならばいっそのことずっとここにおればよろしいでしょう。御身が根ざせば、いずれその地は栄えること必定。我らはその大業を一族の命を賭してお支えすることを誓いますぞ」
そう熱心に勧誘するエリシャに、ダンは曖昧な笑みを返す。
(しかし……実際問題永住も考えなければならないな。私がここにいる時点で、既に地球では二十万年以上の時が経過しているはず。今更帰還は絶望的、それどころか、地球の文明ごと滅びてしまっていても何ら不思議ではない)
ダンはそう諦念に近い気持ちを抱く。
出来れば一度本国に帰還はしたいが、それはもう無理だろう。
だが、自分をここに呼び出した、謎の力については解明しなければとそう考えていた。
(恐らく、宇宙船の近くになんらかのワープスポットが存在するはずだ。一旦帰って、そこを当たってみるか)
ダンがそう今後の方針を練っていると、ふと目の前に大きな影が掛かる。
顔をあげるとそこには、気絶から覚めたのか、ラースが憮然とした顔で、ぬぼーっと、突っ立っていた。
「ラース! この愚か者が!」
エリシャがそう見咎める。
「お客人に何か言いたいことがあるなら、まずわしに話を通せ! お前はダン殿の前に顔を見せられる立場じゃない!」
「……まあそういきり立つなよ。何もしやしねえ。ちょっと話があるだけだ」
ラースはそう言ったあと、ダンの前にドスン、と荒々しく座る。
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、リラがダンを庇ってラースの視線に被さるように身を乗り出す。
しかし、ダンはその頭をポンポン、と優しく撫でたあと、自身の隣に座らせる。
「何か用かな?」
悠然とした態度で尋ねるダンに、ラースは深く頭を下げて言った。
「申し訳ない」
その言葉に特に驚きもせず、ダンは無言で続きを促す。
「あなたがここまで優れた戦士とは思いませんでした。我ら、非力なる者が逆らったご無礼をお許し下さい」
「…………」
「もしお怒りなら、私は族長を降り、なんなりと罰をお受けいたします。なので我に付き従った者たちにはなんの咎も無きよう――」
「ラース君」
そう全てを言い切る前に、ダンはそう呼び掛ける。
「は……?」
「小難しい話は後だ。まずは飲もう」
ダンはそう言って、困惑しているラースに向かって、酒の入ったコップをドン、と突き出す。
「いや、それは……」
「腹を割って話すなら酒が一番だろう。それともなんだ? 私の注いだ酒が飲めないとでも言うつもりか?」
若干パワハラ気味にダンはそう言って、無理やりラースにコップを握らせる。
ラースは助けを求めるように周囲を見やる。しかし、この二人の間に割って入れる者などいるはずもなく、周りの者は皆ふい、と視線を逸らす。
どこにも助けなどないと悟ったラースは、一度コップの中の液面を見下ろしたあと、意を決してぐっ、と酒を煽る。
賓客用の少し強い酒ではあるが、普段から酒に慣れているラースは、この程度の酒精でどうこうなるほど弱くはなかった。
「いい飲みっぷりだ。では、私も一献貰おう」
そう言うと、ダンも酒の入ったコップをリラから受け取って、中身を一気に煽る。
実際にはダンは、体内のナノマシンによってアルコールなどの毒素を分解する機能が備わっている。
よって酒に酔うこともないのだが、相手と分かり合うために、同じ席で同じ酒を飲むという、儀式自体が大事だと考えていた。
すっかり酒を飲み干したあと、ダンは改めてラースに向き合う。
「さて……何か勘違いしているようだが、私は君に怒ってなどいないよ? それどころか、言っていることは君のほうが正しいと思っているくらいだ」
「えっ?」
その意外な言葉に、ラースのみならず、他の者からも意外な声が上がる。
「私も一応軍人だ。軍規――つまりは群れを統括する掟の大切さは分かっているつもりだ。掟なしでは群れは無秩序になり、外敵に対応出来ず、結果多くの味方の命を危険に晒すことになる。皆を守るために掟を厳格化すべきという考えは、私は間違ってはいないと思う」
「いや、しかし……」
そうラースが口を開きかけたところを、ダンが片手で制して話を続ける。
「いいんだ、君が正しい。……だが、今回に限っては、勝った私に免じて、シャットとリラの二人の罪を許してやって欲しい。この子たちだって遊び半分で入ったわけじゃない。母親を助けるために、命懸けの覚悟でそうせざるを得なかった。それは分かってるだろう?」
「それは、まあ……」
ダンのその説得に、ラースは若干ほだされつつあった。
「私の郷の出入りにしたってそうだ。私は遭難者でね、周りに頼れる家族や友人もいない。森でこの二人に会ったのも完全な偶然だ。だから私は、どこかの勢力と繋がりを持ちたいと常々思っている」
「……あなたほどの力なら、一人でも生きていけるのでは? もしくは、近くの同じ人間の街に保護を求めても……」
「人は一人では生きてはいけないものだよ、ラース君。それはどんなに力ある者でもそうだ。私はこの地のことを何も知らない。そんな状態で、人間の街で保護を求めても、政治的に都合よく利用されるかも知れない」
ダンはそう言ってから、コホン、と咳払いしてこう続ける。
「……例え話をしようか。仮に私が、ここより先に人間の街で保護を受けて、そこの領主から『森にいる悪しき
「そ、それは……!」
その言葉に、ラースの背中にゾッと悪寒が走る。
ダンとの戦力差を明確に認識した今なら分かる。
――勝てるわけがない、皆殺しにされる!
ラースの脳内では、死体が積み上がった地獄絵図のようになっている郷の中で、ダンが返り血まみれになっている姿が想像された。
「……まあ、一応言っておくが、私は軍人であって殺し屋ではない。"地球連邦議会"の決定以外で私が他人のために殺しをやることはないが、そういう未来もあり得たということは認識して欲しい」
「ラース……この方の言うことは本当だ。我らの伝承をまったく学ぼうともしなかったお前には分からんことかも知れんが、この方は暗黒の海を越えて遥か彼方からこの地に降り立った、新しき神々の一柱。だから、これほどまでの力を持ちながら、我らやこの土地のことを全くご存知ではないのだ」
「新しき、神々か……」
先程までなら一笑に付していた言葉だが、ダンの力を見たあとならあるいはそれも真実かもしれないとラースは感じていた。
「この方が求めているのは"知識"と"偏りなき真実"だ。その強大な力を悪しき人々に利用されず、正しく使う為のな。それを得るために、我らや他の森の民とも交流を望んでおられる。それの一体何が不満なのだ?」
エリシャの言葉に、ラースも深く考え込む。
確かにそれだったら、なんの問題もないどころか、むしろラースが邪魔をしていることになる。
しかしラース自身も、かつて似たような騙し討ちで妻が攫われたこともあったことから、未だに人間に対しての不信感が拭えなかった。
「ラース君、この通りだ」
「…………!」
そう言うと、ダンは深く頭を下げる。
その姿に、ラースは衝撃を受ける。
自分より圧倒的に格上の存在に頭を下げられて、悪い気のする者はいないだろう。
しかしそれ以上に、常々『亜人』や『奴隷種族』などと森の民を見下していた人間が、まさか自分たちに頭を下げるとは思わず、困惑のほうが先に立った。
「人間とて、邪心ばかりの者ではないだろう。そもそも私は、この世界とは全く別の場所から来たんだ。君たちへの迫害とは無関係だし、下に見るつもりもない」
「…………」
ラースは、ダンが一体何をこんなに必死になっているのか理解に苦しんだ。
自分の要求を通したいのなら、力でねじ伏せて無理矢理言うことを聞かせればいいことだ。
ダンにはそれが出来る。圧倒的な強者なのだから。
しかし、ダンの思惑は別にあった。
「私は、力でこじ開けるんじゃなくて、皆に認められて入りたいんだよ。そうでなくば禍根が残ってしまう。私がいることで、この郷に新たな争いの種が生まれてしまう。……だから、このことも決して無理強いはしない。君がどうしても嫌だというのなら、私はここに二度と近付かないと約束する」
「ダン!?」
「ダン殿、それは困りますぞ!」
その言葉に、そばで聞いていたエリシャとリラが、驚いたような声を上げる。
それにも構わず、ダンは頭を下げたまま再度言った。
「どうか私の郷の出入りを認めて欲しい。決して皆に危害を与えぬと誓う」
「……是非もありませんな。あなたほどの実力者に頭を下げられて、断れる者などおらんでしょう。危害どころか、あなたは郷を守った英雄です。我が名において、あなたを郷に歓迎しましょう」
その言葉に、ダンは顔を上げて右手を差し出す。
「ありがとう、ラース君!」
「ええ。……ですがこれは?」
ラースは、差し出された右手を前に、どうすればいいのか分からず困惑する。
「握手だ。手と手を取り合って、お互いの友好を確認し合う儀式。私たちの社会の風習なのだがね。こちらではまた別のやり方があるのかな?」
「なるほど。私たちには特にそういったやり方はございません。あなた様のやり方に合わせましょう」
ラースも自分の右手を差し出す。
「では、互いの健康に!」
「ええ……あと、新しき友に!」
そう互いに宣言したあと、二人は強く手を握りあった。
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