第24話 ウトゥの試練②


 ノアが跳び上がると同時に、ダンもジェットパックを使用して高く飛び上がる。


 相手は体長5メートルはあろうかという大型の機獣だが、空に逃げてしまえば、こちらに追っては来れない。


 あわよくば上から一方的に攻撃出来るのでは、という判断だったが――やはりそう事は甘くはなかった。


 『オオオォォン!』


 「――目標、急速接近。本機が誘導します」


 有翼人面牛クサリックは、機械とは思えない狼ような咆哮を上げながら、背中の翼をはためかせて飛び上がる。


 背中の機関銃から弾丸をバラまきながら、巨体に似合わぬ俊敏さで、ノアの後ろを弾丸のような速度で追跡し始めた。


 もう一体は、その場でスフィンクスのように腰を落としたあと、キョロキョロとダンの方を目で追い始める。


 そして、人形の口元にピキッ、と亀裂が入ったあと、限界を超えて大口が開き、その奥から大型の砲身がズルズルと出て来た。


 ダンがそれに呆気に取られていると――その砲身の奥が、黄緑色に怪しく光る。


 「……!? ぐっ!」


 危機を察したダンは、咄嗟にジェットパックを急加速させて狙いを逸らす。


 案の定、ダンが過ぎ去った直後に、先程まで居た場所に閃光が走る。


 そのまま光は天井に突き刺さり、カッ、と光を立てて水蒸気爆発を巻き起こした。


 「ビーム砲か! 室内でめちゃくちゃだな!」


 ダンは舌打ちしながら、相手の視界の外に出ようと更に加速する。


 しかし、どこに逃げようと首が360度回転して、ピッタリと狙いをつけてくるのだ。


 生物のような形状をしているが、相手はれっきとした兵器なのだ。首の可動域などないも同然であった。


 「……やむを得ん!」


 ダンは後ろを取ることを諦めて、即座に反転して迎撃体制を取る。


 このままチョロチョロ逃げ回っても、いずれは捕らえられるのは確実。


 ならば先に、こちらの一撃を先に当てて無力化してやろうと判断した。


 ダンが持ってきたのは、通称"タイラント"と呼ばれる、小型のリニアガンだった。


 人が持ち運べるレベルまで小型化に成功し、なおかつ弾速は最高マッハ3まで及ぶという超高火力兵器。


 これがあれば、例え戦艦の重装甲であろうと大穴を開けることが出来る。


 空中でホバリングしながら、リニアガンの銃口を相手に向ける。


 相手も既にこちらに狙いを定め、互いにいつ撃ってもおかしくない状態。


 そんな中で、ダンはおもむろに対象から狙いを外し――あろうことか自身の真横に迫るノアに銃口を向けた。


 「ノア! 急浮上しろッ!」


 「――了解しました」


 指示した通り、ノアは背中のジェットをふかして真上に急上昇する。


 その背後を追跡していた有翼人面牛クサリックは、急に目的を見失い思わず追跡の足が鈍る。


 ――その瞬間を、ダンの銃口が捉えた。


 「ファイア!」


 バチン! と銃身に蒼雷が走ると同時に、耳をつんざくような空気の破裂音を奏でてマッハ3の高速弾道が飛び出す。


 動く相手の偏差も考える必要すらなく、一瞬で命中した弾頭は、飛行型の有翼人面牛クサリックの上半身をえぐり取って、そのまま貫通して壁に巨大なクレーターを作り上げた。


 プシッ、と銃身から蒸気が吹き上がると同時に、リニアレールガンは充電と銃身の冷却で5分間の休眠状態に入った。


 「――捕捉しました」

 

 「オオオオオォン!!」


 それと入れ替わるように――今度はノアの銃口がダンに狙いを付けていた、ビーム砲を構える有翼人面牛クサリックに狙いを付ける。


 今まさにダンをビームで撃とうとしていた相手に、ノアから15ミリ弾頭が雨のように降り注ぐ。


 その瞬間、相手が放ったビーム砲はダンを大きく外れ、再び天井で激しく水蒸気爆発を起こす。


 有翼人面牛クサリックは何度も何度もビーム砲を撃とうとするも、"バレット・ストーム"の圧倒的な弾数の暴力の前に解体されていく。


 「ジ……ジジジ……」


 硬い装甲も分足22000発降り注ぐ鉄の雨の前には成すすべもなく、断末魔のようなノイズ音を残して、最後には形すら残さず永久に沈黙した。


 「対象の停止を確認。状況を終了します」


 「よくやったぞ、ノア。さすがは私の相棒だ」


 ダンはそう言って、ノアの頭にポン、と軽く触れる。


 ノアのアンドロイドの身長は、160センチほどで、180センチを超えるダンから見れば、ちょうど撫でやすい位置に頭があるのだ。


 「……申し訳ありません。その行動の意図を測りかねます。どういった意味があるのでしょう?」


 「ああ、すまん。シャットやリラと触れ合ってたらくせになってしまってな。まあその、可愛い子供に対する親愛の印みたいなものだと思ってくれ」


 ダンはノアにそう説明する。


 改めてそう意図を聞かれると困った所がある。ダンからすれば何気ない挨拶のつもりだったからだ。


 「子供……本機はそれには該当しません。管制AIに年齢という概念はありません」


 「そうだな。すまん、不快だったか? 確かに、相棒である君に対して侮った態度だったかも知れない。謝罪しよう」


 「問題ありません。特に不快とは感じませんでした」


 ノアは整った人形のような顔で、無表情のまま淡々と答える。


 ダンはそれに「そうか」とだけ答える。


 それはそうだろう、とダンも思う。


 ノアはあくまで管制機能を持ったAIというだけで、特に感情のようなものがあるわけではない。


 不快かどうかなんてことを聞くこと自体がナンセンスなのだ。


 しかし、それとは裏腹に、ノアは「不快とは感じなかった」という、僅かだが自分の感情について話している。


 その微かな違和感に、ダンが気付くことはなかった。


 「……さて、何か変化が起きてないか、見てみるか」


 「了解しました」


 そう口にして、ダンたちは再び件の石碑のとこに戻る。


 近づくと、そこには前回の文言は消えて、新たな一文が青白く浮かび上がっていた。


 『正しきことを成せ』


 それを読み上げると同時に――ボロボロと石碑の一部が崩れ落ちて、中から一枚の黒い金属板が出て来た。


 「これは……」


 ダンがそれを何気なく拾った瞬間――


 「うぐっ!」


 一気に膨大な量の情報が、頭の中に怒涛のごとく流れ込んでくる。


 それと同時に、今の自分たちを俯瞰の位置から見下ろしているような、そんなイメージが頭の中に浮かび上がってくる。


 「船長キャプテン! いかが致しましたか? 指示を下さい!」


 「ま、待て……! だ、大丈夫だ。慌てなくていい。一気に頭の中に色々流れ込んで、少し混乱しただけだ」


 ダンは、頭痛を堪えるように、頭を抑えながらよろよろと立ち上がる。


 (今のは……電子頭脳へのハッキングか? こんな薄っぺらい板を一枚持っただけで……)


 今まさに、自分が命の危機に瀕していたことを自覚し、ダンは戦慄する。


 入ってきた情報自体に害意がなかったから良かったものの、下手をすれば今ので電子頭脳を破壊されて行動不能に陥ってもおかしくはなかった。


 「船長キャプテン、今ので一体何が起きたのか、本機にも情報共有願います」


 「うん……そうだな。じゃあ、これを持ってみるといい」


 ダンはそう言って、今度はノアにその金属板を手渡す。


 口で説明するより、実際に体感してもらったほうがいいだろう。


 そう考えて、ダンはノアの反応を見る。


 「これは――」


 ノアは、膨大な情報量を処理しているのか、直立不動のままじっと目をつむる。


 しばらくした後、ふと目を開いて言った。


 「……なるほど、よくわかりました。これが"ウトゥの目"なのですね」


 「ああ、地上を自由に監視できる。まさに『神の目』だ」


 そう金属板から得た情報を少ない会話で共有し合いながら、ダンは再び金属板を受け取る。


 「これはコントローラーだ。ウトゥの目を操作して、情報を受け取るためのな。――来い」


 ダンが金属板を持ったままそう命ずると、頭上からこちらを監視していた、十数体の"目"が、すう、と音もなく降下してくる。


 モノアイの大きなカメラを中心に据え、まるでアンモナイトのような形をした無人機。


 同じ無人機ではあるが、ダンたちの扱うドローンと違って、それには回転翼のような、浮力を得る為の機関は何も着いていなかった。


 にも関わらず、何故か宙に浮かんでいる。


 それは即ち、こんな小さな無人機一つ一つに、全て"反重力リフター"がついているということの証左であった。


 「呆れるほどの科学力だな……。反重力装置のここまでの小型化は、我々地球文明でもまだなし得ていない」


 ダンは悔しさ半分、感動が半分でそう呟く。


 しかし、この超科学装置が、今や自分のものになったことに喜びも感じていた。


 「……今後これは、ウトゥの目から、"ビットアイ"と呼称を改め、私の装備に加えることにする。ウトゥという人物はもうここにはいない。有効活用させてもらおう」


 「了解しました」


 ノアはそう淡々と答える。


 ビットアイの性能は凄まじく、地上1メートルから上空2000メートル、果ては水の中まで自由に動き回る事ができ、また一度に一万機までの同時出撃も可能としていた。


 監視だけではなく、レーザーによる攻撃や、光学迷彩を使ったカモフラージュ、ホログラムの投影など、その機能は多岐にわたる。


 また、ビットアイ同士で視界とレーダーを共有して、対象の迎撃や回避行動を取ることが出来る、いわば『イージス・システム』のような機能も搭載されている。


 正直ダンはまだ使いこなせる自信はなかったが、熟練すれば出来ないことなどないと思えるほどであった。


 ――そして、もう一つ端末から得た情報で分かったことがある。


 この場所は地下施設ではない。本来は"塔"である。


 このビットアイを制御し、広範囲まで信号を飛ばすための"コントロールタワー"なのだ。


 表向きはただの遺跡として周囲の目を欺いていたが、実際はこの世界のバランスごと破壊しかねない、超文明の遺産だった。


 ――そしてこの聖塔ジッグラトは、それを使いこなせる者が現れるまで、地の底からずっと浮上の時を待ち続けていた。


 「……あなた方は一体、こんなものを使って私に一体何をせよと言うんだ」


 ダンは、未だ物言わず見下ろす、その巨大な人影に対してボソリと呟く。


 巨大な彫像のような宇宙服は、無機質にダンを見下ろしたまま、何も答えることはない。


 アヌンナキ――恐らく地球の文明の祖であり、恐るべき科学力を持った人々。


 しかし彼らは今や、物言わぬ存在へと成り果ててしまっていた。


 その問いに答える代わりに、石碑には『正しきことを成せ』の文字が、淡く光り輝いていた。

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