第15話 戦いの兆し

 「皆の者、よく聞け!」


 自宅から出るなり、エリシャはダンと曾孫の姉妹二人を引き連れて声を上げる。


 その先には、倒れた飛竜ワイバーンの前に集ってワイワイと騒ぐ、住人たちの姿があった。


 「ん、なんだ?」


 「長老が何かお話になるそうだぞ」


 「あの人間は……さっきの怪しい鎧のやつの素顔か?」


 ざわめきと同時に一斉にその場の視線が集中すると、エリシャは片手をダンの方に向けて言った。

 

 「ここにおられるダン殿と、我が郷は友誼を結ぶことになった! 今後は客人として迎え、決して失礼のないように丁重に扱うこと! 


 その言葉に、郷の住人たちは微妙な反応をする。


 やはりと言うべきか、長老の言葉であっても人間に対する警戒心は拭い去ることが出来なかった。


 しかし、続く言葉でそれも一変する。


 「……なお、その飛竜に関してだが、ダン殿のご厚意により郷の資源として自由に使ってよいとのお言葉を頂いた! 今夜は歓迎の宴を開くので、これより皆準備に取り掛かれ!」


 「……おおおお!」


 その言葉に、郷の住人たちから盛大な歓声が上がる。


 こうなったら現金なもので、住人たちからもダンの滞在が好意的に受け入れられた。


 元々ここの住人ではないダンは預かり知らぬところではあるが、飛竜ワイバーンの肉は癖がない味で美味である。


 硬い鱗を剥がせば槍や刃物の材料になり、翼膜は水を弾くよい建材ともなる。


 骨や皮にもそれぞれ使い道があり、頭の毛から爪の先まで、ひとつも捨てる部位のない優秀な素材となるのだ。


 エリシャはそれらを一から説明した上で、ダンに「良ければ買い取らせて貰えないか」と打診した。


 しかしダンはそれを断って無償で提供することにした。


 元々処分をどうしようか頭を悩ませていたものだ。現地人の心象も考えて無償提供がベストという結論に至った。


 ダンの狙い通り、警戒心の強い郷の人々も、大量の飛竜の肉と宴という言葉を聞いて頬が緩む。


 このまま何事もなく、平和に事が運ぶと思われた。


 「ちょっと待て!!」


 しかしその時—―予想した通りの人物から、強く物言いが入る。


 族長が率いる、郷の戦士たちの一団であった。


 彼らは、のっしのっしと人集りを押し退けて、ダンたちの方に真っ直ぐ進んでくる。


 そして、ダンを一瞥してちっ、と舌を打ち鳴らしたあと、エリシャの前に威圧的に佇む。


 「さっきから聞いてりゃなんだ。この怪しいやつを客人として扱えだと? ふざけるな! こいつは掟を破った侵入者だぞ? この際罰を与えるのはナシにしてもだ、追い出すべきなのは変わりないだろう!」


 そう主張する族長に、エリシャは呆れたように溜息をついてから答える。


 「まだそんなこと言ってんのか……。あのな、掟、掟とさっきからうるさいが、ダン殿が一体どんな掟を破ったんだ?」


 「郷に入っただろう! 我らの郷に無断で入った部外者は、百たたきの上で追放する、これは郷の有力者たちも交えて相談して決めた掟だ! 今更反故には出来んぞ!」


 族長はそう強い口調で叫ぶ。


 「ダン殿は元々、シャットとリラの二人に請われてこの郷に入ってきたんだ。つまり郷の住人にね。無断で入った訳じゃないし、掟破りには当たらない。それに、入ってきてからも乱暴狼藉を働いたり、問題を起こしたわけでもない。それどころか、住人であるエリヤを治療し、飛竜から郷の住人たちを救い、その上素材まで郷に無償提供すると言ってくれてるんだよ? これを一体どういう理屈を付けて処罰するっていうんだ?」


 「ぐっ……だが、こいつは人間だぞ! どんな下心があって近付いてきてるかも分からん! 信用できるか!」


 族長は今度は、理屈を抜きにして感情のままにそう喚く。


 エリシャはそれに呆れながら言った。


 「見た目こそ人間だが……その心根は正しく、誰よりも深い見識を持っている。異種族の子供の母親を助けるために、危険を犯して禁域を抜けてくるような、情に厚く勇気のある御方だ。そんなダン殿の何を罰するというのだ? 愚かな息子よ、お前がやろうとしているのはただ掟を振りかざして人間を痛めつけようとしているだけだ。それは、お前が憎悪する帝国の人間のやり方と何が違う?」


 「ぐっ、しかし……!」


 もはやここまで来ると理屈ではないのだろう。


 族長はエリシャに完全に論破されながらも、それでなお納得がいかないのか、なおも悔しげに顔をゆがめる。


 「エリシャ殿、もうよろしいですよ」


 ずっと黙って二人のやり取りを見守っていたダンは、ここに来て初めて口を開く。


 「ダン殿、もういいとは一体どのような意味でしょう?」


 エリシャは、若干焦ったような口調で問い掛ける。


 もしかしたらこの一連のやり取りで、愛想を尽かされて出ていかれるのではと危惧した。


 しかし、ダンの意図はまた別にあった。


 「ここまで言ってダメなら、もはやそれは理屈ではないということですよ。頭では正しいと分かっていても、感情が理解することを拒む。……そんなときに解決するのは、理屈抜きのぶつかり合いしかありません」


 ダンはそう言うと、笑顔を崩さぬまま、族長に向かってスタスタと進んでいく。


 その謎の迫力に気圧されて、族長や他の戦士たちは、思わず一歩下がる。


 「確か、ラースくんといったかな?」


 「……ああ、そうだ。馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ」


 ダンの言葉に、族長――ラースは、動揺しながらもそう凄む。


 「人間が憎いかね?」


 「……ああ、憎いさ。俺の息子は奴らに殺された。妻も攫われて、今頃どんな目にあってるかも分からねえ。人間を見てると、いつもズタズタに刻んでやらねえと気が済まねえんだ」


 そう憎悪を隠そうともせずに、ラースは鋭い犬歯を見せて言った。


 「どうしても私を痛め付けてやりたいかね?」


 「ああ、そうだ。郷の中を、堂々と人間が歩き回ってるのが、我慢がならねえ」


 それを聞いたあと、ダンは「なるほど」と頷いた。


 そして笑顔のままこう言った。


 「ならば君にその機会を与えよう」


 「何?」


 言葉の意味が理解できないのか、ラースは聞き返す。


 「私を好きに痛め付ける権利を君にあげようというんだ。私がそれで倒れたら、外に放り出すなり殺すなりなんなり好きにすればいい。……あっと、もちろん、私もやられるだけじゃない。回避も反撃も行う」


 ダンはそう言うと、シュッシュッ、と目の前でパンチを繰り出す。


 「つまりはボクシング――殴り合いで勝負をつけよう、ということだ。君が勝てば全て君の言う通りにしよう。私が勝てば全て私の指示に従ってもらう。オール・オア・ナッシング。宴の席の座興としてやれば、皆も盛り上がるだろう?」


 「おお!」


 ダンがそう提案すると、郷の人々から盛大な歓声が上がる。


 しかしその提案にも、ラースは厳めしいを作ったまま黙り込む。


 「おっと、不安かい? もちろん私は、道具は一切使わない。さっき飛竜を討ち取った剣も、この鎧も何もかも全部外した状態でお相手しよう」


 「……人間の言うことなんざ信用できねえ。本当になんの武器も使わねえんだろうな?」


 ラースはなおも疑わしげな視線を向けて言う。


 彼をもってなお、あの飛竜を一撃で討ち取ったダンの力は脅威に感じていた。


 「もちろん、武器も防具も、毒も罠もなんにも使わないと約束しよう。……それとも、そう難癖つけて逃げたいほど私が怖いかね? 道具も何も持たない、ただの人間の私が」


 「!? てめえ……!」


 ダンがそう挑発すると、ラースは額に青筋を立てながら凄む。


 族長のラースは、戦士たちを率いているだけはあって威圧的な見た目をしている。


 身長は2メートル近くにもなり、丸太のような太い腕と、山のように盛り上がった巨躯が、それだけで戦闘力の高さを示していた。


 片やそれを見上げるダンも、決して小さくはない。


 180センチほどの身長で、体格もそれなりの偉丈夫ではあるが、やはりラースと比べるとどうしても見劣りしてしまっていた。


 「……もう取り消せねえぞ。たとえ殴り合いでも、当たりどころが悪けりゃ死ぬこともある。俺が人間ごときの命を心配して、手加減してやるような優しい奴に見えるか?」


 ラースはそう全身から憤怒の気配を発しながら威圧する。


 「見えないね。だけど、それでいい。君は私を殺す気でくるといい。私は君を殺さずに優しく倒してあげよう。それがちょうどいいバランスというものだ」


 「…………!」


 そうなおも言い放つダンに、ラースは怒りのあまり額に血管すら浮かべながら、獰猛な笑みを浮かべる。


 「いいだろう……! なら今晩、宴の席で貴様を血祭りに上げてやる。後から怖気づいて逃げるなよ、人間!」


 そう言い放ったあと、ラースはどすどすと大股でその場を立ち去る。


 戦士たちはその背中を慌てて追いかけながら、最後にチラリとダンの方を睨み付けたあと、その場を立ち去った。


 後に残された郷の住人たちは、族長たちの背中が見えなくなったあと、やれどっちが勝つか負けるかとにわかに盛り上がり始める。


 終いには、食料を担保に賭けの胴元のようなことをする者まで現れる始末。


 娯楽の少ない郷の中で、いきなり降って湧いた大きなイベントは、郷の住人の心をガッチリと掴んでいた。


 ダンの興行にするという判断は間違っていなかったようだ。


 「ダン殿」


 そんな最中、横で聞いていたエリシャが不安そうな顔で尋ねる。


 「よろしいのですか……? あの愚息は……伊達に戦士たちを率いているわけではありません。この魔性の森でも五指に入るほどの者です。ダン殿のお力を疑うわけではありませんが、なんの装備もなしというのは、いささか危のうございませんか?」


 「あたしも……ダンが負けるとは思わないけど、族長もめちゃくちゃ強いわよ。飛竜ほどじゃなくても、前にオオイボシシを素手で倒してるのも見たし……防具無しで一発でもまともに食らっちゃうと死ぬかも」


 シャットまでもが、ダンに心配そうな視線を向ける。


 「ははは! いや、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。私は勝ち目のない戦いをするほど愚かじゃないからね。むしろ、それを聞いて楽しみになってきたぐらいだな」


 ダンは軽くファイティングポーズを取りながら言う。


 元々、ダンはバリバリの武闘派出身である。


 小惑星資源調査団に志願する前は、参謀本部付けでキャリアとして活躍していた彼だが、若かりし頃は精鋭の"特別戦闘団スペシャル・フォース"に所属していた経歴もある。


 むしろこういう荒事こそ専門である。

 

 それに、現地人の戦闘力を図るよい機会でもあった。


 (シャットは子供だが……あれで身体能力は地球のアスリート顔負けに高かったからな。大人となるとそれ以上だろう。楽しみだな)


 ダンはまるで遠足前の子供のようにワクワクしながら、今夜の宴に向けて戦意を高めるであった。

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