第13話 転機


 「家の中におるのは分かっておるぞ! さっさと出てこい!」


 外から響く怒声に、ダンは肩をすくめながら溜め息混じりに向かっていく。


 「お、おい、あんた、行くのか?」


 後ろからロンゾが問い掛ける。


 『ああ、だって私を呼んでいるんだろう? 誤解も解いて置かなければな』


 「……待って、私が行く。説明するのに郷の住人が居たほうがいいでしょ?」


 そう言って、意外なことにシャットが名乗り出てくる。


 先程まで、母親の胸元でワンワン泣いていたかと思えば、何か憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしていた。


 『なるほど……それは確かに助かるが、お母さんについていなくていいのか?』


 ダンはそう尋ねる。


 「ええ、お母さんにはリラが付いてくれるから。任せていいわよね?」


 「……うん、分かった。行ってらっしゃい、シャット」

 

 そうリラはシャットに向かってコクリと頷く。


 しかし気のせいか、その顔にはやけに悲壮な覚悟が滲んでいるように見えた。


 「それじゃあ行きましょう? あの声は族長よ。めちゃくちゃ怖い上に石頭だから、部外者の話なんて聞きはしない。私が代わりに話すから、あんたは何も言わなくていいわよ」


 『あ、ああ』


 「……よし、俺も行こう。さすがに子供だけ矢面に立たせるわけにはいかん。エリヤさんをホントに助けてくれたなら、俺にとっても恩人だからな」


 今度はロンゾも名乗り出る。


 「別にロンゾさんには関係ないでしょ! 家族のことなんだから」


 「な、何を……だ、だから俺にとってエリヤさんやお前らはなあ……!」


 そうムキになるロンゾを他所に、家の外から再び怒号が響く。


 「出てこんのなら、たとえ同胞の家でも余所者を匿っている敵と見なすぞ! 今すぐ出て来ないなら矢を射掛ける!」


 「あー、はいはい、分かったわよ! 出ていけばいいんでしょ!」


 シャットはうんざりしながら外に出る。それに続いてロンゾ、そして最後にダンが続いた。


 「シャット、この馬鹿者め! 勝手に飛び出して、郷の者たちがどれだけ心配したと思っておる!」


 「ちょっとばかし散歩に出てただけでしょ? 禁域に少し用事があったんだから仕方ないじゃない! あと、下降りたいんだからちょっとそこ退いてよ!」


 「禁域だと!? やはりあそこにおったか! ……おい、そこを開けてやれ! 目の前でしっかり話を聞かせてもらう」


 そう族長らしき、長い白髪の巨躯の男が言うと、郷の住人たちは一斉に広がって場所を開ける。


 シャットは、その真ん中に数メートルの高さからスタッと鮮やかに降り立ったあと、堂々と族長の前で腕を組んだ。


 「で? あたしに何か話があるんでしょ?」


 「ああ。だがお前はあとだ。その前に話を聞かなければならん奴がおる。……おい、そこの余所者も降りてこい。降りて来ぬなら、この場で矢を射掛けるぞ!」


 そう族長が号令をかけると、周囲の郷の戦士たちが一斉に矢を番える。


 ダンは、それに溜め息をつきながら、自らも地面に飛び降りた。


 「ちょっと……ダンに武器向けるのはやめてよ! あたしが無理やり郷に引っ張り込んだのよ! 何も悪いことはしてないわ!」


 「黙れこの愚か者! お前は掟を破るということがどういうことか分かっておらん。お前が悪いのは元より、その勝手に入ってきた輩もただでは済まさん! ひとしきり痛めつけたあとで、外に叩き出してやる」


 「おい、それは待ってくれ族長!」


 そう言って、今度はロンゾが地面に降り立って、族長の前に立ちはだかる。


 「ロンゾか……一体なんのつもりだ?」


 次々と出てくる邪魔者に、いい加減族長も苛立たしげに言う。


 「そう睨むなよ。どうもこのヘンテコな鎧の奴は、エリヤさんを助けてくれたらしくてな。だったら結果を見るまで、どうこうするのは待って欲しいんだよ」


 そのロンゾの言葉に、周囲の郷の人々からはざわついた声が上がる。


 「エリヤを助けただって?」


 「そんなバカな、あれは治らない死病って聞いたぞ?」


 「じゃああいつは、どこかの国の神官ってことか? あんな変ななりで?」


 「黙れッ!!」


 にわかに色めき立つ郷の住人たちを、族長が一喝で黙らせる。


 「くだらん戯言だ……エリヤのあれは不治の病だ。治せる者などいない、絶対に」


 「それが実際に目の前で、みるみるエリヤさんの顔色が良くなっちまったからな。俺もまだ正直半信半疑だが……少なくとも結果が出るまで処分は保留ってことでいいんじゃないか?」

 

 ロンゾはそう提案する。


 「何を馬鹿なことを……」


 「バカなことなんてない! これを見てよ!」


 その言葉と同時に、シャットは自身の右腕を全員の前に翳す。


 そこにはまだみみず腫れのように痛々しい傷跡が残っているものの、傷自体は完全に塞がっていた。


 「これは、私が禁域で竜虫に襲われた時に受けた傷よ! 腕がほとんど千切れかけてて、危うく死ぬところだったのを、ダンが治療してくれて生き延びたの。それがつい昨日のことよ! 普通の人間に、こんなことが出来ると思う?」


 そう呼び掛けると、シャットのその傷跡のところに、住人たちの視線が集中する。


 「確かになんか変な傷跡だが……何をどうすればこんなふうになるんだ?」


 「火傷しているようにも見えるがね」


 「昨日まであんな傷あったか?」


 「さあ?」


 だがその反応は、驚きよりも困惑のほうが勝っているように見えた。


 「バカバカしい……そんなもの、なんの証拠にもならんわ! 仮にその傷の治療をこの者がやったとして、それが一体なんだと言うのだ!」


 族長は、シャットの言葉を意にもかけずに切り捨てる。


 しかし、その時――


 「だったら、これはどう?」


 何者かが頭上から声を張り上げた。


 全員一斉に視線を向けると、そこには樹上の家の入口の前に立つリラと、彼女に体を支えられながら、ゆっくりと皆に手を振るエリヤの姿があった。


 「……この通り、お母さんは元気になったわ。これまでずっと病気に苦しんでたお母さんを助けてくれたのは、そこにいるダンよ!」


 そう声を張り上げるリラに、郷の住人たちは一斉にざわめく。


 彼らの認識では、エリヤは既に立ち上がることもできずに、痩せこけてもはや死を待つだけの重病人だったからだ。


 しかし、今目の前にいるエリヤは、体こそリラに支えてもらっているものの、血色もよく、とても死を待つだけの病人には見えなかった。


 「おい……あれがエリヤか? 以前より顔色が良さそうだぞ」


 「前はずっと咳ばかりしていたが……」


 「お母さん、もう立ち上がって大丈夫なの!?」


 シャットは心配の声を上げる。


 「……ええ。皆も、心配かけてごめんなさい。でも今は、とても気分がいいの。そこの方からお薬を貰ったら、すっと胸の苦しさが消えてね。だからもう、私は大丈夫。今はまだ病み上がりだけど、体力が戻ったらすぐに動けるようになるわ」


 「おおおお!」


 そうエリヤが宣言すると、郷の者たちから盛大な歓声が上がる。


 「うう……エリヤさん、よかった! ……ま、そういうことだからよ、俺はこっち側につくぜ! いくら掟とはいえ、郷の恩人を痛め付けて叩き出したってのは胸糞が悪い。いつから俺たちはそんな恩知らずになったんだ?」


 「ぐっ……色恋に本質を見失いおって、この痴れ者が……!」


 そうダンを庇うように立つロンゾに、族長は怒りを露わにする。


 そして族長は、改めて言う。


 「郷の者を助けてもらったというのなら、それは感謝しよう。……だが、それとこれとは話が別だ! 掟は絶対である。本来なら百たたきのところを三十に減免しても良いが、勝手に郷に侵入した罰は免れぬものと知れ!」


 「なんて頭の硬い奴なの……! ならその懲罰は、あたしが代わりに受けるわ! それでいいでしょ!?」


 そうシャットは主張する。

 

 「ならん! 懲罰を受けるのはあくまでその本人だ! それでなくともシャット、お前には別に勝手に禁域を侵した懲罰がある! 罪人が罪人を庇ったところで聞く耳はもたんわ!」


 「話にならないわ……。もういい、それだったら力づくでも言うこと聞かせて見せるから!」


 シャットはそう言うと、ぐるる、と獣のように喉を鳴らしながら、低く構えを取る。


 「ほう? 面白い……。お前のような小娘が、このわしに闘いを挑むと言うのか?」


 族長はペキペキと指の骨を鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべる。


 その剣呑な様子を横目に見ながら、ダンは密かにため息をつく。


 (しまったな。別に内部分裂を起こしたかった訳ではないんだが……やはり深く関わるべきでは無かったのか?)


 ダンはそう後悔する。


 こちらとしては現地人と協力関係を構築し、より多くの情報を得るという以外の目的があるわけでは無かった。


 なので堂々と姿を表して良いことをしたほうが、郷の人々と信頼関係を深められるのではないかという打算的な考えもあった。


 しかし現地人の余所者に対する警戒心や不信感は想像以上であり、見通しが甘かったと言わざるを得なかった。


 (……やむを得んな。二人には悪いが、郷の人々との関係構築は諦めてこの場は離脱するか。もう母親も治ったし、今更私に用もないだろう)


 そう結論付けて、ダンがその場を離脱しようとした、その時――


 「クアアアーーーーッ!!」


 どこかで聞いたような雄たけびとともに、ミシミシと木々がへし折れる音が響く。


 バサリ、と大きな羽ばたきとともに、郷の中に巨大な影が降り立った。


 「ひ、飛竜だ! 飛竜がでたぞーっ!!」


 そう誰かが叫んだ瞬間、郷の人々は一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。


 「うわああ! なんでこんな化け物が!!」


 「逃げるのは女子供が先だ! 戦えるものは武器を取れッ!」


 「くそっ、普段は下まで降りてこないのに……!」


 そう口々に言いながら、慌てふためく人々をよそに、リラとシャットの二人は平然と状況を見回していた。


 「――皆、落ち着いて!」


 喧騒の中、張り上げたシャットの声は、ピン、とよく通ってその場の注目を集める。


 「この中に、飛竜を無傷で倒せるものがいるわ!」


 シャットのその言葉に、人々は一斉に互いの顔を見合わせる。


 「なんの話だ?」


 「飛竜を無傷で? そんなやついるのか?」


 「バカなことを抜かすな! 今はお前の世迷い言に付き合っている暇はない!」


 そうやり取りしている合間にも、飛竜はベキベキと木々をなぎ倒しながら、人々が集まっている場所に迫ってくる。


 そんな中、シャットだけは、ダンから視線を外さずに言った。


 「ダン、お願い……」


 『やれやれ……人使いが荒いな。畏まりました、お姫様』


 ダンはそう言うや否や、腰から高周波振動ナイフヴァイブロブレードを抜き放つ。


 そして次の瞬間――たっ、と軽くステップを踏んだあと、背中のジェットパックを唸らせて一気に飛び立った。


 バシュッ、とエアの噴射音を鳴らすと同時に、弾丸のような速度で飛竜ワイバーンに迫る。


 最大時速250キロを誇るジェットパックの加速によって、ダンは彼我五十メートルの距離を、たった三秒にも満たない時間で到達した。


 「グウアアアーーーーッ!!」


 凄まじい勢いで肉薄するダンに、飛竜ワイバーンも咄嗟に反応して大きく口を開けて迎撃する。


 (ほう……さすがは野性、この速さに反応するとは。だが――)


 ダンは咄嗟にヴァイブロブレードを腰に構えたあと、思い切り体を捻転させて力を溜める。


 ――そして、体ごとぶつかるような勢いで、相手の口内めがけて刃を振り抜いた。


 『ふん!』


 「グアッ!?」


 刃渡り60センチの長めのナイフは、相手の顔を両断するには十分な長さがある。


 チュン、と風を切る音ともに青白い閃光が走り、そのまま飛竜ワイバーンの後頭部にかけて抜けていった。


 「…………?」


 飛竜ワイバーンは、何をされたか理解していないのか、キョトンとした顔で周囲を見回す。


 ――しかしやがて、開いた大口の上下の真ん中を起点として、頭の上半分だけがズルリとずり落ちる。


 脳からの指令を失った身体は、やがてぐらりと大きくよろめき、そのままドスン、と大きな音を立てて地べたに倒れ込んだ。


 『任務完了』


 ダンは空中でジェットで制動をかけながら方向転換したあと、元の位置に戻っていく。


 怯えて後ずさる郷の人々を尻目に、ダンはシャットの目の前に颯爽と着地した。


 『これでどうかな?』


 「ありがと、あとはなんとかしてみせるから……。皆も見たでしょ!? ダンの力を! 飛竜すら、まるで相手にならずあっさり倒すほどの力を!」


 ――そして、シャットは声を張り上げて皆に呼びかけた。


 「こんな彼を捕まえて、懲罰を与える!? 正気!? ダンはここにいる誰よりも強いわよ! その気になれば、私たち全員すら皆殺しにできるくらいにッ!」


 「…………」


 シャットの強い言葉にも、誰も反論するものはいない。


 それぐらい飛竜というものは、彼らにとっては恐怖の象徴だった。


 「彼はその気になれば、力づくでも私たちを言うことを聞かせることが出来る! だけどそうはしなかった。それどころか、私たち姉妹がお願いしたら、お母さんの病気もその不思議な力で治してくれたわ! 私たちに力じゃなく優しさで手を差し伸べてくれたのよ?」


 シャットはそう必死に呼び掛けたあと、なおもこう続ける。


 「ねえ、なんでそんな彼の親切を疑うの!? そんなに余所者が怖いの!? 助けてくれた人にまで刃を向けて威嚇するなんて……私たちは、一体いつからそんな臆病で卑屈な存在になったのよっ!!」


 「ぐっ……このガキ!」


 そこまで言われたら黙って聞いてはいられなかったのか、大人たちもシャットに詰め寄る。


 ――しかしその時、


 「お、おお、その黒く輝く不思議な鎧……あなた様は、まさか……!」


 一人の老婆がよろよろと近付いて、ダンの足元に取りすがった。

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