第11話 潜入


 二人に導かれるまま進んだ先に、ふと森の木々が開ける場所にたどり着いた。


 一見、何もないただの空間に見えたが、明らかに人の手が入った痕跡がある。


 よく調べると、その周囲には蔦や細い枝を組み合わせて作った原始的なバリケードが施されており、それらを草や葉っぱなどで巧妙に覆い隠して、森の一部に紛れ込ませるよう擬態していた。


 明らかに人の目から隠す為の処置だった。


 そんな中、シャットはそのフェンスに近付いて、声量を抑えながらも強い口調で呼びかける。


 (バズ! ここ開けて! シャットが帰ってきたわよ!!)


 そうすると、フェンスの向こう側でガサガサ、ドスンと慌ただしく駆けずり回る音が鳴り響く。


 そしてしばらくすると、二人と同じく頭から獣の耳を生やした少年が、フェンスの上からヒョコッと顔を覗かせた。


 「ばっ……お、お前! どこ行ってたんだよ!? 禁域に入ったんじゃないかって、お前ら二人を探して郷中大騒ぎになってるぞ!? てか、そこの変な鎧のやつはなんなんだよ!?」


 (静かに! ちょっと声抑えて!)


 驚きのあまり声を荒げる少年――バズに、シャットは必死に声を抑えるよう懇願する。


 何か訳ありと察したのか、少年は顔を引っ込めて、ゴソゴソとフェンスの下をくぐり抜けて、外側に出てくる。


 「……お前ら、ホントにどこで何やってたんだ? ロンゾ叔父さんは、お前ら二人を夜も寝ないで探し回ってるんだぞ? エリヤさんもお前らを心配してますます体調が悪くなっちまうし……」


 「お母さんが!? じゃあ一刻も早く行かなきゃ……! そこを通してちょうだい!」


 「おい、ちょっと待て! まずは族長に話を通してからだ! それと……そこのヘンテコな鎧を着たやつ! お前は何者だ? 臭いからして……お前、同胞じゃないだろ!」


 バズはダンの方にビシッと指を突きつける。


 その問いに対して、ダンの代わりにその背に乗るリラが答える。


 「この人は……私たちの命の恩人。それで、唯一お母さんを助けられる人。……そこを開けて、バズ。今は一刻も早く、この人にお母さんを会わせたいの」


 「リラ、お前までそんなバカなことを……。駄目だ駄目だ! 俺は見張りを任されてんだぞ! そんな怪しいやつ、郷に通しちまったら俺が族長に殺されちまうよ!」


 バズはそうにべもなく断る。


 当然、言っていることは正論なのだが、それでこの二人がやすやすと引き下がるはずもない。


 「バズ……確かにね、あんたの言ってることが正しいかも知れない。でもね、今はお母さんが生き残れるかどうかの瀬戸際なの! お父さんが死んで、あたしたち姉妹の家族は、もうお母さんしかいないってこと分かってるでしょ!?」


 「うっ、そ、そんなこと言ったって無駄だぞ。どうしても入りたいんだったら、それこそ族長に確認を取ってからでいいだろうが」


 バズはやや語気を弱めながらもそう言い返す。


 「それじゃ駄目なのよ! あの石頭が、部外者が郷に入るのなんて許可してくれる訳ないじゃない! そんなことしている間に、もしお母さんが死んじゃったらどうしてくれるのよ!」


 「で、でも……そこの怪しいやつが、エリヤさんを助けられるなんて保証はどこにもないだろ!? もしかしたら郷を害するやつかも知れないし……」


 「それは私が保証する。この人……ダンは、私たちが禁域に入って、そこの魔物に襲われてたところを助けてくれた。シャットに至っては、致命傷に近い傷を受けたのも治して貰ってる。ダンは絶対に悪い存在じゃない」


 そう珍しく強い口調で言い放つリラに、バズは驚いた顔を見せる。


 「お前ら……やっぱり禁域に入ってたのかよ!? てか、シャットが死にかけてたってホントか!?」


 「ホントよ。こいつの正体は未だに分からないけど……すごい力を持ってるのと、悪人じゃないのは確かだわ。……こんなことしている間にも、お母さんが大変なことになってるかも知れない。一刻も早く会わせたいの! お願い、バズ!」


 そう懇願するシャットに、バズはうっ、と怯む。


 「お願い、バズ……。どうしてもお母さんを助けたいの……。もしこれで間に合わなくなって、お母さんが死んじゃったら、私、バズのこと許せなくなっちゃうかも……」


 「うううう……!」


 そう半ば脅しのような形でリラに懇願され、バズは頭を抱えて唸る。


 普段、悪ガキ同士でしょっちゅう喧嘩し合う仲のシャットが、自分に対して素直に頭を下げるという光景が、バズにとってはかなりの衝撃であった。


 そして普段は無鉄砲な姉のストッパー役である妹の方までもが、涙混じりに懇願してくるのだ。

 

 もはや状況は、バズの頭の処理能力を完全に超えていた。


 「わ、分かったよ! 通せばいいんだろ!? その代わり、俺が通したって絶対誰にも言うなよ! そうじゃなきゃ俺が族長に殺されちまう!」


 そう言って、バズはフェンスの一部をガコ、と動かして道を開ける。


 「あー、はいはい。分かったわよ。あんたこそ、大人に余計なことチクって騒ぎ起こさないでよ?」


 「無駄な時間がかかった。もうここには用はない。さっさと行こう」


 さっきまでのしおらしい様はどこへやら、ふてぶてしい態度で通り抜けるシャットを、バズは愕然としながらその背を見送る。


 リラに関しては完全に泣き真似であった。


 ダンは内心でその騙された気の毒な少年に謝りつつ、その場を通り抜けた。

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