第8話 出立
「二人とも、手荷物は持ったか?」
「うん」
「当然!」
ダンの言葉に、二人は勢いよく頷く。
今シャットとリラの二人は、ダンから贈られた船内着を着たまま、行軍用のポーチを肩にかけていた。
その中には、大量の焼き菓子。
二人の「元気になったお母さんに食べさせてあげたい」という希望と、ダンの焼き菓子を処分してほしいという利害が一致して、大量のお土産を持たせることになったのだ。
リラ曰く、郷の住人全員に一個ずつ配ってもまだ余るくらいらしいので、ついでに現地住民の心象もよくなれば儲けものである。
ちなみに二人の服に関しては、元々着ていた服が血まみれな上に余りにもボロボロだったので、捨てて予備の
大人から子供までピッチリと肌に吸い付く、伸縮性のあるフリーサイズなので、動きやすくていいと二人にも高評価だった。
「ダンは、そのままの格好で行くの?」
「まさか! このまま出歩くには外は危険すぎるからね。君たちを護るためにも、それなりの装備が必要だ」
ダンは、そう言ったあと、「ノア!」と船自体に声をかける。
「私の装備を出してくれ。一番いいのを頼む」
『了解しました。特殊機甲化兵装、解放します』
そうノアから返事が返ってくると同時に、プシュン、と船内の壁が内側に押し込まれ、中から入れ替わるように銃とスーツを立て掛けた、武器棚が出現した。
「うわっ! 何これ、なんか変な形の鎧が出てきたわよ!」
「変な形の鎧とは心外だな。これは
ダンは専門用語を交えた現地人には不親切な説明をしながら、スーツを立て掛けている棚に、自身の背中を充てがう。
すると――プシュンという空気の抜ける音と同時に、ダンの体に覆いかぶさるようにスーツが装着される。
最後に、顔の部分まで外装に覆われたその時、なんとも武骨な、黒鉄の騎士とも言えなくもない見た目に変わっていた。
「なんか……結構カッコいいじゃない! でも、そんな重装で密林の中を歩けるの?」
シャットは、まるで少年のように目を輝かせながら、ダンの兵装をまじまじと見やる。
どちらかといえば、女の子らしいものより、こういった男の子向けのものの方が好きなのかもしれない。
『このスーツにはオートバランサーと、"パワードギア"が付いているから問題ない。普通に歩くより楽なくらいだよ』
そう言ってダンは、内蔵されたスピーカーで答える。
「私の分はないの?」
『あっはっは! 流石にこれは人に貸せないなあ。私の体に合わせた一点ものだからね』
「ちぇっ」
シャットは残念そうに口を尖らせる。
「とにかく……今は早く郷に帰りたい。こうしてる間にも、お母さんが苦しんでるかも知れないから。それと、途中で薬草を探してもいい?」
『もちろんだ。探すのは私も手伝おう。……ノア、哨戒用のドローンを5機ほど貸してくれ。それと、この周囲にもドローンをいくつか配置して、付近に危険生物が近付いてきたら排除しておいてくれ』
『了解しました』
ノアがそう返事するや否や、部屋の隅からプシュン、と音を立てて、ドローンが射出される。
ダンの周囲をくるくると周回する謎の羽虫のようなものを、二人はぎょっとした顔で警戒した。
「うわっ、なにこの気持ち悪いの!」
「これは……あのときの……」
『警戒しなくて大丈夫だ。これは、私の装備品みたいなものだからね。周囲の危険な生物を警戒しつつ、君たちのその薬草を探す手伝いもできる』
そう説明すると、リラは周囲を飛び回るドローンのカメラを、まじまじと覗き込みながら言った。
「こんな変わった虫まで従えてるなんて……やっぱりダンは凄い。底が知れない」
『それは虫ではないんだが……まあ、準備もできたし、とりあえず出発しよう。これ以上ここにいる意味もない』
そう提案するダンに、他二人も頷く。
一通り武装を整えたあと、ダンは外殻を剥がしたハッチに近付いていく。
そのドアを思い切って開けると、酸素の吸入口を通じて、むわりとした湿気と濃密な新緑の臭いが漂ってくる。
スーツの視界に表示される外のパラメータを見るに、湿度は90%、気温は36℃と相当不快指数は高い。
思えば、この星に来てから、ダンが実際に外に足を踏み出すのは始めてのことであった。
船外カメラで何度か状況を確認することはあっても、実際にその場に赴いたことはなかった。
(私は恐らく、史上始めて地球外の知的生命体の住む星に降り立った人間になる訳か……。アームストロング船長にでもなった気分だな)
ダンは神妙さと警戒心、そして少しばかりの少年のような好奇心を抱きながら、異星への初めての一歩目を踏み出した。
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