第6話 それぞれの思惑


 「うわっ、何これ! なんか雨みたいなの降ってきた!」


 シャットは風呂場で、シャワーを浴びて全身の毛を逆立てさせながらそう叫ぶ。


 「……暖かい。雨季のスコールとはまた違って、こっちはちょっと水が硬い感じがするわね」


 そう独特な感性でシャットは感想を述べる。


 「でも、こっちの水の方が透き通ってて綺麗。ダンは、この"しゃんぷー"と"そーぷ"というものを使って、体を洗えって言ってた」


 リラは教えられた通り、シャンプーのノズルを押すと、中からピュッと薬液が飛び出てくる。


 それを手に擦り込んで見ると、モコモコと泡立って、リラの毛に覆われた手からポロポロと黒い汚れが落ちていく。


 「これ……もしかして石鹸? 貴族が使うもので、すっごく高いって聞いたことある」


 「今更驚かないわね……。あいつ、私たちなんかに高い砂糖を使ったお菓子をどっさり振る舞ったり、こんな不思議な家に住んでたりするんだもの。凄いお金持ちなんじゃないかしら?」


 そう邪推しながら、シャットもシャンプーで体を擦る。


 「きっとあいつ、どこかの国のお抱えの魔法使いよ。こんな不思議なものをいっぱい持ってて、貴族並の生活してるだなんて、そうとしか考えられない!」


 「ううん……ダンは何か、そう言うのとも違う気がする。シャットは気を失ってたから見てないけど、治療しているときの光景はこの世のものとは思えなかった。前にロムールの神官が怪我人に癒やしの魔法を使ってるのを見たことがあるけど、そう言うのとも全然違うかった」


 「な、なんか怖いわね。私一体何されてたのよ」


 その言葉に、シャットは恐れをなして身を震わせる。


 「口では説明できない。でも、あれは魔法みたいな感覚的なものじゃなくて……技術、って感じがした。人間や耳長エルフ族が持っているような。多分あれは、何百年の知識の積み重ねなんだと思う」


 そう子供離れした恐るべき観察眼を発揮するリラに対して、シャットは訝しげに首を傾げる。


 「なんだかよく分からないけど……あいつは信用できそうってことでいいのよね?」


 「出来る。そもそもダンは、私たちをどうにかしようと思えば、好きにできる立場にあった。なのにこうやって、私たちを大事に扱って、いろいろ情報を聞き出そうとしてる。……だからダンは、本当に何も知らない可能性が高い」


 「あんたがそう言うなら信じるけど……これからどうするつもりなの?」


 ひとしきり体を洗ったあと、湯船でゆったりリラックスしながら、シャットはそう尋ねる。


 「ダンを……お母さんに会わせようと思う」


 「!? 本気で言ってるの!?」


 リラの言葉に、シャットは湯を飛び散らしながら、体を起き上がらせる。


 「本気。正直……私は、この"禁域"に生えてるって言い伝えの、万病に効く薬草っていうのはあまり信じてない。それでも、少しでもお母さんが助かる可能性があるならと思って来たけど……目の前に、より確実にお母さんを助けられそうな人がいるなら、そっちを頼らない手はないと思う」


 「それが、あいつってこと? 本当にあの人間にお母さんを助けられると思ってるの?」


 シャットは胡散臭そうに言う。


 「分からない……でも、手は多い方がいい。別に薬草はどうでもいいとわけじゃない。両方の手段を取ればいいと言っている。ダンも、帰る際に少し寄り道して薬草を摘んでいくくらいは何も言わないと思う」


 「それは分かるけど……族長が、人間を郷の中に入れるのを許可すると思う?」


 「それは……私が説得する。何がなんでもダンをお母さんと引き合わせる。その為にはシャットも一緒に協力して欲しい」


 「う〜ん……それは分かったけど、そんな上手くいくかなあ」


 半信半疑ながらもシャットは了承する。


 「上手くいかせる。でなきゃお母さんが死んじゃうかも知れないもの」


 リラは決意を滲ませた顔で言う。


 二人はそのまま、ゆったりと湯船に浸かり、明日に向けてしっかり英気を養った。



 * * *



 「う〜む、これは凄いな」


 そんな会話がなされているとは露知らず、ダンは休憩室であるものを見ながら唸る。


 それは、シャットとリラの二人が、船の中に逃げ込んで来る際にドアで挟み潰した、竜虫の頭であった。


 ちなみに胴体部分も、ドアのすぐ外に転がっていたので、外に何もいないのを確認してから回収している。


 それを今、休憩室のテーブルに並べて吟味しているところであった。


 「こんな巨大な昆虫が外を徘徊しているのか……。確かペルム紀とほぼ同じ大気環境と言ったか。酸素濃度が高いと、生き物は巨大化する傾向があるが、まさかここまでとはな」


 そう言って、ダンはその巨大昆虫の頭をつまみ上げる。


 『解析した結果……地球における、"オニヤンマ"とほぼ同じ形態をしていると推察されます。体長約1.2m。体重6.5kg、予想飛行速度はおよそ時速20kmとなっています』


 「ふむ……巨体の上にそこそこ機動力もあるのか。そりゃあこんな化け物トンボに挟まれたら、腕の一本や二本は簡単に飛んでいくだろうな。地球にも、過去にはメガネウラっていう巨大トンボがいたが……こいつはそれよりデカいから、さながら"ギガネウラ"ってところか。データに登録しておいてくれ」


 ダンは、その巨大さに敬意を表してそう名付ける。


 『承認しました。個体識別名:『ギガネウラ』を現地生物リストに登録します』


 「外にはこんなものがブンブン飛び回ってるとなると……それなりに武装していかなきゃ危険だな。ノア、私の兵装は現在使える状態になっているか?」


 『問題ありません。全兵装オールグリーン。弾薬の装填も完了し、ただちに使える状態となっております』


 「分かった。念の為、朝までにメンテナンスを実施しておいてくれ。私も今日は早めに休むことにする。朝食は三人分用意してやってくれ」


 『了解しました』


 ダンはそう指示を出したあと、自身もベッドルームへと向かう。


 正直、こちらに来たばかりの現状もよく分かっていない状態で、あまり現地人に肩入れするのもどうかと思う。しかし、子供二人をこんな危険な場所に放り出すわけにはいかないのでやむを得なかった。


 それに、リラたちからはまだ色々と聞きたいこともある。


 この描いてもらった地図は、ダンにとっては非常に重要な意味がある。


 少なくともこの地図からは、国家レベルの文明が複数存在し、彼女たち以外の知的生命体が大勢存在していることが読み取れるからだ。


 しかしまだ断定は出来ないが、シャットやリラの話を総合するに、この星の文明レベルは、まだ地球における20世紀にも到達していないと推測される。


 地球と同レベルの文明を持つ国なら、わざわざ奴隷など使わずとも、労働用ロボットやアンドロイドを制作すれば、コストが安く上がる上に裏切られる心配もなく、道徳的にも角が立たないからだ。


 未発達で、しかも国家レベルの文明が複数存在するとなると、自分が下手に関わってパワーバランスを崩すと大惨事に繋がりかねない。


 関わり方を探るために、しばらく現地協力者と関係を深め、情報収集に務めることが最優先であると言えた。


 (何もかも手探りか……。しかし今、私はこれまで誰も経験したことのない画期的な出来事に遭遇している。そう考えると、今の異常な状況も少しは楽しめるかもしれないな)


 ――それとも、これまでにも地球で行方不明になった者たちの中で、似たようなことを経験した者がいたのだろうか。


 ダンはそんな確かめようのないことを考えながら、寝床についたのであった。

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