第4話 先端医療

 「い、たたたた……」


 固まったような重い体を引きずりながら、ダンはようやく目を覚ます。


 丸二日シャットダウンして、自己修復のみに自身の機能を集中させた結果、どうにか一命を取り留めたらしい。


 視界の端に見える血中ナノマシン濃度の値も、70パーセントとほぼ正常値に戻っている。


 再び目を覚ましたことに安堵しながら周囲を伺うと、何やら騒がしい。


 聞けば侵入者を知らせるアラートが鳴り続けているのと、なにやら聞き慣れない言語が子供の声で聞こえてきた。


 「syatt!! etekaowem!! syatt!!」


 見ると、そこには獣と人間が入り混じったような、奇妙な姿の子供が、もう一人の方に向かって必死に声を荒らげている。


 (なんだ、あれは。まさか……知的生命体か!? 我々、地球人類以外の!?)


 ダンは驚愕する。


 地球人類以外の知的生命体の存在は、二十世紀の宇宙史が始まって以来、ずっとその可能性は指摘されてきたものの、外宇宙に人類が開拓に乗り出してなお、その存在は確認されなかった。


 それどころか、地球外生命体すら未だに見つかっていない。


 地球人類が地球外の別の生物とコンタクトを取るには、宇宙はあまりに広く、膨大過ぎたのだ。


 (これは……凄い発見だぞ。これで本土に帰れば、私は宇宙史の教科書に顔写真付きで載るだろうな。まあ、帰る手段などないのだが)


 口から出ている声は、確かに法則性のある"言語"であり、獣がただ単に鳴いているものとは明らかに違っていた。


 また見た目も獣部分以外は人類に酷似しており、更にこの船内に正しい手順で入ってきている。


 ダンはそれを以て、この少女を地球外の知的生命体と断定した。


 しかし、状況はそんな呑気なことを考えている暇はなく、逼迫していた。


 『……――規定猶予時間に到達。当該対象者は退去勧告に従わなかったため、不法侵入者と認め、強制排除措置を執行します』


 「inan!!?」


 「うん? 緊急排除が働いているのか」


 ノアのその無機質な声が流れると同時に、部屋中の至るところから、プシュッと音を立てて、ドローンが射出される。


 一機一機は、握りこぶしほどの小さなものだが、その数は二十機を超える。


 殺傷能力こそ持ち合わせないが、それぞれが"スタンパッチ"という電極弾を射出し、高圧電流を流すという、凶悪な制圧性能を誇っていた。


 「ひっ」


 そして、怯える少女にドローンが銃身を向けたその時――


 「ノア! 攻撃は中止だ。彼女は現地人の貴重なサンプルであり、私の客人でもある。以降は攻撃を加えないよう指示する」


 『――承認しました。攻撃は中止。以降は、当該人物を保護対象と認定します』


 そう無機質なアナウンスが流れると同時に、ドローンは銃身を引っ込め、元の定位置に戻っていく。


 少女は、何がなんだか分からぬ様子でそれをポカンと見送ったあと、ダンの方を見やる。


 そして、まるで死人でも見るかのように目を見開いた。


 「……ん? ああ、これのことか。ちょっと待っててくれ。ふんっ!」


 そう気合を入れると同時に、ダンは自分の腹に突き刺さった鉄パイプを力任せに引き抜く。


 既に血中ナノマシン濃度は正常値に戻り、身体の機能もほとんど修復されている。


 ナノマシンの機能さえ戻れば、強化人間の体には自己再生機能が備わっているので、腹に穴が空いた程度で死ぬことはなかった。


 「ほら」


 ダンがそう言うやいなや、向こう側が見えるほどに大きく開いた腹部の穴が、傷口から漏れ出た銀色の液体によってコーティングされ、埋められていく。


 そして気が付けば――ダンの大穴の空いた制服の隙間からは、腹の中身などではなく、健康的な肌色の腹筋が顔を覗かせていた。


 「私はこれでいいとして……そこに随分と重傷の子がいるみたいじゃないか。治療してあげよう」


 「…………! フーッ!!」


 ダンがもう一人の方に近付くと、最初に会話した方の少女が割って入ってくる。


 随分と興奮しており、全身の毛を逆立て、牙と爪を見せて威嚇するさまは、まるで本物の猫のようだと、ダンはそんな感想を抱いた。


 「……大丈夫、何もしないよ。君の仲間を救いたいんだ。必ず助けるから、ここは私に任せてはくれないか?」


 「…………」


 そう言って手を差し出すと、少女は何故かくんくん、とダンの指先を臭う。


 言葉が通じないなりに誠意は伝わったのか、少女から先程までの強い敵意は消えていく。


 ダンは、軽く少女に頷き返したあと、もう一人の怪我をしている方に向かう。


 壁に寄りかかって微かな呼吸を繰り返す少女の顔色は、既に青を通り越して真っ白になっており、紫色に変わっている唇が、その命がもうすぐ消えかかっていることを示していた。


 ダンはその背中と膝の裏に手を回すと、ゆっくりその体を持ち上げる。


 連れて行こうとすると、ふと、自身の制服の袖が引っ張られていることに気付いた。


 「edianakieterut...」


 泣きそうな顔でふるふると首をふる少女に、ダンは安心させるようにニコリと微笑みかける。


 「ノア、治療室の準備を。あと人工血液も多めに用意しておいてくれ」


 『了解しました』


 そう指示を下したあと、ダンは少女を抱えたまま、治療室へと足を運んだ。



 * * *



 治療室の純白のベッドの上に少女を寝かせると、二の腕から流れ出た血が、ジワリとシーツに染み広がっていく。


 これは急がなければ、と感じたダンは、少女に取りすがる、もう一人の方をどうにか宥めて引き剥がしたあと、治療室の外に誘う。


 そして外に出た瞬間――プシュン、と音を立てて勢いよく扉が閉まり、そのまま外に締め出してしまう。


 「syatt!!」


 心配して扉をドンドンと叩いて叫ぶ少女に、ダンは治療室のすぐ前にある、監視用のモニターの前に誘導する。


 そこには、先程と同じ状況でベッドに少女が、俯瞰の画角から映し出されていた。


 「それじゃあ、始めてくれ。止血と生命維持を最優先に」


 『了解しました』


 言うやいなや、治療室の壁から機械の腕が生えて、くるくると器用に患部の腕の付け根に止血帯を留めていく。


 『止血完了。次に万能血液ユニバーサルブラッドを投与します』


 そう言って、次に少女の首筋の動脈にプツリと針を立てて、人工血液を注入していく。


 本来輸血するには、血液型に気を配る必要があるが、この万能血液ユニバーサルブラッドに関しては、全血液型のRHマイナスにも対応している。


 それどころか、犬や猫などの主要な動物に投与しても拒否反応を起こさない万能型なのだ。


 この猫と人間の合いの子のような少女に投与して問題が起きるかどうかは未知数ではあるが、少なくともこの船で輸血できる血はこの一種類だけである。


 やらなければ確実な死が待っている以上、リスクを承知でやるほかなかった。


 『……拒否反応は見られません。血管状態正常。脈拍、血圧、体温共に上昇を確認。次の行程に移行します』


 「よし」


 ダンは思わず胸を撫で下ろす。


 この山場さえ乗り越えれば、あとはどうとでもなる。


 もう一人の少女の方は、何がそこまで引きつけられるのか、食い入るようにモニターに齧り付いていた。


 後の行程はスムーズに終わった。


 切断した神経はレーザーによって接合し、破砕した骨は骨補填材によってインプラントで成形する。


 自然治癒に任せれば一生骨がくっつかないような大怪我だが、外部からチタンで固めてしまえば、むしろ折る前よりも頑丈になるほどだ。


 裂けた肉の部分も、念入りに消毒したあとレーザーによって縫合。


 途中で患部の治療のために少女が裸にひん剥かれて、ダンは慌てて目を逸らすという事態が起きたが、それ以外は特に問題は起きなかった。


 その間たった十五分で、少女は命の危機から脱したのであった。


 今ベッドの上には、綺麗な船内着に着替えて、穏やかな寝息を立てている患者の姿しかなかった。


 二の腕の傷口も、今はみみずばれのようなレーザーの焼着痕が残っているものの、半年もすればそれも綺麗に消えるだろう。


 脈拍、血圧ともに正常値。ほぼ完治したと言っても過言ではなかった。


 「きっと疲れているんだ。しばらく寝かせてあげよう」


 「…………」


 ダンがもう一人の方の肩をポン、と叩くと、彼女は素直にベッドのそばから離れて、ダンの後ろにトテトテと着いてくる。


 何か聞きたそうにしているのは空気から感じ取れるが、お互い言葉が通じないので、どうしようもない部分があった。


 ダンも現地人の言葉を習得したいのは同じなので、ここはコミュニケーションを図り、現地語を習得することにした。


 「休憩室で少しお話しようか、お嬢さん。おいしいお茶と甘いお菓子はいかがかな?」


 「?」


 ダンの言葉にも、少女は不思議そうに首を傾げる。


 人間、どんな気まずくても一緒においしいものを囲めば饒舌になるもの。


 それはたとえ異星人同士であっても同じであってほしいと、そう願った。

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