第5話 真昼の月
午前8時、長岡駅前。賑わい始めた街中、特に大手通りとやらは人でごった返す可能性が高いので、早めと蒼佑の家から岬の待つ駅へと向かうことにした。
「うわー、こんな朝早いのにもう人多いな……岬、大丈夫かな」
「やっぱりこう、花火大会の日だからねえ……岬くん、たぶんもう着いてるよね、メッセージとか来てる?」
光士郎はスマホを確認する。すると「今長岡駅着いた、券売機のところにいる」とメッセージが入っていた。券売機の方に向かうと、キャリーケースを持った……いつもと同じ、いや、少し雰囲気が違うような気がする岬がいた。
「岬!よく迷わず来れたな、さすが」
「光士郎、少し肌焼けた?で、そちらが……噂の蒼佑さん?」
蒼佑は光士郎と岬の方を見てふふっと笑い、岬に自己紹介をする。
「はじめまして、僕は坂井 蒼佑、大学3年生だよ!よろしくね」
「あっ、はじめまして……
「あ、光士郎くんから聞いてる?大正解!……で、今日なんだけど、夜の花火……僕の家のあたりから見ることになるけどいい?現地はものすごく混むから」
光士郎と岬は頷き、いったん荷物の整理をしに蒼佑の家に戻ることにした。
蒼佑は車のカギを取り出し、ドアのロックを解除する。その時、きらりと光るアクアマリンの石のキーホルダーが目についた。
岬は驚いた顔をし、隣に座る光士郎に耳打ちをする。
「なあ、光士郎……蒼佑さんの車のカギのキーホルダー……もしかしなくてもなんだけど」
「……まさか、岬の作ったものだったり?」
「さっき名前とゲームの名前聞いた時、やりとりしたことある人かもって」
光士郎は蒼佑にそのキーホルダーはどこで買ったものか尋ねる。
「蒼佑さん、そのアクアマリンのキーホルダーって」
「あー!これはね……2年前くらいかな?個人の通販やってる人で『フタバ』さんっていう方がいてね?その人にお願いして、僕をイメージして作っていただいたものだよ」
……案の定大当たりだった。「フタバ」とは岬のネット上での名前で、楽しい趣味の延長線上で雑貨やアクセサリーを作って販売して、そこそこの利益を上げている……らしい。光士郎と岬はこういうところで、世間って広いようで狭いんだなと痛感する。
「……蒼佑さんは、その、もし『フタバ』さんに会えるとしたら、何か……伝えたいこととかあります?」
岬は自分が「フタバ」であることをいったん隠し、蒼佑におそるおそる尋ねる。
「そうだなあ……フタバさんには感謝してもしきれないから、たくさんあるけど」
ごくり、と光士郎と岬は息を飲む。蒼佑は嬉しそうに話し始める。
「僕が変わるきっかけを、そして僕の生きる道をこうしてキーホルダーに吹き込んでくれて、本当に感謝しかないよ、だからこのキーホルダーは一生の宝だよって伝えたいな」
「蒼佑さん、その、びっくりすること言っていいですか?」
「なんだい?」
「俺が……その……そのキーホルダーを作った『フタバ』だって言ったら、信じてくれますか?」
++
蒼佑はとても驚いていた。が、一瞬の間を置き、その後ものすごく嬉しそうに、楽しそうに岬と話を始めていた。2人の会話を聞いていると、どうやら蒼佑もこういうアクセサリーを作ったりすることもあるらしい。車内では技術面での話、どんなモチーフで作るかなどとにかく話に花が咲く。なんならこの後、蒼佑の持っている機材を試したいとまで。光士郎はなんだか、久しぶりに純粋に楽しめている岬を見て嬉しくなった。
「岬、よかったな」
「光士郎、ありがとう!俺の作ったものがこうやって……誰かの嬉しいに繋がっているのなら、本当に嬉しいよ」
照れくさそうに笑う岬を見て、不思議と光士郎も嬉しい気持ちになった。
なんだかんだと話をしていたらあっという間に蒼佑の住むアパートに到着し、荷物を下ろして3人は冷房の効いた部屋で冷えた麦茶を飲みながら、いろんな話をした。
「そういえば、2人もお揃いのキーホルダーつけてるんだね、これも岬くんの作ったもの?」
「あっ、これは……俺と光士郎の記念品みたいなもので、中1の時に作ったんです」
「中1でこれ!?岬くん、本当にすごいや……」
岬は嬉しそうな、でもどこかもやっとした複雑な顔をしていた。
「……でも、『男』でこんなキラキラした小物、作っても……俺は本当に趣味の範囲なので」
つい本音が出てしまった、という顔を岬はしていた。光士郎と蒼佑は一瞬顔を見合わせ、まあまあまあ、と光士郎が場を取り持つ。が、蒼佑は話を続けた。
「……僕も、こういう大学にいると、女の子に生まれていたらよかったなって思うこと、正直あるよ」
「俺は……そういうわけじゃ……」
「僕は『女』になりたかった、けど僕は『男』で生きることを選んだ、ただそれだけで……後悔なんてない」
++
からん、とコップの氷の溶ける音。外は気持ちいいくらいの晴天で、でもそろそろ夕焼けの気配がする。連日の疲れだろうか、いつの間にか光士郎はすやすやと眠っていた。
光士郎の眠る隣の部屋で、蒼佑と岬は機材を試したり、材料を見たり、蒼佑の作品を見たりしていた時に岬はぽつりと話を始めた。
「さっきの話……光士郎には言えないんですが、昨日……というか高校入った頃から、変な夢を見ることがあって」
「どんな夢?僕が聞いていいの?」
「もちろんです、夢は……真っ白い空間に……もう1人の俺が、女みたいな俺がいて……いちいち突っかかってくる、というか」
「……突っかかってくる?」
「『君自身の天秤はもう、答えを出してるよ』とか、『私は女だ』とか、意味わかんないですよね、俺は……『男』で生きなくちゃいけないのに」
蒼佑はポカンとした顔をした後、納得した顔をし、つい笑ってしまった。
「あはは、その理論で行くと僕は今ここにいないよ、岬くん」
「な、何を……っていうか、どういうことですか、僕はここにいないよって……」
「だって、僕の体は『女』で、この先何をしたって完璧な『男』になれやしないんだから、岬くんくらいの時は本気で死ぬことも考えたよ」
岬は絶句し、まるで自分を認めたくないかのように、蒼佑に気持ちをありったけ投げつける。
「……やっぱり俺は、『女』になれない俺は……もう死ぬしかないのか!?」
「岬くん、大丈夫だから、落ち着いて」
「本当は、夢の中の俺みたいになって、光士郎にかわいいって言われたいし、いろんな服を着てみたい、馬鹿にされたくないし、やりたいこと、たくさんあるんだ……けど俺はどうしたって『男』で!!」
互いに一呼吸置いて、蒼佑は真剣な顔をして、岬に1つ質問をした。
「……率直に聞くよ、岬くんはどう生きたい?しがらみとか周りとか、そんなの無視して心に素直に」
蒼佑は真剣な顔をして岬に聞く。岬は言い出しにくそうに、でもはっきりと答えた。
「……『女』として生きたい、俺は『女』だから」
自分自身の天秤の傾きなんて、もう、見て見ぬふりをしていただけで、全部わかりきっていたことだった。
覚悟もできていた。あとは……。
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