第6話 夜空の花
岬は……自分自身が『女』だということにもう何年も前から気付いていた。ただ、誰にも話すことがなかっただけで。
「岬くんは、ちゃんと自分の答えを出せている……すごいことだよ」
「でも、光士郎に嫌われたくない、俺が『女』になったせいで1人にさせたくないって思ったり、田舎町だから今は……周りの目が気になって」
光士郎は「男」としての岬が好きなのかもしれない。もし岬が「女」になったら?関係が途切れてしまうのか?光士郎は悲しむのか?たくさんの感情や懸念事項が頭の中を飛び交う。
「光士郎くんは、性別関係なく岬くんのこと好きなんじゃないかな……きっと、そんな気がする」
蒼佑はそう語るが、光士郎はゲイであって。自分の性別を知られたくない岬は頭を抱える。
「……それと呼び方、ごめんね、さっきの通り、僕の……改名前の名前が『美咲』だから、ちょっと呼び捨てとかだと呼びにくくて」
「そこ、すごい偶然ですよね……まるで運命みたいで、ちょっと嬉しいかも」
「ふふ、とにかくさ、光士郎くんが岬くんのこと嫌うなんてこと……ないと思う」
++
「うーーん……まだ眠い……でも花火あるし……」
光士郎は眠りから目を覚ます。うつらうつらとしながらもう一度寝ようかと思っていた時、奥の部屋で岬と蒼佑が話している声が聞こえる。罪悪感はあるが、少し耳を澄ませ会話を聞いてみることにした、その瞬間。
「……俺は、『女』だから」
……岬の声だ。光士郎は腰を抜かし、口に手を当て、その場から立てなくなった。
しばらくしていると、奥の部屋から会話を終えた岬と蒼佑が出てきた。そして動けなくなっている光士郎と対面する。
「光士郎、起きた……?って寝てたのに今度は動けなくなってる!?なんで!?」
「とにかく大丈夫!?怪我はない!?」
何が起きたのかわからない岬と蒼佑は慌てふためく。
「な、なんでもなくて、ただ滑って尻もちついたというか、その」
光士郎はその場しのぎの言い訳をし、先程のことを知らないふりをするのに精一杯だった。あの岬が女?ずっと一緒だった、岬が……「女」だったのか?そうすると俺は……岬にとってなんなんだろうか、と考えは巡る。
「そ、そういえば機材とか、素材とかどうだったんだ、岬」
必死に何かをごまかそうとしていることは2人にバレバレで、光士郎はさらに冷や汗が止まらない。
「確かにすごかったけど……光士郎、何か隠してる?」
「……もしかして、さっきの僕たちの会話、聞こえちゃってた?光士郎くん」
苦しい局面に入ってしまった。もう絶対聞こえてたことはバレてるし、ここで知らないふりをするのもそれはそれで誠実ではない。
だが……光士郎からその話を出すことは、とても難しいことで。でも切り出すなら今しかない、と判断した光士郎は覚悟を決めた。
「岬……お前、本当は『女』だってこと、どうしてずっと黙ってたんだよ」
「なっ……言えるわけないじゃないか……!言ったことで大好きな光士郎が……離れていくのが怖くて」
「あーもう!バカなこと言うな!岬のバカ!俺は……確かにゲイだけど、そんなん関係なく『石動 岬』という人間が、好きなんだよ!!」
「バカって言った方がバカだ!俺だって光士郎のことが、ずっとずっと好きなんだよ!」
感情をあらわにし、わんわんと泣く光士郎と岬。蒼佑はそっと泣きじゃくる2人の頭を撫でる。まるで「よくできました」と言わんばかりに。
「……俺、光士郎を突き放すような態度取ってた、あれは……俺よりもっと、いい人いるんじゃないかって」
「あの時岬が好きだ、って告白したのは紛れもない、俺だから……周りの理解には時間かかるかもしれないけど、『女』の岬でも『男』の岬でも、岬は岬だ」
「俺は……光士郎どうこうじゃなくて、自分で選んだ姿の……天秤の通りの『女』でいて、いいんだね」
「俺は変わらないよ、ってそんなことより!花火!支度しなきゃ!」
ばたばたと支度を始める光士郎を見て、岬と蒼佑はいつもの光士郎だね、と笑い合い、花火を見る支度を始めた。
++
枝豆、ジュース、オードブル。そして昨日の夜、蒼佑に教わりながら作ったたくさんのおつまみ。
これでもか、と材料を買い込んだのでこれでもか、と奮発して作ったりした食べ物をつまみながら、3人は花火を楽しむ。光士郎はどの花火にもウキウキし目を輝かせながら目玉の花火「フェニックス」を心待ちにする。
「どの花火もでっかい!きれい!……長岡花火、やっぱ見といて正解だあ……」
「光士郎くんのその、初めての気持ちわかるよ……本当にきれいだよね、長岡花火」
「あれ、蒼佑さん……もともと新潟の人じゃないんですか?」
岬はふと疑問に思う。
「僕はもともと埼玉の方に住んでて、大学進学で長岡に来たんだ」
……埼玉、首都圏。なんだか名前を聞くと都会な気がするが、話を聞くと、どうやらそうでもない……らしい。なんでこんな地方都市の大学を選んだのかは……先程の話からなんとなく想像がつくが、黙っておくことにした。
花火を見ながら3人は光士郎と蒼佑が昨晩作ったおつまみを食べる。どれもとても出来がよく美味しい。思わず笑顔になる。
「光士郎、料理できたっけ!?この油揚げのやつ、ものすごくおいしい」
岬が喜んで食べている。焼いた栃尾の油揚げにただ甘辛のお手製ソースをかけただけのものだが、岬が今日一番くらいで驚いていた。光士郎は自分でも食べてみる。
「うっま!!さすが俺、天才だろ!……蒼佑先生ありがとうございます」
「いえいえ、これお酒のおつまみになるから、大学の友達によく振る舞うんだ」
わいわいと話しながら花火を見ているうち、いつの間にか20時15分になった。お待ちかねの「フェニックス」がカウントダウンとともに打ち上がる。
……それは、言葉にできないほど、長岡の空一面に色とりどりのたくさんの花火が打ち上がり、夜空が花火によってきらきら輝き、彩られる。
次第に盛り上がりを見せ、音楽や花火の音、火薬の匂いも相まって、長岡の夏で一番大きな、美しい花が咲く。この瞬間を見ることができて、本当に幸せだと思った。
そしてクライマックスに一番大きな花火が打ち上がり、ぱらぱらぱら……と花火の余韻の音が鳴り響き、花火が消えていく。
それはまるで何かの終わりを告げるかのように。
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