第4話 霧雨の夢
ここは真っ白な空間。そこには似て非なる2人がいた。
「君は……誰だい?」
まるで自分のようで自分じゃない存在に問いかける。
「……私は、君が見なかったことにしてきた、君自身だよ」
「は?俺自身だ?俺は……そんな女みたいじゃない、男でいなくちゃいけないんだ、そういう運命で生まれてきたんだ、君みたいに生きられないんだ」
「女みたい、って……私は女だよ」
「そんなはず、俺は女じゃない」
「……そうやっていつも強がる理由って、光士郎に嫌われたくないから?それとも田舎町で気持ち悪いって言われたくないから?」
「あーもう、うるさい!君だって……わかってるんじゃないか」
「……本当は私のようになりたいんでしょ?素直になりなよ、苦しいんでしょ?制服も、変わりゆく体も、周りからの扱いも……全部」
「俺だって、かわいい服が着たい、髪も伸ばしたい、化粧もしたい……それが全て叶わなくとも、光士郎と手を繋いでいて笑われたくない……こんな『男』の俺なんか、いなくなればいいのに……!!」
「……君自身の天秤は、もう答えを出してるよ、あとは君がどうしたいかだけ……私はそのお手伝いをしに来た存在でしかないから」
「待って、俺は……!!」
++
「うぅ……っ!?」
がばっ、と光士郎は目を覚ました。一瞬ここはどこだ、と混乱するが、心配そうな顔をした蒼佑の顔を見て、長岡にいることを再認識した。
「光士郎くん!よかった……起きてくれて……」
「俺は……って蒼佑さん、さっきの話……」
「僕のことより、今は……って光士郎くん、さっきからスマホ鳴ってるけど」
ゆっくりと、体に負担がかからないように起き上がり……スマホを見ると岬からの電話だった。光士郎はすぐに折り返し電話をかけてみる。
「もしもし……よかった出てくれた」
すぐに岬は出てくれた。
「もしもし、岬?どうした?」
「光士郎、その……急なんだけど明日さ、光士郎の都合がよければ、合流できたりしないかな」
「んー……それって岬が長岡まで来るってこと?そうならそうでいいけど、結構遠いし、だいたい明日は混むぞ?」
「長岡花火、俺も見たくなったんだけど……厳しい?」
「俺は構わないけど、ちょっと待ってて」
「うん、待ってる」
光士郎は電話をいったん保留にする。もともと明日は1日中ゲームをして過ごすつもりだったが、岬と蒼佑と3人で遊べるなら、願ったり叶ったりだ。
「蒼佑さん、長岡まで岬が来て、合流したいって」
「ほんと?僕が車出せるし、そこは合流したいな!岬くんとも、会ってみたいし」
「じゃあそう伝えます、少し待っててください」
光士郎は電話の保留を解除する。
「もしもし、岬?OK出たから、明日長岡で合流しよう、道とか乗り換えわかるか?」
「大丈夫、光士郎みたいに迷ったりはしない」
「俺みたいにってお前……じゃあ、また明日」
電話を切って、蒼佑にさっきの話の続きを聞こうと、話を持ち出す。
「蒼佑さん……その、僕みたいなって、蒼佑さんはどっからどう見たって男じゃないですか」
蒼佑は深呼吸をし、覚悟を決めた表情で、財布の中にしまってあるカードを取り出し光士郎に見せた。
「これ、僕の高校時代の学生証……名前、変えたんだ、全部断ち切りたくて」
その学生証には「坂井 美咲」という名前が記載された、紛れもなく女子の学生証で……そしてこれは間違いなく過去の……蒼佑の学生証だった。
「……僕は、悔しいけど『女』なんだ、悔しいけどこの先も完璧な『男』にはなれない」
「なっ……」
光士郎は驚きとともに、どこか既視感を、どこかでこの感情を……感じていた。
「……あの、蒼佑さんがどうして俺のこと、どういう気持ちで長岡に呼んでくれたかわかりました、けど」
「ごめんね、光士郎くん……完璧な『男』じゃない僕で……」
ものすごく悔しそうで、今にも泣きそうな顔をしている蒼佑の手を握ってこう伝えた。
「うまい言い方とか、俺わかんないけど、世界で誰もが否定しようと……俺の中では、蒼佑さんは『男』で、俺の兄貴分です、だから自分のこと否定しないで」
はっ、とした顔を蒼佑はした。その後泣きながら、でも笑いながら光士郎の方を見た。
「……今のでどうして岬くんが、ものすごく悩みながらも光士郎くんと離れないのか、わかった気がする」
蒼佑は「ありがとう」と一言告げた後、光士郎の手を握り返し、2人は明日岬と何をして遊ぼうか、何を話そうか、何を食べようかと考えながら夜は更けていった。
++
翌日の朝。
「……おーきーてー、光士郎くーん」
「んー……ねむい……今何時ですか……」
「7時だよ」
……岬はどうやら始発で来ると言っていた、そして8時半頃に長岡に着くとも。
「7時ならもうちょい寝……って寝てる場合じゃない!岬来るじゃん!!」
光士郎は大慌てで起き、優雅に2人分の朝食を作る蒼佑の横でばたばたと朝の身支度をした。
「蒼佑さん朝強いっすね……申し訳ない……」
「いえいえ、大学の友達もみんなこんなもんだから慣れてるよ」
支度が終わり、蒼佑お手製の朝食をいただく。メニューは目玉焼きとカリカリのベーコン、具沢山の味噌汁にたくあん、そして白米。
「蒼佑さん、こんなに豪華でいいんですか」
「だから僕のことなんだと」
「そのあたり、よくわからないけど、いただきます」
「いただきます」
……今日の長岡は当初の目的通り、花火大会の日。そういうこともあり、別に普段ならもう少し遅い電車でもよかったのだが、どうしても長岡に行きたいと言う岬に始発で来てもらうことにした理由はそこだった。
しかしこの朝食、おいしい。長岡に来てからおいしいものしかいただいていない気がするレベルだ。これまたぺろりと平らげてしまった。
「蒼佑さん、ごちそうさまでした……料理、また今夜にでも教えてください」
「ん、お粗末さまでした!まだ食材たくさんあるし、岬くんも一緒に料理教室やっちゃう?」
「それも楽しそうですね!そして岬、そろそろ着くみたいです」
「それじゃあ、迎えに行こうか!車の方向かってて」
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