第3話 藍色の心
蒼佑と光士郎を乗せた車はさらに山奥へと進んでいく。カーブの多い狭い山道なので運転に集中したいと、一旦話を終わらせ、アルパカ牧場へと向かう。
車を停め、広がるアルパカ牧場……想像していたより狭い牧場だが、山古志の独特の地形を考えたらこの広さでも確保が大変だったんだろう。
「着いたー!餌やりもできるんだよここ、車降りてアルパカのところ行こ!」
蒼佑はウキウキしながら光士郎を呼ぶ。山なので少し涼しい……気もする。光士郎は車から降り、独特のアルパカ臭さを味わう。
いざ、アルパカとご対面……そこには10匹ほどのアルパカがいた。
「わ、もふもふして……予想以上にかわいい!」
またもキラキラと目を輝かせ、光士郎は子供のようにはしゃぎ、岬に送ろうとスマホを取り出し写真を撮る。
「かわいいでしょ!で、こうやって手に餌を乗せて……ってすると」
アルパカは蒼佑の手のひらの餌をぺろりと平らげた。
光士郎は感心しつつ心の中で、まるでさっきの俺じゃん、などと思いながらアルパカに餌をやろうとした。その時だった。べしゃっ。腕に何かがかかる。
「え?」
隣にいる蒼佑に何が起きたか尋ねようとしたら、爆笑一歩手前のところで笑いを堪えている。
「光士郎くん、そこ、手洗い場あるからさ、ちゃんと洗っといで……面白すぎ、あははは!」
……蒼佑は笑いを堪えきれなかったようだ。見てみるとアルパカの唾がかかったみたいだ。
後で知ったことだがアルパカの唾はものすごく臭いらしい。
「今日俺、なんかついてないのかな、あはは……洗ってきます」
++
たくさんアルパカを満喫し、山古志から長岡に戻り、蒼佑の家へ向かう前に道中にあるというスーパーで買い物をしていくことにした。「明日はアオイさんの家でゲーム三昧する」と事前に約束をしていたので、ごはんの材料やらつまめるお菓子、飲み物をこれでもか、と買い込んだ。
「蒼佑さん、こんなに買って……料理できるんですか……?」
「ふふ、少年よ、一人暮らし3年目を舐めてもらっては困るね……で、光士郎くんは普段料理するの?」
「……俺は全く、岬がいつもやりたがるから機会奪われちゃって」
「一緒に作ったりもいいんじゃないの?」
「うー……一緒に料理かあ……」
なんてくだらない話をしているうちに蒼佑の暮らすアパートに到着した。車にある持ってきた荷物やら買い物したものを片付ける。
「光士郎くん、あと荷物それだけなら、ちょっとお願いしてもいい?先にやることあるから……まかせた!」
蒼佑は部屋に入り、何やらごそごそと片付けをしているようだ。まあ男の一人暮らしの部屋、他人に見せられない何かがあってもおかしくはないだろう。後部座席に置いてあった光士郎自身のカバンを持ち、蒼佑の部屋へと入った。
++
「おじゃましまーす……おお……」
蒼佑の部屋は想像していた以上に整っており、造形大の学生ということで画材やら何やらを置くために部屋が広く、さらに奥にはもう1つ部屋があるようだ。
「……これ、急いで片付けた、って訳でもなさそうですね」
「何、光士郎くん?僕のことなんだと」
「いやなんでも」
思わず本棚の方向に目を逸らす。……本棚の方を見ると、「ハウツーLGBTの就職活動」「セクシャルマイノリティの生きる術7選」など、セクシャルマイノリティ関連の本がいくつか散見された。
「あ……その」
「本、読んでみる?……とかそういうわけじゃない?」
「蒼佑さん、もしかして……」
蒼佑はごくり、と覚悟を決める。だが……
「……周りにいたりするんですか?理解したくてこういう本買ったのかなって、さすがだなあ……大学生ってこういうものなのか……」
蒼佑はぽかんとした顔を一瞬し、アホなのかこいつ、ともとれるよくわからない顔を見せた。
「あはは、そう、なのかもね……ところで光士郎くん、先お風呂入ってくる?汗もだしさっきのアルパカの唾も落としたいでしょ」
「……?よくわからないけど、確かに汗もすごいし……お風呂、借ります」
「今からお風呂沸かしたりタオル用意したりするから、ちょっと準備とかして待ってて」
++
「よっ、と……」
服を脱ぎ、浴室へと入る。それなりの広さのお風呂だ。狭くてごめんね、とは言われたが、大学生の一人暮らしのアパートで足の伸ばせそうな湯船のあるアパートはそうないのではないか。
全身を洗い、湯船に浸かり一息つく。さっきの本のことが頭からなぜか離れない。
「……さっきの本のLGBTって、レズビアン、ゲイ、バイ、……あとひとつ、Tってなんだったっけ……?風呂上がったら蒼佑さんに聞いてみよっと」
ふとした疑問がやけに気になってきたため、10分ほど浸かった湯船から出て、体を拭き、持ってきた着替えのスウェットに着替え蒼佑の待つ部屋へと向かう。
「早かったね、おかえり」
「戻りました、そして蒼佑先生にひとつ聞きたいことが」
……光士郎は我ながらこのノリはいかがなものか、と思った。が、こうでもないと聞きにくいのが本音で。
「なんだね、光士郎くん」
「さっきの、LGBTのTってなんだったかなって……気になりまして聞いた次第で」
少し覚悟を決めた顔をした蒼佑は話し出す。
「光士郎くんは……そうだね、光士郎くんになら話してもいいかな」
「へ?」
光士郎は何が何だかわかっていない。蒼佑は続けて話す。
「Tはね、トランスジェンダーってやつで、簡単に言えば……生まれ持った性別に違和感を持つ人のことなんだけど……」
「性別に、違和感……?」
「わかりにくいよね、ようするに僕みたいな人のことだよ」
「……!?」
信じられなかった。光士郎からすると蒼佑は普通の男で、兄貴みたいな人で、ただ、その蒼佑は自身の性別に違和感を持っているだなんて。あれ、もしかして……岬も……?
……情報量が多すぎて、よくわからなくなって。目眩がして……旅の疲れなのか、光士郎はそのまま後ろに倒れ込んだ。
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