第9話 怒りと絶望と希望

 ━━……そう言えば、いつからだっただろうか。この星が降り始めたのは。


 ……いや、嘘をつくのは良くないな。ジュリィは嘘が嫌いだったし。


「フフッ、また、……虚偽、とか、……恥辱、とか言って俺をからかってくるんだろうな……まぁ、それも、会えたらの話だけどさ」


 忘れもしない。3年前のあの日。あの日からこの世界に星が降り始めた。人々はそのことを不思議に思わなかった。幻想的だのなんだの言って受け入れた。俺の苦しみも知らずに。


「いつしか常識となった。……それが、どれほど愚かな行為だとも知らずに……」


 ━━━━━━━━………………


「星の怪物が現れる時、この世界に星が降る」


 キシルが目を覚ますとジュリィはキシルの上に馬乗りの形になってそう言ってきた。


「……朝起きて一言目がそれか。昨日あんなことしたんだぞ。普通、おはようとかそういうのだろ」


「……失態」


「あ、それ久しぶりに聞いたな。フフ、顔が赤いぞ。可愛いやつめ」


「……羞恥」


 2人は朝からいつもと同じ会話をする。そして、服を着て見つめあった。本当にあんなことがあったのに、態度とか何も変わらない。


「お前の神経って図太いよな」


「自慢」


「いや、褒めてないけど……まぁいいや。お前が可愛いからなんでも許すよ」


「……」


「……」


「……」


「……どうした?いつもみたいに……恥辱……って言わないのか?」


 何故か黙り込むジュリィにキシルは聞いた。


「……キシル……もし、私が死んでも泣かないで。自分で言ってたよね。復讐はダメだって。だから、復讐しようなんて思わないで」


「は?いきなりなんだよ……ジュリィ、お前、どこかおかしいぞ。熱があるのか?」


「ううん、無いよ。でも、これだけは絶対に言っておかないとダメなの。でないと、キシルが壊れちゃう」


 そんなことを言ってキシルの胸に顔を埋める。それはまるで、最後の挨拶をするかのようだ。


「おい待てよ……お前、死ぬ気じゃねぇたろうな!?刺し違えてでも倒そうなんて考えるなよ!そんなこと考えてるようなら、俺は絶対に許さない!わかって……」


「わかってるよ!」


 わかってんのか?キシルがそう聞こうとした時、ジュリィが初めて怒鳴り声をあげた。


「……ジュリィ……」


「……わかってるよ……!私だって、死にたくないよ!でも、星の怪物に出会ったらきっと生きては帰れないの!私はキシルに死んで欲しくない!だから、私が囮になるって言ってるの!」


「それを許さねぇって言ってんだ!2人で力を合わせれば、勝てるかもしれないだろ!」


「勝てないよ……」


「え?」


「勝てるわけないよ!だって、世界最強って呼ばれた私のお父さんが何も出来ずに殺されたんだよ!どんなに力を合わせても、勝てないものは勝てないの!……うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!」


 そう言ってジュリィは泣き出してしまった。その様子は、まるでなにかに怯える子供のようだ。


「勝てないもん!勝てないものは勝てないもん!うわぁぁぁぁぁぁぁん!」


 泣き叫ぶジュリィに、キシルは言葉を失う。でも、キシルは何とか言葉を繋ぎ、言った。


「勝てるさ。俺が守ってやるよ。俺の実力を知ってるだろ。もしジュリィが勝てないと思って挫けても、俺が必ず倒す」


「でも……」


「でもは許さん!次言ったらお尻ペンペンだからな。……なぁジュリィ……俺を信じろ。たとえジュリィが死んでも生き返らせる。離れ離れになっても必ず会いに行く。まぁ、呼びつけるかもしれないけどな。だからさ、お願いだから信じて」


 キシルはいつもより優しい笑顔でジュリィにそう言った。その言葉を聞いたジュリィは大粒の涙を流してキシルに抱きついた。

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