第92話 不穏の足音③

ガラガラのホームに滑り込んできた中央線に乗り込んで、一駅隣にある中野を目指す。


俺が中央線に乗り込むと珍しくその号車には一人も乗っていなかった。昼間の時間帯といえ中央線でここまですいていることはなかなかない。俺は少し不思議に思いながらも開いている席に座る。


そのまま揺られて大久保を通過した時、隣の号車から着物を着ている女性が入ってきた。今日は別に成人式というわけでもないのに着物を着ている。本来なら目立っていただろうが今、この号車には俺以外にその本人しかいないので目立ちようがない。


女性は俺の前まで歩いてくる。


「となりよろしいですか?」


「え、えぇ、大丈夫ですよ」


女性は美しい所作で椅子に座る。


「傷は大丈夫ですか?手術をしたようですけど」


「は?」


この女なんでそれを知っているんだ?俺の怪我のことはもちろんのこと襲撃があったことすら一般では明かされていない。


「大丈夫ならいいんです。あなたとはこれから長い付き合いになりそうな気がするので」


彼女はそういうと影も形もなく消えていった。


俺は思わず立ち上がり女がいた場所から離れる。突然消えるなんて言う芸当はこの時代になってもできない。こんなことができるのは幽霊だけだ。


俺はそう思い近くを見渡すと座席の下に何やら光るものが落ちているのが見えた。手を伸ばしてそれを取るとそれはカメラのようなレンズがついている立方体の物体だった。


一瞬爆発物かと思ったがそういうわけでもなさそうだ。というかこの形は見たことがある。最近はやりである自分のホログラムを作ることができるというキットだ。…ということはさっきの女性はホログラムということか?でもホログラムなのだとしたらこの号車に入ってくる時ドアを開けられないはずだ。それなのにドアを開けることができたということはそこまでは実体があったか、もしくはドアを開けるのも何かタネがあるのか。


でも、もしさっきの女性がホログラムだとしたらすごい技術だ。俺は隣に座っていたというのにまったく違和感に気づけなかった。俺はホログラムに関してど素人なので具体的にどうやってやっているのかそういうことは全くわからないが、現実の中に溶け込めるホログラムなんてのは間違いなく革命的な発明になる。


このホログラムのことも謎だがさっきの女性の言っていたことも気になる。まずなぜか栃木で起こった事件のことを知っていてさらに俺の怪我の存在すら知っている。そして最後彼女が言っていた長い付き合いになるというのも気になる。彼女は俺のことを知っていたようだが俺はまったく知らない。とにかく得体が知れない。




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