第21話 偽善者

 手話の勉強をするには、ネット環境が整っていた方が良いのは、かなり前からわかっていたことです。なので、思い切ってWi-Fiが使えるように契約しました。(私としては、かなりの思い切り)

 あと、手話のアプリがあることを知り、それを使っての勉強も始めました。


 その日は、臨時の仕事があり、複数の現場から人が集まっていました

 私のしている仕事は、そこそこ移動がある為、わりと沢山の人と知り合います。臨時の仕事があると、昔の同僚と会えたりして、わりと私は楽しいことが多いです。

(初めて会う人は苦手ですけど)

 普段は顔を合わせない人と、久し振りに合うと、自然と色々な話が出て、

「ここだけの話」

 というのも、良くある話です。


 私が小休止の時、たまたま数年前に同じ現場だった人と、二人きりになりました。

 それほど親しいわけではない同僚ですが、私はその人に、自分が手話の勉強をしていることを話しました。たぶん、勉強が順調に進んでいたから、浮かれてしまったのだと思います。

 普段の私なら、よほど親しい人で無いかぎり、職場でプライベートな話はしませんでした。なのにその日は、それほど親しくない人に、言ってしまったのです。

「私、手話の勉強をしていて、今度試験を受けるんですよ」

 すると、その人は思いもよらないことを言ってきました。

「私、手話とか、ボランティアとか、そういうのする人って、信じられないんですよ。だって、どうせ躰の不自由な人の世話して、自分は五体満足なことに、優越感を感じてるだけじゃないですか。ハッキリ言って、偽善者だと思うんですよね。べつに、元橋さんが、そうだというわけじゃないですよ」

 その同僚は、昔から皮肉を言うところがある人でした。

 だから、そんな人の言うことを気にする事はない。それはわかっています。

 わかっているのに、私は自分の感情が抑えられませんでした。

「なにも知らないくせに!」

 思うより先に、言葉が飛び出していました。


 私だって、偉そうなことは言えません。

 ろう者や難聴者について、それほど詳しくも知らないし、障がい者全体となると、ほぼ知らないと言って良いレベルでしょう。

 ボランティア活動に、参加したこともなければ、障がい者と交流したこともない。

 だから、私なんかが何か言う事ではないのかもしれません。でも、なんだか許せませんでした。


 同じ人間なのに!

 聞こえない、見えない、歩けない。人の介護無しでは、生きていけない人もいるのは確かです。けれど、それでも同じ人間じゃないですか!

 きっと、この同僚には何を話しても『きれいごと』だと言われてしまうでしょう。

 そんな彼女に対して、私は酷い言葉を言ってしまいそうで、そんな自分が嫌でたまりません。

 だから、それ以上は何も言わず、休憩室をあとにしました。まだ、休憩の時間は残っていましたが、体を動かしたい気持ちだったのです。

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