今回の話は考えさせられました。
聴者、ろう者、双方に相手を嫌う理由があるかもしれませんが、もしかするとその理由を解決できることかもしれない。
自分の子どもの一人が、保育園児だった頃に近くの知的障害者施設でいきなり顔を殴られ、「障害者全般が怖い」という極端な形でトラウマになりました。
それを「偏見だよ」と片付けることはできません。
ですが、一つきっかけがあれば何かが変わるかもしれないと思いました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
思い出すのも辛いかもしれないこと、お話しいただき、ありがとうございます。
カイエさんの仰るように、まるごと一括りには、出来ないお話だと思います。
誰かがとった行動に、必ずしも理由があるかといえば、必ずしもそうと言いきれないからです。
特に、カイエさんのように、大切なお子様が直接殴られた場合、怒りや恐怖があって当然でしょう。それが、障がいをもった方で、なぜそんな行動にいたったのか、理解できない場合はなおさら。
『障がい者』が恐いと思われても、当然だと思います。
その障がい者の方の機嫌が悪かったのか、本人だけが嫌な『何か』(特定の動作や言葉など)が起こったのか。単なる悪意の可能性も、無いとは言えません。
ろう者の方が
「ドラマの ろう者は、かわいそうな存在で、ピュアなイメージが多い。
それを、本当のろう者に重ね合わせる人がいて、とても嫌だった」
と、手話で話されていました。
これと、少し似ているのかもしれません。
トラウマを無理に克服させるのは危険ですし、私はその立場にありません。そもそも、私自身も障がい者は苦手でしたし。
できることならという範囲で、お願いがあります。
それは、できるだけ『障がい者』と一括りにはしないで欲しいのです。
障がい者といっても、本当に色々な障がいがあります。見てわかるもの、わからないもの。種類、症状、それぞれ悩みを抱えています。
私は、まだまだ勉強不足ですが、その一端を知る度に、いかに自分が偏見を持っていたかったを、痛感させらました。
あと、同じ人は一人としていないということ。
同じ障害を持っていても、それを誰にも知られたくない人もいるし、公表して理解してもらうべきだと考える人もいます。
障がいの無い人も、障がいを持っている人も、様々です。
男だから、女だからと言っているのと、似ているような気もします。
出来ることなら、個人として見てほしい。障がい者だからと特別扱いする必要はありません。
気分を害してしまったら、すいません。
もし気が向きましたら、また作品を読んでいただければと思います。
大変興味深いエッセイでした。
私の企画に参加していただき、ありがとうございます!
ろう者の友人がいるにもかかわらず、手話やろう者の世界について知らなかったことばかりでした。勉強になるのと同時に、作者様の人となりや心情について描く文章描写も素敵で、ここまで一気に読んでしまいました。素晴らしい作品に出会わせてくださり、ありがとうございます。続きも楽しみにしております。
作者からの返信
こちらこそ、ありがとうございます!!
読んでいただけて、大変感謝しております。
実力不足な上に、エッセイ&ノンフィクションなので、じじつしか書けないという制約があります。なので、なんか悩んでばかりで、なかなか進まない感じになってしまいました。かなり、読みにくいと思います。
出来ることならば、もう少し前向きで、コミュニケーション能力の高い主人公にしたかったのですが。それでは、別人になってしまうので……。
『きょうも一つ手話を覚えた』は全24回ですので、よろしければ、もうしばらくお付き合いいただければと思います。