第6話 利き手

 手に入れたばかりの本の、写真で撮られた指文字を見る。

 それを自分の手で実際にやってみて、手帳に指文字の絵を描く。


 やっぱり、実際にやってみないと、分からない事はあるものですね。

 簡単なようで、指がつりそうになるものもありました。

 指文字から別の指文字へ、素早く自然に変えることが、いかに難しいかということを、身をもって感じます。


 実をいうと、一つ不安がありました。

 それは、利き手のことです。

 指文字も、手話にも利き手が関係してくることを、私は本を読むまで知りませんでした。

 どちらも基本的に、利き手で表現するものらしいのです。

 利き手なのですから、無理に右手を使う必要はなく、左手を主に使う人もいると、本には書いてありました。

 手話には、両手を使う表現もありますが、メインで活躍するのは、やはり利き手です。両手で行う手話を、片手用にアレンジする人もいるとか。(荷物などで、片手が塞がっていた時に便利)

 同じ指文字でも、感情を乗せたものは、見え方が全く違います。上手い人がやると、綺麗だし、とってもわかりやすい。

 

 私は、どちらの手を利き手にするかを、悩んでいました。というのも、数年前に右手首を骨折してから、動きにくくなっていたのです。

 動かないわけではありません。動く範囲が、少し狭いのと、疲れやすくなっていただけです。

 右利きなのに、右手の動きが、いまひとつ苦手。だけど、これはリハビリの良いチャンスかもしれないとも思いました。

 そう思った途端、なんだか運命的なものを感じてしまいました。


 実は、入院していた時(足も骨折していたので)から、漠然と何か語学を学びたいと考えていたのです。

 ですから、この右手の不自由さも、必然のように思えて。パズルのピースが、はまったような気がしました。


 自分で考えて、いろいろ納得できると、やる気が出て来るようです。

 勉強が楽しいと感じたのは、いつぶりなのか。時間が足りないくらいです。

 通勤時間も、仕事の隙間時間も、手帳を見ては指を動かしていました。


 後に、この頃の私を見ていた知人が「なんか、おかしくなったのかと思った」と言ってました。

 気付かれないように、練習していたつもりでしたが、バレバレだったようです……。


 でも、この頃の私は、まだ自分が手話の勉強をしていることを、秘密にしていました。

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