第55話 視線と誤解(癖)

 手話を勉強すると、まず『表現の仕方』を習います。

 つまり、自分からの『発信』です。

「おはようございます」とか「私は元橋ヒロミです」とか、こちらから言葉を発信する方法を習います。

 それがある程度進むと、今度は『読取』をしようとするのですが、これが本当に難しいのです。


 音声言語でもそうですが、みんな同じではないですよね? 例えば、語尾を伸ばしたり、濁音が詰まるような感じだったり、滑舌が悪かったり。

 手話でも、同じ事が言えます。

 細かく言うと、同じ手話をやっても、全く同じ表現の人なんていません。人それぞれの癖があり、手話通訳の方でも、「相手の癖に慣れないと、読み取れないことがある」と言います。

 ですが、それは個性であって、声色の違いのようなものですから、長く付き合えば逆にわかりやすく感じたりするものです。

 ただ、手話をする人の共通の問題だと思うのですが……。


 手話通訳の方ほどの集中力ではないですが、普通の人でも手話の『読取』には、とても集中します。これは「よし、読み取るぞ!」と思ってから始めると、最初の部分が読み取れないからです。

 いつでも、ある程度はスタンバイ出来ていないと、上手くいきません。

 で、ある程度なれてくると、手話を読み取る癖がわけです。


 手話を読み取る時は、相手の顔の辺りを見ます。

 手話は顔や胸の辺りで表現することが多いからです。あと、表情や口形、うなずきなど、多くの情報が顔の周りに集まります。

 なので、普通に話せる人相手でも、そこら辺を見て話してしまうのですが。

「○○さんのこと、好きなの?」

 とか言われて、困ることがあります。

 好きとかではなく、普通に話しているのですが。

 他の人からすれば、相手の顔を見て、やたらとうなずく。これは『私は、あなたが好きです』と全力アピールしているようなものだと。

 いやいや、違うんですよ。

「ろう者の方は、みんなそんなものですよ?」

 と言ったところで、残念ながら理解してもらえるとは思えません。

 かといって「手話表現をするときにはですね……」などと、いちいち説明するのも、大変ですし時間がありません。

 なので、なんとなく目線を合わせるのが怖くなりました。

 聞いた話で、手話を使う人の中には「色目を使う」とか「こびを売っている」と言われてしまう人も、少なからずいるようです。


 でも逆に考えると、人は普通に会話するとき、大して真面目に聞いていないのかも……と、思ったりしました。

 あと、みなさんは自分の話を聞く人が、目を見て多めにうなずく人でも、気があると思い込まないでくださいね。

 もちろん、気があるかも知れませんけど。

「ひょっとして、手話をなさってるんですか?」

 と聞いてみるのも手ですね。

「いいえ。でも、なんでそう思ったんですか?」

 と言われたら、今回の話をしていただければ、ちょっとした『きっかけ』にもなりますし。

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