第16話 ゆうかい事件発生

 明るい気分になった僕らは、トミ丸君の提案で『運動の』に移動してみんなで野球をやろうということになった。


「さんせー」


「おっしゃ、オレの野球魂みせてやるぜ」と腕をぐるぐる回すアギト君。


「アタシ、ルールよく知らないけどやるー」


 僕らは再び星鏡を通ってトミ丸君の部屋に戻ってから、一階にある広~い運動の間へ移動。


 みんなで野球を楽しんだ。足りない守備位置には天馬ロボたちがついてくれた。なんでもできるし守備範囲めちゃくちゃ広し。


 もちろんピッチャーはアギト君。


 トミ丸君もガールジェシカちゃんもなすすべなく三振。そして僕の番。


「お前にはあの球をなげてやるぜ」とアギト君はニヤリ。


(ということはナックルだな)


 僕は遅い球にタイミングが合うように打席で構えて待つ。


「行くぜ!」


 アギト君が投げた。


(ありゃりゃ)


 直球です。


 まったくタイミング合わずに振り遅れてしりもちをついてしまった僕。


「ずるいよー、あの球って言うからてっきりナックルボールだと思ったよ」


「オレは野球道を貫いたまでだぜ、あ、は、は」

 

 そのあとはトミ丸君が考えた、川中島ゲッツーや関ヶ原インフィールドフライや、本能寺の敬遠などのコント風プレーで盛り上がり、みんなでわいわい楽しんだ。


 さらに延長戦を戦って、いつのまにか、ぐるぐるバット競争に変わってて走り回っていた、──そんなときだった。


 ドンドンドンと切迫した足音が部屋の外の廊下の方から聞こえた。誰かが走ってくる。ひどく慌てている感じだ。僕らに緊張感が走る。


(なんだ、いったい)


 足音が部屋の入り口の向こう側で止まった。


 さっと開く。


 そこにはママ上。なんだか顔が青ざめている。


 その手にはテレビのリモコンが握られている。


 トミ丸君が不安そうに尋ねる。


「ママ上いったいどうしたの?」


 答えを待つ僕らの側に力が入っている。 


 ママ上はなぜか僕を見て、やっとという感じで口を開いた。


「……かずゆき君、あなたは、第一小学校の五年生よね」


「はい……、そうですが……」


 僕はゴクリと唾を飲み込む。いったいなぜそんなことを聞くのかと思いながら次の言葉を待つ。


「かずゆき君。あなたのクラスにヤマモトモウタ君って子はいる?」


「はい……、いますけど……」


 僕がそう答えると同時にママ上の目が大きく開いた。


(ヤマモトモウタの身に何かあったのだろうか……)


 次にくる言葉に備えた。


 でも、想像の斜め上がきた。


「実はね、そのヤマモトモウタ君が……、ゆうかいされてしまったらしいの」


「えー」


 僕ら全員声を失ってしまう。


「今ね、テレビのニュースでやっていて……」というママ上言葉を聞き終わる前に僕らは急いで部屋をとびだしてテレビの前へと走る。


 走っている間も、まさかまさかと、何かの間違いではとしきりに考えた。


 大広間へと僕らがなだれこむと、テレビ画面には神妙な面持ちの男性アナウンサーが映っていた。画面の左上には『速報』の文字が入っていて、右下に笑顔のヤマモトモウタの写真の切り抜きが映っている。


 そしてアナウンサーが重々しい声でニュース原稿を読み始める。


「もう一度繰り返します。今日の午後四時頃、A町第一小学校五年生のヤマモトモウタ君が何者かにゆうかいされたようだと通報がありました。通報をしたのはヤマモトモウタ君が所属するクローン児童保護育成施設の関係者で、犯人から施設宛に意味不明な犯行声明文が送りつけられてきて、その際から現在に至るまで本人の行方はわからなくなっているということです。なお犯人は公開捜査やゆうかい報道を強く希望するという趣旨のメッセージを捜査当局にも送っているようです。それにより公開された犯行声明文の内容は次の通りです。『モウタ君ヲシバラクアズカル。モウタ君ハ、コノ町ノアル場所ニ監禁サレテイル。ダガ、心配ハ無用ダ。“天馬ペガスス”ガ舞イ降リ、必ズヤヤマモトモウタ君ヲ、ソノ場所カラ救イ出スデアロウ』と書かれていたということです。今のところ身代金などの要求もなく、捜査当局は推測される犯人像としてクローンに特に強い差別的な感情を持つ者や社会に不満を持つ者の犯行ではないかと……」


 ── どうやら事件が起こったのは事実みたいだ。


(あのヤマモトモウタが……ゆうかい……しかも、クローンだったなんて……)


 精神的なショックと情報量の多さが喧嘩してる状態になった。


 学校でのやりとりが思い出された。


 なにげないあれこれを……。


 自分の足がワナワナと震えていたのに気づいた。

 他の三人とも顔を見合わせる。


 アギト君が「ちきしょー、なにが目的なんだよ」とテレビをにらみつける。


 その横のガールジェシカちゃんが続いて言う。


「もし、犯人からのメッセージが本当ならヤマモトモウタ君はこの町のどこかに無事でいるってことよね」


(無事でいてくれなきゃ困る。そうじゃなきゃゼッタイだめだ)


 あとから遅れて入ってきたママ上がリモコンでテレビの音量を上げた。再びアナウンサーが原稿を読む声だ。


「えー現在、当局が懸命にA町内を捜索しておりますがヤマモトモウタ君の消息は依然として不明のままです。なお、このニュースに関しましては、新しい情報が入り次第、随時お伝えしてまいります……」


 そこまで言うとアナウンサーは次のニュースに移った。世の中は残酷なくらいにニュースで溢れている。


「心配ね……」とママ上がため息をついた。僕らも思い出したように大きく息をした。


 頭の中で鼻水を垂らしながら笑うヤマモトモウタの顔が浮かんだ。

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