第15話 みんなそれぞれの悩み

「いらっしゃーい!」


 トミ丸君のママうえが門を開け、僕らを迎え入れてくれた。


 地下へ来るまでの間もずっと二人は「すごい」とか「信じられない」とかを連発していた。人類は遙か宇宙のことには詳しいけど実は自分たちのすぐ下のことはまだまだ知らないものだ。


「おじゃましまーす」とこちらは声をそろえ、元気よく中へ。


 この前と同じ流れで門を閉めてから奥へと呼びかける。


 でも……返事が来ない。


 ママ上がもう一度呼びかける。


 僕らも目を凝らして奥の方を見る。


 そしたら、意外なところからひょいと飛び出して来た。すぐそばに置かれていた屏風から出てきたのです。


 着ているときだけ屏風の中に入ったり出たりできる虎スーツを着ている。戦国の頃に家臣のトンチ破りに使ったらしい。


 僕らが驚いているのも関係なく、トミ丸君は早口になった。


「遅いよ、かず君。なにしてたの?ボクもう待ちくたびれちゃったよ」


 トミ丸君は腕組みでふくれっ面だ。


 急いで謝ったんだけど、トミ丸君は今度は、壁に掛かった家系図をわざとらしくじっくりと眺めはじめた。最初は機嫌をこじらせちゃったのかと思ったけど、どうやら、知らない二人がいるので緊張しているようだ。


 すぐに僕は二人を紹介する。


「アギト君にガールジェシカちゃん。二人とも第二小の五年生なんだ。ちなみに二人をここへ導いたのはクロ丸なんだ。もうすっかりなついてるし」


 それを聞いたトミ丸君は、ようやく察しがついたようで、「なるほどね」と言って笑顔になった。


(あーよかった。これでオッケーだな)


「それじゃあ、かず君、ジェシちゃん、アーギー、さあ早く乗って、行こう!」


 トミ丸君はルーム天馬ロボを呼び寄せラクダモードの四人乗りに背中を伸ばして準備した。


 一人ずつの乗る。ガールジェシカちゃんはクロ丸を抱っこで。『アーギー』という呼び名をつけられてしまったアギト君はやや不満顔。


 吹き抜けの城の中を空中に馬蹄をとどろかせながら、このまえよりもアクロバティックに駆け上げる。


 天守まであがってきて部屋に入ろうとすると、クロ丸が先陣を切って自動襖をねじあけて入っていった。テンション高い。


 僕ら続いてはいる。すぐにアギト君が「なんだ!?畳動くぞ」と声を上げた。


「いけない、忘れてた。自動だから」とトミ丸君と僕。


「地下のお城の高いところってなんかようするにどこってなるわね」とガールジェシカちゃん。たしかに低いのか高いのかよくわかんない。


 僕らは戦国ソファに座りおやつを食べた。トミ丸君はこの地下城の歴史や地下世界では地上のような制限はかからないことなどを二人にも話した。


「天文将軍として有名な八代吉宗も身分による差別を嫌ったとか聞いたことあるぞ」と、アギト君が意外な知識を披露する場面も。


 二人とも興味深そうに聞いていたんだけど、やっぱり部屋のなかのアレが気になるみたい。


 そう、井戸です。


 このスマート井戸についてざっと説明して、星を見ようと言うことになった。


「今回は四人だからのぞき込むよりは……」とトミ丸君は、部屋の隅から『星鏡』をもってきてそれをスマート井戸とケーブルでつないで「よし、これで『ワ井戸』システム完成」と言った。


 どうやらこの星鏡の中に入るみたい。


「この戦国星鏡せんごくほしかがみは戦国時代の名だたる奇襲作戦に使われたもので何枚も使えば『裏宇宙うらうちゅうを通って』好きな場所に出られるんだ。今日は裏宇宙に漂いながら四人で星をみようよ」とのこと。戦国テクノロジーおそるべしだ。


 というわけで、みんなで裏宇宙へレッツゴー!


 一人ずつ星鏡のなかに飛び込む。


「クロ丸ちゃんもおいでー」とガールジェシカちゃんが連れて行く。


「わーお」


「すげー」


「きれーい」


 僕ら三人は裏宇宙に驚きを隠せない。仮の宇宙とはいえ広大な空間にきらめく星々。そしてあえて天動説の宇宙観になっている。僕らはその中を遊泳しながら満喫した。


「あ、アレ見て、武将が流れていく」とガールジェシカちゃん。


 トミ丸君の解説は「あれは彗星大名だよ。戦国時代から裏宇宙にいついちゃって巡ってるんだ。石高とかどれくらいなのかなー。そういう大名は割と多いよ。よく文献が少なくて謎な戦国の軍師とかいるけどだいたいここにいるよ」だそうだ。


「みんな戦国の世から逃れたかったのね……」


 僕もそう感じた。平和で自由な世界を僕らはいつも求めている。


 トミ丸君のよく憩う天の川せせらぎ公園地点という付近で僕らは宇宙空間ごろ寝して仰向けに川の字になった。


 クロ丸はガールジェシカちゃんのお腹の上へ。


「オレも彗星みたいになりてえぜ」とアギト君。


 すかさず僕が「でもアギト君は僕の前に彗星のごとく現れたよ」と返す。


「それはこっちのセリフだ」とかなんとか僕らが言い合ってったら他の二人も。「君も」、「そっちも」と彗星役の押しつけ合いになってしまい収拾がつかなくなてしまい、それでみんなで笑った。


 みんなたくさん笑った。


 そのまま星の話になった。


 ガールジェシカちゃんがトミ丸君に質問する。


「ねえ、星座ってぜんぶでいくつあるの?アタシは占いとかにでてくる星座くらいしか知らないから」


「全部で88個だよ」


「へーそうなんだぁ。たくさんあるのね」


 と、そこでアギト君が割り込む。


「星座っていえばよ、ほら、野球のホームベースみたいに五角形のやつがあっただろ。オレはそれくらいしか知らねえけどよ」


 その星座なら僕も知ってる。


「アギト君それは、ぎょしゃ座っていうんだよ」


 に対して、すかさずトミ丸君が次のような補足をくれた。


「そのぎゃしゃ座にはアル・マーズという星があるんだ。この星は27年周期で変光する理由は、あ伴星がアル・マーズと地球の間に入って掩蔽えんぺいするからなんだけど、その伴星というのが輪をかけて不思議な存在なんだ。太陽の直径の2300倍もある大きな星なはずなのにもかかわらず、どんな観測方法をとっても影も形も見ることはできないんだ。ね、不思議でしょ」


 そう言ってわかりやすくするために裏宇宙を停電させてその星の辺りだけを光らせてくれた。たしかに見えない。


「うん、不思議だよ。でもどうして見えないんだろう」


 アギト君も「そうだ、なんでだ、消える魔球じゃあるまいし」と興味津々。


 再びトミ丸君が教えてくれる。


「それがね、説明できないんだよ。わからないいんだ。その星が観測にかからない理由がね。だから未だに正体不明の星なんだ」


 そこで完全に裏宇宙が暗くなった。演出効果がすごかった。僕らはまるで水の中で浮いているような気分で横になってた。


 しばらく沈黙があって唯一きらきら光っているガールジェシカちゃんが破った。


「きっとその星は照れ屋さんなのね。宇宙で暮らしてると、それぞれの星の性格とか何となくわかったりするの」と優しく言うと、お腹の上のクロ丸がごろごろとのどを鳴らす。


 それをトミ丸君が受けた。


「照れ屋さんかどうかはわからないけど、そこにはブラックホールあるんじゃないかっていう説もあったほどなんだ。結局はその説は否定されちゃったんだけどね」


 ── ブラックホール。


 それは重力が強すぎて光りさえも抜けられない領域。時空さえもひん曲がっちゃうところ。宇宙時代になって人々が宇宙を行き交うようになった今も、その謎はほとんど謎のままだ。僕は好奇心ごとそのなかへ吸い寄せられていく……。


 ブラックホールというものの存在の重さに再びみんな静かになった。宇宙を身近に感じている世代だから余計に。


 しんみりするのが苦手なアギト君が一番最初にブラックホールから出てきて言った。


「ところでよ、トミ丸。お前、学校行ってねえみてえだな。さっきよピカピカのランドセルが置いてあるの見ちまったからよ。べつに詮索するつもりはねえ。ただちょっと気になっただけだ」


 アギト君は見てないようで見てる。目で盗めと言うだけある。僕はランドセルのことは気づかなかった。


「……うん、学校行ってないよ」とトミ丸君。


「なに理由があるの?よかったらはなしてみてよ」とガールジェシカちゃん。


 暗いからお互いの表情はあまりわからない。


 すでに事情を全部知ってる僕は黙ったままでいた。


 隣のトミ丸君が大きく息をしたのがわかった。話すってすごく勇気を必要とする。


「信じてくれないとは思うけど……」とトミ丸君は話し始め。この前僕には話してくれたように先祖代々受け継がれたゲノム編集によって外に恐怖を感じること、地上に出たことがないことを二人に話した。暗かったから言えたかものしれない。


 話を聞き終えた後、最初に反応したのはアギト君だった。ずっと被ったままだった帽子をとったみたいだ。


「オレにはよ、トミ丸のその恐怖のことははっきり言ってよくわからねえ。でも『何か』に悩み苦しむことのつらさはオレにもわかるよ。このオレの体がそうさ。生物マシンとして生まれさせられたオレは与えられた目的に向かって突き進むように遺伝子が操作されている。必要のない概念はすべて削り取られてる。家族、友情、幸福、愛……すべて理解できない言葉だ。孤独を感じられないとう孤独……どうせなら完全な感情ゼロのロボットにしてほしかったぜ。自分ではどうすることもできないという点でお前と同じさ」


 落ち着いた声だった。


 トミ丸君がしずかに共感を込めてうなずいたのがわかった。


 次にガールジェシカちゃんもつづいて語りはじめる。


「トミ丸君、アタシも自分だけで抱えている悩みがあるの。手助けになるかはわからないけど聞いて欲しい。アタシは宇宙で育って宇宙の学校に通っていた。家にはクロ助という黒ネコがいてとても仲良しだったの。とても楽しい日々だった。でもあるときその星で宇宙新種の病気が流行っているというフェイクニュースが流れて、混乱が起こって、一家で地球に戻ることになったの。地球に入る前の、最後のチェックのところでもめたの、アタシたちが宇宙の病気を持ち込む可能性があるということで……。潔白を証明する方法はひとつしかなくてしかも危険なものだったの。まだ生き物で試したことのない検査機の中に入らなければならないというもの。アタシたちが拒んでいると、宇宙へ返されそうになった……、そしたらクロ助が……自分で走って検査機の中へ……彼の体内からこの病気の存在を否定する物質が見つかったの……そのおかげでみんな解放された……。でも……クロ助は、かわいそうに、検査によるストレスで死んでしまったの。ずっと泣いた。宇宙で愛するペットと死に別れてしまうと宇宙ペットロスになってしまい地球を好きになれなくなってしまうの……だからアタシはいまもこの星にはいないの……。だからね、トミ丸君の抱えている人に理解されにくい悩みってすごくよくわかるの。アタシのもわかってもらえると思うし」


「……ありがとう」とトミ丸君がつぶやいた。


(次は僕の番だ。僕も何か言わなくちゃだ)


 なのに言葉が見あたらない。


 二人の言葉を聞いているうちに、すっかり自分が恥ずかしくなってしまったから。「気持ちわかるよ」なんてこのまえ軽々しく言ってしまったことも後悔した。


(── 僕には本当はそんなことを言う資格なんてなかったんだ)


 みんなの悩みや苦しみ比べたら僕の抱えてるものって小さくてたいしたことのないものだ。だからこう言った。


「……僕にはみんなの仲間になる資格なんてないと思う」


 消え入りそうな声でも出ただけよかった。


「急になにを言い出すんだ」とアギト君が即反応で他の二人も「どういうことか」と口が揃った。


「だって僕はちっぽけな悩みとかちっぽけな苦しみしか持ち合わせてないから……」


 そう言いながら僕はこれでまたひとりに戻ってしまうんだと思った。でもそれはしょうがないことだった。


「ケッ、なんだよ」とアギト君が言った。そのあとにネガティブな言葉が続くのかと思った。だけど違った。


「何かと思えばそんなことかよ。いいか、お前自身の苦悩の大きい小さいを決めるのは勝手だけどよ、もしもそれでちっぽけだと判断したんなら、そのちっぽけな苦悩の壁をさっさと飛び越えちまえよ。そんでもって飛び越えた先になにがあるかをオレたちに教えてくれよ。それでいいんじゃねえのか」


 ──『飛び越えた先』という発想は僕にはないものだった。壁はあたるものでしかなかった。だから、驚きながら納得した。


 そしてガールジェシカちゃんも言葉をくれた。


「そうよ、かずゆき君。もしも飛び越えた先にきれいなお花が咲いていたなら、アタシたちのあきらめかけている部分にその香りをかがせてあげてほしいし、もしもその先にきれいな泉が湧き出ていたなら弱っているところにその水をかけてあげてほしいの。そうしたらアタシたちも越えられるかもしれない。いつかその先にいけるかもしれない」


 また少し『その先』に僕の気持ちは向いた。力をもらった。


 トミ丸君さえも「ボクからも言わせて」と続いてくれた。


「かず君はどんなことがあっても大切なトモダチだよ。ボクはかず君に出会うよりもずっと前から、もしもトモダチができてもその人にゼッタイに言わないって決めてた言葉があるんだ。その言葉は『ガンバレ』。こんな逆パワーワードないよ。言われるのすごく嫌だった……。プレッシャー以外のなにものでもなかった。周りの人から応援されてもボク自身に本当にガンバロウって気持ちが湧いてこなかったんだ。まるでイメージができなかったんだよ。城の外へ、そして地上へとでられてよかったなって思ってる自分が……。でもね、今は違うよ。今は三人と一緒に地上にいる自分がはっきりとイメージできる。ゼッタイ楽しいはず。だけど、そのためにはボクはもっともっと変わらなくちゃいけないんだ。かず君もいっしょにガンバロウよ。ボクたちのガンバリかたで。いつの日か天馬ぺガススみたいに立ちはだかる壁を飛び越えるんだ」


 その声はところどころで震えた。


 僕は力強く「うん」と、うなずいた。


「三人とも、ありがとう。僕がんばるよ」


 今日は絵文字みたいな『がんばる』が言えた。今まで使ってたのとまったく違う言葉のように感じる。すごくそれ自体生き生きしていて、そして、この感覚こそが僕がみんなと仲間であることの何よりの証拠なんだと思った。今のこの気持ちをアヒルにも伝えたかった。きっと喜んでくれるはずだ。


 そして僕らは誓った。


 遺伝子操作によって誰も傷つくことがなくて、差別や偏見のないゲノムユートピアを造ろうと。壮大な夢は僕らを高揚させた。

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