価値観の相違 Ⅱ

 

 しかし、ドリスの瞳に憫笑の色はなく。


「なるほど……。ミレーユ様のお国では、そういった方が他にもいらっしゃるのでしょうか?」

「いえ、代替品が必要なのは私くらいのものかと……」

「そうですよね! そのような方が多数いると聞けば、わたくしが足を運ばぬわけがありませんもの!」


 ドリスは一人納得するかのように何度も頷く。

 気のせいか、声も弾んでいるように聞こえる。


「ドリスさん?」

「ミレーユ様はご自分の力をご謙遜なさいますが、魔力の持ち主から、力を切り離した状態で術を継続させる行為は、本来とても難しいことなのですよ」

「……え?」

「それを可能とした方は、わたくしの知る限りではお一人。――――初代竜王様以外では聞いたことがございません」


 出された名に、ミレーユは息を呑む。


「初代、竜王様……?」

「彼の君がこの七つの国庫にかけた術――保持の術もミレーユ様と同じく、なんらかの形で維持された術なのです。しかしながら、この術は建物全体にかけられたものなのか、それとも何かにかけられている術が建物全体を包囲しているのか、誰にも解明されずじまい。現在分かっていることはただ一つ。この術が、《永久の術》として完成されているということのみです」


 すでに存在していないお方の力が、いまも生きている。

 それは途方もないことなのではないだろうか?


「あの……対比するにはあまりにも次元が違いすぎるような」

「いいえ、違いません! 石の力を引き出し、少ない魔力消費で術を成立させるなど、とても高度な術ではありませんか!」

「か、買いかぶりですっ。本当に、私の術はそんな大層なものでは……!」


 ミレーユの術は、自国では本当に無用扱いだった。


 一年中気温の低い母国では、食品は貯蔵庫に入れてしまえばいい。

 そもそも腐らせるだけの貯蔵量もない。


「これが特異な力だったとしても……、それだけです。役に立つものではありません」


 声が小さくか細くなり、自信のなさが声にも滲み出ていた。卑屈な自分を隠せない。


(ダメよ。これではドリスさんに気づまりな想いをさせてしまうわ)


 せめて、もっと有益で彼女の興味をそそるような事柄はないかと頭を巡らせると、実妹のことを思い出した。


「! そうです、私のような不完全な術よりも、妹の力の方がドリスさんのご興味に添えるかと。妹は癒しの力が使えます。近々来訪予定ですのですし、ぜひお会い」

「いえ、癒しの力には興味がございませんので結構です」


 話の途中でキッパリと否定され、ミレーユは言葉に詰まる。


「え? ええ…? あの癒しの力ですよ? 稀有なものかと思うのですが……」

「わたくしにとっては興味の範疇外です」


(癒しの力が……興味の範疇外?)


 思わず唖然とする。


 母国の周辺諸国の者たちならば、癒しの力と聞けばとても驚き敬服を捧げる。


 興味がないと切り捨てる者など、いまだかつて会ったことがなかった。


「癒しの力はどこの国にも一定程度使える者がおりますし、竜族なら生まれた時から備わった力です。私としては魅力的なものではございません」

「そう……なのですか?」


 思わずナイルに視線がいく。


 ルルも気になったのか、無邪気な瞳でナイルに問いかける。


「ナイルさんも癒しの力が使えるんですか?」

「はい。四肢切断くらいでしたら一瞬で治せます」


 ナイルのさらりとした回答に、ミレーユとルルが同時に固まった。


「四肢……」

「せつ、だん?」


 ゴクリと息を呑み、二人がやっと吐き出せたのは、畏怖と怯えを滲ませた復唱だった。


(そ、それはもう癒しの力ではなく、完全回復では?!)


 まさに神の領域。

 国の宝として大切にされていた妹のエミリアでも、軽い怪我や病気を治せる程度のもの。切り離された四肢を治すなど不可能だ。力の規模が違いすぎる。


「竜族は戦うことに特化した生き物ですから、四肢切断くらい一瞬で治せなければ話になりません」


 情報を追加するドリスに、ミレーユはしみじみと思った。


 この国に来て何度も感じたことだったが、もう一度胸の中で思う。


 価値観と、持ち合わせている力が違いすぎる――――!


「あ、もちろんご賢妹様のお力を侮っているわけではございませんわ。どうかお気を悪くなさらないでください」


 ドリスはハッとしたように己の発言を陳謝するが、確かに竜族の力と比較すれば彼女の御眼鏡には適わないだろう。


「いえ。皆様の能力も知らず、安易な提案を口にしてしまいました」


 己の他力本願さを恥じ入っていると、さきほど以上の力でガシッと両手をつかまれる。


「ですが、わたくしも研究者です! 石に力を付与して使用する術と聞けば、魔石を彷彿とし、心ときめかずにはいられません! 魔石とて限りがございますし、魔石がなければ魔道具も作成不可能です!」

「え? え?」


 ドリスの鬼気迫る熱弁に、頭の上で疑問符が飛ぶ。


 魔石? 魔道具?

 どちらも神話の中でしか聞いたことのない単語だった。


「こ、こちらの大陸では、魔石が現存しているのですか?」

「これは失礼を。竜族だけが持ち合わせている品なので、耳慣れぬものでございましたね」


 ドリスはすぐさま研究者の顔で解説に入る。


「魔石は、簡単に言えば、“術を込めることによって、いつでも術が使用可能となる状態”をつくることができる貴重石です」

「術を込めることができる……?」

「はい。魔石は術を込める者を選ばず、魔力の大きさに差別されることもありません。一度込められた術は、その後も供給の必要がなく付与した術を継続できます」


 驚きに目を見張った。


 ミレーユが知る神話の本には、魔石の力については詳しく言及されていない。


 原始の時代、世界を変えた神物の一つだと記述されていただけだ。


 幼いときに母が子守歌代わりに読んでくれた未知なる宝が、類いまれなる力をもってまだこの世界に残されているという事実に、ミレーユは胸が躍った。


 興奮の心持ちで話を聞くミレーユに対し、ルルは小首を傾げた。


「石に力を込めたら使えるんですか? なんだか姫さまの力と似てますね」

「そうなのです!」

「え? ええぇ? いえ、まったく似ていませんよね⁉」


 ルルとドリスの見解に、ミレーユは驚き、すぐさま異議を唱えた。


「私は自分の数少ない術しか付与できませんし、術式範囲も維持できる時間もわずかですよ!」


 対象者を選ばず、術を付与して行使できる魔石とは貴重性がまったく違うと訴えるも、ドリスは「いいえ!」と力強く首を振る。


「術を付与し、継続できること自体が特異なことなのです!」

「ですが……、そんな素晴らしいものがあるなら、私の術など取るに足らないかと」

「――――魔石は、初代竜王陛下が残した遺産なのです」


 二人の問答に冷静な口調で間に入ったのは、それまで黙していたナイルだった。


「長い時を経ても困らぬだけの数を、初代竜王様はわたくしたちに遺してくださいました。ですが、無限ではございません」


 ナイルの言葉に添えるように、ドリスが続ける。


「魔石のもっとも素晴らしい箇所は、なんといっても魔道具に加工が行える点です。魔石に術をかけ、砕いて、練りこんで、時には編み込み、国を維持する様々なことに使用されてきました」


 ドレイク王国の領土には、活火山がいくつも連なっており、常に地表を暖め続ける本来なら生き物が生息するには過酷な地。


 頑丈な竜族にはなんということもないだろうが、ドリスたち他種族ではそうはいかない。


「いまこうやって竜族以外の者が生活を可能としているのは、魔石によって快適に暮らせるよう術が保たれているからにすぎません。その結果、魔石の数は減少の一途。この先を鑑みても、魔石の減少はいまから対策を講じる必要のある問題だと、わたくしはとらえています」


 ドリスは他種族だというのに、まるで自国のことのように憂いていた。


 打開策を求め続ける強いまなざしが、ミレーユには眩しく見える。


「だからこそ、わたくしは初代竜王陛下がどうやって魔石を生みだしたのかという点に焦点をあて、解明を続けて参りました。――――が、この国は悠久の歴史と輝かしい事績のわりに、歴史資料が少なすぎるんですよ!」


 よほど腹立たしいのか、ドリスは美しい輪郭を歪ませ、ギリギリと歯を鳴らす。


 これは憂えるというより、執念に近いのかもしれない。

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