織り込まれた力 Ⅱ


「お花♪ お花♪」


 部屋から見える幾何学模様の庭園にたどり着いたルルは、さっそく花を分けてもらうべく庭師を探す。けれど、いくら辺りを見渡しても人影すら見つけられない。


 それでも少し歩けば誰かに会えるだろうと、ルルは勢いよく低木が縁取るレンガの園路を奥へと進んだ。気分は完全に探索だ。


 どれほど歩いただろうか。だんだん周りの木々が高木となり、木陰も増える。


「誰もいないですね……」


 さすがにそろそろ引き戻ろうかと思ったとき、トンと何かが軽やかに地面に着地する音がした。


 音の方へ視線を移せば、少し離れた大木の下に、ジャケットを羽織った男性の後姿が目に入る。恰好からして庭師ではなさそうだ。


「あ――」


 彼が身じろいだときチラリと見えた顔立ちに、ルルは声を上げた。


「イケメンの竜王様さまだ!」


「……ルルか?」


 突如見知らぬ少女から無造作に指をさされたというのに気分を害した風もなく、その上自分の名を呼ばれたことに、ルルは目を瞬いた。


 自国の祈年祭ですべての話題をかっさらった大国の竜王陛下のことは近くで給仕していたため見知っていたルルだが、逆に彼が自分の名を知っているとは考えもしなかったのだ。


「なんでルルの名前を知ってるんですか?」

「ナイルから話は聞いているからな。それに、それだけ陽力に溢れていればすぐに分かる」

「へ? ようりょく?」


 なんの話か分からずルルが首を傾げていると、カインは突然周囲をせわしなく見回し始めた。


「ミレーユと一緒ではないのか?」


 ルルがここにいるということは、ミレーユも傍にいるのではないかと期待したが、お目当ての姿がないことにカインはガッカリと肩を落とす。


「姫さまなら、お部屋で竜王さまに贈るハンカチの図案を考えていますよ」

「! そ、そうか!」


 端正な顔を一瞬で綻ばせるカインを、ルルは不思議そうに見上げた。


(そんなにハンカチが欲しいのかな?)


 彼がいま着衣しているジャケットも、黒の布地に金糸と銀糸がすばらしい艶やかなもの。


 それだけの職人がいるなら、ミレーユに頼まずともたくさん持っていそうなのに。


 よもや目の前の男がミレーユの刺繍をウキウキで待っているなど、ルルは想像だにしなかった。


「というか、一人なのか? 女官はどうした?」


 身長差を考慮し腰をかがめて問うカインに、ルルは胸を張る。


「ルルは一人前の侍女なので、一人でお役目を果たせるんです!」

「役目?」

「姫さまにお花を摘むお役目です!」

「花なら庭園にあっただろう。ここは《陽炎の森》の入り口だぞ。どうやって来たんだ?」


 その庭園から来たというルルに、カインはギョッとした。


 確かに徒歩で来られない距離ではないが、複雑に入り組んだ道は《迷い隠しの道》ともいわれているほど難解で、本来なら到着には何時間もかかる。


「境界線には柵も設けているし、間違えて迷い込むことなどないはずだが、どうやって柵を……」


 呟くも、ルルを見て合点がいく。


 ――――小さい、細い。


 この体格では、柵もスルリと抜けられただろう。


(ミレーユも通れそうだな……。あとでゼルギスに塀の施工を指示しておこう)


 まかり間違って迷っては大変だ。


 それにしても、最短で陽炎の森まで訪れたルルの勘の良さには目を瞠る。


 感心するカインをしり目に、ルルは竜王に出会えたチャンスを見過ごさなかった。


「竜王さま、お花はなにが一番好きです?!」

「突然の質問だな。いや、そういえば花を摘みに来たんだったか」

「はい! 姫さまが竜王さまのハンカチになにを刺繍するか悩みまくっていたので、ルルがお花にしましょうって提案したんです。お花が嫌いな人はいないですよね? お花でいいですか? なんのお花がいいですか?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出され、カインは答えに窮した。


 花を見てきれいだと思える感受性はある。

 ハンカチの図案が花でもなんら問題はない。


 しかし、


(なんの花が好きかと問われれば……困るな)


 カインにとって、花は花という大雑把な一括りの認識しかなく差異が分からない。


 この場合、なんの花でもいいと答えるのは簡単だが、ミレーユがそこまで悩んでくれていたと聞けば、安易な返事はしたくない。


(したくはないが……)


 残念ながら、答えたくともカインは花の名など知らなかった。


「――そうだ! ミレーユが好き花はなんだ?」

「姫さまですか? 姫さまは、カラーのお花が好きですよ」

「カラー……どんな花だ?」

「ちょっと待っててください!」


 ルルは言うが早いか駆け出すと、すぐに戻ってきた。手には、一輪の花をもって。


「はい、このお花です!」


 元気よく摘み立ての花を差し出され、礼を言って受け取る。


 それは純白が中央の鮮やかな黄色を優しく包み込みかのような形状の花だった。

 葉のないスラリとした茎はしなやかで、まるでミレーユそのものを表したかのような花姿に、カインは目を綻ばす。


「可愛くてきれいな花だな。私の一番好きな花はこれにしよう」


 愛おし気に目を細め、花の香りを楽しむカインを、ルルは怪訝そうに見上げた。


「竜王さま、姫さまのこと好きなんですか?」

「? 当然だろう」


 即答で返された言葉に、ルルはぽかんと口を開いた。

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