織り込まれた力 Ⅲ
「よかった! 遅かったから、心配したわ」
部屋に戻ってきたルルに、ミレーユは安堵の声をもらす。
ナイルから庭園内は自由に散策していいと伝えられてはいたが、ここはドレイク国。
自国と違い、なにが禁令にあたるか分からないため心配は尽きなかったのだ。
「ごめんなさい。思いのほかいっぱい歩いちゃいました。でも、ちゃんと竜王さまのお好きなお花を聞いてきましたよ!」
「あら、ありがとう。ナイルさんに聞いてくれたの?」
ナイルにカインの好みを聞きに行ってくれたのだと勘違いしたミレーユは、穏やかにほほ笑む。
だが、次に返ってきた言葉で凍り付いた。
「いえ。竜王さまご本人に直接お聞きました」
「――――え?」
思ってもいなかった回答に理解が遅れた。
(ご本人に直接お聞きした……?)
聞き違いであってほしいと願いながら、ミレーユは恐る恐る確認する。
「ルル……、カイン様にお会いしたの?」
「はい。なんか、歩いていたらいました」
ノラ猫と遭遇したかのようなあっけらかんとした言い様に、ミレーユの血の気が引く。
「そ、それはっ、大丈夫だったの!?」
もっと他に適切な問い方があるだろうに、混乱した頭ではうまく言葉が出てこない。
「はい! 竜王さま、お花はカラーが好きだそうですよ!」
「……まあ、そうなの……?」
深紅の瞳と端正な顔立ちには、もっと絢爛な花を好むのだろうと想像していた。
けれど、あの凛とした佇まいには、確かにカラーもよく似合いそうだ。
(――って、違うわ。そうではなくて!)
大国の王に拝顔を許されるほど、ルルの言動は成熟していない。
もし竜王の怒りを買えば、ミレーユの力ではそれを回避することは不可能だ。
「カイン様から、その……お叱りを受けたりは?」
「ちょっと考え込まれていましたけど、普通に教えてくれましたよ」
唇を青ざめ問うミレーユに、ルルはサラリと答える。
どうやら最悪な事態にはならなかったようだ。
ホッと胸をなでおろす。
「竜王さま、ハンカチもカラーのお花がいいそうです!」
「すごいわ。そんなにカイン様とお話ができたなんて」
自分など、恐縮するあまり会話どころか思考すらままならなかったというのに。
「イケメンの竜王さま、祈年祭で見かけたときはすました冷たい方だと思っていましたけど、なんだかイメージと違って気さくな方でした!」
高貴さがにじみ出た容姿と、気圧されるほどの魔力。張り詰めたような空気感を持つカインが、気さく?
(まったくピンとこないわ……)
それは本当にミレーユが知っているカインだろうか?
ミレーユの困惑をよそに、ルルは歩き疲れて喉が乾いていたようで、テーブルに置いたままになっていた紅茶をコクコクと飲み干し始めた。
美味しそうに紅茶を飲むルルを見ると、ミレーユもさきほどの驚愕で乾いた喉を自覚してしまう。
さすがに王女として育てられたミレーユは、ルルのように立ち飲みはできないため、長椅子に腰を下ろしてティーカップをもつ。
滑らかな陶器をちょうど口元にあてたとき、ルルが思い出したように言った。
「そうだ。姫さま」
「ん?」
「イケメンの竜王さま、姫さまのこと好きっておっしゃっていましたよ」
「――――ッ!?」
ルルの発言に、動揺のあまりせき込む。
紅茶を口に入れていたわけではないので噴出す醜態だけは晒さずにすんだが、思ってもいなかった不意打ちをくらってしまった。
「なっ、なっ、何を言っているの、ルル?!」
「姫さまがカラーのお花が好きですって教えてあげたら、自分も一番好きなお花はカラーにするって!」
「そ、それは、突然好きな花を聞かれてもすぐには思い浮かばなかったから、そうおっしゃられただけよ!」
普段から大人しい物言いのミレーユには珍しく、はっきりとした否定だった。
「姫さま、お顔が真っ赤ですよ?」
頬だけでなく、耳まで赤く染めたミレーユに、ルルが心配げに問う。
「これは……っ、ルルがとつぜん変なこと言うから驚いて……」
「変じゃないですよ。だって『姫さまのこと好きなんですか?』って聞いたら『当然だ』って即答されましたもん」
「わ、私はエミリアの姉だもの。想い人の親族に気を使ってのお言葉よ。それ以上の意味などないわ!」
「んん~? そんな感じでもなかったと思いますけど??」
ミレーユの説明に、ルルは腑に落ちない顔で片眉をあげる。
「そういうのは優しい社交辞令というものであって、本意ではないのよっ」
「え~~、また社交辞令なんですかぁ?」
花を探しに行く前と同じセリフで諭され、ルルはぷくりと頬を膨らませた。
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