降りかかる難題

 

「私が、ドレイク国へですか……?」


 事態が思わぬ方向に進んでいることを知ったのは、それから数日経った頃だった。


「で、ですが、乞われているのはエミリアなのですよね!?」


 父、グリレス王の言葉に、ミレーユは驚きのあまり無意識に半歩踏み出してしまうが、父王ふおうは娘の驚愕には関知せずといった顔で、淡々と言葉を続けた。


「なにも本当に嫁ぎに行けと言っているわけではない。求められているのは無論エミリアだ。お前では、代わりにはなるまい。だが、エミリアはいまやスネーク国の皇太子妃。結婚してすぐに、それ以上の嫁ぎ先ができたからと差し出すことは難しい」


 蛇を先祖とする有鱗族であるスネーク国は、争いごとを好む一面があり、グリレス国は従うことで戦いを避けてきた。


 しかし、エミリアに恋したスネーク国の王子に嫁いだことで、平和は約束されたようなもの。これで引き離すことになれば、新たな火種を生む。


 それが分かっていないわけではないと口にする父王に、ミレーユがホッとしたのも束の間。


「だが、相手は神の種族、大国ドレイクの王だ。しかも側室ではなく、王妃の立場で出迎えたいといっている。どちらを選ぶ方が得策かなど、誰にでもわかるだろう?」

「――っ」

「お前には、エミリアがドレイク国に到着するまでの間の時間稼ぎをしてもらう。幸い、あちらは第一王女、ミレーユ・グリレスを王妃にと言ってきておる。お前は顔を隠し、迎えの馬車に乗ればいい。もちろん、こちらが間違いに気づいている素振りは見せずな。その間にエミリアを離縁させ、ドレイク国に行かせる」

「それはドレイク国を謀る行為ですよ! いくらあちらの方が勘違いされていらっしゃるからと言っても、私が赴けばすぐにわかること。時間稼ぎにしても僅かばかりです。それよりも、もしこちらが謀っていたことが明るみに出れば、どれだけのお怒りを買うことか。なにより、ドレイク国はその一声で十年前の戦争を終結させて下さった国ではありませんか。その恩をお忘れですか!?」


 必死で訴えたが、もとよりミレーユの言葉など聞く気は一切無かったようで、父王は「黙れ!」と一喝した。


「エミリアが嫁ぐことは、その恩義に報いる最良の形だとなぜ分からん! いいか、お前が無様にも体調を崩した祈年祭で、エミリアと並ぶその姿はまさに一対の宝石のようだった。王位を継いだのは最近らしいが、とてもそうは見えない威風堂々とした立ち姿、人を引き付けてやまないオーラ。早くにエミリアがあの方とお会いしていたら、神経質で癇癪持ちの有鱗族の元になど嫁がずとも済んだというのに。嫁ぐべき場所を間違えた。いや、私が早すぎた決断をしたばかりに、エミリアに辛い思いをさせたのだ!」

「エミリアは、王子を好いて結婚したのですよ」


 決して無理に嫁いだわけではないと暗に伝えるが、反応は素っ気ないものだった。


「近隣の王子の中では、の話だろう。エミリアにも意向を聞いたが、あの方の元へなら喜んでいくと了承したぞ」

「……え?」


 ぽかーんと開いた口が元に戻らなかった。

 嫁ぐ前から。いや、嫁いでからも王子の元へ嫁げて幸せだと、あんなに口にしていたのに?


「いいか、式は夏至の日に執り行われる。急なことだから簡素なものになるらしいが、まだ日はある。それまでになんとかエミリアをドレイク国へ行かせる。お前は、その間まで少しでも時間を稼ぐのだ」

「ならば、最初からあちらにそう説明して、離縁するまで待ってもらえばよろしいではないですか!」


 ミレーユはそれが一番平和的だと進言するが、強く否定するように首を振られる。


「ドレイク王が、エミリアを想って身を引いたらどうする。お前は見ていなかったからなにも分かっていないのだ。あの方のエミリアへの愛は深い。彼の国がこちらに掲示した婚資こんしだけで、十分それは窺える」


 そう言って、送られてきたという婚資の目録を見せつける。


 恐る恐る手にしたそれに、ミレーユは自分の目がおかしくなったのかと何度か目をこすった。国が建つレベルだった。


「これだけの婚資を惜しげもなく掲示できるほど、ドレイク国王はエミリアを愛しているのだぞ。ならば、それに返すのが道理であろう!」


 無茶苦茶だった。いや、なにがなんでもこの結婚を成立させるための策を並べているという点では一貫しているのかもしれない。


 花嫁の行き違いがあったとしても、結果的にエミリアさえ行けばどうとでもなると思っているのだろう。

 冷静に考えれば、針の上を素足で歩くような無謀な賭けだと分かるだろうに、あまりにも大きな果報を目の前に、完全に舞い上がっているのか危機感を失っていた。


「あちらはなんの準備もいらない。身一つでいいと仰ってくださっている。真の花嫁、エミリアのためにも国庫を空にしてでも用意するものが多い。悪いがお前にはあちらの言う通り、身一つで行ってもらう」


 本当に悪いとは、欠片も思っていない言い方だった。


「しかし侍女を一人も連れて行かないというのも奇妙に映るかもしれんからな、ルルだけは連れて行っていいぞ」


 次々と段取りを決めていく父王に、ミレーユはドレスの裾を握りしめた。


 これはもう決定事項なのだ。

 拒否権など、最初からミレーユには存在していない。


 いままでなんの役にも立たなかった第一王女。最後くらいは国の為に役立って見せろと。


「……いいえ、ルルは連れて行きません。ドレイク王国には、私一人で行きます」


 無事に帰ってこれる保証もない場所へ、大切な子を連れて行けるわけがない。


 ミレーユは唇を噛みしめ、覚悟を決めた――――。

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