第27話 テスト勉強

6月21日、水曜日。天気は曇り。

午前8時25分頃、立花は教室でいつもの3人と雑談をしていると小柳が教室に入ってくる。

立花は自分の席から目の前を通り過ぎる小柳に挨拶をするが返事はない。

すぐに可笑しいと疑問を抱いた立花は雑談を止めて席を離れると自分の席に座る小柳に近づいて再び挨拶をする。今度は笑顔Verだ。

それでも返事はない。

立花は小柳の顔を覗き込むように見ると前の備え付けられている綺麗な黒板を寝ぼけたような顔でじっと見ている。

「おーい、起きてるー?小柳くーん?」

立花は小柳の目の前で手を振って視界を遮るとそれに気づいて肩を上げてまで大きく驚く。

「うわ!…なんだ、立花かよ。どうかしたか?」

「立花かよって何よ!私よ。2度も私が挨拶してあげたのに小柳君が無視するのがいけないのよ」

「俺に挨拶してたのか?それは悪かったな…」

小柳は軽く謝ると立花と目を合わせることなく鞄から教科書を取り出すこともなく再び黒板を見て上の空だ。まるで自分の世界に閉じこもっているようだ。

(リアクション薄過ぎない!?本当に私のこと気になってるはずよね?明らかにおかしい…、ん?あの黒板に何かあるの?今日の日直は林君はやしくんと矢野さん《やのさん》って書いてあるわね。この2人が何か関係してるってこと?)

全く的外れな推理をする立花だった。小柳を席に残すと早速原因であろう2人に話しかけに行く。

小柳が心ここに在らず状態になっている原因は昨日の中村との事だった。


昨日、いや、今日の0時過ぎ。星も見えない曇った静かな真夜中を一瞬で眩しく照らすような中村の言葉に小柳は愕然としていた。

小柳には中村の真実がわかる。中村は嘘をつくと目の奥の明かりがパッと電池切れのライトのように消えて笑わない事を知っているからだ。

だとしたらあの発言は本当だ。そう考えてしまうだけで中村を見る目が変わってしまう。

小柳は頭の片隅に兄妹として見ないようにと接していた。それは兄妹としての意識がまだ残っていたからだ。

これまで過ごしてきた日々はゲームのセーブデータを上書き保存するように消失し気になる存在に意識が芽生え始める。

「その、本当…みたい、だな?」

「…正解。さ、帰ろっか!明日も学校あるんだし早く寝ないと寝坊しちゃうよ!ポーチありがとね!」

表情を隠す中村はすぐに気持ちを切り替えて小柳よりも先に歩き出す。

小柳は中村の後ろを歩いてついていく。中村からの好きの発言の前と後では横並びに歩くことはできなかった。何故か一歩引いてしまう。

決して中村のことが嫌いという訳ではなく、初めての経験でどうしたらいいのかわからないのだ。小さな頃の男の子に混じって遊ぶような活発な中村は気づけば恋する女の子になっていた。

考えれば考える程に処理落ちする小柳のパンクした脳が動きを鈍くして歩く速度を落としていく。その動く姿はほぼロボットだ。

(好きって言えた。わかってくれた。どうしてだろう…あんなに言えなかったのに不思議だな。ホント私って自分がわからなくなる。それに、好きって伝えたら…卓也のこと、もっと好きになっていくなんて知らなかったよ…。きっと歩美ちゃんも今こんな気持ちなんだろうな。卓也には…あれ、卓也!?)

中村は後ろに小柳の気配を感じなくなって振り向くと少し離れたところで足をガシャンガシャンと初めてロボットダンスしている人みたいに歩いていた。

「変になってる!?」

それから小柳は中村に介護されながら家まで送り届けてもらったらしいが衝撃的過ぎて記憶が曖昧で覚えていなかった。


昼休み、茶道室にて小柳は家から持参していたチョコスティックパンを鼻に何度も当てては止めての繰り返しで全く食べられていない。

それを心配そうに先に食事を終えていた立花と長谷川は凝視していた。

「立花先輩、本当に小柳先輩に何が起きたのか知らないのですか…?口と鼻間違えてますよ…」

「重症よね。どうやら今日の日直の林君と矢野さんが関係してるみたいなんだけど…直接2人にも聞いてみたけど授業中に落とした消しゴムを拾ってもらったことがあるくらいの関係らしいわ」

立花と長谷川は小柳に聞こえない程度の小声で話しているとようやく小柳の口の中にパンが入る。小柳はまだ脳が故障しているようで噛んでも味を感じないパンを見つめて困惑した表情で袋の賞味期限を確認するが切れていなかった。以下繰り返し。

「それがこの小柳先輩の行動に関係しているのでしょうか?私の推理によりますと…小柳先輩は前日に何かあったのではないかと思います。立花先輩が送ったとされる朝の挨拶メッセージが返ってこなかったということはその時間より前に何かしらの衝撃的な事が起きたのかと。昨日私は部活で小柳先輩と一緒でしたが別れる午後7時まではいつもの小柳先輩でした。いや、待ってください。少し様子がおかしかったかもしれません…」

「さすが名探偵香織ちゃん!見た目も頭脳も大人ね…ふっ。それで様子がおかしいって具体的にどこがおかしかったでありますか!?」

「身体をじっくりと見て言わないでください!それがですね、部活中に何やらプレゼントの渡し方をどうすればいいかと迷っているみたいでした」

「なんだ、そういう事ね!ごめん、香織ちゃん。それは私へのプレゼントの渡し方で悩んでたのよ。最近ちょっと事情あって小柳君に冷たくしてたから機嫌取りで用意してるみたいで…」

「ですが、昨日の部活の時にさりげなく聞くと今日が有効期限だと言ってましたよ…?渡されましたか?」

「え、今日?まだ貰ってないわよ。昨日聞いたってことはそれって6月20日よね。6月20日…20日…あ」

「あ」

2人とも中村の誕生日が6月20日だと思い出す。

ここで立花は脳内お花畑で自分へのプレゼントだと浮かれていたところに大きく‪✕‬の印がつくと横から中村の名前が3Dみたいに飛び出て主張してくる。

(プレゼントは私じゃなかったの!?今はそれはどうでもいいわ。じゃあ恵美ちゃんと何かあったってことじゃないのよ!あの冷静沈着な小柳君の尋常じゃない反応…も、もしかして…!2人は…!?)

想像力豊かな立花は考え過ぎて顔を真っ赤にして両手で隠すと隣の長谷川は眉間に皺を寄せて人差し指を当てると目を閉じ推理をしていた。

(なるほど、小柳先輩は中村さんへ誕生日にプレゼントをどう渡せばいいかを考えていたってことか。でも今の小柳先輩の様子だと渡すだけでこれ程までになるものか…詳細が気になる)

「ねえ小柳君、昨日恵美ちゃんに誕生日プレゼントは渡せたの?」

立花からの恵美の言葉に小柳の体が反応する。

長谷川は気になっていただけに痒いところに手が届いたような立花の質問に深々と頭を下げる。

「立花先輩ありがとうございます」

「何で香織ちゃんがお礼言うのよ?そ、それでどうなの?誰かさんが言ってたわサプライズは時と場合によるみたいだけど?」

「立花が何故知ってるんだ…まあ渡せたから成功だな。多分。昨日のことなのに正直あまり覚えてないんだよ。笑えるよな」

「全然笑えないわよ。それでその後何かあったの?」

ストレートに聞く立花の隣で長谷川は息を呑む。

「え?………何も」

小柳は嘘をつく。それは自分のためではなく、中村の知らないところで小柳に好意を伝えたことを話すことは中村にとって良くないのではないかと思っての優しさのつもりだった。

「それより立花は期末テストの勉強はやってるのか?長谷川は頭良いから大丈夫だとは思うけど」

これ以上話を深掘りさせないようにと小柳は無理やりに話を変えようとする。

「別に私は頭は良くないですよ。毎日家で授業の復習をしているので大丈夫なだけです」

(急に話を変えるなんて余計に怪しいわ…絶対に何かあったはず。香織ちゃんが小柳君の話に乗ったからこれ以上は無理には聞けそうにもないわね。でも期末テストの話になったらなったで考えてた作戦があるのよ!名付けて小柳君の家でテスト勉強作戦!)

小柳君の家でテスト勉強作戦とは、前回の中間テストでは赤点ではなかった立花だが、以前はギリギリの状態だった。そして今回は最近ハマっているゲームに夢中で勉強を疎かにして危険な状態であるからこそ小柳に教えてもらう作戦だ。小柳の部屋に2人きり、これは攻める機会である。

その作戦中に昨日の中村のことも詳しく聞く予定を付け加える。

「はぁ、今回のテスト自信ないわ。だって小柳君がダイヤランクになったら願い事を叶えてくれるって言うからゲームに集中してたのよ。小柳君のせいで私に赤点取って欲しくないでしょ?だったら勉強教えなさいよ」

「その約束忘れてなかったのか。そこは自分で上手いこと調整しろよな。そもそも俺は立花に教えられる程頭が良いわけでもないし、別に赤点を取ろうが…いや、やっぱり嫌だ。後輩は長谷川だけでいい」

「どういう意味よそれ!何で私が留年することになってるのよ!これでもまだギリギリセーフなんだからね。せっかくちょっと…なんでもないわ。今週の日曜の午後から小柳君の家で勉強会するから!私が来てあげるんだから部屋の掃除をしておくこと!」

立花は1度小柳の家にはお見舞いで訪れたことがあるがその時は散らかっていたため圧をかける。

「俺の家でやるのかよ。でも悪いな立花、日曜は予定あるから無理だ。立花がどうしても勉強会したいってなら土曜だったら空いてるけどどうする?」

(小柳君に予定なんてあるの!?単語帳の問20、休日の過ごし方の答えは家でだらだらだったはずよ!私が家に行けない理由が?まさか…恵美ちゃんとまたデートなの!?)

「予定って…恵美ちゃんじゃないでしょうね!?」

「違うわ。それでどうするんだよ?」

「別の用事ね、ならいいわ。もちろん勉強会はするわよ!土曜日の午後で決定だからね!スマホのスケジュールに…やば、もう昼休み終わるじゃない。私、楓に呼ばれてたから先に教室に戻ってるわ!」

とりあえず土曜日の午後に勉強会の約束を取り付けた立花は慌てながら弁当箱と小さな水筒を抱えて茶道室を出て教室に戻っていった。

「小柳先輩…立花先輩に一応は許されましたけど良かったのですか…?」

「日曜のことなら気にしなくても大丈夫だって。長谷川とは立花よりも前から約束してたからな」

「そう、ですけど…。なんだか申し訳なくて…」

「だったらその申し訳ないと思う分美味しいキャラ弁を期待してるよ」

「言わなければ良かった…頑張ります…!」


6月24日、土曜日。天気は曇り。

午後1時に立花は小柳の部屋に上がると鞄も置かずに早速辺りを見渡して物色している。

立花はオシャレに私服を着飾ってみたものの案の定反応ない小柳に期待はしてなかった。

「立花に言われてた通りに部屋は片付けたつもりだけど…なんだか納得してなさそうな顔だな」

「それで、どこにあるのよ?」

「ん?ヘッドセットならそこのゲーム機の上に…」

「違うわよ!私が小柳君に初デートでプレゼントした可愛いくまのぬいぐるみのことよ!私言ったわよね?雑に置いてたら許さないって!」

「なんだ、そのことか。主語がないから何かわからなかったわ。ほら、この棚のところに。雑に置いてなかっただろ?」

小柳は棚に置いていたくまのぬいぐるみを手に取って立花に渡す。あの日の袋に入った状態のまま。

「あげた時のまま置いてたの!?何考えてるの!?普通は袋から出して飾るのよ!これじゃ息できなくて可哀想でしょ!?」

立花は袋からくまのぬいぐるみを取り出すと可愛い手で優しく頭を撫でる。

「ぬいぐるみだぞ?それに袋のまま置いていたのは埃がかぶらないようにしてたんだよ」

「多少埃がかぶっても袋から出して飾ってた方がぬいぐるみにとっては幸せだと思うわよ。そうよね」

「だって初めてプレゼントで貰ったんだぞ?大切にするのは当たり前だろ…」

くまのぬいぐるみに話し掛ける立花の横顔を見ながら小柳は照れくさそうに呟く。

「小柳君って誰かにプレゼントもらった事ないの?誰でも1度くらいはあると思ってたわ…もしかして私が初めて?」

「いや、立花からってことなんだが…」

(そういうことね。でも初デート記念って適当に買ってプレゼントしたものが予想外の効果発揮してるわ!プレゼント作戦って意外といい…いや、あげてばかりではダメよ歩美!このままいけばホストに貢ぐ女、もしくはヒモ男に貢ぐ女の関係になってしまうわ!)

「今度は小柳君からプレゼント欲しいくまー」

立花は自分の顔の前にくまのぬいぐるみを使って両腕を動かしながら小柳にあざとくおねだりをしてみる。

「くまは語尾くまじゃないだろ。プレゼントか。立花の誕生日は過ぎてるし…そうだな、考えておくよ。まあずっと立ってるのもなんだからとりあえず座ってくれ」

小柳は立花情報単語帳に立花の誕生日が4月28日だということをしっかりと覚えていた。

立花は勉強机の前の椅子に案内されるがミニテーブルの前のクッションの上に座って鞄から勉強道具をミニテーブルの上に広げる。

「机じゃなくてこっちでいいのか?狭くないか?」

「こっちじゃないと小柳君が私の隣に座れないでしょ?勉強会なんだからお互いにわからないところを教え合わないとね!まずはどの教科にしよう…」

「立花に教えてもらうことか…ないな」

(ふふふ…それだけじゃないわ。勉強机で勉強してたら小柳君は私の後ろに立ちっぱなしで勉強でわからない時だけ近付いて教えてくれる。だったら私の後ろ姿しか見えないはず。だからあえてこっちを選んだのよ!ここだと小柳君は近くで私の可愛い横顔を見ながら勉強できるし今日のために奮発して買った香水の香りで魅了でKOよ!)

そして2人きりの勉強会が始まる。

何度か理解できない問題を聞こうと立花から体を寄せてみるが普通にわかりやすく説明して教えてくれる小柳に1つの疑問を感じる。

(あれ!?小柳君の鼻機能してる!?自分でも十分なくらいつけてきた香水匂うから小柳君にとっては結構匂うくらいだと思うけど驚くほど何も反応ないわ!だったら、これならどう?)

「もう夏ねー、暑いわー、夏休みもあと少しねー」

立花は持ってきた下敷きを扇いで自分の香水の匂いを纏った風を小柳に送る。

小柳の前髪が靡くと立花はこれでわかるはずと自然と口角が上がる。

「エアコンつけた方がいいか?」

「そ、そうねー!つけてもらえると嬉しいわー!」

立花は先程より腕が疲れるくらいに強く下敷きで扇ぐと小柳の前髪が鬱陶しく揺れる。だが気づかない。ただの暑がりさんだと思われた。

「何で香水の匂いに気づかないのよ!せっかく昨日楓と一緒に買いにいって、お高いのに無理して…その、いい匂いだと思って付けてきたのに…!」

立花はついに痺れを切らしてバラしてしまう。

「香水つけてたのか。気づかなくて悪かったな。立花が来るから今日の朝に掃除してたら埃とハウスダストのアレルギーで鼻がぶっ壊れてしまって…今鼻が詰まってるんだ」

「アレルギー持ちは大変ね…って普段から部屋を片付けておきなさいよ。本当にタイミング悪いわね…。じゃあ私の首元嗅ぎなさいよ!流石に少しくらいは匂うはずだわ!」

「立花やるんだな!?今ここで!どうしても!?」

「どうしてもよ!首元につけてるから1番匂うはずだわ。少しでも悪いと思っているなら嗅ぎなさいよ。ほら、私はいつでも準備OKよ!きなさい!」

「絵面大丈夫かこれ?母さんが出かけてるからいいものの、もし見つかったら色々終わるぞ。文句言うなよ…?」

顔を上に向けて色白で綺麗な首元を小柳の鼻が嗅ぎやすいように差し出す立花は胸が高鳴っていた。小柳の気配を感じると静かに目を閉じる。

(これは絶対意識するわね。私と至近距離で…私だって多少は恥ずかしいというか…)

「うーん…、やっぱりわかんねえな…今日中に鼻が回復すればいいけど…わかんねえ…」

小柳の鼻をすする音がやけに遠くて立花は何かおかしいと感じて目を開けると目の前の光景に驚愕する。

なんと小柳はしかめっ面で立花の首元を顔から遠ざけて手で扇いで匂いを嗅いでいたのだ。まるで物理の授業の実験である。

「私の首元は薬品じゃないわよ!!」

立花は小柳の肩を思いっきり叩いて綺麗なツッコミを決めた。

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