第25話 一か八か

6月12日、月曜日。天気は曇り。

1限目の授業は体育で女子は体育館にてバレー、男子は運動場でサッカーと二手に別れていた。休日明けの月曜日の1限目の授業が体育なことに1組の生徒たちの間では地獄の月曜日と呼ばれている。

この学校では学年毎に色が指定されており緑、青、赤と入学してから卒業するまでの3年間をその色の体操服や上履きで生活することになっている。現在の3年生は緑色、2年生は青色、1年生は赤色だ。

青色の体操服を着た立花はいつもの3人とチームを組み、自分たちの試合が始まるまでの時間を体育館の隅っこの方にて気だるい感じで会話を交わしながらトスの練習をしていた。

「地獄の月曜日マジダルいわぁ。よっ…と。まただ。歩美ってどんなボールも意地でもオーバーハンドトスするよね」

「当たり前よ、腕でボール受けたら赤く跡がついちゃうでしょ?私肌が白いから制服着ると跡が凄く目立つのよ。ほら、楓パス!」

「だからって膝くらいのボールも倒れ込んでまでオーバーハンドトスやるのは凄いよぉ。コントロールも悪くないみたいだしバレー部に入ってたら最強のセッターになれたよねぇ。っと、佳奈パス」

「確かに!中学時代に運動できなかったって言ってたけど100%嘘でしょ?運動神経良いじゃん?美咲パス!」

「それは…まあ元々運動神経が悪いってことじゃないからね!やろうと思えば一通りは何でもできるのよ!ただ汗かくのって可愛くないでしょ?だからやらなかっただけよ!」

いつもの3人には実は立花が中学時代に太っていて運動が大の苦手で高校デビューしている事は伝えていない。この件は墓場まで持っていくつもりだ。

「汗かくのに可愛いとかなくない?…あのThe青春みたいなCMあるでしょ?なんだっけ…商品の蓋交換するやつ…あ、ディーブリーズだ!あのCMは爽やかな汗で良くない?」

「出たよ、美咲はわかってないね。私中学の時に野球部のマネしてたじゃん?部室なんて汗臭さディーブリーズ超えてファボリーズのCMレベルだよ!」

「それは部室の話でしょ?私が言ってるのは運動してる人の汗の話で…」

井上と西川がパス練習から外れて言い合っている姿を見ながら立花と園田はパスを続ける。

「ところで歩美、今日小柳君とまだ話してないよねぇ?珍しくない?何かあった系?」

園田からの優しいパスから飛んできたボールを立花はオーバーハンドトスすることなく両手でキャッチするとよくぞ聞いてくれたと笑い始める。

「今ね、今世紀最大の作戦を実行してるのよ!」

「今世紀最大の作戦だと…!?ってなにそれ?休日デート作戦よりも凄いのぉ?私からみても全然わかんないなぁ。歩美教えてよ」

「それより凄い自信があるわ!仕方ないわねー!ふふふ…その名も、全力で押してダメなら全力で引いてみる作戦よ!」

立花は片腕にボールを挟むと空いているもう片腕で誰もいない遠くの方を指さして決まったとばかりにドヤ顔でかっこつける。まるで立花の背景には某映画の始まりの時みたいに岩に波が勢いよく激しくぶつかり水しぶきが飛んでいるイメージだ。

「朝から眩しいなぁ。押してダメなら…ってのは聞いた事あるけど全力でとは…なんだか歩美らしいねぇ」

「でしょ!?これまで相合傘からボイチャでゲームまで色々攻めて(押して)きた結果、聞き間違いじゃなければ小柳君は私の事が気になるまでになったわ!絶対そうよ!だったらここで1度全力で引いてみたら思わず小柳君が自分の気持ちに気づいて好意を寄せてくると思ってね!告白されるのもすぐそこよ!」

「なるほどねぇ。歩美が全力で押してきたからこそ全力で引くとそこに大きなギャップが生まれるもんねぇ。だいぶ一か八かな作戦の気もするけど。それで、全力で引くって具体的にはどうするの?」

「無視よ!まあ小柳君は話しかけてくるとは思うから聞かれたことにだけ素っ気なく答えるけど、私からは何も言ったり行動したりしないわ!どう?引いてる感じでてるでしょ?」

「極端だなぁ。それ歩美にできるかなぁ…?歩美のことだし途中で我慢できなくなりそうな…それでその作戦をどのくらいの期間やろうとしてるの?」

「全力で押したのがかれこれ1ヶ月だから全力で引くのも1ヶ月!って最初は考えたけど…いくらなんでも長すぎる気がしたからとりあえず今日から1週間ってところね!」

「1週間も長いような気がするけどねぇ。まあ私は歩美じゃないから小柳君との関係を詳しくは知らないし歩美のベストが1週間ならそれでいいのかもねぇ。その間に何か起こってもしらないよ?」

「大丈夫よ!小柳君は私のことを気になってるんだから!告白してくる小柳君が想像できるわ!」

小柳の気になる異性が1人ではないことを立花はまだ知らない。


昼休み、茶道室でいつものように右から小柳、長谷川、立花の順で横並びで食事をしているが長谷川は何となく違和感を感じていた。

「香織ちゃんの卵焼きは出汁が効いてて私好きなのよねぇ!今日も交換いい?」

「は、はい、もちろんです。…あ、立花先輩の卵焼きは甘いのですね!こちらも美味しいです」

「そうなのよ、私の家の卵焼きは甘いの。ずっとこれに慣れてたから香織ちゃんの卵焼き食べた時は衝撃だったわ。やっぱり家によって味付けって違うものなのね!」

「そうですね。私の家では出汁の卵焼きと甘い卵焼きどちらも作りますがその日によって違いますよ。えっと、小柳先輩の家の卵焼きはどうですか…?」

「俺の家?どちらかというと出汁だな。最近はほうれん草が入ってるだし巻き玉子が多いな」

「ほうれん草ですか?なるほど、栄養もそうですが彩りも考えられているのでしょうね。きっと小柳先輩のお母様は料理上手なのですね!」

「まあ今まで不味いと思ったこともないし楽しそうに料理してるみたいだから上手ってより好きなのかもな。意外とほうれん草の卵焼きは美味いよ。今度長谷川もやってみたらいい」

「ですって立花先輩!」

明らかに小柳と立花が会話をしていないことを察した長谷川は会話の架け橋になろうと気を使って立花にパスをする。

だが立花の頭には作戦の事しかない。

(私と小柳君の間に挟まれて香織ちゃんは可哀想だけどここは私は作戦のために利用するわよ。素っ気なく返事するわよ!素っ気なくよ!)

「ふんっ!」

立花は左側に座る2人と逆方向に顔を向ける。

「え…?」

「ん?」

当然長谷川と小柳は立花に顔を向け呆気にとられている。その様子と自分の行動に立花は顔を赤くする。

(素っ気なさ過ぎたわ!これじゃ私が2人に怒ってるみたいじゃない!変な誤解されませんように)

立て直すように平然と立花は引き続き食事を進めると長谷川は箸が止まったまま考えていた。

(やっぱり立花先輩と小柳先輩に何かあったに違いない!また喧嘩かな?でも茶道室に、同じ空間に2人いるって事は違う?)

変な誤解をしていたのは長谷川だった。

小柳はコンビニで買ったチーズ蒸しパンを食べ終えるといつものように横になってスマホを触る。

だが本当は触っているフリをして立花の言動が気になっていた。

(いつもの立花じゃないことは一目瞭然だが俺が何か関係あるのか?昨日の夜にメッセージでやり取りをした時はいつもの立花だった。そういや今日の朝は毎朝一方的に送ってくるおはようのメッセージがなかったな。ということは…どうやら朝に何か起きたんだな。これは直接本人に聞いていいのか?)

(立花先輩の小柳先輩への振る舞い方…私の予想だと小柳先輩が何かしたのかもしれない。でも小柳先輩のあの表情…いつもと変わりはなかった。となると知らない間に一方的に立花先輩を傷つけてしまっている…?2人には仲良くいてもらいたいから私ができることは何が…?)

真剣に立花の態度に向き合っている2人に対して立花はというと

(やっぱ香織ちゃんの卵焼き美味しいわね…今度ママに甘くない卵焼き作ってもらお)

呑気であった。

3人に少しの間静寂の時が流れる。

「僕参上!…あれ?随分と静かじゃないか!小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ!いつからここは図書室になったんだい?」

静寂を破るのは3人ではなく茶道室にノックもせずに勢いよく入ってきた宮崎だった。

「うっ、急に入ってこないでよ!びっくりしてご飯が喉につまりそうになったじゃないの!」

「僕と恋は突然なのさ!立花さんの大事な喉は大丈夫かい?よし、僕が今から食堂に行って飲み物を…」

「持ってきてるからいらないわよ。それで、今日は何しに来たの?」

「それは良かった!ここには用がないと来てはいけないのかい?まあ用はあるんだけどね!では小柳君の隣失礼するよ!」

「ああ、勝手にしてくれ」

宮崎は横になってスマホを触っている小柳の隣に深々と座った。視界に小柳が入っていることを確認すると立花の方に顔を向けて真剣な目つきで見つめる。

「立花さん!今度僕とデートしないかい?」

小柳のスマホを触っている指が止まり、間に挟まれている長谷川は一瞬目が大きく開くが悟られないように食事を続ける。耳は2人の会話に集中している。

(なんだか久しぶりにアンタにデートを誘われた気がするわ。いつもなら当然断るけど今は作戦中…そうよ!この1週間は全力で小柳君から引くんだからここはデートの約束してヤキモチを妬かせるのもありね!みてなさい)

「いいわよ」

立花はあっさりと涼しい顔で答える。

「いいのですか!?え、あ、横からすみません!何でもないです…」

立花の一言で1番驚いていたのは長谷川だった。

(立花先輩が小柳先輩の目の前で宮崎さんからのデートの誘いを受けた?やはり何かおかしい…そして小柳先輩は…横になったまま動かない…?)

立花は小柳の方を向くが背中しか見えないため反応がわからない。

「ありがとう立花さん!足も治ってこれでようやく共に歩む人生を迎えることができるよ!」

「なんか大袈裟よ…ただ2人で遊びに行くだけでしょ?仕方ないわね。それで今週のいつなの?」

「今週?何を言っているんだい?待ちきれないのは僕もそうだが来月の話さ!」

「は?来月…?私は今週のことだと思ってたわ」

「米農家の息子としては6月は田植えの時期で忙しくて手伝わないといけないからね!来月の頭は期末試験もあるから夏休み入ってからはどうだい!?」

(それって作戦の期間外じゃないのよ!これじゃただのデートじゃない!いや、デートなんだけど!)

「夏休みは1ヶ月先よ!?なんで今誘ってきたのよ?時間はまだあるじゃない。その時にでも…」

「僕にとってはバイトを辞める時とデートを誘う時は1ヶ月前からなのさ!前に誘った時もそうだっただろう?それに立花さんだって2ヶ月以上先の花火大会に誘ってくれたじゃないか!」

「あれは色々あったのよ…結局5人で…って、この話はもういいのよ!夏休みね!わかったわよ…!」

立花は花火大会の話を行けなくなった長谷川の前ではよそうと無理やり話を終わらせた。

「デートプランは僕に全て委ねてくれないかい?忘れられない1日を約束するよ!それで…小柳君はデートの予定はないのかい?」

(ここで小柳君に話振るの!?私の目の前で!?でも小柳君って自分からデート誘うようなタイプじゃないのよね。そのうち誘ってくれたりするのかな?)

「ないな。でもそうだな…今週俺は暇だけどな?」

小柳は胡座をかいて座り直すと立花の方向に顔を向けてデート誘い待ちを主張する。

(今週は作戦中だからダメね。むしろ誘われなくて良かったわ)

立花は小柳の言葉を聞こえてないフリをして弁当を食べ終わり袋に弁当箱を片付けた。

もしかしたらこの作戦で小柳の行動が変わるかもしれないと少しだけ期待して。


それから1日、2日と時間が過ぎていく一方で2人の間に特に何も変わることなかった。

一か八か作戦を開始したから6日目の昼。

昼休み、小柳は茶道室で食事を終えると部屋を出て食堂の隣にある自動販売機に向かった。

一か八か作戦の事を知らない小柳にとっては何かしていないと立花の居る空間は居心地が悪いと感じてしまっていたのだ。

もうすぐ期末テストということもあって授業は期末テスト向けのまとめが多い。

午後からも授業をしっかりと受けたい気持ちの小柳は眠気を覚ますためにもカップ式の自動販売機でアイスコーヒーを購入して隣のベンチに腰掛ける。

「君、ブラックコーヒー飲めるの!?」

小柳は声のする方向へ顔を向けると、そこにはベンチの前に立っていた身長165cmの艶のある黒髪マッシュショートヘアのポロシャツを着た初対面の健康的な女性が隣に座ってくる。

猫目で見た目ではクールな印象を与える彼女は絡むと明るくコミュニケーション能力が非常に高い。

「え?あ、まあ…飲みますね」

小柳は女性の足元を確認すると緑色の上履きを履いていたため3年生だと理解して接することにした。

「凄いね、大人だ!私まだ舌がお子ちゃまだから飲めなくてさ!いつか私もブラックコーヒーがわかる大人になりたいなぁ!君はいつから飲めるようになったの?」

初対面なのに距離の詰め方がぶっ壊れてる人だなと小柳は思った。宮崎の性格とはまた違い明るさの中に何かが隠れている気がする。

「去年…16歳の時、ですかね…?」

「早っ!私が16歳の時なんて牛乳しか飲んでなかったよ!きっかけは何だったの!?」

「きっかけですか?それは…」

タイミング悪く学校のチャイムが鳴る。間もなく午後の授業が始まる。

「あちゃー、時間切れだ。きっかけはまた今度教えてよ!これ、私のバイト先!美味しいから1度来てみてね!絶対ね!じゃね!」

女性はそう言って小柳に小さな紙を渡してその場から足早に去っていった。

小柳は手渡された紙に目をやると『カフェ Luna 貴方の望むコーヒーとケーキの店』と月のイラストに可愛らしい兎の2匹がそれぞれコーヒーとケーキを食している。

明るい性格の中に隠れて正体はこれだ。

「宣伝かよ」

小柳はチラシの置き場に困ると折り畳み財布にしまうことにした。


6月19日、月曜日。天気は晴れ。

一か八か作戦が終了して半日が過ぎようとしていた。

昼休み、立花は茶道室でいつものように食事をしているが上の空だった。

(あれ!?久しぶりに私は小柳君と何話せばいいんだっけ!?)

1週間も期間が空けばそうなるのは仕方なく、案の定小柳は自分から立花に話しかけてはこない。

作戦はただただ失敗に終わった。


そして明日は中村の誕生日だ。

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