第24話 ランク戦

午後9時5分、自分の部屋のベッドの上で立花は隣に座っている妹に最近のお気に入りだという動画をスマホで強制的に見させられていた。

「これこれ!おねーちゃん、面白いでしょ!?この人の驚き方ヤバいよね!?ヘルメット脱げてる!」

「そ、そうね…それよりマナ、そろそろお休みしないとまたママに怒られるわよ?知ってるでしょ?ママが怒るとこの世の終わりなんだから…」

「だいじょーぶ!明日は学校お休みだからママとの約束で10時まで起きてていいんだもーん!それでこの動画の続きがねぇ…」

立花には妹のお気に入りの動画の面白さが全く理解できなかった。

テレビ画面にはブレステのボイスチャットの部屋が写っているが小柳はまだ入ってきていない。10分前から何度も確認したがブレステにログインすらしていない状況だった。

(小柳君はなにやってんのよ。もしかしてマナより先に寝たってこと!?疲れてたのかな?連絡して無理やり起こすのも悪いし…せっかく成長した私の腕前を褒めてもらおうと楽しみにしてたけど仕方ないわね…)

立花はスマホでメッセージのアプリから小柳に一言連絡するか迷っていると妹はそれを気づいたように立花を強く抱きしめる。

「どうしたのおねーちゃん!?ゲームするって言ってた人に連絡しないの?おねーちゃんを待たせるなんてその人何考えてるんだか!」

「ぐ、苦じい…いつからマナはそんなこと言うようになったのよ…でも、そうね。…全く、それでこそ私の可愛い妹だわ…わかってるじゃない!何考えてるのって話しよね!?」

「そうだよ!もう、こうして…こうして…っと。ほら、電話しちゃえ!」

そう言って妹は立花のスマホを奪い取って通話のボタンを押すとスマホを立花に返す。

呼出音がスマホから鳴り止まない。

「やっぱり寝てるみたいだわ」

立花が通話キャンセルのボタンを押そうとした時に呼出音が鳴り止み通話時間がカウントされる。慌てて立花は耳元にスマホを持っていく。

「小柳君?その、起こしたらごめん…じゃないわ!9時に約束してたのに私を置いて先に寝てるんじゃないわよ!それとも私の成長ぶりを知るのが怖くて逃げてたの?」

通話が繋がったことによって立花は嬉しそうに声のトーンが上がるが妹の存在を思い出したかのように怒り始める。

「悪い…別に寝てはなかったし逃げてもないけどちょっと色々あって、今ゲームできる状態じゃなくてさ…」

「ちょっと色々って何よ?小柳君が気になっている私にすら言えないことなんてあるわけ!?」

「まあ。立花にここまで待ってもらって悪いがゲームはやるのは10時からにしてもらえないか…?」

「一方的ね!…まあいいわ。10時に連絡するからそこで寝てたら今度こそ許さないからね!」

立花は通話を切ると小柳に時間を延ばされたことより10時からゲームができることの方が嬉しくて立花の体に抱きつきっぱなしの妹の頭を激しく撫でる。

「痛い!痛いよおねーちゃん!やっぱり電話して良かったね!」

「ありがとう私に似て可愛い妹!お姉ちゃんを助けてくれたお礼に冷凍室にある私のアイス好きなの1つ食べていいわよ!」

それを聞いた妹は立花を両手で突き放すように思いっきり押すとすぐに部屋から出ていってアイスを取りに行った。


9時20分頃、小柳は立花から着信があったことによって救われたような気持ちになっていた。

だが、まだ小柳の部屋には小柳と中村の2人きりで何も解決はしていない。

「通話相手歩美ちゃんなんだ。何か約束してたんだね…」

椅子に座っている中村は小柳の顔を見ることなく机の上の教科書を指で寂しそうになぞりながら背中越しに会話をする。

「ゲームする約束な。…そうだ!恵美も一緒にやるか!?小さい頃俺よりもゲーム得意だったし意外と面白くてハマるかもな!」

「私はいいよ、あの頃と違って今はゲーム下手くそだもん。自己アピールするのだって…。あのね、宮崎に聞いちゃったんだ、卓也が歩美ちゃんを気になってるってこと。ホントなんだよね?」

「宮崎に?まあ本当だけど…」

「じゃあ、卓也はホントは花火大会は歩美ちゃんと2人きりで行きたいってことだよね?」

「いや、それは違うけど。俺はあの5人で行きたいと思ってるよ。絶対に楽しそうだろ…?」

「だって卓也は歩美ちゃんが気になってるんだよね?5人である必要ないじゃん…2人きりの方が歩美ちゃんは嬉しいはずだよ」

「恵美は何か勘違いしてるか知らないが俺は聞かれたことは答えたけど、別に立花1人だけ気になってるって言ったつもりないけど…」

「え…は?だけって…」

中村の教科書をなぞっていた指がピタリと止まって椅子を回転させて小柳を見る。

小柳は中村と目が合った瞬間に目線を外してテレビ画面を見ながら手に持っているコントローラーを使ってブレステをログインする。

「こういうのって本人に直接言うのか…?立花にもそうだし恵美にもそうだし…なんか小っ恥ずかしいんだよ…俺、経験ないからさ…」

「それって卓也は私のことも気になってるの…?」

「やっぱり言わなきゃいけないのかよ…」

「そうだよ…?ちゃんとその人の目を見て言わなきゃいけないんだよ?」

中村は自分にとって都合のいい嘘をつく。

小柳はミニテーブルの上にブレステのコントローラーを置くと中村に顔を向けて目を見て照れくさそうに口を開く。

「その、気になってるよ…悪いか?」

その一言で中村の心臓が握り潰されそうに痛く苦しくなり鼓動が早くなる。そして先程までの自分の言動が急に恥ずかしくなり今にも爆発しそうだった。導火線に火がついて椅子に背もたれがなければ今頃倒れていたところだ。

中村は勉強机に頭を伏せて考えていた。

(私を意識させようと卓也に下着を見せて…卓也に関節キスして…卓也の口にキスまでしようとして…エッチな子だと思われたらどうしよう…!これも私だよなんて言っちゃった…あー!最悪だよ!今日をやり直したい…だって卓也に気になる人が2人いるなんてわかるわけないじゃん…)

「そうそう、たがらまずカジュアル戦で腕慣らしてからランク戦をやった方がいいな。俺はシールド持ってるキャラ使うから。立花は?」

中村は腕の隙間から後ろにいる小柳を覗くとヘッドセットをしてコントローラーを握り立花とボイスチャットしながらゲームをしていた。

(私置いてけぼりなんだけど!私のこと気になってる割にはゲーム優先してるじゃん!…まあ約束してたのは歩美ちゃんが先だし時間も延ばしてもらったけど…なんだか卓也らしいな。きっと気になるって意味は私が知ってるものと少し違う気がするな)

中村は小柳を見つめて幸せそうに笑っていた。


カジュアル戦を終えていよいよ立花と小柳はランク戦に挑戦する。小柳の方が立花よりもランクが上のため、マッチする他のチームも小柳のランクに合わせて強者ばかりだった。

「おい立花、その建物に1チームいるから物資余裕あるならいくぞ!…そうそう、無理なら俺が倒すから俺の前に出て壁になってくれ」

「そのくらいわかってるわ!R300持ってるから今の私は無敵よ!いくわよ!」

立花は事前に研究して初心者におすすめの武器として銃を撃った時の反動が少ないR300という銃を手にしていた。

小柳の合図で建物に侵入すると敵チームは足音に気づいて特攻隊長立花を撃ってダウンする。

立花はその後直ぐに壁になって小柳は上手いこと壁に隠れては飛び出して撃っての繰り返しで敵チームを見事に撃破した。

「よし、立花は回復優先でその後物資漁ってくれ。漁夫がくるかもしれないから俺は屋上に行って周りを見てくるから」

「デカ回復は手持ちにあるからそれで回復するわ。敵を見つけたらすぐ教えなさいよ」

「あー、奥の方でやり合ってるな。マップ見るとエリア縮小されてもここなら安全そうだし…立花、しばらくここで待機な」

「わかったわ。今のうちに倒した敵の物資漁るわね。この敵中々良いアイテム持ってるわ!」

このランク戦はポイントによって激しく昇格したり激しく降格したりする。ポイントを手に入れるには敵チームを倒すか隠れて順位を上げるかの2つがある。

敵チームに見つかるまで隠れて順位を上げるのも1つの手ではあるが今までの立花はそれでは納得いかずに次々と積極的に倒しにいってポイントを稼いでいた。

だが、今日は1つランクが上の小柳と一緒だ。

小柳の言うことが正しいと信じるしかない。

敵チームがやって来るまでの待ち時間はこのゲームとは関係ない話をしていた。

「1時間も待たされてたけど私との約束を延ばしてまで何してたの?」

「ゲーム前か?それはだな、その、恵美と…」

中村はなんとなく2人の話の内容を理解すると小柳から自分の名前を呼ばれた時に肩を叩いて腕をバツに交差させて自分の話はしないで欲しいとジェスチャーで指示を出す。小柳はわかったと親指を立てて頷く。

「恵美ちゃん?恵美ちゃんがどうかしたの?」

「バツだ!」

(全くわかってないよ!私がここにいることは内緒ってことは卓也に伝わってないのかな…?)

「はあ?意味がわからないわ!恵美ちゃんはバツ?…待って、もしかして…恵美ちゃんってあの年齢でバツ1なの!?」

「恵美はバツ1なのか!?」

「なんで私がバツ1になってるの!?もういいよ!今歩美ちゃんと話して大丈夫?」

小柳はゲーム画面を見て敵がこないと確認するとヘッドセットをゆっくりと外して中村に渡して付け方を教える。

「なんか遠くの方でもそもそ声が聞こえるけど小柳君は今部屋に1人よね?そんな…嘘よ…有り得ないわよ…初めて幽霊の声らしき音を聞いたわ…私こういうの無理なのよ!小柳君?あれ?小柳君も聞こえたわよね…?」

「こんばんは歩美ちゃん…」

「出たーーーーー!!!」

中村は小柳のヘッドセットを頭に付けて立花に話しかけるが、まさか小柳の隣に中村がいるなど1ミリも思っていなかった立花は幽霊に話しかけられたと勘違いしてしまい思わずヘッドセットと繋がっているコントローラーをベッドの方に投げつけてしまう。

「今凄い音したけど…あれ?歩美ちゃん?もしもし恵美だけど…歩美ちゃん?聞こえてる?」

立花はヘッドセットに尻を向けて床に体をつけて丸まって震えている。

立花は幽霊などの怖いものが大の苦手である。

「どうしたのおねーちゃん!?」

リビングでアイスを食べ終わってテレビを見ていた妹が立花の悲鳴が聞こえて部屋に勢いよく入ってくると立花はベッドの上に投げつけられたヘッドセットを指差して震えていた。

「マナ、幽霊よ…女の人の声で私の名前を呼んだのよ…その、ヘッドセットの向こうには男性しかいないのに…このヘッドセット、呪われてるわ…」

「幽霊!?さっきおねーちゃんに見せた動画と一緒じゃん!これでお話できるの!?すごーい!もしもし幽霊さんなの?」

姉とは対照的に幽霊に恐怖を感じない、むしろ幽霊に興味津々の妹は立花のヘッドセットを手に取って話し始める。

「幽霊?私は歩美ちゃんの友達の中村恵美だけど…その声は妹さん、かな?」

「妹のマナだよ!じゃあおねーちゃんの友達の幽霊さん!?」

「高校の同級生でちゃんと生きてるから幽霊じゃないんだけどな…。ねえマナちゃん、歩美ちゃんに代わってくれるかな?」

「ちょっと待ってね!…おねーちゃん!高校の同級生の中村恵美?って言ってるよ!」

「中村恵美…恵美ちゃん?なんで恵美ちゃんの声がしたのよ…?」

ボイスチャットの相手が中村だと知った立花は振り返って涙目になりながら妹にゆっくり近づいてヘッドセットを頭に付け直す。

「歩美ちゃん?マナちゃん?私の声は聞こえてるかな?」

「ちょっと恵美ちゃん…びっくりさせないでよね…てっきり幽霊だと思ったじゃないのよ…」

「あ、歩美ちゃんだ。ごめんね、驚かせる気はなかったの。今卓也の部屋に遊びに来てて歩美ちゃんとゲームするって言ってたから少しだけ話したいなと思ってね」

「ゆ、許してあげるわ!それで私に話したいことって何よ?まさかバツ1って…」

「違うよ!変な誤解されちゃったけどバツ1じゃないからね!まだ付き合ってだって…そう、歩美ちゃんと話したかったことは…」

「立花!敵チームが入ってきたっぽい!俺がここで防御アビ使うから上に来てくれ!」

敵チームが2人の隠れていた建物に侵入してきたことにより会話が途中で止まってしまう。

小柳は中村がヘッドセットをしているため出来るだけ声が届くように顔を寄せてマイクに話しながらヘッドセットの耳の部分を互いの耳でサンドイッチする。

「小柳君、敵チームは今1階で回復してるみたいよ!当たるかわかんないけど下に爆弾投げてみていい?」

「待て、相手は俺たちに気づいてない場合もあるから下手に投げなくていい!敵の動き方次第でこっちも作戦考えるから!」

小柳が話すたびに口から先程食べたアイスの甘い香りの吐息が中村の肌に触れる。

中村の体は風呂上がりよりも火照る。

2人の顔はほぼゼロ距離だ。

「卓也…あの…私外そうか…?」

「ダメだ、最中にやられるかもしれないから…そのままで、俺はいい…」

「そ、そう…?でも、そろそろ…私、限界だよ…」

(え、部屋で2人は今何してんのよ!?)

2人がマイクに近いせいか息遣いの荒さが立花にダイレクトに耳に届けられる。

まるで耳がゾクゾクと感じてしまうASMRだ。

それを聞いた立花が顔を真っ赤にしてしまう。

立花は恋愛リアリティショーやいつもの3人との話などである程度の性の知識はあった。

そして誰よりも想像力が豊かなのである。

「恵美、もう少しだけ…耳いいか…?もっと聞かせてくれ…」

「卓也はちゃんと、握ってて…私がするから…あ、ダメ。きてる…足…あっ…」

(握ってて!?何を!?きてる!?足が!?何!?)

敵チームは階段を上がり2人を見つけるとあっさりとやられてしまい8位で幕を閉じる。

「こんなの集中できるわけないわ!!!」

再び立花はコントローラーとヘッドセットをベッドに投げつけた。

その後も初めて2人?のランク戦は散々な結果となったのであった。

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