第23話 私はまだ

10年後の夏休み。

セミの鳴き声がより暑さを感じさせる朝に1組の遠距離恋愛のカップルは電話をしていた。

「うん、帰ってきたんだね。じゃあいつもの待ち合わせ場所で待ってるから」

久々に地元に戻ってくる彼氏に会える彼女は自分なりに精一杯のオシャレをして待ち合わせ場所で待っていると彼氏が驚かせようと後ろから抱きしめる。

「ちょっ…もう、先に着いてたの…?」

「電話した時からな。早くお前に会いたくてさ」

「暑いよ…でも、嬉しい…。おかえり」

「ただいま。…それにしてもこの像は何でこんな道の真ん中にあるんだろうな」

「わかんない。私たちが付き合う前からあったよねこれ。電柱にしがみつくポーズって。ま、そんなことどうでもいいじゃない。早くお家帰ろ」

「だな。久しぶりのお前の手料理楽しみだわ」

幸せそうな遠距離恋愛のカップルの再会を見守るように2人の後ろには石化した立花歩美像が立っている。


(はっ!危ない…!何故かわからないけど走馬灯より酷いものを見ていた気がするわ…)

そして時は現実世界へと戻る。立花はあまりの衝撃で石化して変な夢を見ていた。

立花の視界の先にはふらつきそうな体を完治した足で踏みとどまる宮崎と真顔答える小柳がいた。久々に小柳の真顔を見て思い出す。

「そ、そんな…まさかだったよ…!いつから小柳君は長谷川さんの事が気になっているのかい…?いや、僕が知らないだけで2人は前から一緒にいるわけだから可笑しくはないのか…!」

(前に小柳君に聞いた時は後輩としか言ってなかったじゃない…!いつの間にそんな関係になってるのよ…。元々小柳君の理想のタイプに1番近い人は香織ちゃん。その香織ちゃんが小柳君に告白したら…ゲームオーバーじゃない…!)

「前からって2ヶ月くらいだぞ?それに宮崎だって長谷川のこと気になるだろ?花火大会を断った時の表情、あれが忘れられなくてな…」

「そうだね…って待ってくれ!確かにあの時の長谷川さんは可哀想だったし何とかしてあげたいとは思ったさ!だが、それは僕が小柳君から知りたかった気になるとは意味が違うよ!」

「え、そうなのか?それ以外の気になるって何だよ。俺には違う意味がわからないんだが…」

(そ、そうだわ!小柳君は恋愛経験が0だから好きの一歩手前の気になるの意味すらわからないのよ!全く…驚かせないでよね!)

「僕が知りたいのは小柳君の異性としての気になるさ!簡単に説明するのなら好きかも?くらいの人だね!いないのかい?」

「好きかも?くらいの異性か。それが気になってるってことなんだな。まあ、そうだな…」

「その感じだと気になる異性が居るってことじゃないか!ズバリ聞かせてもらうが、それは女神、いや立花さんかい?」

「立花?…立花か。立花は…」

(ここでコソコソ聞くなんて私は何やってんのよ。引越しする時にこんなダメな私はあの街に置いてきたじゃないの。可愛い私を信じなさい…!)

「はぁ…やっと追いついたわ…!2人とも早く出ていったからここまで走ってきたのよ…!」

立花は2人の前に現れるとここまで走ってきたように息を切らしながらお腹を押さえたフリをする。

「やあ立花さん!僕を追いかけてきてくれたのかい?嬉しいねえ!お腹痛くなるまで走らなくても僕は立花さんから逃げないさ!」

「違うわよ!もうパッキーは食べ終わったから時間切れ、ここからは3人よ!」

「立花さんのパッキーを食べる姿は見たかったが僕は小柳君と真剣な話があったからね!まあ3人でもいいさ!それで小柳君、どうなんだい?」

(まさかの話続くの!?私は止めに入ったつもりだったんだけど…!)

「え、今聞くのか?ここに立花がいるのに…」

「小柳君に今1番聞きたいことを答えてもらわないと僕のこの曇った気持ちは晴れないのさ!なにより自分の心に嘘はつけないじゃないか!僕は知りたい…!」

「な、何の話よ…?」

「それはだね、小柳君が今立花さんのことを気になっているのかどうかを聞いているのさ!」

(アンタはストレート過ぎるのよ!これじゃ小柳君の逃げ場がないじゃないの…こうなったらもうヤケクソよ!どうにでもなればいいわ!)

「何でそんな当たり前のこと聞いてるのよ?そんなの気になってるに決まってるじゃないのよ!だって私よ!?ね、小柳君?」

「…まあな」

「え?」

「やはりそうだったのか!これで僕の成すべき事が見つかりそうだ!では僕は家の手伝いがあるからそろそろ帰るとしようかな!ありがとう小柳君!そして今日も素敵だったよ立花さん!また学校で!」

宮崎は駅の方へと急ぎ足で去っていくと残った2人は互いの目が合うと逸らしてしまう。

(さっき小柳君がまあなって言ったわよね…?気になるって聞いたらまあなって…まあな?…うんってこと…?私のこと気になってるの…!?好きになる1歩手間!?)

「立花、ずっとそこで立ってるのか?俺はもう帰るけど…」

「ちょっと待ちなさいよ。小柳君1人で寂しそうだし仕方ないから公園近くまで一緒に帰ってあげるわ」

「はいはい」

(待ちなさい歩美、また勘違いかもしれないわ!今まで何度もこういう事あったじゃない。きっとこれもそうよ!)

「さっきの演技上手かったわね!この前のアンケートの時と違って主演男優賞でも狙えるんじゃない?たっきゅん」

「その呼び方やめろって…。でも、確かにまあなの一言だけで宮崎を魅了させたからある意味狙えるかもな。立花の誘導も上手かったよ」

(ほら、やっぱりそうじゃない!期待してなかったからダメージは0で済んだわ。でも恵美ちゃんの名前が出てこなかっただけ良かったわよ)

「でしょ?あんな風に聞かれたら嘘でもそう答えるしかないわよね!」

「まあ嘘じゃないけどな。気になるというか気にさせてくる存在みたいな…俺が言いたいことわかるだろ?」

「はいはい。今度はこっちがはいはいよ。それより私ついにゴールドランクいったわよ?これでやっと一緒にランク戦いけるわよね!?」

小柳は真面目に答えたつもりが立花には冗談に聞こえてしまい話題がゲームへと変わってしまう。

「そうだな。これで立花が本当にゲームが上手くなったかどうかわかるわけだ」

「早速今日の夜にやるわよ!私の足引っ張らないでよね!」

「わかってるよ。姫プはしないからな。時間は…9時からするか」

こうして2人は夜にゲームをする約束をして別れるのであった。


夜8時半頃、食事と風呂を終えた小柳は自分の部屋で立花とゲームする約束の9時までの時間は勉強をしようと椅子に座って勉強机に建築関連の本を広げる。

鞄から筆記用具を取り出そうとすると1件のメッセージがスマホに届く。長谷川からだ。

『小柳先輩お疲れ様です。今日は私のせいで花火大会の予定が組めなくなってしまいすみませんでした。帰宅して父に話してみましたが、やはり参加は難しそうです…。当日は写真待ってますね』

小柳はスマホを見つめながら返信する内容を考えるが気持ちが落ち着かない。

『長谷川はそれでいいのか?本当に行きたいならまだ方法はあるはずだ。俺みたいに…』

スマホで文字を入力している途中に小柳は気づいて内容を全て消去してしまう。

『そうか、残念だ。写真も動画も送るからな』

長谷川にメッセージを送信して小柳は俯いてスマホを強く握り締める。

(長谷川のあの表情、絶対に行きたかったはずだ。親に掛け合っても無理…諦めるしかないのか…)

コンコン。小柳の部屋にノック音が鳴る。

「今行くよ。母さんどうした?」

部屋のドアを開けると小柳の目の前に立っていたのは母ではなく、大きめのTシャツに膝が隠れるくらいの短パン姿でアイスを持った風呂上がりのまだ少し髪の濡れた中村だった。風呂上がりのためシュシュをしてない髪を下ろした中村を見るのは久しぶりだ。

「やほ、アイス持ってきたよ。一緒に食べよ」

「ありがとう。って急にどうした?」

「まあいいじゃん。何か用事あったかな?アレだったら帰るけど?」

「9時までなら別にいいけど…俺の家のセキュリティどうなってんだよ」

「じゃあ9時までおじゃましよっかな。そりゃ私は小柳家の永久パス持ちだからだよ!」

中村は小柳の部屋に入ると学習机の前の椅子に座ってアイスを袋から開けてピパコを2つに割ると小柳に1つを渡す。小柳はそれを受け取ってベッドの上に座って2人はアイスを食べ始める。

「このヘタの部分もちょっとだけアイス入ってるけど卓也は食べる派?」

「1人の時は食べるけど誰かいる時は恥ずかしくて食べないな。ケーキのフィルムと一緒で…ってこんな話がしたかったのかよ!」

「ははは!そうじゃないけど…あれ?小さい頃は私の前でケーキのフィルム舐めてたよ?今はヘタ捨ててたけど恥ずかしいの!?」

「当たり前だろ!あの頃とは違うからな。今の俺がケーキのフィルム舐めたりヘタに入ってるアイスを吸ってたら気持ち悪いだろ?」

「だね!確かに気持ち悪いけど卓也のことを嫌いにはならないかな!」

「ありがとよ…でもしないから安心してくれ」

「逆に私がしてたらどう?ここにヘタあるけど?」

「こら、捨てなさい」

中村は捨てずにもう片方の手に持っていたヘタの部分を小柳に見せると小柳は立ち上がってヘタをゴミ箱に捨てる。

「あー、捨てたれた!最後の楽しみで取っておいたのになあ」

「そんなものを最後の楽しみに取っておく…」

立ち上がった小柳から椅子に座っている中村を見下ろすと大きなTシャツは胸元の方が緩く中村の黄色の下着が微かに見える。

「ねえ、どうしたの?」

中村はそれをわかってるかのように小柳を見つめると意地悪そうに笑う。

「別に…なんでもない。…あ、そういや今日現国の授業で小テストがあったけど…」

小柳は頬を赤くしてベッドの方に戻り座ると慌てて適当に話を変えようとする。

「ごめん…ちょっとお腹痛くなってきた…。やっぱりお風呂上がってすぐにアイスはまずかったかな…前もあったんだよね。痛たた…」

中村は眉間にしわを寄せて苦しそうにお腹を片手で擦りながら半分くらい残っているアイスを小柳に見せつける。

「恵美大丈夫か?俺はどうしたらいい?」

「卓也は何もしなくていいよ…この体勢が楽だからちょっとこのままでいさせて…。そうだ、このアイス溶けるのもったいないし食べてよ」

「わかった。恵美はここにいろ、俺は腹痛の薬があるか下に行って調べてくるから」

そう言って小柳は受け取ったアイスを手に持っているのは邪魔になるため口に加えながら部屋のドアの方に向かうと中村は腹痛なんて嘘のように立ち上がって小柳に背後から近づき背伸びをして両手を肩に置き耳元で呟いた。

「なーんてね。関節キス、だよ?」

「え…」

「腹痛なんて嘘だよ。アイス返してもらうね」

中村は小柳が口に加えたアイスを取り返して自分の口に加えて微笑む。

(宮崎に聞いちゃったんだ、卓也が歩美ちゃんを気になってること。今の私に何ができるかお風呂でのぼせそうなくらい考えて、歩美ちゃんのおかげでこんな事も平気でできるように…ホントら平気じゃなかったけど…自分に嘘ついてでも卓也を好きにさせようと必死になれた。感謝しないとね)

「嘘なのかよ…本当に腹痛だと思って心配したじゃねえか。大丈夫か?」

「ごめん!腹痛はこの通り大丈夫だよ!」

中村はお腹を手でアシカのようにポンポン触って健康だと笑いながら主張する。

「いや、そうじゃなくて…いつもの恵美じゃないけど大丈夫かってこと」

「ははは…いつもの私じゃない、か…。これも私だよ?卓也の知らない私ってとこかな…?」

「そうなのか…?なんか大胆というか無茶してるというか…何かあったかと思ったよ」

(そんなのあるに決まってるじゃん…。ダメだ、このまま私のペースでいかないとまた卓也に上手く操られてしまう…)

「何もないよ!?それよりさっき関節キスしたんだよ?どう、恥ずかしかった…?」

「恥ずかしかったけど…まあ、小さい頃は3人でまわし飲みとか当たり前にやってたからな」

(だね。でも恥ずかしいって言ってくれたし少しは意識してくれてるよね。…だったら、今の私だったら…なんだって…)

中村は食べ終わったアイスのゴミをゴミ箱に捨てるとベッドに座っている小柳の目の前に立つ。

先程までアイスを持っていた手はまだ冷たい。

その冷たい両手で小柳の頬を支えるように触って緊張した表情で口元を確認する。何かを決意したように唾を飲み込むと頬を赤く染める。

「じゃあさ…」

「待ってくれ」

小柳はゆっくりと顔を近づけてくる中村を止めて両手を頬から離すと目を逸らす。

「え…どうしたの…?」

「悪い、今日のなんだか恵美怖いわ…。俺の知ってる恵美じゃないのはわかったけど、正直今の恵美が俺は好きじゃ…」

「それ以上は言わないで、わかったから…お願い、だから…」

小柳の部屋に無言の時間が訪れる。

気まずい空気を感じた小柳は中村の方に顔を向けると目から一筋の涙を流す姿に余計に言葉を失ってしまう。今まで口喧嘩をしても1度も勝つことがなかった小柳が初めて自分の口から出た言葉で中村を泣かせてしまった。

断りきれない性格だと知ってて挑んだ中村は初めて拒否された挙句、好きではない発言の手前まで引き出してしまい胸が締め付けられる思いで立っているのがやっとだった。

目が合うと中村は自分の涙に気づいてないみたいに小柳に笑顔を向ける。複雑な感情に小柳は助けを求めるようにベッドの置き時計を確認すると時刻は9時を過ぎていた。

立花からは連絡はこない。

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