第21話 2人きり

6月8日、木曜日。天気は曇のち雨。

昼休み、茶道室で立花は小柳と長谷川と一緒に食事をしていた。毎回小柳は食事を終えるとすぐ横になってスマホを触るため立花と長谷川の2人だけで会話することが多い。

「香織ちゃんもやらない?面白いわよ」

「私はゲーム機自体を持っていないので…立花先輩の話を聞いているだけで十分楽しいですよ」

どうやら立花は長谷川に最近ハマっている例のシューティングゲームを布教しているようだ。あれから立花は小柳に設定を通話で教えてもらいヘッドセットをしてダイヤランクになるまで頑張っていた。

2人が楽しそうに会話をしていると茶道室のドアが開いて2年1組の担任の増田先生ことおじいちゃん先生が入ってくる。

「今日の…おや、立花が何故ここにいる?」

「おじいちゃん先生こそ何でいるのよ?私は見ての通り2人と楽しく食事してるのよ」

「そうか。あまり迷惑をかけるんじゃないぞ?それで小柳と長谷川、朝伝えたように私は今日は行けないから先にお菓子を渡しておこうと思って持ってきたよ」

「増田先生、いつもありがとうございます。お菓子の方、有り難くいただきますね」

そう言って長谷川はおじいちゃん先生からお菓子の入った和菓子屋の紙袋を両手で受け取る。

「香織ちゃんは私たちのクラスの担任のおじいちゃん先生のこと知ってたのね。接点なさそうだしなんか意外だわ」

「はい、もちろんですよ。増田先生はこの茶道部の顧問ですから」

「え、茶道同好会の顧問っておじいちゃん先生なの!?全く知らなかったわ…なんで小柳君は一言も言ってくれなかったのよ!」

「だって聞かれてないし…教える必要もないと思ったからな」

「同好会ではなく茶道部ですよ立花先輩!」

「私こそ立花がこの神聖なる茶道室に出入りしてるとは聞いてなかったぞ。まあ、そういう事だから部活は2人でやっておいてくれ」

「わかりました」

おじいちゃん先生が茶道室を出ていくと持ってきた紙袋のお菓子の中身が気になって仕方ない立花は受け取った長谷川に近づく。

「これ、気になります?でも立花先輩が思うような物は入ってないと思いますよ」

「もちろん中に入ってるのは和菓子よね?私は普段和菓子は食べないわ…だって見た目が怖くない?」

「ふふっ、それは確かにあるかもしれませんね。でも可愛いものもありますよ?たとえば寒氷というお菓子は見た目が色鮮やかで可愛いので立花先輩にピッタリだと思いますよ」

「寒氷?聞いた事ないわね。ちょっと調べてみるわ…ホントね!見た目が可愛いじゃない!」

「そうですよね。寒氷は寒天と砂糖を練り合わせて作られているものです。見た目や食感が氷みたいなので寒氷と呼ばれていて暑い時期のお茶会などによく食べられたりします」

「香織ちゃんがこんなにいきいきと喋ってるの初めて見たかもしれないわ。なるほどね、暑い時期って事はおじいちゃん先生が持ってきた和菓子も寒氷なんじゃない!?今見てみない?」

「確かに気になりますね…小柳先輩、開けてもいいですか?」

「別にいいよ。食べなければ、食べなければな」

「なんで私の目を見て2回言うのよ!」

「大事なことなので」

小柳の言葉に2人は和菓子屋の紙袋を開けて中身を確認してみるが、寒氷ではなくて花柄模様の最中だった。

「これよ怖いの!」

立花は可愛いものは好きだが、自分が思う怖いものは苦手である。もちろんホラー映画なども苦手でこの前家で家族と見た時は妹に抱きついて内容が何も入らないようにしてた。


放課後、小雨が降っているため立花は持ってきていた折りたたみ傘を使って1人で帰る。

校門を出てしばらく歩いていると1つ目の信号で足止めをくらってしまう。小柳と相合傘した帰り道をふと思い出していると近くの建物の方から声をかけられる。

「歩美ちゃんだ!やっほ」

立花は声がした方へと振り返ると視線の先には建物に隠れて信号待ちをしている中村だった。

「恵美ちゃんじゃないのよ!そんな所でどうしたの?」

立花は雨宿りしている中村に近づく。

「今日雨降るなんて知らなかったから傘忘れちゃって…だからここで雨が止むまで雨宿りしてたんだ」

「そうなのね。だったら途中までにはなっちゃうけど私のこの傘に入る?この雨の感じだったらすぐ止むはずよ!」

「いいの?じゃあ歩美ちゃんのお言葉に甘えて途中までお願いしちゃおっかな。ありがと」

「私の傘小さいから狭いけどそこは我慢してね!可愛さ重視でこれ買ったから」

立花は折りたたみ傘に中村を入れて2人で途中まで歩きながら帰ることになった。

相合傘は小柳とした時以来だが、あの時よりも鼓動が早いのはわかった。お互いに。

「早く梅雨が終わって夏になって欲しいなあ」

「そうよね。蒸し暑いし髪のセットだって時間かかるし…恵美ちゃんは春夏秋冬だったら夏が1番好きなの?」

「夏が1番かも。過ごしやすいのは春と秋だけど、色々なイベントがあるのは夏や冬だよね。歩美ちゃんは?」

「私は完全に秋ね!食欲の秋!」

「相変わらず面白いなあ!歩美ちゃんは食べること好きなんだね」

「もちろんよ!でも私太りやすいから結局食欲の秋からのスポーツの秋になるのよね…それに食べ過ぎないように周りに注意してもらってるのよ」

2人はずっと顔を前に向いて会話しながら歩いている。そして不気味なくらいに小柳の話が一切出てこない。ここまでの2人は小柳の話題すらなければただの仲良しな友達みたいだった。

「そうだわ、夏のイベントといえば今年もあの川沿いでやってる花火大会ってあるわよね?」

毎年8月末、つまり夏休み最終日くらいに行われる花火大会の話が立花の口から出るとそれまで笑っていた中村の表情が曇り始める。

「あるんじゃないかな?ホームページ見たらわかると思うよ、もしあったとしても今年は卓也…」

「じゃあ皆で行くわよ!」

もし中村がまた小柳とデートで行くからと先に言われてしまったら小柳を誘うことが困難となってしまうと考えた立花は中村の言葉をかき消すように提案する。かといって中村を誘わないのも違うと考えた。友達としては好きだった。

だから間をとっての皆で行くことを提案した。

ある意味先制攻撃だ。

「皆…?皆って歩美ちゃんと私?も入っているとしてそれ以外だと誰がいるの?人数は?」

(やば、何も考えてなかったわ!小柳君は誘うとして他は…マナ?いや、家族を連れていくのは違うわよね。楓たちもいつメンで行きたいだろうし…誰か誰か…あ!)

「まあアイツと香織ちゃんと…宮崎君とか?」

立花は困った表情で恐る恐る中村に伝える。

アイツとは小柳のことである。名前を呼ばなかったのは気にし過ぎてあえてのことだった。

「この前の昼休みに茶道室で揃ったメンバーだね。楽しそうだとは思うけど皆もそれぞれ予定もあると思うし集まらないかもしれないよ?」

(やっぱり恵美ちゃんは遠回しに断ろうとしてるわね。もちろん理由もわかるわよ。本当は私だって2人きりで花火大会なんてビッグイベントに行って好きにさせたいわ)

「大丈夫よ!私が絶対に集めるから!それだったら恵美ちゃんも行くわよね?」

「まあ、そこまで言うなら…でも集まったらだよ?」

「約束ね!あ、もう公園前に着いたわ。残念だけどここでお別れね。花火大会の件はまた話そうね」

こうして無理やり立花は勝手に花火大会を5人で見に行くことにしてしまった。

立花は2人きりの中で小柳の話が深く出なかったことにホッとしていた。

「だね。また花火大会の件は皆と話そうね。ここまで傘に入れてくれてありがと歩美ちゃん。また学校でね」

「そうね!じゃあまたね」

「あ、そうだ」

中村は立花の傘から出ていこうとした時に何かを思い出したように立花の方に顔を向けて頬を赤らめながら微笑む。

「私、卓也に好きって言っちゃった。じゃあね」

去っていく中村の突然の言葉にカウンターをくらった立花は何も言い返すことができなかった。確かに中村は気持ちを一方的に伝えたが小柳には聞こえていない。その事を知らない立花は色々と考えてしまう。

月曜日の朝の中村の笑顔の意味やヘッドセットを買いに行った時の制服デートの言動、そして小柳は好きと伝えられた時にどう返事したか。

「やっぱり恵美ちゃんは小柳君が好きなのね…好き、ね。そういや私は嘘ついて言ってたわ」

中村の気持ちを確信した立花は自分に言い聞かせるように呟いた。

お互いに嘘をついたことは知らない。


午後7時10分頃、部活を終えた小柳と長谷川は帰る準備をして昇降口から夕方よりも勢いを増して降る外の雨の様子を見ていた。

「雨、止みませんね…」

「そうだな。長谷川は傘は持ってきてないのか?ないなら俺の傘を貸すけど」

「うっかりして忘れてしまいました。でも、家の最寄り駅からは母が迎えが来るので学校から駅までの距離くらいなら走ればすぐ着きますから大丈夫ですよ」

「そうか。だったら俺は母さんに車で学校まで迎えに来てもらうから傘使ってくれ」

小柳はスマホを取り出して母に迎えに来てもらうように連絡しようとすると長谷川は渡された小柳の傘を押し返す。

「私は本当に大丈夫ですって!それは小柳先輩のお母様にもご迷惑かかるので私は走って帰ります!では先輩、お疲れ様でした!」

長谷川は小柳と昇降口で別れると走って駅まで向かう。見送っていたがやはり心配になった小柳は傘をさして長谷川の後を追っていると雨は先ほどよりも激しく地面を打ちつけるように降り始めてくる。

(長谷川ってもしかして俺より走るの早いのか?それとも視界が悪いせいで姿が見えないのか?こんなに雨が降ってるのに駅まで走っていけるか?どこかで雨宿りしてるのかもしれないな)

小柳が走って長谷川を追っていると途中のマンションの入口付近で長谷川が雨宿りしている姿を見かけて1度は通り過ぎてしまったものの慌てて近づくと驚いてる表情で見つめてきた。

「小柳先輩…?」

「見つけた…って、長谷川ずぶ濡れじゃねえか!だからあの時に傘貸すって言ったのに…」

小柳は長谷川を見ると雨に濡れて制服のシャツが身体に貼り付き身体のラインが強調されて水色のブラジャーが透けて見える。髪の毛も濡れて毛先からは水滴が垂れる。初めて感じる長谷川の色気に小柳は圧倒されてしまう。

長谷川は小柳の目線に気づくと顔を赤くして自分の細い腕で胸を隠そうとするがそれもそれで色気を感じてしまう。

「余計に迷惑かけてしまいましたね…。小柳先輩、あまり見ないでもらえますか…?その、恥ずかしいので…」

「あ、ああ!悪い。別に変な意味で長谷川を見てたわけじゃないから。あれだよ、下着の上にシャツとか着てないのかと思ってさ!女子のそこら辺知らないから何とも言えないけど!うん」

長谷川から目線を外して必死に早口で言い訳する小柳に長谷川は笑ってしまう。

「ふふっ、小柳先輩がそういう人ではないとわかってますから。いつもはキャミソールなどで隠すのですが…たまに着るのを忘れて学校に来ることもあって…それが今日だっただけです…」

「長谷川ってしっかり者に見えてたまに抜けてるところあるよな。そういや部活で使った体操服は持ってきてるか?ここから少し歩いたところにコンビニがあるからそこのトイレで着替えた方がいいよ。そのままだと風邪引くし」

「そうですね。確か体操服は鞄の中に…良かった、濡れてないみたいです。では急いでトイレを借りて着替えて帰りますね」

「やっぱり駅まで送るよ。体操服に着替えても濡れたら意味ないからな。ほら、早く帰らないと親に怒られるだろ?」

そう言って小柳は傘を広げて長谷川を招き入れる。長谷川は傘に入るか少し悩んだが、小柳の優しさに甘えることにした。

小柳にとっては2度目の相合傘だ。

2人は歩いて近くのコンビニに向かう。

「最初からこうしてれば良かったな!長谷川もこんなに雨に濡れになることなかったし」

小柳は冗談交じりで話すが長谷川は黙って下を向いているため顔が見えない。小柳も長谷川に先程注意されたので、できるだけ顔を長谷川の方に向けないようにしていた。

早く着替えた方がいいと考えていた小柳は早歩きでコンビニに向かおうとしたが、長谷川の歩く速度が遅いため合わせることにする。

歩いていると少しづつ長谷川が傘から離れようとする。

「長谷川、また濡れてるからもっとこっちに寄った方がいい。それとも嫌だったか…?」

「いえ、そういう事ではなく…まだ私は乾いていないのでもし体が小柳先輩に当たったら濡れて迷惑じゃないですか」

「そんなこと気にするなよ。俺から誘ってるんだしこの傘の主導権を奪うくらいにぶつかってくれても負けないからな」

「ふふっ、ありがとうございます。さすがにそこまではしませんが少しだけ当たっちゃうかもしれませんね…」

その後2人は会話をしながら歩いていると15m先にコンビニの看板を見つける。

長谷川は顔を下に向けて歩いているため目の前の水溜まりを踏まないように気をつけていたが小柳はコンビニの看板を見ながら歩いているため踏みそうになる。

「先輩、危ないです!」

気づいた長谷川は小柳を止めようと腕を掴もうとするが勢い余って濡れた手は滑り腕を組んで止める。

「びっくりした…長谷川って大声出るんだな…。あ、水溜まりを踏まないように止めてくれたってことか」

小柳の肌は長谷川の密着によって当たっている部分がじんわりと制服のシャツを濡らして冷たさを感じる。かと思いきや後には温かい長谷川の体温を感じた。

「これはわざとではないですから…本当です、信じてください…」

そう言って長谷川は小柳から組んでいた腕をゆっくりと離す。2人の間に吹く風が濡れた制服に当たって冷たい。

「もちろんわかってるよ。そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいって。止めてくれてありがとな」

「いえ、少しでもお役に立てて良かったです…」

2人はコンビニに着くとトイレを借りて長谷川が体操服に着替え終わるのを外で待っていた。

長谷川は体操服に着替えてコンビニを出る前に傘コーナーを横目で見て小柳の元へ戻る。

小柳は再び相合傘で長谷川を駅まで送って別れる。

「今日はありがとうございました。小柳先輩にはいつも助けてもらっているのでこの恩はいつか返しますね」

「いいって。長谷川は気にし過ぎだから、後輩なんだし甘えていいからな?だから親に何か言われたら俺のせいにしといてくれ」

「そこまでは助けてもらえませんよ!私が原因なのでしっかりと怒られてきますね。あの…小柳先輩、最後に1つ、その、甘えていいですか?これはただの後輩のわがままなのですけど…」

「何だ?金なら長谷川の方が…って冗談。どうした?」

小柳は軽い気持ちで聞き返そうとしたが長谷川の真剣な顔を見て途中で止める。

「その、この前本屋さんで話したキャラ弁の話なのですけど…。あの…やっぱりいいです!」

「写真の感想だけでいいって言ってたやつか。俺でいいなら食べようか?多分味覚音痴ではないと思うから…多分な」

長谷川の言いたいことをなんとなく察した小柳は先輩だからと引っ込む長谷川を優しく引っ張り上げる。

「ふふっ、ありがとうございます。一生懸命頑張りますのでお願いしますね…小柳先輩、今日は本当にお疲れ様でした!気をつけて帰ってくださいね!お先に失礼します!」

長谷川は頭を下げた後に満面の笑みでさりげなく手を振ると駅のホームへと消えていった。

見送る小柳の腕にはあの時の温もりがまだしっとりと残っていた。

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