第20話 フリ

「おい、何言ってるんだ立花…」

小柳は女性に向かって曇りなきドヤ顔で制する立花に小声で話しかけるが聞こえていないフリをされる。振り回される。

「そうですよね!どこからどう見てもお似合いのカップルだと思って声を掛けさせてもらいましたから!…では、アンケートに御協力お願いします!時間はそこまでかかりません、すぐ終わりますので」

「アンケートには答えますけど少しだけここで待ってくださいね!小柳君、こっち来て」

立花は小柳を女性から少し離れたところに手招きで呼び出すと悪そうな顔をして時代劇の悪代官と町の商人みたいに小声で話す。

「せっかくだからアンケートに協力してあげない?あの人も困ってるみたいだったわよ」

「いや、そもそも俺たちカップルじゃないのに嘘ついてまで協力する方が失礼だろ」

小柳の言う通りだった。立花は可愛い頭をフル回転させてどうにかして小柳に協力させようと考える。

1度振り返って女性の姿を確認するとアンケートを取るためのタブレット機器と胸ポケットに何枚かのカードがはみ出ているのがわかる。

あれは図書カードだ。アンケートに協力するとお礼として貰えるものだと思った。使える。

「小柳君、ちょっとあの人の胸ポケット見てよ。図書カードを持ってるわ」

「そう…みたいだな。それがどうした?」

「あれはきっとアンケートに協力したら貰えるのよ。今日は月曜日、つまり週刊少年フライの発売日よね?アンケートに協力したら無料で買えるわよ?欲しくないの?」

「うっ…確かに買えるな。だとしても…」

「安心しなさい、私に合わせてくれるだけで簡単に少年フライが買えるのよ?やるわよね?」

「あのー、そろそろ答えていただいてもよろしいでしょうか?無理に協力させるのは悪いですから…」

「私が全てリードするから任せなさい。はーい!今答えますね!」

立花は無理やり小柳の腕を引っ張って女性の前まで戻ると早速アンケートが始まる。

「ありがとうございます。お2人はカップルということで同じ制服のようですが、同じ学校の生徒さんですか?」

「はいそうです。同じ学校の同級生ですね!」

「同級生っと。では、お2人はいつからお付き合いを始めましたか?」

「えっと…いつだっけ?」

(何が安心して、全てリードするだよ!いきなり俺にパスしてきてるじゃねえか!)

「俺?あー…先月くらいですね…告白されて」

小柳は立花から早速リードされなくなった事に対して呆れると同時に少し笑ってしまう。

(それは私が振られた例のやつでしょ!?そこは適当に半年とか答えたらいいのよ!)

「彼女さんから告白されたのですね!私から見ても彼女さんは芸能人みたいにもの凄く可愛い方ですけど、彼氏さんは告白された時はどのような気持ちでしたか?」

(可愛いのは当然よ!でも、確かに私が告白した時の小柳君の気持ちは知らないわね。いい質問するじゃない!このアンケート参加して間違いなかったわ!)

「また俺が答えるのか。…気持ちですか?そうですね、その、一目惚れ?されたことが生まれて初めてだったので凄く驚きましたね…」

(えぇ!?私が小柳君に一目惚れしたことになってる!?ま、まあ絡みもなかったのにいきなり告白されたらそうなるわよね。そりゃ驚くわよ…だって私よ?)

「なんと!一目惚れですか!素敵ですねぇ。その告白でお2人はお付き合いしたということは彼氏さんも好きだったということですよね?では、お2人はそれぞれをどう呼びあっていますか?」

(本当は真顔で断られたけどね!よし、ここは攻めるべきね!私にブレーキなんていらないわ…アクセル全開でぶっ飛ばすわよ!)

「そうですね、私はこや…彼の下の名前が卓也なので…たく…た…たっきゅんで、たっきゅんは私の下の名前が歩美なので…あゆぴょんって呼ばれてます!ね、たっきゅん!」

「あゆ…ああ!?はあ…ですね…」

(おい何言ってんだよ立花。立花がそんなぶっ飛んだ事言ったらこのアンケートが終わるまではそう呼ばないといけなくなるだろ。たっきゅんなんてこの16年間で1度も呼ばれたことないぞ)

「可愛らしい呼び方ですね!ラブラブだ!私もその毎日が楽しい頃に戻りたくなりますよ…では、お2人は付き合う前ではなくて付き合い始めてから好きになったところはありますか?」

「ねえ…先に答えて、たっきゅん…」

立花はわざとらしさ全開の上目遣いで小柳に甘えるように先に答えさせる。

(自分で言っててさすがに気持ち悪いと思ったけどこれはいけるわね!きっと小柳君は嘘をついてでも答えてくれると思うからそれをきっかけに嬉しいわなんて適当言って手を繋ぐわよ!逃さないわ!)

「まあ…あれですよ。素直で何事も諦めないところですかね…?そんな感じです」

小柳が女性に少し恥ずかしそうに答えると、それを隣で目を閉じて頷いていた立花は急に顔を赤くして手を繋ぐことも出来ずに立ち止まった後に俯いてしまう。きっと今の言葉は小柳の本心だと感じた。

本当に好きなのかは知らないが、少なくとも小柳は立花の素直で諦めないところを良いと思ってくれている。

そのことを知れた立花は嬉しくて仕方がなかった。体が自然と揺れる。メトロノーム立花だ。

「彼女さんはどうですか?」

「え?あ、私か!好きなところ…私のわがままに小柳君が付き合ってくれるところですね!」

「余程彼氏さんは彼女さんを愛して…小柳君?」

「おい、たち…あゆぴょん…たっきゅんだろ?」

「あ!たっきゅんです!ねー!たっきゅん!たまに付き合う前の呼び方が出ちゃうんですよー!ははは…」

「なるほど。まだ付き合って短いとそうなりますよね!羨ましいなぁ。では、最後の質問いいですか?」

(危なかったわ。小柳君が今あゆぴょんって呼ばなかったら…え!?さりげなく私のことあゆぴょんって呼んでるじゃないのよ!ぎこちなさ凄かったけど!)

「彼氏さんには貴方にとって彼女とは?彼女さんには貴方にとって彼氏とは?それぞれ教えてください!」

付き合った事も恋愛経験0の2人にとっては超難問すぎる質問だった。

いや、恋愛経験者でもドキュメンタリー番組のインタビューされてる人でも難しい質問だ。

「彼氏とは…んー、難しいですね…」

(成長させてくれる人?でもそれは友達でも家族でも同じことが言えるわよね…小柳君はなんて答えるのよ…いや、私も聞かれてるわけだし私らしい答え…私らしく…。あ、これよ!)

立花は思い立つとすぐ行動に出る。

隣に立っている小柳の手を握って指を1本1本ゆっくりと絡ませる。小柳が今どのような顔をしているかなど気にしない。

立花は恋人繋ぎ?をした手を女性の目の前に見せつけるように出すと精一杯の笑顔で答える。

「私にとって彼氏とは朝起きてから夜寝るまでずっと考えてしまう人の事です!」

女性は立花のその姿に魅力されてしまう。手に持っていたタブレットを落としそうになって慌てて掴み止める。

小柳は初めての恋人繋ぎに胸が高鳴っていた。

(待って、思いきって恋人繋ぎしたはいいけどこれっていつまでやってればいいの!?終わりを決めてなかったわ!手汗が…)

「あの、同じくです…」

小柳が答えると女性は一礼してお礼の品として図書カードを渡してくる。すぐに受け取って女性が見えない人通りの少ないところまで歩くと2人は恋人繋ぎ?をやめる。

「いきなりなんだよ…びっくりしただろ…!」

「最悪よ…恋人繋ぎできてなかったわ…指が1本ズレてて私の小指が迷子になってたわよ!」

「そんなの知らねえよ…急に立花からしてきたんだろ。俺には何が正しいかなんてわからねえよ…」

(幸せそうなバカップルを演じてインタビュアーに見せつけるように恋人繋ぎをしたのに失敗してるだなんて…こんなの笑いものよ…)

「それで立花は図書カードいらないのか?」

「私は別に図書カードなんていらないわ。それは小柳君が少年フライを買うために使っていいわよ」

「そうか。少年フライ買うのもいいけど欲しい参考書あったからそれを買うわ」

「それって前に私に話してくれた小柳君の夢が関係あるの?だったら使っていいわよ!」

「何でちょくちょく上からなんだよ。まあ、そうだな。やっぱり俺は…」

その時に立花のスマホから着信音が鳴る。

立花はバッグからスマホを取り出して確認すると妹からの着信だった。

「ちょっと小柳君ごめんね。…どうしたの?うん、そうね。じゃあお姉ちゃん帰るからそれまで待てる?わかったわ。じゃあね」

立花は電話を切ると急いでいるみたいにスマホをヘッドセットを買った時の袋に入れる。

「どうした?大丈夫か?」

「大丈夫って?ふーん、なるほどね…?電話の相手が誰か気になって仕方ないと思うから言ってあげるけど妹からの電話よ!」

「いや、それは会話の感じでなんとなくわかったけど。なんだか急いでるみたいだったから」

「そっちね…。今日パパとママが仕事で帰ってくるのが遅くなるらしいからお腹空いて早くご飯が食べたいみたいなの。ついでに寂しいだって」

「そうなのか、立花の親は共働きなんだな。だったら早く帰った方がいい」

「ごめんけど今日はここで解散でいい?私は来た道よりあっちの道から帰った方が家に近いのよ」

「もちろんいいよ。じゃあ早く妹のところに帰ってやってくれ。ゲームの設定とかは今度時間ある時に通話しながらでも教えるから。また明日な」

「わかったわ。こんな別れ方で悪いけど今日は付き合ってくれてありがとね!またね!」

立花はそう言って小柳と反対方向に小走りで去っていく。

小柳は立花の背中を見ながら姿がなくなるまで見送っていると立花はその場で10秒程止まってこちらに振り返って戻ってくる。

(あれ?立花こっちに戻ってきてないか?そうか、やっぱり図書カード欲しかったのか)

小柳がバッグの中から財布に図書カードを直していたので財布を一応取り出そうとしていると立花にバッグを掴まれる。

「そんなに強く掴まなくても…わかってるよ、本当は図書カード欲しかったんだろ?」

「その…私の家、来る…?」

立花は小柳の目をしっかりと見て走ったせいか息を切らしながら頬を赤らめて誘ってくる。

「いや、いい」

「何よ!どうせなら設定は直接教えてもらった方がいいと思ったから誘っただけよ!別に図書カードなんて欲しくないわよ!じゃあまた明日!」

「また明日…」

立花は一方的に言葉を投げつけて帰っていく後ろ姿を小柳はしばらく見つめていた。


「ただいまマナ、遅くなったわね…」

午後7時頃、立花は家に着くと妹はリビングでテレビをつけたまま眠っていた。

立花は料理ができないため食事はデリバリーをとることにして妹が起きるまで先程購入したヘッドセットを袋から取り出してみる。

「ん…おねーちゃん帰ってきたの…?」

袋が擦れる音で妹は起きてしまったらしい。

「起こしてごめんね。お姉ちゃん帰ってきたからご飯は何か頼むわよ。何がいい?」

「何それー!マナに見せて!」

妹は食欲よりもヘッドセットの箱に興味津々みたいで立花は妹に箱を見せる。

「これはヘッドセットよ。これでゲームすると今よりもっと強くなれるわ!」

「カッコイイ!なんかおねーちゃんっぽくないね!見た目可愛くないもん!」

「それは秘密よ。それでご飯は何頼む?」

2人はパスタをデリバリーすることにして届くのを待っていると立花のスマホにメッセージが届く。小柳からだった。

『家には着いたか?さっきの事だけど、断ったのは妹さんは立花を待っていて俺がいたら邪魔だと思ったんだ。少年フライのためじゃないから。それじゃ、また明日』

何度も小柳からのメッセージを読み返していると立花の口角は上がっていく。

「何回また明日って言ってるのよ…バカ」

「おねーちゃんどうしたの?なんか嬉しそう!マナに教えてよー!」

「これも秘密よ!」

立花は嬉しそうに知りたがりの妹に向かってウインクをすると妹は余計に知りたくなって立花に強く抱きついてしつこく聞いてきた。

結局中村とのデートの話は詳しく聞くことはできなかったが、立花はそれでもいいと思えるくらいの時間を過ごすことができた。

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