第19話 ヘッドセット

6月5日、月曜日。天気は曇り。

朝、2年1組の教室内では不穏な空気が流れていた。原因は立花である。

昨日の小柳と中村の水族館デートの内容が気になり過ぎてやることなすことに集中ができなくなっていた。当然ゲームでのランクも落ちた。

立花は自分の席で腕を組み、小柳の到着を待つように教室に入ってくるクラスメイトを1人1人確認する。緊張が走る。

1組の教室の奥にあるトイレに向かうため廊下を歩いていたのは中村とユリとエリの3人だった。

1組の教室を覗く中村は立花は目が合うと微笑みながら手を振ってくる。すかさず立花も同じく微笑みながら手を振り返した。そして感じる。

(絶対何かあったに違いないわ!!)

立花の小柳への気になる気持ちが止まらない。

朝礼前ギリギリに小柳が教室に入ってくると自分の席に着く前に立花は手で呼び止める。

「なんだよ立花…朝から怖い顔してんな」

「何言ってんの?可愛い顔よ!昨日は恵美ちゃんとデートどうだったのよ!?」

「ああ、その事か。それよりも…」

「それよりもじゃないわよ!私が聞いてるんだから早く答えなさいよ!」

「立花、昨日一日中ゲームしてただろ?」

「はぁ?なんで知ってるのよ?もしかして…私の部屋覗いてたの!?どうやって!?」

「違うわ。俺と立花はブレステ内でフレンドだろ?ブレステにはフレンド機能ってのがあってオンライン状態だとフレンドが今何してるのかわかるんだよ。朝と夕方と夜に確認したらずっとプレイ中って出てたからな…どれだけあのゲームにハマってんだよ!」

小柳は笑いながら答えるとその機能があることを全く知らなかった立花は恥ずかしくなって顔が赤くなり小柳を止めていた手が下がる。

「べ、別に私がゲームしてたっていいじゃないのよ!だいたい恵美ちゃんと2人でデートしてたなら確認しようがないから嘘ね!その手には引っかからないわよ!」

「それが本当なんだな。朝は出掛ける前に、夕方は恵美が急にゲームしろとか言い出して、夜は勉強の息抜きに確認した」

「恵美ちゃんがデート中にゲームしろって?…じゃなかった!違うわよ、私の聞きたいことは昨日のデートの内容で…」

「今話してもいいけどもう朝礼始まるし今日ヘッドセット買いに行くんだろ?話はその時でも別にいいだろ」

「いいけど…でもこれだけは言わせて!小柳君のせいでランク落ちたから責任とってよね!」

「は?それは立花の腕のせいだろ…何でもかんでも俺のせいにされても困るんだが」

「歩美はよー。お、小柳君もはよー」

2人が話しているといつもの3人が教室に入ってきて会話に参加してくる。

「あ、おはよう。じゃあ立花また後で」

小柳はいつもの3人に初めて挨拶を返すと自分の席に戻っていった。

2人のデートの事はヘッドセットを買いに行く時に聞くことにした。


昼休み、教室でいつもの4人は立花の席を囲むように集まって食事をする。

最近いつもの3人との付き合いが悪くなっていると感じていた立花は茶道室に行くことはしなかった。話題は井上と風間のデート話だ。

「風間君の部屋に行ったのはいいけど魔法少女?のフィギュアがたくさんあってさ…」

「マジかー。それは悪い方のギャップだね」

「まあそこは別に良いと思ったんだよ。私だって好きな俳優のポスターを部屋に貼ったりしてるし。でも驚いたというか凄く嫌だったのがマザコンだったことよ。お母さんにベタベタしてて引いたよね…」

「マザコンかぁ。男は皆マザコンっていうけど限度ってものがあるよねぇ」

「男って皆そうなの!?知らなかったわ…」

「歩美は姉妹だからわからないか!うちはお兄ちゃんいるけど…お母さんはお兄ちゃんには甘いからね。小柳君もそうだったりして?」

「小柳君がマザコン…でも単語帳には好きな人にお母さんって書いてなかったわよ!」

「そりゃ書かないでしょ!ってか、今日の朝小柳君が挨拶返してきてびっくりしたよね」

「そうそう、最近変わったよね!1年の頃は本当に空気みたいな存在だったのに。これってやっぱ歩美のおかげじゃない?」

「私じゃないわよ。元からそうだっただけよ」

「それで小柳君に告白はまだされそうにないの?」

「聞いてよ、それがその気配を感じたと思ったら違う子とデートしたりするから本当に何を考えてるかわかんないわ…」

「そうなんだ。歩美は小柳君にまだ仕返しする気持ちはあるの?」

「それは…もちろんよ!そのために頑張ってたんだけど、余りにも響かないかは最近自分でも何やってるかわかんなくなってきてるのよね」

「小柳君のこと好きになったんじゃないのー?」

「ない!恋なんかしてないわよ!…ただ、少しだけ、ほんの少しだけよ…」

「気になるんだね?」

立花は黙って小さく頷く。

「今の歩美って前より可愛くなったよね」

「確かに!可愛いの限界知らずって感じ!」

「それは元からよ!私は可愛くなくちゃ生きてる意味なんてないわ」

「大袈裟だなぁ。じゃあさ、今1番誰に可愛いって言われたい?私たちじゃないでしょ?家族でもないでしょ?…それが今の歩美の求めてる可愛さだよ」

園田に言われた立花の答えは決まってる。

いつもの3人も気づいている。


放課後、教室にていつもの3人と別れて立花は帰る準備をしている小柳の席に向かう。

「じゃあまた明日な小柳」

「またな。…どうした立花?行かないのか?」

「あ、行くわよ!早く準備しなさい!私を待たせるなんて許さないんだから!」

「今してただろ。じゃあさっさと買いに行くか」

2人は学校を出て最寄り駅の方まで歩いていく。

(求めてる可愛さね…。小柳君にもし可愛いって言われたらどうなるのよ私…喜ぶ?怒る?哀しくなる?楽しくなる?)

「可愛いな」

「へっ!?」

立花はどこか知らないところから高い声が出ると小柳は自分のスマホを見せてくる。

「ほらこれ、ピンク色のヘッドセットが猫耳になってるやつ。でも値段高いな…」

(紛らわしいわね!びっくりした…私に言ってきたかと思って変な声出しちゃったじゃないのよ!今の私の反応は可愛くなかったわね…いつ言われても可愛い反応しなきゃ!)

「そうね、可愛いわね。でも私が欲しいヘッドセットは小柳君が今使ってるやつと同じでいいのよ」

「俺が使ってるやつはシンプルな黒だし見た目可愛くないぞ?立花は可愛いの好きなんだからヘッドセットも少しでも可愛い方を…」

「本当にわかってないわね!ヘッドセットに可愛さなんて求めてないわよ!私は小柳君とお揃いがいいの!でも猫耳の可愛いわね…」

「えぇ…どっちなんだよ。まあ俺と一緒でいいならそれでいいけど…。俺はジャングルで買ったけど駅の近くにスモールビデオがあるからそこなら置いてると思う」

スモールビデオとは、日本の家電量販チェーン店ある。家電のことならスモールビデオにさえ行けば全部揃ってしまうというくらい品揃えが豊富でこの町には欠かさない店だ。

(さて、そろそろ恵美ちゃんとのデートのこと聞いていいわよね?)

「そうだ、昨日のことなんだけど聞くか?」

昨日のデートの事について話し始めたのは立花ではなく小柳からだった。

「そ、そうね!まあスモールビデオ着くまで時間あるみたいだし聞いてあげるわよ。水族館デートはどうだったの?ショーは見たりしたの?」

まずは軽いジャブで立花はチクチクと攻める。

「アシカとイルカのショーも見たし…でもラッコが可愛くてとにかくヤバかったわ!プールで貝持って泳いでいるんだぜ!?ちょうどその時写真も撮ったから見てくれ!」

(聞きたいのそれと違うわよ!しかも小柳君のこんなに輝いてる目を見たのは初めてだわ!水を得た魚ってこの事ね!?)

小柳は写真フォルダを開いて立花に近づいて嬉しそうに見せてくる。ジャブ失敗。

「な?可愛いだろ?このラッコなんてカメラ目線になってるんだぜ!名前なんだったかな…」

「確かに可愛いけど…良かったわね…」

小柳は次の写真を見せようと画面を左にスワイプすると小柳と中村が自撮りしている写真が表示されて慌てて画面を右にスワイプしようとする。

「ちょっと待って!今の!」

立花は小柳の指を止めてスマホを無理やり奪い取るとスマホに眼球が付くのではないかくらいの至近距離で見つめる。周りの通行していた老人はそんな立花を見て老眼じゃなくて羨ましいと思う。

「あの、そろそろスマホ返して欲しい…ゴーグルマップでスモールビデオの場所確認しておかないと」

「手!」

「は?手?」

「見てよこれ!小柳君は見なくてもいいわ!これって恵美ちゃんと普通に手を繋いでるわ!しかも当たり前みたいなこの表情!なにこれ!?私とはやってなかったけど!?」

「それは…昔からやってたことだし別に手を繋ぐくらい普通じゃないのか?」

「普通なの!?私知らなかったわ…。でも、確かに恋人だと指を絡める恋人繋ぎよね。これは女子同士がよくやってる手の繋ぎ方…なーんだ!」

お互いに恋愛経験0のため理解していなかった。

小柳はスマホを返してもらうとポケットに入れて歩きだすが、立花はその場で立ち止まって目を閉じて考えている。

(ん?じゃあ私も小柳君と手を繋いでもいいんじゃないの?別に恵美ちゃんと付き合ってるわけじゃないし。でも今の流れで私から繋ぎたいって不自然よね?何か自然に手を繋ぐ作戦を考えないと…)

「立花、どうした?もうスモールビデオ着くぞ」

「そうなの?じゃあ後ででいいわ」

スモールビデオに着くと2人は4階のゲームコーナーにエスカレーターで向かった。

「色々あってやっぱりこういう所来るとワクワクするわね!」

「そうだな。ついでにちょっと見たかった物もあるし来れて良かったわ」

「あくまで目的は私のヘッドセットだからね!…それで2人はデート中に何かあったりしたの?」

「まだそれ聞くのか。あ、そういやハンバーガーショップで宮崎…」

「もういいわ。早く買いましょ」

宮崎の話題が出た瞬間に立花は冷静なってゲームコーナーのコントローラーやヘッドセットが置いてある場所に着くと種類が豊富過ぎて何を見たらいいかわからなかった。

どうやらスモールビデオは最近ヘッドセットにチカラをいれているらしい。

「いっぱいあるわね…これなんてmetubeの実況プレイで配信者が使ってるの見たことあるわ…」

「それはこの中だと1番値段も質も良いやつだな。ちなみに俺が使ってるやつはアレだな」

小柳の目線の先に小柳が普段使っているヘッドセットと同じ物が置いてある。

高いところに置いてあって立花は背伸びして手を伸ばすがギリギリ届かない。

「んん…もう!なんでこんな…高いところに…」

「ほらよ」

小柳は立花が一生懸命に取ろうとしたヘッドセットをいとも簡単に手に取って立花に渡す。

「何よその得意気な顔は…ムカつくわね…」

「立花って意外と小さいよな!」

「うるさいわね!こっちは好きで小さいわけじゃないのよ!だいたい何でも小さい方が可愛いんだから!」

「そうか?何でもではないと思うけどな…。それで本当にそれを買うのか?他にもヘッドセットあるから一通り見た方がいい」

「そこはそうだねの一言で…買うわよ。これでお揃いだけど小柳君はいいの?」

「俺は別にいいけど。ヘッドセットにお揃いも何も種類自体多いわけじゃないからな。たまに知らない人とプレイするけどこれ使ってる人結構いるからな」

「そこもそうだねの一言で…まあいいわ。私はこれを使って小柳君と同じランク…いや、その上を目指すわよ!」

「俺はダイヤランクまで1年くらいかかったからな。それでも目指すなら頑張れよ」

「じゃあもし小柳君より早くダイヤランクにいったら何してくれるの?」

「そういう賭けするのかよ。…じゃあ何か1つ叶えてやるってのは?」

(これは告白してもらえるチャンスじゃないの!?ダイヤランクにさえいけば…いや、好きになったうえで告白されないと意味ないじゃない。だったら…)

「いいわよ!じゃあ決まりね!」

「待てよ。その代わり俺より後にダイヤにいったら立花が何か1つ叶えてくれよ?そうじゃないとフェアじゃないだろ」

(どうせ何か買ってくれとかそういう事よね!私が負けるはずないんだから!)

「わかってるわよ!約束ね」

「じゃあ…約束の指切りげんまんするか?」

「なによそれ?別にそんな事しなくても忘れるわけないわよね?私はすぐにダイヤランクにいくから今から震えてるがいいわ!それじゃレジ行って買ってくるわね」

立花はヘッドセットを持ってレジに向かって並んでいる途中で気づいてしまう。

(そうよ!指切りげんまんしてたら小指に触れてそのまま自然に手を繋げたじゃないのよ!!)


立花は無事にヘッドセットを購入して小柳は見たかった物も見終わると2人はスモールビデオから出て帰ろうしていたところで1人の20代くらいの女性に声を掛けられる。

「すみません、今お時間よろしいですか?」

早く帰って週刊少年フライを読みたい小柳は無視して帰ろうとしていた。

「何でしょう?」

立花はその女性に優しく微笑むと小柳は捕まったと肩を落とす。

「今ですね、雑誌のアンケートをやってまして。お2人は高校生ですか?」

「そうですよ」

「ありがとうございます。来月の特集に高校生カップルの今というのがありまして…お時間よろしければ答えていだけると有難いのですが」

(高校生カップル?この人は私たちを高校生カップルだと思って話し掛けたってことね。…これは作戦として使えるわ!申し訳ないけどこの人を巻き込んで意識させてやるわよ!)

「あの、今高校生カップルと言いませんでしたか…?」

小柳が女性に聞き返すと焦った様子で頭を下げてくる。

「はい。あれ?違いましたか!?すみません!てっきり可愛い彼女さんと買い物デートをしているとばっかり…」

「いえ、僕たちはカッ…」

「カップルです!!」

立花の一言で小柳は立花を見ながら空いた口が塞がらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る