第18話 私なりに

時刻は昼12時半。アシカとイルカのショーを見終わると2人は感想を話しながら小柳が行きたがっていたラッコプールエリアに向かった。

ラッコプールエリアに着くと、朝よりも人は少なくラッコのいる窓ガラスの前までスムーズに足を運ぶことができた。

中村の目の前にはラッコが貝を両手に持ってゆっくりと泳いでいる。

「卓也、ほら見て!ラッコがプールを泳いでるよ!ホントに可愛いね。好きなのもわかるよ」

「ああ、そうだな…」

「あれ?朝の時のテンションどこいったの!?私の背中を強く押すくらい早く見たかったんじゃなかったの?」

「いや、もちろんラッコ見れて嬉しいけど…その、緊張してさ…」

「まさか…例のアレになってるの?まだ治ってなかったんだ」

「そうだな…悪い」

例のアレとは、小柳が小さい頃に好きだったヒーローショーを見に行った時にヒーローとの写真撮影会になると余りにも好き過ぎて緊張してしまい素っ気なくなってしまった。これがきっかけとなり、トラウマとなってそれ以降小柳は好きなものに対して感情が上手く表現できなくなっている。

それを中村が知ったのは中学の頃に近くの本屋で宮武マリのサイン会があるということで小柳と一緒に行った時だった。サインを書いてもらっている時に宮武マリと話すことができるが、小柳が発した言葉は「あ」の一言だけだった。

その後小柳は中村に何度も本当に宮武マリのファンなのか問い詰められた。

とにかく、小柳は好き過ぎるとネット弁慶みたいに別人みたいになってしまうのだ。

但し恋愛においての好きという感情はこうなるとは限らない。未だに謎である。

「まあ私は卓也のことわかってるから大丈夫だよ。ちょっと卓也のスマホ貸して?写真撮ってあげよっか」

「本当か?じゃあ頼むわ。俺は撮らなくていいからラッコだけを撮ってくれ!ラッコだけでいいからな!恵美カメラマンよろしく」

「任せなさいな!私の実力見せてあげる」

こうして中村は小柳の指示でカメラマンとして懸命に働いたのであった。


それから暫くラッコを見た後は1階や3階のエリアも一通り回った2人は2階のエントランス付近にある水族館のショップを覗いていた。

ストラップやぬいぐるみなどを見ているとポーチを見つけて中村の足が止まる。

「あ、これ可愛いなあ。卓也はどう思う?」

「そうだな、水族館の生き物が可愛くデフォルメされてて良いな。使い勝手も良さそうだし」

「だよね。これ2人のデートの記念に買っちゃおうかな!…うわ、思ったより値段するなあ。んー、ひとまず保留」

値札を確認して中村は手に取っていたポーチを元の場所に渋々戻す。

「別に今日無理して買わなくてもまた次に来た時でもいいんじゃないか?すぐに無くなることはないと思うし」

「そうだね…。記念だと思ってたけどなあ…あ、もう14時だし遅めだけどお昼ご飯食べないとね。シーマリンはもう出て例のハンバーガーショップに行こっか」

食事は水族館の外にあるハンバーガーショップに決めていたので2人は出口に向かって歩いていると小柳はトイレに行きたかったみたいで中村は出口のすぐ外で小柳を待っていた。

中村はスマホでエリとユリにデートの内容で連絡していると出口から小走りで小柳がやって来る。

「悪い、待たせたな。それじゃ行くか」

「うん。お腹ぺこぺこだよ」

当たり前のように中村は小柳の手を握って歩き出す。シーマリンから歩いて5分くらいのところにハンバーガーショップはあった。

ハンバーガーショップに入るとさすがにこの時間帯は客が少なく壁にはデカ盛りチャレンジ募集と30cmの高さのハンバーガーのポスターが大きく貼ってあった。美味しそうだ。

「これ…いくか?」

「無理無理無理…!制限時間内に食べきれないと3000円だよ?お腹ぺこぺこって言ったけど私の胃袋なめたらダメだよ!」

「冗談だって。美味しそうだけど俺も無理だわ。普通にそれぞれ食べたいもの頼むか」

小柳はダブルハンバーガーセット、中村はチーズバーガーセットを頼んでテーブル席に座って商品が来るのを待った。

2人の視界に入ってくるのは斜め右奥のテーブル席で背中越しにデカ盛りチャレンジをしている男性の姿であった。

「恵美、あれ見てみ。本当にデカ盛りチャレンジやってる人がいるな。しかも1人で」

「ホントだ…ポスターで見るより大きいし凄いよね。ここから見た感じだと食べてる人は私たちと同じ高校生くらいなのにね」

2人はデカ盛りチャレンジしている男性に聞こえないように小声で話す。

「残り10分だよ!さて、食べ切れるかなー?ここにいる皆さんもご一緒に彼を応援しましょう!そーれ、頑張れ!頑張れ!」

ここのハンバーガーショップの制服を着た店長らしき人が両手をシンバルみたいに大きく叩きながら男性を必死に応援する。

周りの店員や客も一緒になって応援し始める。

「皆さん、応援ありがとう!これがもしライスバーガーなら米農家の息子としては止まることなく食べ切れるのだが…!しかし、どんな壁だろうが乗り越えてこその僕だ!こんなところで負けてなどいられない…さあラストスパートさ!もっと僕を応援してくれたまえ!」

「あの声どこかで聞いたことないか…?」

「まさかね…。あれ?壁際に松葉杖が置いてあるのが見えるけど気のせいだよね」

「気のせいだろ。いや、そうしておく。俺たちは自分の食事に集中して早く出ようぜ」

「だね。2人でいるの邪魔されたくないもん」

2人は自然と体勢を低くしてデカ盛りチャレンジしている男性に気づかれないように注文した商品が届くと静かに食べてそそくさと店を出た。

ちなみに男性はその日に3000円を失ったらしい。


16時頃、家の最寄り駅に着くと2人は小柳の家に歩いて帰った。

小柳の部屋に入ると2人はミニテーブルとベッドの隙間に横並びで小柳は胡座、中村は横座りで今日のデートの感想を話し合う。

「今日は楽しかったね!水族館は楽しかったしハンバーガーは美味しかったし…服装も褒めてくれたし…。卓也は楽しかった?」

「楽しかったよ。最近水族館に行きたいと思ってたし行けて良かったよ」

「良かった!…実はね、卓也が水族館に行きたいこと知ってたんだ。卓也ママに車で連れて行って欲しいって話してたでしょ?その後に卓也ママから私も誘われてこれはチャンスだって思ってデートの約束として卓也を誘ったんだ。卑怯だけど断れないと思ってね」

「そうだったのか。ってか、わざわざそんな事しなくても普通に誘ってくれたらいいのに」

「だよね、卓也は優しいから断るってことしないからなあ。なんか1人で勝手に色々と考えてしまって…後出しみたいになってゴメンね」

「後出しか…。あ、ちょっと待って」

小柳は学習机の上に置いていた今日デートの時に肩から掛けていたバッグを持って中村の隣に再び胡座をかいて座る。

「どうしたの?」

「やべ…無理やりバッグに詰めたから形おかしくなってるかもしれないけど…これ」

小柳はバッグの中からシワシワになったシーマリンの袋を取り出して中村に渡す。

「これ…何?開けていいの?」

「いいけど形がもしかしたら…」

中村は小柳の発言の途中でシーマリンの袋を開けると中にはショップを覗いた時に中村が欲しがっていたポーチが入っていた。

「何で…え、盗んだ…?」

「おいおい…そんな真顔で聞かれたら俺も盗んだかもしれないと思ってくるだろ!違うわ、ちゃんと金出して買ったからな」

「ホントに?いつ買ったの…?」

「言わなきゃダメか?…それはトイレ行くフリして…。あれだよ、恵美は今月誕生日だろ?だから早めだけど誕生日プレゼントというか…。そっちが後出しならこっちは先出しってことで…。笑えないか」

小柳は照れくさそうに苦笑いをすると中村はポーチを持つ手が少し震えだす。

「どうしよう…」

「え…もしかして欲しくなったか?」

「ねえ卓也、私今どんな顔してる…?」

「恵美の顔?そうだな…なんだか辛そうな顔してるかな。大丈夫か?」

(ホントにどうしよう…。今、好きって伝えたい。ドキドキが止まらなくて体が熱くてどうにかなりそうな程この気持ちを吐き出したい…)

静かな小柳の部屋に今にも小柳に鼓動の音が聞こえてしまうのではと中村は不安になる。

「だ、大丈夫…。そうだ、卓也はいつも通りゲームしていいよ!私隣で見てるから」

「え、ゲーム?いきなりか?いや、別に今はゲームをやりたい気分じゃ…」

「いいから早く!リモコンでテレビ付けて、コントローラーでゲーム機を起動してっと…」

中村はコントローラーを小柳に力強く渡す。

「急にどうしたんだよ…。何?俺はいつも通りゲームをやってればいいんだな?意味わかんないけど…」

(息が荒くなってきた…深呼吸しても落ち着かないよ…。プレゼントのありがとうの一言すらまだ言えてないのに。まだ卓也に好きになってもらってないのに。今伝えたらこの関係がきっと終わってしまうのに。…なのに今伝えたい)

「いつも通りでいいよ…。じゃあ私はこの前の漫画の続きを読みながら隣でゲームしてるの見るかな!…あっ!」

その時だった。中村は漫画が置いてある棚に漫画を取りに行こうとその場で立ち上がろうとするがスカートの裾が引っかかってしまい小柳の方へ勢いよく倒れ込んでしまう。中村の鼓動がさらに早くなる。

「恵美大丈夫か!?」

小柳の胡座の膝の隙間に顔からダイブしてしまって埋まったような見た目になる。小柳の隙間に中村の顔がホールインワンだ。

「ごめん…ロングスカート慣れてなくて引っかかっちゃった…もう…恥ずかしいよ…」

「慣れてないなら仕方ないんじゃないか?恵美が大丈夫ならいいけど」

体ごとゆっくりと回転させて膝枕の状態に頭を下げると中村は顔を真っ赤にして小柳を恥ずかしそうに見上げる。

「ねえ、もう少しだけこのままでいいかな…?このままがいいな」

「俺は別にいいけど…その体勢辛くないか?」

「これがいいの。この角度からの卓也初めて見たよ。…ほら!早くゲームして。ヘッドホン?もちゃんとしてね!」

「俺だって初めて…って何なんだよ。ヘッドセットしてこの状態でゲームをやってればいいのか?」

「そう。お願い…」

「わかったよ。ヘッドセットして集中してるから声掛けてきても気づかないからな。何かあったら肩叩いて呼んでくれ」

そう言って小柳はヘッドセットを装着してゲームを始める。ゲーム画面を確認すると小さく笑う。その理由は中村にはわからない。

(無理やりゲームさせてゴメンね。でもこれでいいの…。私なりに頑張るね。今はこれが精一杯なんだ)

中村は小柳の名前を呼んでも聞こえていないことを確認すると小さく呟いた。

「ねえ、卓也。………………好きだよ」

小柳はヘッドセットでゲームに夢中で中村の言葉は聞こえない。小さな息遣いしか中村には返って来ない。

口にしたことにより、少しずつ気持ちが落ち着いてきた中村は一息つくと幸せそうにポーチを両手で持って小柳が真剣な顔でゲームをしている姿を見上げていた。


午後6時半過ぎ、辺りは暗くなり階段前からご飯の準備ができたと小柳の母が小柳を呼ぶ。

中村はスカートの裾を気にしながら座る。

「じゃあ私帰るね。今日はありがとう、これ」

「え、やっぱりいらなかったか?」

中村は誕生日プレゼントとして小柳から貰ったポーチを小柳に返す。

「違うよ!…やっぱり誕生日プレゼントだから誕生日に貰いたいなって。だから」

「誕生日に渡して欲しいってことか?俺はいいけど今日から使いたいとかないのか?」

「わかってないなあ!誕生日に私に直接渡しにきてね!」

そう言いながら中村は先程まで膝枕をしていた小柳の膝を指で軽く押すと痺れていた小柳は言葉にならないような声で苦しそうにする。

「ははは!やっぱり痺れてたんだね!我慢しないで言ってくれたらどいたのに!」

「別に…いいって…俺が言っ…たからな…」

「家まで見送ってもらおうと思ったのにこれじゃ無理だね!じゃあここでいいよ!」

「見送り…って…家隣じゃねえか…」

「あー、そんなこと言うんだ?そんな卓也にはお仕置だよ!」

再び中村は満面の笑みで小柳の膝を指で軽く押すと苦しそうな表情で中村に謝る。

いつもの時の2人と初めての時の2人、今日1日で2つも味わうことができた中村は忘れられない幸せなデートとなった。

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