第16話 シュシュ
6月2日、金曜日。天気は曇り。
朝、立花は自分の席から小柳とクラスメイトの男子が会話している様子を微笑ましく見ていた。
この前起きた小柳の突然の挨拶事件以降、少しづつだが小柳は立花以外のクラスメイトとも話すようになっていた。
「前のシーズンダイヤだったってマジ?」
「まあな。でも最近は前みたいにガッツリはやってないから今はプラチナで止まってるけど」
「マジかよ!プラチナでも十分凄いって。俺なんて毎日やってもプラチナすらいったことないし…小柳はキャラは何使ってるの?やっぱ索敵系?」
小柳とクラスメイトの男子は立花とこの前寝落ち事件時に2人でやっていたゲームの話をしている。
そのゲームではランクと呼ばれるシステムがあり、ブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナ→ダイヤモンド→マスター→プレデターの順に強さが決まる。小柳は高校入ってから学校以外はほぼこのゲームをやっていた。
実は立花も寝落ち事件の後もすっかりハマっていて父のブレステを自分の部屋に無理やり持ち込んでプレイしていた。
(これは話しかけるチャンスね!ってか、普通に話しかけたらいいじゃない。いつもそうしてるのに…でも今はクラスメイトの男子と楽しそうに話してるし邪魔しちゃ悪いわよね。せっかく空気君から変わろうとしてるみたいだし…)
立花は2人を少しだけ羨ましそうに眺めているとクラスメイトの男子は立花を見る。立花は微笑んで軽く手を振ると男子は小柳の席を離れてこちらに近づいてきた。
「あの、ちょっといいかな。立花さんもあのゲームやってるって本当なの?」
「え?やってるけどどうしたの?」
「小柳から2人でやったことあるって聞いてさ。良かったらでいいんだけど…今度俺と一緒…」
「小柳君はどこまで話してたの?」
立花は小柳に寝息を聞かれた話までしていたのかが1番気になり男子の会話の途中で割り込む。
「え?どこまで?俺が聞いたのはただ2人でやったことあるけど下手くそだったって…」
それを聞いた立花は椅子から立ち上がって男子をその場に置いてけぼりの状態で小柳の席まで向かう。
「小柳君!私が下手くそって話したみたいね!」
「おはよう立花」
「おはよ…じゃないわよ!挨拶なら毎朝メッセージで送ってるでしょ!違う、そういうことじゃなくて」
「あの一方的に送ってくるやつな。立花と1回遊んだ時の話を聞かれたから俺はそのまま話しただけで…」
「家族よりも1番に私のおはようをあげてんのよ!もっと喜びなさい。まさかとは思うけど、寝息のことは話してないわよね…?」
「はいはい。それは話してないけど」
「それならいいわ。あと、私もう少しでランクゴールドだから!前より上手くなってるのよ!」
「あの後もやってたのか。どうせマッチした仲間が強かったからじゃないのか?」
「だったら今度また一緒にやるわよ。私が強いってこと証明してやるわ!」
「ランク戦だったら立花がシルバーなら俺と2つ離れてるからできないけどカジュアル戦だったらいつでもやってやるよ。今度は途中で寝るなよ?」
小柳は立花が寝落ちして1位になった時を思い出して笑うが立花は小柳に寝息を聞かれたことを思い出してからかわれてると感じる。
「バカ!私より頭良いけどバカ!」
顔を赤くして立花は自分の席に戻るといつもの3人が教室に入ってきて、結局クラスメイトの男子は立花に一緒にゲームがしたいと誘うことはできなかった。
昼休み、茶道室には立花と小柳の2人きりだった。長谷川はどうやら後で来るみたいだ。
中村は2人きりで話したかったみたいでメッセージで茶道室に誰がいるか小柳に聞いた後に来るのをやめた。
「勝って負けての繰り返しで中々ゴールドに上がれないんだけどどうしてだと思う?」
「立花は設定で感度とかいじってるか?自分に合ったやつでプレイした方がいいよ」
「小柳君と一緒に遊んだ時から何もやってないけどそんなに違うものなの?」
「それじゃ初期設定だな。俺は設定してからだいぶ変わったな」
「そうなのね。じゃあ今度教えなさいよ」
「いいけど慣れるのに時間かかるかも。俺も時間かかったし」
「それはいいわよ。あとヘッドセットはやっぱり持ってた方がいいの?」
(自然な流れを作り出す私立花歩美!実はこれ、放課後制服デートを狙ってるのよ!ヘッドセットを持ってないからおすすめを聞く、よくわからないから買い物に付き合わせる=放課後は制服で買い物、つまり…放課後制服デートになるわけよ!)
「そりゃヘッドセットでプレイする方がいいよ。足音や銃声がどこから聞こえるとかこのゲームじゃ重要だからな」
(かかったわ!これは小柳君が好きで遊んでるゲームだから拒否するわけないわね!)
「やっぱり必要よねー。ヘッドセット持ってないから私も買おうか考えてるところなのよ…あ、小柳君のおすすめのヘッドセット教えなさいよ」
「俺が今使ってるヘッドセットは値段もそんなに高くないしレビューも高いからおすすめだな」
「じゃあ…」
「わかったよ。今メッセージでジャングルの商品ページのURLを立花に送るわ」
(違ーう!!)
ジャングルとは大手通販サイトで基本的な物は何でも揃っていて安い値段で販売されている。
ジャングルプライム会員になると配送料が無料になったり映画やテレビ番組など観れるため立花は家族で会員になっている。
ただ今回は利用する予定はもちろんなかった。
スマホを取り出してジャングルのアプリを起動しようとする小柳と手を立花の手が止める。
「なんだよ、せっかく親切に送ってあげようと…」
「URLなんていらないわ。私の買い物に付き合いなさいよ!」
長谷川は立花の付き合いなさいよの発言の時に運悪く茶道室のドアを開けて入ってくる。
「遅くなりまし…え?」
「あ、香織ちゃん!今日は遅かったわね」
立花は小柳に止めていた手を離して長谷川に近づいて迎え入れる。
「は、はい。あの、私出ていきましょうか?」
「なんでよ。今日もお弁当箱大きいわね!」
「長谷川、まあ座って弁当食べたら?」
「はい…では失礼して…」
長谷川は茶室に上がって立花に隣に座るように案内されて座る。
「それで今日の放課後はどうなのよ?」
「今日は部活あるから無理だな。…そうだな、来週の月曜日ならいいけど」
(月曜日って週刊少年フライの発売日よね。小柳君から月曜日ならいいってことは…ついに!ついに私は週間少年フライに勝ったの!?優先順位が変わったってことじゃない!)
立花が小柳に告白した日に大事な用事としてある意味ライバルだった週刊少年フライ。小柳の変化を感じた立花は思わず笑顔になってしまう。
「じゃ、じゃあ月曜日の放課後でいいわよ?」
「なんで嬉しそうなんだよ…わかった、月曜日の放課後な」
「別に!香織ちゃん!良かったら私のお弁当全部あげるわよ!」
「立花先輩、急にどうしたんですか…?」
立花は嬉しくなると気が大きくなってしまう。
長谷川が付き合うの意味を知ったのは部活の時だった。
放課後、2年3組の教室にて。
「ついに明後日だね中村さん!」
友達と帰ろうとしていた中村に話しかけてきたのは松葉杖でゆっくりと近づく宮崎だった。
中村は友達を廊下に待たせて1人教室に残って少しだけ宮崎と話すことにした。
お互いに教室の後ろの壁に体をつけて話す。
「よく覚えてたね宮崎。そうだけど、なんか変に意識しちゃってて楽しませてあげられるか不安なんだよね…」
「そんなことで悩んでいるのかい?まずは自分が楽しむことだね。自分が楽しまないと相手すら楽しませることは無理だと思うよ!」
「それは確かにそうだね。宮崎は私を応援してくれてるの?」
「そりゃそうさ!協力関係に近いが君たちが上手くいけば僕たちも上手くいくからね!」
「もの凄い自信だけど、たとえ私たちが上手くいったからって宮崎たちが上手くいくかはわからないよ?歩美ちゃんは1度卓也に振られてるのにそんなの気にしてないみたいだし…」
「そこさ!ずっと僕の中で引っかかっているんだ。この前直接本人に聞いた時に感じた違和感、僕の勘だがあれは何かあるね。だが僕も同じように気にしてないのさ!彼女は僕にこそふさわしい!中村さんもそう思っているんじゃないのかい?彼は自分にこそふさわしいと!」
「私にこそふさわしい、か…正直それはわかんないかな。…でも、誰にも取られたくないよ」
「中村さんをそこまでの気持ちにさせる彼は凄いね!なぜ彼のことを好きになったんだい?良かったら聞かせてくれないかな」
そう宮崎に言われると中村は前の黒板を見つめて自分の過去を黒板に描くように話す。
「そうだなあ…家が近所で小さい頃から仲良くしてたから毎年バレンタインデーとホワイトデーにチョコを送りあってたんだよ。でもそれは本命とかじゃなくて恒例行事みたいな感じでお互い義理チョコだったの。中学1年の時にいつものようにバレンタインデーに義理チョコを送ったんだけどホワイトデーに返ってこなくて…私はね、そこで自分の気持ちに気づいたんだけど、その2日後に卓也がくれたの。それは義理チョコじゃなくてシュシュだったんだ。遅れて悪い、これ似合うと思うからって」
「なるほど、中村さんがいつもシュシュをしてる理由でもあるんだね。なんとも素敵な話じゃないか!僕と同じくらいのいい男だ!」
「でもね、それは多分バレンタインデーのお返しを用意してないって卓也ママに言われて仕方なく買いに行ったんだと思う。それでも卓也が自分自身で選んでくれたってだけで凄く嬉しくて。そのシュシュは今でも大切にしてるんだ。この前歩美ちゃんも可愛いって褒めてくれたの。って、なんでこんな話してるんだろ…宮崎って聞き上手だね。つい聞き出されたよ、ははは…」
「僕は器用なのさ!全てにおいて上手だよ!全て上手さ!そんな言葉はないかもしれないがね…あ、立花さんには好かれ下手じゃないか!」
「なにそれ面白い!…前はね、ずっとこのままが良いと思ってたけど…今は卓也に選んで欲しいと思ってるの。今度は私自身を」
「なるほど。…どうだい?ここまで聞き出した僕のおかげで不安なんかどこかに消えてしまったんじゃないかい?」
「あ、ホントだ。2人で遊ぶのなんて別に久しぶりじゃないのにね。意識し過ぎておかしくなってたかも。宮崎、話聞いてくれてありがとう。宮崎が他の生徒に好かれる理由が少しわかった気がするよ」
「ねえめぐみん、そろそろ電車来るから私たち行くけど…」
「どういたしまして!廊下で友達が待ってるみたいだし今日はここまでだね。まあ中村さんが彼を好きな理由もわかったしお互い頑張ろうじゃないか!今度は僕が立花さんを好きになった理由でも話してあげるからさ!」
「そうだね。また月曜日にでも。じゃあね」
中村は廊下に待たせていた2人と合流して宮崎が残る教室から去っていった。
「ごめんね、待たせちゃって」
「私たちは大丈夫だよ。結局めぐみんは明後日はどっちのパターンで行くの?」
「そうだなあ…エリとユリに選んでもらったミニスカートコーデかロングスカートコーデかでしょ?まだ悩んでるんだよね」
「そうそう。私はミニスカコーデが良いと思うな!やっぱりギャップよ!」
「それはエリが選んだからでしょ!だったら私はロングコーデの方が良いと思う!あの立花さんがこの前のデートの時にどんな服装だったかにもよるかもね…」
「大丈夫。私は歩美ちゃんにはなれないから私なりのやり方で頑張ってみるよ」
こうして中村は明後日の小柳とのデートに向けて自分の気持ちを高めることができた。
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