第14話 茶道室

5月31日、水曜日。天気は曇り。

昼休み、立花は1人で食堂に来ていた。

今朝は寝坊して慌てて家を出たため立花は母の手作り弁当を忘れてしまった。

久しぶりに1人での昼食。昼食後はその足で茶道室に行くため、いつもの3人にも断って1人でさっさと食事を済ませる予定だった。

もちろん食堂に来ている生徒達の視線は1番隅のテーブル席で日替わり定食を食べている立花だ。本日はしょうが焼き定食である。

(最近可愛くて見られてるのか小柳君に告白して振られた人として見られてるのかわからなくなってきたわね…私の可愛さもまだまだね)

「あれ?立花先輩…?」

声を掛けてきたのは自称茶道部と言い張る唯一絡みのある後輩、長谷川だった。

「あら?香織ちゃんじゃない。今日は茶道室でお弁当食べないの?」

「それが友達に誘われまして食堂でお弁当を食べてました。立花先輩も珍しいですよね」

「そこ座っていいわよ。私は家にお弁当忘れてこのとおりね」

「では失礼しますね。そうですか。私は初めて食堂に来たんですけど値段は安いのに量があって美味しそうで凄いですね」

「初めてなの?そっか、いつもお母さんと作ってるって言ってたもんね。前に1口もらった時美味しかったし…香織ちゃん、嫁にこない?」

「私が立花先輩のお嫁さんですか?ふふっ、なんだか楽しそうですね。そういえば立花先輩に聞きたいことがありまして…」

「立花さん!いるのだろう!?僕の声が聞こえたのならハンズアップしてくれ!」

「うわ、この声は…」

「どうかしました?」

「香織ちゃん!オーラ消して!早く!奴が…奴が来るわよ…」

「え、どういう事ですか!?」

「あの眩いオーラ…!やあやあ立花さん!と、はじめましての方!おじゃまするよ!田中たなか君、ここに置いてくれ!」

弁当箱を持った宮崎が松葉杖を壁に立て掛けて指示すると一緒に来た田中と呼ばれる生徒がテーブルの上にハンバーグが乗った皿を置く。

「勝手に座ってるし。何しに来たのよ」

「立花さんが食堂にいると天の噂で聞いて一緒に食事でもと思ってね!ご飯はあるからハンバーグだけ頼んでおいたのさ!」

宮崎は弁当箱を開けるとびっしりとお米しか入っていない中身だった。

「お、お米が光ってますね…!」

宮崎の弁当を見る長谷川の目がお米同様に光り輝いている。

「これは僕の家で作っている自慢のコシヒカリさ!君も見る目があるね。でもあまり直視しないでくれよ、綺麗な肌が日焼けしたら大変だ!」

「何言ってんのよ。早く食べて茶道室行こ…」

「立花先輩が茶道室に行くということは小柳先輩と仲直りしたんですね!良かったです」

「そうね。お互い悪かったというか…まあ終わったことだからもういいのよ」

「ん?2人は喧嘩でもしてたのかい?立花さんを泣かせるなんて…僕は許せないよ…」

「いや、喧嘩じゃないし泣いてもないから!この通り笑顔よ」

立花はニカッと笑って笑顔を宮崎に見せつける。

「女神だ…その八重歯までも美しい…」

「なんなのもう!私もう食べ終わったから茶道室行くから。香織ちゃんも一緒に行く?」

「私は後で行きますので先に行ってもらって大丈夫ですよ」

「わかったわ。じゃあまた後でね!」

「また後で立花さん!」

「アンタじゃないわよ!」

立花は長谷川と宮崎と別れた後に食器を返却して茶道室に向かった。


立花が茶道室の前に着くと中から話し声が聞こえてくる。どうやら小柳1人だけではなさそうだ。

立花は茶道室のドアを開けると目の前の茶室には小柳と中村が横並びになって楽しそうに会話をしていた。

「やほ、歩美ちゃん」

「恵美ちゃんも来てたのね!あ!挨拶君もいるじゃないのよ!」

「やめろよそのあだ名…」

「挨拶君って何?」

「恵美ちゃん聞いてよ、今日の朝ね小柳君が教室に入ってきていきなり挨拶し始めたの!周りのクラスメイト全員ポカーンだったわよ!」

立花は中村の隣に座って今日の朝礼前の出来事を嬉しそうに話す。

「待て!挨拶は基本っていうだろ?だからやっただけで…まさか誰も返してくれないなんて思わなかったんだよ…立花も笑ってないでフォローしてくれても良かっただろ…」

「そうだよね、挨拶は基本だね。でも間違えてるよね」

「恵美まで言うなよな。いつも自分の席に着いたら寝るけど寝る姿勢で恥ずかしくて顔上げられなかったから…」

「よしよし、頑張ったね。でも何で急にそんな事しようと思ったの?」

「え…?まあ…気持ちの変化というかなんというか…」

「気持ちの変化ね。そっか」

(ん?気持ちの変化って事は…私への気持ちも変化したってことじゃないのこれ!?ようやく私の魅力に気づき始めたのね!?)

「2人はさっきまで何の話してたのー?」

(わかって聞いたわ。実は私のことが好きでみたいな話を恵美ちゃんに相談してたはずよ!)

「私達?えっとね、今度の日曜に水族館デートしようって話してたの」

(なるほど!デートの話ね!…デートの話!?)

「え!?デートって誰と誰が…?」

「私と卓也でだよ」

(はぁ!?私がいるのに他の女…恵美ちゃんとデート!?…いや、待ちなさい歩美。私はそもそも付き合ってないし好きになられてるわけでもない。ってことは小柳君の自由じゃないのよ!)

「へ、へえ。デートね。小柳君は水族館好きだっけ?」

「好きだけど」

(そんなこと単語帳に書いてなかったじゃないのよ!そもそもあの単語帳はホントに小柳君が書いたものなの?もしかしてゴーストライターがいたりして…?だとしたら知らない誰かの情報で頑張ってる私凄すぎない!?いや、落ち着きなさい歩美。映画鑑賞が趣味は本当だったじゃない!ってことは本物じゃないのよ!)

「た、楽しそうね!私も水族館行きたいわ」

「ごめんね歩美ちゃん。私は卓也と2人きりで行きたいの。また今度一緒に行こ」

「わかってるわよ、デートなんだから。楽しんできてね!ね!小柳君!ね!」

「は、はあ…」

「ん!?デートだって!?」

「まさか…この声は…」

茶道室のドアが開くと松葉杖姿の宮崎と宮崎の弁当箱を持っている長谷川がいた。

「さあ!再会のお時間だよ立花さん!おお!それに小柳君に中村さんまで!」

「宮崎がどうしてここにいるの?」

「長谷川さんに連れてきてもらったのさ!まさか君たちまでいるとは思わなかったよ」

「長谷川、なんで連れてきたんだよ」

「香織ちゃん、なんで連れてきてんのよ」

息ぴったりに小柳と立花の声が揃う。

「宮崎さんが茶道室に行ってみたいと言っていたのでつい…ダメでしたかね…?」

「まあいいじゃないか!長谷川さんも気にせず座るといいさ!僕は立花さんの隣に座らせてもらうかな!」

「なんでアンタが茶道同好会側みたいになってるのよ!まあ座っても足が痛くないなら隣に座ればいいわ」

「何仕切ってんだよ。長谷川は俺の横に座りな」

こうして小柳、中村、立花、宮崎、長谷川の5人が揃った。

「はい。あの、そちらの方ははじめましてですよね。小柳先輩と同じ茶道部の1年2組長谷川香織です」

「よろしくね。私は2年3組の中村恵美だよ。卓也と同じ部活ってことはお菓子食べて無理やり入部させられたの?」

「ふふっ、小柳先輩はそうらしいですね。私は…元々茶道に興味があって入りました」

「この奥ゆかしい長谷川さんは御屋敷のお嬢様なのさ!納得の入部理由だね」

「なんでアンタが香織ちゃんのこと詳しく知ってんのよ。さっきはじめましてじゃなかった?」

「立花さんがいなくなって2人で話した時に知ったけど僕の家の畑近くに立派な御屋敷みたいな家があってどうやらそこが長谷川さんの家らしいのさ!これは偶然なのか必然なのか…」

「そんな立派といえる御屋敷ではないですよ!周辺に畑が多いため不自然で目立ってしまう大きめの家というだけです。その、御屋敷はやめてください…恥ずかしいので…」

「そうなのか。親が厳しいってのは聞いてたけどお嬢様だったなんて知らなかったわ。長谷川…昔その名前を聞いたことあるようなないような」

「ほ、本当ですか?きっと一人娘だから厳しいのであって他は皆さんと同じですよ!」

「私は妹がいるから違うのかな」

「私はお兄ちゃんいたし…その言葉を裏返すとそれだけ大事にされて愛されているってことだよね」

「もう私の話はいいですよ!恥ずかしいです。それより先ほどデートがどうとかって…」

長谷川の言葉に反応するように宮崎は小柳の方に顔を向けて確かめる。

「それだ!小柳君が誰とデートするのかい?」

「まあいつもみたいに遊びに行く感じだけど」

小柳の発言に中村は考えてしまう。

(ここでハッキリさせないといつもと同じになってしまう…それじゃ前と変わらないのに…)

「デートよ!ね、恵美ちゃん?」

立花が中村に純粋な気持ちで質問する。まるで立花にフォローされた気分になった。

「え?あ、そうだよ…うん」

(歩美ちゃんが言ってくれたから言えたけど…そっか。助け舟くれるってことは私は歩美ちゃんに相手にもされてないんだ…)

「そうか!じゃあ僕は立花さんとデートを!」

「さあそろそろ昼休みが終わるし教室に戻るわよ」

「このスルーが段々癖になってきたよ!でも僕は誘い続けるよ!たとえ火の中水の中!」

「小柳先輩、今日は部活がありませんので私が職員室に茶道室の鍵を持っていきますね。それと…いや、仲直りできたみたいで良かったですね!」

「あの時は迷惑かけたな。わかった、鍵の件は長谷川に頼むな」

初めての5人での時間が幕を閉じた。

これから先繋がりはより深くなっていく。


放課後、2年1組の教室にて。

「さあ小柳君帰るわよ」

「そっか、気をつけてな」

「違うわよ!一緒に帰るわよってことよ」

「ああ、なんだ、そういうことか。わかった」

立花は小柳を誘って一緒に下校する。今日は小柳の部活がないためチャンスだと思った。

校門を出ていつもの帰り道を歩いていると立花の質問が飛んでくる。

「ねえ、聞いていい?ってか答えなさいよ」

「なんだよ怖い顔して…」

「私とこの前小柳君と一緒にしたのって何だったっけ?忘れるわけないわよね?」

「この前?…最近立花と色々ありすぎてわからねえよ」

「自分で思い出しなさい!じゃあヒントは最初の文字がデ!これなら答えやすいんじゃない?」

「デ?…デビューした高校生の話」

「殺されたいの?今日の鞄重いわよ」

「ごめんなさい…。初デートはハだからなぁ…」

「それよ!めんどくさいわね。もうこの際ハでもデでもどっちでもいいわ。そのデートをしたわよね?この私と!それなのに今度は恵美ちゃんとデートするわけ?」

立花は小柳に逃げ場などつくならないように体を近づけて詰め寄る。

「恵美はああ言ってたけど一緒に水族館に遊びに行こうって誘ってきたからな?その時はデートって一言も言ってなかったし立花が茶道室に来てからそう言ってただけで。前にも言ったけど俺は恵美を兄…」

小柳は中村に言われたことを思い出して途中で言葉を詰まらせてしまう。目を逸らす。

「なによ?」

「いや、なんでもない。別に予定が空いてたしいいだろ」

「いいけど!しかも小柳君が水族館が好きだとか知らなかったんだけど!単語帳に書いてなかったわよ!」

「だって質問に書いてなかったからな。質問に書いてあることはちゃんと書いてたろ?」

「まあ…いや、好きな異性のタイプとか好きな異性の仕草とか書いてなかったわ!どうせなら今ここで教えなさいよ!」

「それは特にないというかわからないから書いてないだけで…」

「特にないってことは恋愛経験ないのね」

「うるせえな。そういう立花はあるのかよ」

(私はもちろん…あれ?私ってこれまで振り続けてはいるけど付き合った経験はないじゃない…でも私に釣り合う相手がいないだけで小柳君とは違うわ!)

「そ、それなりよ!だったら好きな女性芸能人とかいないわけ?それで好きな異性のタイプがわかるじゃない」

「好きな女性芸能人か…。んー、最近はテレビ見ないからわからんけど。そういや中学の頃に好きだったのは広高ひろたかってドラマの宮武マリ《みやたけまり》が好きだったな」

広高とは、2人が中学2年生の時に流行っていた学園ドラマである。正式名称は広くて狭くて高くて低い。

「広高のマリね!あのドラマ私も見てたわよ。でも最後がバッドエンドで好きじゃなかったわ」

(なるほど、宮武マリね。見た目は綺麗系で奥手な性格の雰囲気が…って全く私と違うじゃない!むしろ真逆よ!…周辺だと恵美ちゃんとも違う気がするわ。1番近いのは…香織ちゃんだわ!)

「そうそう、最後改造手術受けて好きな人を殺した相手を殺すっていう急展開だろ?…あれ途中で脚本家が変わっておかしくなってたもんな。その割に高評価で円盤売れまくったらしいし」

「ドラマの話はどうでもいいわ!小柳君は香織ちゃんのことはどう思ってるわけ?」

「急になんだよ。長谷川のこと?…うーん。後輩」

「それだけなの!?もういいわ…」

全く参考にならなかった。


立花は小柳と別れて家に着くと自分の部屋に籠って早速次の作戦を考える。

「とりあえず今度またデートして…デート…あれ?ちょっと待って。恵美ちゃんからデートの誘いをしてたって事は…もしかして恵美ちゃんって、小柳君のこと好きなんじゃないの!?」

立花はようやく気づいてしまう。

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