第13話 変化

5月29日月曜日。天気は雨。

平年より1週間早い梅雨入りの報道が流れる。

朝、立花の学校へ向かう足は重かった。

小柳が喜ぶと思って行動した結果、最悪な事態を招いてしまったのだ。

気を紛らわすようにバラエティ番組をスマホで見ながら徒歩で登校するも全く笑えない。話すら頭に入ってこなかった。

学校に着いて教室に入るといつもの3人は昨日の合コンの話で盛り上がっている。

立花が自分の席に座ると昨日抜け出していたことを聞かれてありのまま起きた事を話した。

「そんな事があったんだね。あの空気君…小柳君が怒るって事は何かあるって事かなぁ。今そこに居るし歩美からだと聞きづらいと思うから私達が聞いてこようか?」

「大丈夫、それはしなくていいわ。これは私が起こした事だし私でなんとかしないとね。それより桜田君とはどうなったのよ?」

「桜田君とは連絡先交換して今度2人で遊びに行こうって話を今メッセージでやり取りしてたところなんだぁ」

園田は嬉しそうに立花に話す。立花もいつもの3人と同じく笑っていたつもりだったが、小柳の姿を何度か目で追っていた。

昼休み、立花はいつもの3人と教室で昼食を済ませると茶道室には行かずに雑談をしていた。

茶道室には小柳はいるが、長谷川もいるため2人きりで話す事ができない。

放課後は小柳は部活がある。通話やメッセージで聞き出すのは私らしくないと手を止める。

この日、嘘の告白をしてから初めて小柳と立花は学校の中で会話を交わすことはなかった。


夜6時過ぎ、小柳は茶道室で道具の片付けをした後に体操服から制服に着替えると長谷川と交代して長谷川が茶道室から出てくるのを待っていた。

スマホに1件メッセージの通知あり。確認すると小柳の母からだった。

『頼まれた少年フライ買っておいたから( " )b』

今日は週間少年フライの発売日。部活があるため小柳は母にお願いしていた。

「小柳先輩すみません、待たせてしまって…」

長谷川が茶道室から出てくる。

「大丈夫。じゃあ帰るか」

小柳は茶道室を消灯して鍵を閉めると職員室の中にある部室や体育館の鍵が置いてある鍵置き場に茶道室の鍵を戻して職員室を出る。

靴箱で靴に履き替えて傘をさして長谷川を学校の最寄り駅まで送っていく。

部活がある日はこれがパターンだった。

お互いの傘が当たらないようにいつもより少し離れて歩く。

「今日もお疲れ様でした。小柳先輩もそろそろお茶を点てませんか?」

「俺はいいよ、作法もよくわからないし長谷川を見てるだけで」

朝から小雨が降り続いてできた水溜まりを避けながら話していた。

「そうですか。でもずっと見られてるのって緊張するんですよ。特に今日はその、見られてる気がしましたけど何かありましたか?」

「え?いや、別にいつも通り上手く点ててたと思うけど」

「違いますよ。私の事ではなくて小柳先輩に何かあったのかなと思いまして…」

「俺?まあ…そうだな。全部俺が悪いけど…」

「それは…もしかして立花先輩との事ですか?」

「何でわかったんだ…?」

「ですよね。それは、立花先輩が昼休みに茶道室に来なかったのは何か用事でもあったのかな?と思ってました。でも今日1日小柳先輩から立花先輩の話が1つもなかったので気になっていたんですよ。これは何かあったのかなと」

「なるほどな、名推理だ…。長谷川って人のことよく見ているんだな。正解だよ」

「人のことというか…それで立花先輩と何かあったんですか?」

「それは…俺が中学生の時に…いや、やっぱり…そうだな」

「小柳先輩、無理しないでいいですよ。私はいつでも話を聞くので話したくなった時に話してください」

「悪いな。やっぱり先に解決しないといけない問題があるからその後にでも聞いてくれ」

「わかりました。私はいつでも待ってますね」

小柳は長谷川を駅まで見送った後に立花としっかり話し合わないといけないと思った。


5月30日、火曜日。天気は雨時々曇り。

放課後、立花は公園にて小柳を待っていた。

この公園で立花は初めて小柳に冷たい態度をとられた。この公園で始まった事はこの公園で終わらせようと考えて今日の朝礼前に小柳に放課後公園に来るように伝えたのだ。

午後4時頃、立花は鞄から小柳情報単語帳を取り出して確認する。

問53、もし過去に戻れるとしたらいつ?

解答は中学校3年と書いてある。

真剣な表情で単語帳を見ながら考えていると、小柳がゆっくりと歩いて立花に近づいてきた。

「来たわね」

「ああ」

雨の影響か公園には立花が望んでいたとおりの2人きりだ。

2人の素っ気ない態度は、まるで初めて絡んだ時のような感じだった。

ベンチに座って落ち着いて話をしようと思ってが先程まで雨が降っていて濡れているため立って話すしかない。2人は向かい合った状態で無言が続く。

小柳は自分から話さないといけないと覚悟を決めたみたいに重くなっていた口をゆっくりと開く。

「ごめ…」

「ごめん!私何も知らなかったから小柳君が喜ぶと思って自分勝手に行動してしまったの!この単語帳に過去に戻るなら…」

「待ってくれ立花!これは俺が悪いんだよ。つい立花に八つ当たりしてしまったんだ。少し長くなるけど俺の言葉を最後まで聞いてほしい」

「そうなの?わかったわよ」

立花は何も言わずにずっと小柳の話を聞きながら見つめている。

「じゃあ話すけど…俺は元々今の高校に行く気なんてなかったんだ。小さい頃に父の建築関係の仕事に憧れて必死に勉強を頑張ってこの町では1番の進学校に行く予定だった。親からも周りからも期待されて判定もAだったしこれは行けると自分の中で確信してたんだ。でも…いざ受験の時に初めて感じるプレッシャーやこれまでの期待、緊張で急に頭が真っ白になって散々な結果になってしまって…結果大失敗だ。今の高校はすべり止めだし父からはもう何も期待されなくなって全てが嫌になって…。せめて学費を払ってくれてる親のためにも高校は卒業しようと決めて友達も作らずに学校では静かに生活していた。この前立花が連れてきた河村は俺が行きたかった高校に今通ってるんだ。河村を見た時にあの時の気持ちを思い出して苦しくなって関係ない立花につい当たってしまった。本当に悪かったと思ってる。ごめん…」

小柳が立花に当たってしまった理由や何故小柳が高校で空気君と陰で呼ばれているのか理解する。小柳は自分から空気君になっていたのだ。

小柳の話を聞き終えた立花は苦虫を噛み潰したような表情で小柳を見る。

「いくら謝ってもやっぱり許せないよな…」

「んー…」

「頼むから何か言ってくれないか…?ずっとその顔で見られてたらどうしたらいいのか…」

立花は鞄からスマホを取り出して写真フォルダのアルバムから1枚の写真を表示するとどうするべきか悩む。深呼吸してそのスマホを小柳に見せることにした。

「これ…」

「え…いきなり何…?これって?」

そこには太った長い髪のメガネ姿の中学生くらいの女の子が上手く笑えていない表情でぎこちないピースのポーズをした姿の写真がスマホに写っていた。

「私よ」

「は!?これが立花…?」

小柳は驚き過ぎてその場から2、3歩下がってしまう。驚くのも当然である。まるで別人だ。

「そうよ…。これは中学1年の私、ブスでしょ?もちろんいじめられてたわ。ブスだのデブメガネだの色々…学校に行くのが本当に嫌で仕方なかったの。痩せたくてもいじめられるストレスでさらに食べて。自分が弱くて情けなくて大嫌いで…。でも私が中学2年の時にパパが仕事で転勤するから引越しするって話になったの。私はこれは神様がくれたチャンスだと思ったわ。今までの私を知らないところで新しい私として生きていけるって。そこから必死に努力したのよ。ママが言ってた可愛いは作れるって言葉を信じて。頑張ったの。だから今可愛いって言われても当たり前だと思ってるわ。だって私はそう思われたくて…そう言われたくて頑張ってきたんだから!どう?これが私の過去よ。私だけ一方的に聞かされるなんて嫌だったから…」

「そうだったのか。別に俺が話したからって立花も話すこともなかったのに。…でも凄いよな、立花は。俺とは違って諦めるってことしなくてさ」

「そうよ、私の辞書には諦めるって言葉はないわ!だからこそ言わせてもらうけど、小柳君は本当にそれでいいの?1度失敗しただけで夢を諦めるわけ?悪いけど私にはその気持ちはわかってあげらないのよ…」

「そうだよな…。別に今の生活でも勉強だってやれるのにずっと逃げてた。父や周りにまた期待してもらっても裏切るのが怖くて、それなら最初から期待されなければいいなんて考えてた。俺だって本当は諦めたくない…と思う」

「じゃあ諦めなければいいじゃない。今からだってやれる事はあるはずだわ。…あー!私が今日小柳君に伝えたかった事は本当は高校デビューしてたって話じゃなかったのに!…改めてだけど今日伝えたかったことを話すわね。さっきも言ったけど、私の辞書には諦めるって言葉はないの。だから諦めたくないのよ!わかった!?」

「全ての事をだろ?わかってるし尊敬するよ」

立花は本題を伝える覚悟を決めると恥ずかしそうに小柳に顔を近づけて心臓付近に人差し指をトンと当てる。

「そ、そうよ!全てよ!全て!だからその中には…その、小柳君のことも入ってるんだからね!だから明日からまた覚悟しておくことね!私からは以上よ!」

風で揺れるブランコの音さえもかき消すように立花の声は小柳の全身に響かせる。

立花は自分の伝えたかった気持ちを伝え終わると満足したのか公園から去ろうとする。

「立花!」

小柳が呼び止めると立花は振り返る。

「ありがとう」

微笑みながら感謝する小柳に立花の告白して振られた時に締め付けていた棘が緩くなるのを感じた。

ここで初めて立花は小柳から「ありがとう」と言われる。思えば今まで何かしても「悪い」の一言だった。

「別にいいわよ!…私が昔いじめられてたとか高校デビューだってこと知ってるの小柳君だけなんだから他の人に話したら許さないわよ!」

立花は自分の表情を隠すように顔を下に向けて言うと公園から去っていった。


「ただいま」

小柳が家に帰って部屋に入ると制服を脱いでラフな部屋着に着替える。

目の前のミニテーブルの上に乗っているゲームのコントローラーを一瞬見るが、黙って学習机に向かう。

小柳は椅子に座ると学習机の1番下の奥に志望校に落ちてから隠すように直していた建築関係の本などを取り出す。

小柳の中で諦めていた心が変わり始める。


場所は変わってここは最近人気のファッションを扱っている洋服屋。

針木高校の制服を着た女子生徒が2人で洋服を選んでいた。

「これ可愛いけどサイズあるかなー?」

「いいねそれ!でもこっちも良くない?このワンポイントとかさりげなくて有り」

「そっちの方が似合うかも!とりあえず似合うと思ったもの全部試着!」

「そうだね!」

2人は試着室の前にスカートを5着持っていくと外から声を掛ける。

「色々持ってきたよめぐみん!」

試着室のカーテンを開けると恥ずかしそうに膝丈のスカートを試着した中村が出てくる。

「ねえ、ど、どうかな…?」

「可愛いー!それも似合うけどめぐみんが試着している間に私達で色々選んできたからそっちも試着してみて!」

「ごめんね付き合ってもらっちゃって…」

「いいって。私達もここのお店の洋服見たかったけど、なによりめぐみんのスカート姿は制服以外UR《ウルトラレア》だから見てみたかったんだよ!ね、エリ!」

「そうだよ!ここで決めたスカート履いて今度デートするんだよね?責任重大だけど私達に任せなさい!」

「ありがとう。じゃあ着替えてくるね」

2人が選んだスカートを受け取りカーテンを閉めると試着室に取り付けられている鏡で自分のスカート姿をじっと見つめる。

(こんな私見たらどんな反応してくれるかな…?)

中村は小柳のことを考えてはにかむ。

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