第11話 おやすみ

アゼンジャーズの感想や考察を語り尽くした2人はカフェを出て再び歩き出す。

「この後何しよっか?服見たりする?なんなら小柳君に似合う服選んであげるわよ?」

人混みが嫌なのか顔を下に向けて歩いている小柳を覗き込むように立花は話し掛ける。

「もう色々と腹いっぱいなんだけど…これは早く家に帰って休んだほうがいい気がする…」

家に帰りたい雰囲気を出す小柳の気持ちは無視して適当にブラブラすることにした。

雑貨屋を見つけると立花は小柳を無理やり連れて入っていく。色々な商品が並べて置かれてあるが一通り見ていく立花はぬいぐるみコーナーで足を止めた。

「これ見て!体がふわふわしてて目がまん丸で可愛いわよ!」

立花はくまのぬいぐるみを手に取って小柳に嬉しそうに見せつける。

「そうか?まあ立花は可愛いもの好きだしな」

「もちろんよ!でも、何で知ってるの?」

「それは立花が渡してきた自分の単語帳の好きなものに可愛いもの全てって書いてただろ」

「そうだったわ。へぇ、ちゃんと読んでくれてるのね!…決めた、これ買うわ!」

「たまたまな。そのくまのぬいぐるみそんなに欲しいのか?」

「そこまで欲しいってことはないけど…初デートの記念ってことよ!これを見たら今日のこと思い出すじゃない?特にカフェのことをね?」

立花は小柳にウインクでアイコンタクトをするが小柳は目線を外す。

「やめろ、思い出すな。あれは俺の中で黒歴史だから。あの場は仕方なかったけど、もう二度としないからな」

立花は初デート記念としてくまのぬいぐるみを購入すると外で待っていた小柳に袋に入ったくまのぬいぐるみを渡す。

「え?まあ持ってやるけど、これそんなに重いか?」

「違うわよ!小柳君にプレゼントよ。良かったわね、これで私との思い出が形になったでしょ?部屋にでも飾っておけばいいわ!」

「呪物かよ。あれ…1つしかないみたいだけど、立花は自分の分はいらないのか?」

「私はいいの。記憶力いいから」

「いや、そういう問題じゃねえだろ。…まあ、くれるなら適当に飾っておくけどな」

「もし今度家に行った時に本の下敷きなんかになってたら許さないからね!」

「わかったよ…」


それから小柳は立花に連れられて商業施設内の服屋で服を見たりフードコートで昼食を済ませたりして一緒に時間を過ごした。

午後2時半、2人は一緒に電車に乗ってそれぞれの家の最寄り駅まで帰ることにした。

隣で座っている小柳は窓から外の景色を見ながらぼーっとしていて立花は欠伸が出そうになり必死に抑える。電車の揺れが心地よくて眠気が襲ってきた。

(今日は朝早かったし何だか眠たくなって…そうだわ、最後にアイツの肩で寝たフリ作戦よ。別れる前まで意識させてやるわ。今日は手応えあったし私を好きになるのも時間の問題よね…)

立花は小柳の肩をチラ見して自分の頭がちょうど肩に乗るように姿勢を正しくして調整する。

(この角度、この位置。よし、歩美いくわ)

立花が頭を小柳の肩に乗せようとした時、小柳の体が立花に倒れ掛かるように密着すると肩に頭が乗ってくる。

相合傘作戦をした時に小柳に借りたタオルと同じ柔軟剤の香りがふんわりと立花の鼻を刺激する。

(ええ!?逆にアイツの頭が肩に乗ってきたわ!!もしかして寝たフリ…じゃないわよね。朝早かったのもあるけど、人ごみが嫌いって書いてたくらいだし…きっと休日にこんなに歩き回ったりしないから疲れたのね。私とのデートで緊張してたのもあるわ!絶対にそうよ!…そうだと少し嬉しいな。確かアイツの降りる駅は4駅先ね。仕方ないわね。ちょっとだけ貸してあげるわよ)

「おやすみ」

立花は小柳に小声で呟くとスマホを開いて届いていた園田からのメッセージを返しながら小柳の降りる駅まで過ごしていた。

寝顔を見たり寝息を聞くことを忘れていたのに気づいたのは帰宅した後のことだった。

「まもなく〇〇駅です」

小柳が降りる駅のアナウンスが流れて立花は小柳の肩を優しく揺する。

「小柳君起きなさいよ。もう着くわ」

「…ああ。そうだな」

小柳はあっさりと起きて席を立って出入口のドアの傍に立つ。

立花は1駅前が自分の家の最寄り駅だったが小柳を起こさないように乗り過ごしていた。

(肩を貸したことに関して何もないわけ!?ってか寝起き良すぎてびっくりだわ…)

電車から降りると立花は反対ホームに歩いて向かうが小柳も後ろから着いてくる。

「わざわざ見送りにきてくれたの?小柳君疲れてるみたいだし1駅先だから1人で帰れるし見送ってもらわなくても大丈夫よ」

立花は肩を貸したことに対して何も反応がなかった小柳に少しだけ腹立っていことが態度として現れる。

「まあな。でも立花が乗り過ごしたのは俺のせいだからせめて見送りでもさせてくれ」

「勘違いしないで、私はスマホに夢中で…」

「悪い立花、実は途中から起きてた」

苦笑いしながら謝る小柳に立花の胸の鼓動が早くなり体中が熱くなる。

「は…?途中から起きてた…?どういう…どの辺りで起きてたのよ…?」

「起きたのは立花の最寄り駅から電車が出発した辺りからだな。立花の肩で寝てたのは目が覚めた時に気づいたけど1駅だけ寝たフリした」

「はぁ?私はてっきり寝てると思って…起きてたらその時に言いなさいよ!何で寝たフリなんかしたかわかんないわ」

「そうだよな。色々考えてたら寝たフリしてた。でも、したかったからしてたって理由はダメか…?」

「ダメよ」

即答で返す立花の言葉に小柳は驚いて何も言い返すことは出来なかった。

立花の家の最寄り駅行きの電車が到着してドアが開くと立花はすぐに乗り込みドアの外で見送る小柳と向き合う。

「今度…いつか、ちゃんとした理由を教えなさいよ!それと…今日は楽しかったわ」

「わかったよ。こっちこそ朝早くから付き合って…いや、付き合わせられたけど、なんだかんだで俺も楽しかったよ。それじゃまた学校でな」

ドアがゆっくりと閉まって電車が静かに動き出す。

2人はお互いの姿が見えなくなるまでその場から動くことはなかった。


立花は家に着くとそのまま自分の部屋のベッドに飛び込んで足を上下にバタバタさせる。

(したかったからやったって…私のこと好きでやったって事よね!?これまでよく頑張ったわ私!まさかアイツがあんな事言うなんてびっくりしたけど。いつも求めてる反応しないのにたまに求めてる以上の反応をされると私が困るというかなんというか…とにかく今日は大成功よ!)

立花の部屋がコンコンとノックする音が聞こえる。

「おねーちゃん入っていいー?」

「いいわよ。マナどうしたの?」

「あのね。その…パパがお仕事のお土産で買ってきたイチゴのお菓子あったでしょ?あれ…美味しくておねーちゃんの分も全部食べちゃったの。ごめんなさい!」

立花の妹は立花の座っているベッドの前で正座して頭を叩かれるかもしれないと思って目を閉じて我慢している表情をする。

「マナ、私がアレを楽しみにしてたって知ってるわよね?それなのに私の分も食べた?…いいわ!むしろちゃんと謝れて偉いわよ!私の可愛い妹!よしよーし」

立花は妹に抱きついて頭を激しく撫でる。

「いつものおねーちゃんじゃない…」

妹は今の舞い上がっている立花に初めてこれが恐怖するということだと体で覚えさせられたのだった。


「ただいま」

小柳は家に着いて玄関で靴を脱いでいると1足の靴を見つける。

「おかえり卓也、映画はどうだった?」

中村が1階のリビングの方から小柳を迎えに玄関に小走りでやって来る。

「どうして恵美がいるんだ?映画は面白かったけどもう一度観に行くつもり」

「おばあちゃん家からたくさん野菜を送ってきたから卓也の家におすそ分けにね。2回観たくなるほど面白いんだ!内容気になるなあ」

「なるほどな、あの野菜新鮮で美味しいから有難いわ。まあ…そうだな。内容はネタバレ禁止だから言わないけど映画館で観た方がいいとだけは言っておく」

リビングのソファに座ると小柳は麦茶を夕飯の準備をしている母に要求するが忙しそうにしてるため自分で取りに行く。

中村は冷蔵庫に取りに行くために動く小柳の残したソファの横の袋に目がいく。

「その袋何?映画のグッズでも買ったの?」

「あ、それか。それは立花にもらったやつ」

(…そっか。歩美ちゃんと2人で観に行ったんだね。いつもは1人で映画館に行ってたのにな)

今日立花と映画デートをしたことを中村は知らなかった。いつもみたいに1人でネットなどのネタバレを恐れ朝イチで観に行っているとばかり思っていた。

袋の中身を確認したそうな素振りを見せる中村に小柳は中身のくまのぬいぐるみを渡す。

「くまのぬいぐるみ?可愛いけど卓也っぽくないね」

「だよな。どっちかというとぬいぐるみよりフィギュアって感じだろ?」

「昔はどっちも…まあそうだね、フィギュアの方が卓也っぽいかも。歩美ちゃんに今度くまのフィギュアお願いしてみたら?」

「くまのフィギュアなんて聞いたことないわ。ってか悪い。今日朝イチからだったし疲れたからちょっと寝るわ」

小柳はくまのぬいぐるみを袋に戻して自分の部屋に戻って寝ようとリビングを出て階段を上っていく。

「わかったけど、子守唄なくて大丈夫?隣で歌ってあげよっか?」

「それ小さい頃に恵美が1回やってくれたやつだろ?大丈夫だわ。そんじゃまたな」

階段を上がって自分の部屋に入っていく小柳を下から眺める中村。

「おやすみ」

子守唄のことを覚えていてくれたことに喜びを感じた中村はリビングに戻ると小柳の母が料理をしながら話しかけてくる。

「ごめんね。せっかく恵美ちゃんが来てるのに卓也ったら…」

「いいんです。私もそろそろ帰るところでしたから。また野菜の感想聞かせてくださいね!」

「もちろんよ。またいつでも来てね。お母さんには後でお礼の電話させてもらうわ」

中村は小柳の家を出ると隣の自分の家に帰っていく。玄関を上がってすぐ左の部屋が中村の部屋だった。

中村の部屋は可愛いというより兄の影響でモノトーンのインテリアで統一されていてスッキリとした印象の部屋になっている。

白のキャビネットの上には中学校のバスケ部だった頃に地区大会で優勝した小さなトロフィーや小学校の頃に中村と兄と小柳で釣りに行った時の写真が飾られている。

クローゼットを開けるとパンツばかりでスカートは制服以外には1着も持っていない。

小さい頃から兄や小柳と遊ぶことが多くて親にスカートを買ってもらっても履くことはしなかった。2人と一緒のズボンが良かった。

「歩美ちゃんはスカートばっかりなんだろうなぁ…。私、似合うかな…」

クローゼットをゆっくりと閉じてスマホで服屋のサイトを調べ始める。

少しづつ中村の中でも何かが変化していく。

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