第9話 休日の約束

5月26日、金曜日。天気は晴れのち曇り。

朝の登校時間、2年1組の教室で立花は自分の席に座り両肘を机の上に立て、両手を口元で組んで微笑んでいた。

(ふっ、ついに時が来たわ。これまでの作戦が霞んでしまうような最強の作戦を私は思いついてしまったのよ。その名も…休日デート作戦よ!)

休日デート作戦とは学校が休みの日にデートをするだけである。

前回の休日は中間テストの勉強で行動することができなかったため今回こそはと気合いが入っていた。

単語帳を調べると、小柳の趣味に映画鑑賞と書いてあったため立花は映画館デートをしようと考えている。

(アイツがどういうジャンルの映画が好きなのかにもよるわよね。もし恋愛系なら内容によっては私を意識しそうだし…もしコメディ系なら同じところで笑うとあー!笑いのツボが同じだ!つまり好き!ってなるし…もしミステリー系なら一緒にどういう展開になるか小声で話し合ったりしてドキドキして好き!ってなるし…つまり映画は最高なのよ!)

まるで映画界の回し者みたいだった。

「歩美はよー。昨日食べたフルーツタルト美味しかったよねぇ」

先に教室に来たのはいつもの3人だった。

「3人はよー。あのタルトの上に乗ってたフルーツは地元のフルーツだけを使ってるみたいだからみずみずしくて美味しかったわね」

「こだわりがある店に100%ハズレなしだ!予約してくれてありがとね楓」

「いいよぉ。まだまだ美味しい店はたくさん知ってるし増えていくからまた一緒に食べに行こうねぇ」

昨日合コンの打ち合わせと称して行ったカフェの美味しいフルーツタルトの話で盛り上がっていると小柳が教室に入ってきて自分の席に座る。

「空気君来たよ、歩美。今日は何するの?」

「今日はなんと、ついにアイツをデートに誘うわ」

「デート!?もうそこまでいってるんだ…。どんな感じなの?そろそろ告白されそうなわけ?」

「告白なんてすぐそこって感じよ。あと一歩ね。私の予定じゃデートの時にされるわ。じゃ、いってくるわね!」

立花は気持ちを切り替えて小柳の席の前の空いている席に座って後ろを振り返り話しかけようとする。

「あ、立花。おはよう…」

「え、はい、おはようございます。って何で小柳君から挨拶してるの!?」

「別にいいだろ挨拶くらい。それで、今日は何の用だ?だから寝言は言ってなかったぞ」

「その件はもういいのよ!何の用って、例の単語帳に趣味は映画鑑賞って書いてあったけど映画館に観に行ったりするの?それとも動画配信のサブスクで?」

「それか。まあ映画館に観に行くこともあるし家のテレビやスマホでも観たりするな。どっちもだ」

「ネトフレとか便利よね。実は私も結構観たりするのよ。小柳君はどういうジャンルが好きなの?」

「ジャンルか。基本は何でも観るけど、1番好きなのはアメコミだな。立花は知ってるか?」

(アメコミって…ヒーローのやつだっけ?私が全く知らないやつ!これでもし映画館でデートするならアメコミの映画になるってことよね…ダメだわ、予想外だったから何も想像ができない…。でも知らないなら知らないでこの映画館デート作戦がなしになりそうだし…ここは立花歩美の可愛い腕の見せ所、上手いこと合わせるしかないわね…!)

「アメコミね!アレ面白いわよね。1度見始めたら止まらないというか…もう最高よね!」

「知ってるのか!?意外というか、まあ最近はアメコミ女子って言葉もあるくらいだし女性人気もあるからな。じゃあ立花はマーブルとCDどっち派なんだ?」

(知らないことはバレなかったけど余計意味不明な質問がきたわ!マーブル?CD?…これはヒーローの名前?…いや、待って。まさかの引っ掛けも十分に有り得るわ。どう答えたら正解なのよ…。もしかしてこれはもう期末テストはじまってる?赤点回避しないと!)

「んー。悩むところよね…。ど、どっちもいいわね…」

立花は考えに考えた結果、当たり障りのない答えを小柳に提出する。

「だよな!それぞれに良さがあるし。立花はアゼンジャーズ観るのか?」

(私の解答は正解だったようね。これで赤点は免れたって感じだわ…)

「それならもう観たわ。最高だったわよ!」

「は…?何言ってんだ?今日から公開だけど」

(ここでまさかの引っ掛け!?いや、落ち着くのよ歩美!表情にはまだ出てないはず。これくらいならまだ取り返すことは可能よ!)

「よ、予告を観たのよ!公開日今日からなんだから当たり前じゃない!?って事は小柳君もまだ観てないし一緒に観に行くのもありよね!」

「俺は明日に観に行くから」

「明日ね!OK!私も観に行くから一緒ね!これはもう決まりだわ!」

「いや、俺は1人で…」

「2人きりでね!私と映画デートできるんだからもっと喜びなさいよ!それじゃ詳しい時間とか後で決めるから」

そう言って立花は小柳に無理やり映画デートの予定を入れ込んで自分の席へと戻っていった。


昼休み。茶道室には小柳と立花と長谷川が円を描くように座って食事をしていた。

小柳はコンビニで買った惣菜パン、立花は栄養バランスがしっかりした弁当、長谷川は色々なおかずが入ったカロリー高そうな大きな弁当。

「うん、当たり前にいるな」

「だって明日の時間決めなきゃいけないし、今は部活中じゃないんだから私がここに居たっていいはずよ!…あ、香織ちゃんの弁当美味しそうだわ!」

「本当ですか?立花さんにお褒めの言葉をいただき光栄です。よろしければお1つどうぞ」

「いいの!?じゃあ、これもらうわね…美味しい!」

「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」

「これもしかして香織ちゃんが作ったの!?プロ並みよ!まあプロのことよく知らないけど」

「ふふっ、正確には母と2人で、ですね。女性は台所に立つものという家の教えで…ですが早めの花嫁修業とでも考えると苦ではないですし好きなものでお弁当を構成できるので楽しいですよ」

「なんだか香織ちゃん家古臭い考えでめんどくさそうね…私ならとっくに家出してる自信あるわよ」

「そうですか。これが私の家では普通だったもので他のご家庭のルールがわからないのです。立花さんはご自分でお弁当などは作られないのでしょうか?」

「料理は家庭の授業でしかやったことないわね…ってか、前から思ったけど香織ちゃんかたいわ!もっとフレンドリーに絡んで欲しい!」

「そうは言われましてもお2人は私にとって学校の先輩ですから…」

「そうよね小柳君?」

「俺?…まあそうだな。いくら俺たちが先輩でももう少し雑に絡んでほしいな。俺とは1ヶ月以上も一緒にいるわけだし。多少は距離は感じる」

先に食事を終えた小柳は2人を背中越しにスマホを触りながら答える。

「1ヶ月以上…雑に絡むとはどういった意味か…」

「私みたいに絡めばいいのよ!」

「いや待て、立花は参考にするな。あれは立花だから成立してるだけで…成立してるのか?…とにかく長谷川が普段友達と絡んでる感じに少し敬語を付けるくらいでいいよ」

「それでいいのでしょうか?だいぶ失礼にあたるかと思いますが…」

「私たちは大歓迎よ!」

「はい、では…あ。…じゃあ、そうしますね」

「良くなってきたわ!それとあと1つ!私をさん付けじゃなくて先輩呼びして欲しい!これは先輩命令よ!」

「はい、わかりました。立花先輩。これでいいですか?」

「生まれて初めて先輩呼びされたわ…こ、これがずっと憧れてた先輩呼びね!…凄くいいわね。香織ちゃん最高よ!」

立花は嬉しそうに長谷川からの先輩呼びを噛み締める。

その後も2人は食事をしながら楽しそうに会話をして小柳はそれをなんとなく聞きながらスマホを触っていた。

結局昼休みに立花は小柳とデートの話をする事はなかった。


中間テストの結果が続々と返ってくる。

立花は2日間時間を割いて勉強したが、小柳よりも良い点は取れなかった。クラスの平均点にギリギリ届かない結果となった。

でも以前よりは点数が比べものにならないくらい上がっているため満足はしていた。

放課後、立花は小柳に一緒に帰ろうと誘うが部活のため1人で下校することになる。

明日の映画デートの待ち合わせ時間はメッセージで聞くことにして、いつもの3人と校門で別れて1人で明日の予定を考えていた。

「立花さん!」

(もしかしてこの声は…)

振り返ると左足にギブスをして松葉杖で体を支えながら近づいてくる宮崎がいた。

「骨折してるじゃないのよ!大丈夫なの!?」

慌てて立花は自分から近づく。

「驚かせてしまったかな?サプライズ!この足は車に軽くぶつけられてご覧の通りさ!ついに車にもモテてしまったよ!ああ!罪深き僕!」

きっとこの冗談で宮崎はクラスメイトや友達を笑わせたに違いないと思わせるくらいの慣れた様子でボケてきた。

「それで骨折って…ついてなかったわね。その状態で歩いて家まで帰られるの?親が迎えに来るわけ?」

華麗に宮崎の冗談を聞き流す。というよりも立花は宮崎がボケたことすらも気づかずに心配になっていた。

「まさかのスルーとは…流石だよ立花さん!実はお母様が迎えに来るまでここで待ってるのさ!」

「なるほどね…だったらアンタのお母さんが迎えに来るまで話し相手にでもなってあげるわよ」

「どうして急に優しくするんだい?また惚れてしまうじゃないか!」

「惚れなくていいわ。私だって別に優しくするつもりじゃないけど1人でじっと待ってるのって辛くない?だからよ」

「幾度となく振った相手にその態度…これだから僕は立花さんが好きなんだ!」

周りの下校している生徒など気にすることなく宮崎は両手を広げて天高く大声で叫ぶ。

「なによそれ。ほら、松葉杖落ちたじゃないのよ」

立花はすかさず床に落ちた松葉杖を拾って宮崎に渡す。

「ありがとう!立花さんは誰に対しても等しく愛を与えてくれる女神さ!」

「女神呼びはやめてって前に言ったはずよ。それによく平気でそんなことが言えるわね…」

「違うよ!僕が言ってるのは本物の女神さ!だからこそ僕は君の特別な存在になって一定を越えた愛が欲しいのさ!」

恥ずかしげもなく真っ直ぐな気持ちを伝える宮崎に圧倒される立花は顔を下げて思い詰めてしまう。

「残念だけど私はアンタの思ってるような人じゃないわ…。本当はこれ以上嫌われたくないだけ」

「これ以上?何を言っているのさ!立花さんはずっと皆に好かれているじゃないか!僕の周りでも良い噂と事実しか聞かないのに!」

「それは今の私しか知らないからよ…」

プップー!校門近くに停車したボロボロの軽トラックからクラクションが鳴る。

運転席には農作業をやってる感じの作業着を身にまとった女性がこちらに手を振る。

「どうやらお母様が迎えに来たみたいだ!」

「え、あれがアンタの家の車なの!?見た目や態度だとてっきりリムジンで迎えに来るかと思ってたわ!」

「宮崎家は代々米農家を営んでいるからね!まあ僕にとってはあれが立派なリムジンなのさ!」

「意外すぎてびっくりよ。何を話そうか忘れてしまったわ」

「ではその話はまた今度しよう。立花さんを送りたいのは山々だが、このリムジンは狭いから残念だよ!気をつけて帰るように!では夢の中で、さらば!」

そう言って宮崎は軽トラックに乗って帰っていった。

(アイツの事が苦手な理由がわかったわ。私に少し似てる。ほんの少し。0.1ミリくらい。だからあの時ついボロがでてしまったのね…)

ポン。立花のスマホにメッセージが届く。

小柳からのメッセージだった。

(そうだわ、明日は休日デート作戦を実行するんだし気持ち切り替えないと!それで何時から…)

『映画の件だけど、8時上映のやつを観るから』

「はやっ!!」

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