第7話 通話
土曜日、日曜日と立花は中間テストに向けて頭から蒸気を出しながら勉強をしていた。
40点以下で赤点だが、今回からは余裕をもって回避するために必死だった。
その理由は小柳にある。赤点をとる事で補習や補講を受ける時間がもったいないことに気づく。その時間は小柳が立花を好きにさせるための時間に使いたいと考えていた。
「別に一夜漬けでも良かったけど…どうせならアイツより良い点数とって知的アピールでもしてあげるわよ。完璧な私を好きになるがいいわ!」
ヒーリング効果のある音楽をBGMに勉強を続けるが長続きはしない。
手の届くところに置いてある小柳情報単語帳を開いてしまう。
「えっと、好きな色…は青だったわよね。…よし正解。趣味…えっと…あ、映画鑑賞!…正解!って、今はテスト勉強に集中しないと!」
興味あることには記憶力が働く立花には元々苦手な学校での勉強は厳しかった。
5月24日水曜日。天気は晴れ。
中間テストが終わり学校は午前中に終わるため早めの放課後を迎える。
立花は中間テストに全く手応えを感じていなかった。席に着いたままボーッとしている。
(ちゃんと勉強したはずなのに…空白の欄が多かったのは引っ掛け問題だったからよ…)
「歩美、この後どっか行く?せっかく学校が午前中に終わるんだし気になってるカフェ行って中間テストお疲れ様会しようよ」
園田が隣の席の抜け殻化した立花に話しかける。
「それもいいわね…あ、そうよ!小柳君に作戦を実行しないと!悪いけど私はパスするわ」
「また?空気君に夢中になるのもいいけど今週の日曜は合コンあるの忘れないでよねぇ」
「もちろんよ!この立花歩美に任せなさい」
「期待してるからねぇ。じゃあ3人でパーッと行きますか。歩美またね」
3人と教室で別れた立花は小柳の席を見るが既に教室には居ない。
靴箱で小柳の靴を確認するとまだ帰ってない事がわかる。ということは…
「ここね!」
茶道室を開けると小柳と長谷川が楽しそうに会話をしていた。
「あら、立花さん。こんにちは」
「香織ちゃんこんにちは。いくら茶道室が好きだからって小柳君居たら茶道同好会の迷惑じゃない!ほら、帰るわよ」
「茶道同好会ではなく茶道部です!あ、でしゃばってしまい申し訳ないです…。でも小柳先輩はここの部員さんですから」
「茶道部だったわね。だか…え、そうなの!?」
「ああ、俺は茶道部だ」
長谷川と小柳は茶道部と言い張る茶道同好会の2人しかいない同好会メンバーである。
知らなかった立花は恥ずかしくなり茶道室の窓から見える外の景色を見て誤魔化す。
「今日は晴れてて良い茶道日和ね…こんな日は1杯茶道して落ち着きたいところよね…」
「嘘つけ、茶道のこと何も知らないだろ」
「そうよね?香織ちゃん」
「そこで私でしょうか!?そ、そうですね。天気が悪い方よりは天気が良い方が気分の持ちようも多少変化はしますよね…」
「ほら」
「はいはい。長谷川も無理に立花の話にのらなくていいからな」
長谷川は笑みを浮かべて小柳に軽く頭を下げる。
「立花さん、そこで立っているのもなんですから良ければ座敷にお上がりになりませんか?」
「ありがとう香織ちゃん!せっかく来てあげたんだしそうさせてもらうわね」
立花は長谷川に導かれ茶室に上がって2人が横並びに座っている対面に座った。
「それで立花は何の用だ?」
(今回の作戦は前にクラスメイトが話してた寝落ち通話でドキドキ作戦よ!そのためには連絡先交換をする必要があるわね。まずは軽くジャブっと…)
「用ってのはあれよ。小柳君は普段通話とかしたりするの?」
「通話したり?…ん、まあ通話でする時もあるな」
(「で」!?それって寝落ち通話のことじゃないの!?誰かと寝落ち通話してるってこと!?)
「ま、まあ普通にするわよね!私だって毎晩やってて繋いでないと不安になるくらいよ!でもどうせ同性とでしょ?」
「そうなのか。同性ってか男性もあるし女性もある」
(女性と!?もしかして恵美ちゃん?でも共通の友達だから名前が出ないって事は恵美ちゃんじゃなくて私の知らないところで私の知らない人と寝落ち通話してるってことよね!?なによそれ!)
「はぁ!?私ともしなさいよ!」
立花は考えている事の続きをそのまま言葉して小柳にぶつけてしまった。
「別にいいけど。今日の夜でいいか?」
小柳はあっさりと承諾する。
「え、怖い!何?まだ風邪治ってないの?」
「とっくに治ってるっての。どうすんの?やらないならやらないで俺は別にいいけど」
「やるわ!やってあげるわよ!…これ、私のID。有難く登録しなさい!」
「なんで上からなんだよ。…これな。はい、登録した。これでいいか?」
立花はスマホを取り出して小柳と簡単に連絡先交換をした。
「じゃあ今日の夜やってあげるから…先に寝たりなんかしたら許さないから!1コール目で出なさいよ!」
そう言って立花は茶道室から出ていった。
「嵐のような方でしたね。それにしても、まさか小柳先輩が異性の方と通話をされていると聞いて驚きました」
「意外か?そういや面白い話があるんだが、前に彼氏持ちの女性とやってた時にその彼氏が帰ってきてバレたことがあって…その彼氏ともやることになって今ではその彼氏とよくやってるという。話が合うんだよこれが」
「1歩間違えると修羅場となりそうなお話ですね。よく相手方の彼氏さんと打ち解けましたね」
「でも通話しながら1位になった時なんて喜びを分かち合えた気がして嬉しいんだよ。相手も実力近いから足の引っ張り合いすることないし」
「1位?…それってどういう意味ですか?」
「ん?ゲームだよ。FPSのバトロワ形式のシューティングゲーム。長谷川はやったことないのか?」
「私はテレビゲーム自体したことはありませんけど、それって…立花さんはその事理解しているのでしょうか?」
「わかっててやりたいって言ったんじゃないか?そうだ、後で立花にブレステ(ブレイブステーション)のアカウント教えてもらわないとな」
「それなら良いですけど」
「そういや長谷川とも連絡先交換してなかったな。これ俺のIDだから登録しといてくれ」
「え、私も登録していいのですか?ゲームはできませんけど…」
「いや、ゲーム関係なく同じ部員だからな。俺もこの部活入った時に先輩と交換してたし。まあ連絡した事は1度もないけどな。長谷川は何かあった時はいつでも連絡してきていいから」
「そうなのですね。私が入部した時には小柳先輩の1名だけだったので知りませんでした。ありがとうございます!では登録させていただきますね」
こうして長谷川も小柳の連絡先を手に入れた。
その日の夕方、立花は自分の部屋で出産を分娩室前で待つ旦那くらいそわそわしていた。
「寝落ち通話って何話せばいいの…。いつ寝るの?いや、寝ないで通話するの?この単語帳があるからこれを使って話せばいいわよね…」
小声でボソボソ呟く立花に1通のメッセージがスマホに届く。
立花は小柳からのメッセージだと通知で気づくと急いで内容を確認する。
『ブレステのアカウント教えて』
「ブレステ?…確かパパがブレステ持ってたから聞けばわかるけど…でも何で?」
立花は小柳と寝落ち通話をする気でいるが、小柳は立花と通話しながらFPSゲームをする気だった。
立花はすぐに仕事中の父に電話をしてアカウントを聞いてみるが、自分のアカウントを作ったらいいとのことでスマホで調べながら自分のアカウントを作ることにした。
(これで一応アカウントは作れたみたいだけどこれが寝落ち通話と何の関係あるわけ?とりあえず送ってみるわ)
『アカウント名は〇△□×よ』
『わかった。開始は20時くらいでいいか?』
「早!寝落ち通話って寝る前くらいの時間からするんじゃないの?20時からって…小柳君って随分寝るの早いのね。…違うわ。私とそんなに話したいってことじゃない!あんなに学校では冷めた感じだしてるのにツンデレなんだから。その気になってるなら私は止めないわよ」
『いいわ。20時に待ってるから。寝るだけの状態にしてなさいよ』
『じゃあ20時にまた連絡するわ』
一通りのやり取りを終えて立花はふと気づく。
「ブレステのアカウント教えたのは何だったの?」
20時から一緒にゲームをすることは知らないまま立花は夕食や風呂などを済ませてベッドの上で横になってスマホを扱っていた。
(あと5分か…。23、24、25…少しだけ緊張してきたわ。でもアイツはもっとしてるはず。だって私と寝落ち通話できるんだから…。そうよ。してて欲しいわ…)
眠そうな立花のスマホに着信があってその音で目が覚める。スマホを画面を見ると小柳からの着信だった。
「も、もしもし…こんばんは。学校の時以外で話すって何か不思議な感じよね!声だけって…今日ね…」
「それより立花どこいる?」
「それよりって話し遮らないでよ。どこって家に決まってるじゃない。自分の部屋に1人よ?小柳君もでしょ?」
「いや、そうじゃなくてフレンド申請と部屋招待送ってるけど反応ないから」
「は…?なによそれ…?」
「だから一緒にゲームするならフレンドになって同じ部屋で通話しないとやりにくいだろ?」
「ちょっと待ちなさいよ。なんで小柳君と一緒にゲームするのよ」
「は?立花が通話しながらゲームしたいって誘ってきたんだろ?」
立花は今日茶道室での会話を振り返る。
「まさか…通話ってゲーム内での通話のこと…」
「まあ通話というよりボイチャだけどな。この前立花が家に来た時に俺がやってたゲームを一緒にやりたいんだろ?」
勘違い発覚。簡単に連絡先交換できたことに疑問があった立花に解決の時が訪れた。
(はぁ…おかしいと思ったわ。いや、でもこれは通話は通話よね?これで寝落ちさせたら寝落ち通話じゃない!まだなんとかなるわ!)
立花は最初からゲームしながら寝落ち通話をしていたと思い込ませることにした。
「今ブレステ起動したわ。あ、この通知にきてるのが小柳君のアカウントね。フレンド追加承認っと。それでどうしたらいいの?」
「俺が部屋作ったからそこに入るとブレステ内で通話できるから」
そう言って小柳はスマホでの通話を切る。
立花は言われるがままに部屋に入るとポコン!と大きな音が部屋中に響く。
「立花?聞こえてるか?返事ないけどどうなんだ?」
立花のテレビから小柳の声が部屋中に流れて立花は慌ててリモコンでボリュームを下げる。
「ちょ!ちょっと小柳君!声が大きいわ!って聞こえてる?ねえ?」
小柳からの一方的な声掛けに不安を感じた立花はすぐにスマホで通話をかける。
「どうしたらいいのよ!テレビから声が聞こえてくるわ!」
「立花はヘッドセットとか持ってないのか?ないならマイク付きのイヤホンとか」
「マイク付きのイヤホンならあるわ。それをテレビに接続したらいいの?」
「やっぱりやったことないんだな。コントローラーにイヤホンジャックあるから挿してみ」
立花が勉強机の引き出しから最近は使ってなかったマイク付きイヤホンを取り出してコントローラーのイヤホンジャックに挿してみる。
「あ、テレビから音が消えたわ!…イヤホンから聞こえるけど私の声は聞こえてるの?」
「ちゃんと聞こえてる。これでいけるから」
2人はスマホでの通話を切ってようやくブレステ内で通話を始めた。
「それで立花はゲームダウンロードした?」
「ダウンロード?すぐやれるんじゃないの?」
小柳は軽くため息をつくと立花に1から細かく教えてダウンロードから訓練所での練習までを1時間かけて終わらせた。
「ごめん。私のせいで迷惑かけてるわ…元はと言えば私がしたかったのは…」
「ん?他のゲームか?」
「違うわよ!そもそもゲームする気なんて…」
「別に謝らなくていいから」
「じゃあもう謝らないわ!さっさとやるわよ!目指せ1位!」
「切り替え早いな。はいはい、お供しますよ」
このシューティングゲームは2人1チームの30チームから1位を目指すゲームだ。
時間が経つとマップ内の安全地帯が狭くなっていき、敵を倒しながら残った最後の1チームが優勝する。
最初はゲーム内での用語も行動もわからない立花はこのゲームが面白いとは全く感じていなかったが、何度も遊んでいくうちに止まらなくなっていた。
負けず嫌いの立花の心に火が灯る。
「5位…惜しいかったわ…次こそは…」
「今のはショットガンだったら敵やれてたな。立花、まだやるか?」
時計を見ると0時を越えていた。
立花にとって0時越えは睡魔が襲ってくる時間だ。
普段は夜更かしは美容の敵という言葉を信じてどんなに遅くても1時には就寝する。
だが、今回は中間テストの勉強を2日連続夜中までやっていたため眠気の限界は近かった。
「もちろんよ…1位とるまでやるわよ…」
「大丈夫か?無理すんなよ」
ゲームを始めて4時間以上経ってようやくチャンスが訪れる。
残り3チームになり2チームそれぞれ1人しかいない。このまま負けたとしても3位だ。
「そこ敵いるからここで待機な」
「あー…うん…へへっ…」
立花の様子がおかしいと気づかない小柳。
少しづつマップ内の安全地帯が狭くなっていく。
1チームが1人で仕掛けてくるがもう1チームの1人と撃ち合いになる。
「立花、これ1位あるぞ。相手チーム同士がやり合ってるから今いける!」
小柳は飛び出して敵チームの撃ち合いに参加する。が、1人は倒せたものの1人と撃ち合ってやられてしまった。
「悪い立花!敵の体力ミリだから1発当てたら優勝いける!…あれ、立花?おい?」
「すぅ…すぅ…」
小柳のヘッドセットから立花の寝息が聞こえてくる。立花は限界を迎えて眠ってしまった。
立花のゲームキャラは隠れたまま動かない。
(終わった…。まあ仕方ないか)
小柳はヘッドセットから流れてくる立花の寝息を聞きながら諦めていると敵は安全地帯からギリギリ外れてしまい体力を削られて自滅。残った立花が優勝する。
あまりの展開に小柳は腹を押さえながら笑ってしまう。
「なんだよこれ!せっかく1位とれたのに立花が寝落ちしてるって…さすがだわ!あー、腹痛い」
立花と絡み始めて初めて小柳が爆笑した。
だが、立花はその爆笑を知ることもなく耳から外れていたイヤホンの横で幸せそうに眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます