第5話 サプライズ

5月18日木曜日。天気は曇り。

立花は有名ブランドのショッパーに昨日小柳から借りたタオルを入れて学校に登校していた。

昨日の相合傘作戦は実行できたが小柳には響いてないことを感じた立花は自分の席に着くなり次の作戦のアイデアをスマホで調べる。

好きな人としたい事。

そのwebサイトをお気に入り登録していた立花は指でスクロールしながら上から目を通す。

「ねえねえ、もしかして昨日もやったの?寝不足なの顔に出ちゃってるよ?」

立花がスマホを触っていると前の席で楽しそうに話しているクラスメイトの女子2人の会話が聞こえてくる。

「まあね。黒木君が暇だから話そうって。結局夜中まで話して寝落ち通話しちゃったよ!」

「お熱いねー。付き合うのも時間の問題だ。いいなぁ、私も好きな人と寝落ち通話やってみたいな」

「ホント寝落ち通話いいよ、おすすめ。深夜に2人だけの特別な時間って感じで普通の会話なのにドキドキしてヤバい。しかも好きな人の寝息なんて…」

(これよ!寝落ち通話作戦だわ!)

こうして立花の次の作戦が決まる。

そうと決まればまずは連絡先交換が必要だ。

小柳が教室に来るのを待った。

いつもの3人が先に教室に着いて昨日相合傘作戦を実行した事を話すと展開が早すぎて驚いていた。

「嘘の告白してまだ2日だよね?それまで空気君のこと一切知らなかったのにもう相合傘って。マジで歩美の行動力ってどうなってんの」

「でもアイツなかなかの強敵なのよ。私と相合傘してるのに堂々としてて意識すらしなくて無反応よ無反応!おかしくない?」

「無反応はおかしいね。私なら異性と相合傘ってだけで意識しちゃうけど…」

「それは美咲だけだよぉ!異性でも生理的に無理な奴だったら反応しないよねぇ」

「生理的に無理ね!そりゃそうよ!…ってあれ?アイツは私に反応無かったけど…」

「違う違う!そもそも生理的に無理な奴とは相合傘なんてしないって話だから!空気君は相合傘してる時点で生理的に無理じゃないって事だし何かしら反応してるって。だって相手はあの学校のマドンナ歩美だよ?」

必死にフォローする3人に立花の機嫌はすぐに良くなり笑顔を見せる。

「そうよね!こんなに可愛い私と相合傘してるのに反応ないのはおかしいわよね!良かった、楓たちに話してスッキリしたわ」

「そうそう。それで1つ思ったけど歩美はなんでそこまでできるの?」

佳奈が純粋な質問を立花に投げかける。

元はといえば3人が罰ゲームで決めた告白相手でいくら振られた事が悔しくてもここまで行動する歩美の気持ちが理解できなかった。

「なんでって…。もちろん仕返ししたいってのが1番だけど、今凄く楽しいのよ!アイツをどうやって好きにさせようか作戦考えたり予想外の行動されたり…」

「楽しいって。もしかしてそれさ、歩美は空気君のこと好きってことじゃないの…?」

告白をして相手のことを知りたくなって相合傘をして。立花も無反応ではいられないと園田は思った。

「ないわ!」

即答する立花に3人は笑いだす。

「そうだよね!歩美と空気君じゃ釣り合わないもん!白馬に乗った王子様くらいじゃないと」

「当たり前よ!ったく、アイツはいつ来るのよ」

それから小柳が来るのを待ったがその日学校に来ることはなかった。


放課後、いつも通りに3人と校門前で別れる。

カラオケに誘われたが立花はやんわりと断って早歩きでとある目的地へと向かう。

(昨日別れ際に風邪引かないようにって言ったのに風邪引いて休むなんてアイツはなにやってんのよ!わざわざタオル洗濯して乾燥してふわふわに仕上げてやったってのに!)

担任のおじいちゃん先生に小柳の欠席理由を聞くと風邪引いて休むと小柳の母から連絡があったとのことだった。

昨日2人で一緒に下校した道を早歩きで通って目的地へ着く。小柳の自宅だった。

(このタオルを早く返したかったのはそうだけど…せっかくだからここは私がお見舞いに来てあげるサプライズ作戦よ!これは嬉しいはずだわ!部屋で2人きり…うん、完全に私を好きになるわね!)

昨日小柳の自宅の住所を知った立花だからこそできる作戦だった。

ドアまでの軽い段差を上ってインターホンを押して呼び出す前に深呼吸をする。気合いは十分だ。

「よし」

急遽のサプライズ作戦実行。

インターホンを人差し指で押すと家の中から聴いたことあるようなメロディが流れ出す。

「はーい!今行きますー!」

女性の声が遠くから微かに聞こえる。

(この声は…アイツのお母さん!?まさかお母さんが出てくるとは思ってなかったわ…でも家族なんだから居ても当然のことよね。でもどうしよう…昨日は会わなかったから初対面だしまずは軽く挨拶してから…次は…)

ガチャ。ドアがゆっくりと開く。

「あの、初めまして小柳のお母さ…」

「あ。歩美ちゃん…」

「え…」

小柳の家から顔を出したのは中村だった。

「恵美ちゃん?なんで?あれ?…ごめん!小柳君の家に来たつもりだったけどどうやら歩美ちゃんの家だったみたい!近所だもんね!間違えたわ!」

動揺して慌てて家のドアを閉めようとする立花を中村は笑いながら止める。

「相変わらず面白いね歩美ちゃん!確かに私の家はお隣さんだけどここは卓也の家であってるよ。とりあえず上がって、卓也なら2階の自分の部屋にいるから」

「そうなの…?お隣さんなのね。それじゃあおじゃまするわ」

出鼻をくじかれた…もぎ取られた気分だった。

立花は家に上がり玄関で靴を脱ぐと中村の後ろを着いていく。

身長も中村の方が高いからなのか背中を大きく感じながらも髪留めのシュシュに目がいく。

「恵美ちゃんのそのシュシュ可愛いわね」

「ホントに?ありがと。これ私のお気に入りだから歩美ちゃんに褒めてもらえるなんて嬉しいな。歩美ちゃんは髪留めとか使わないの?」

「私は基本ロングにしないしサイドにボリュームだすくらいね。髪留めは別に必要ないわ」

「そうなんだ。歩美ちゃんだったらロングも似合いそうだけどね。あ、卓也の部屋ここだよ」

階段を登ると見える3つ部屋があるうちの1番左側の1部屋が小柳の部屋だった。

中村はノックもせずにドアを開ける。

「恵美、宅急便だっ…立花!?」

立花の視線の先にはミニテーブルの前に座ってヘッドセットをして元気そうにゲームをしている小柳がいた。

(仮病じゃないのよ!!)

中村はいつもこの部屋に来ているような慣れた感じで勉強机の上に置いていた漫画を手に取って椅子に座って読み始める。

小柳の部屋は漫画やゲームが多くて収納する棚には収まりきらずに色々な所に重ねて置いてあった。

部屋の真ん中にミニテーブル、それを囲むように棚、ベッド、テレビ、ゲーム機、勉強机のシンプルな家具配置。

部屋には知らない海外バンドのロックなポスターが貼ってある。

「卓也、この漫画の続きってあるの?」

「それだったらこっちにあったはず…」

小柳は棚の隣に積み重なっている漫画からジェンガみたいに綺麗に抜いて中村に渡す。

「ありがとう。これ面白いね。展開が全く読めないから惹き付けられるよ」

「だろ?この巻からもっと面白くなるから」

2人の会話を立花は1人ドアの前で聞いていた。

(何よこの逆サプライズ!元気だし恵美ちゃんいるし私取り残されてるし!病人だったか知らないけど私にだって少しは気を遣いなさいよ!)

「そうだ。立花は何しに来たんだ?」

どうしていいかわからずその場で立ち続けていた立花に小柳は思い出したかのように聞いた。

「はぁ!?どう見てもお見舞いに来てあげたに決まってるでしょ!」

「お見舞いって…ただ風邪引いただけだから」

「風邪でお見舞い行っちゃダメとか聞いたことないわよ!だいたい辛くて寝込んでるかと思ってたのに楽しそうにゲームなんかして…元気じゃないの!心配して損したわ!」

「歩美ちゃん、卓也は午前中は本当に辛かったみたいだけど薬と睡眠で今は大丈夫みたいだから嘘ついてるわけじゃないんだよ」

中村は立花の小柳に対しての熱を冷まそうと漫画を閉じてフォローする。

「恵美ちゃんには聞いてないわ!小柳君に話してるんだから」

「ご、ごめん!」

怒鳴る立花にすかさず中村は漫画を読み始める。

だが漫画の内容は一切頭に入ってこない。2人の会話が気になってそれどころではなかった。

「確かにそうだな。心配かけたみたいで悪い」

「心配なんて1ミリもしてないわよ!」

(えー!?歩美ちゃんさっき自分で心配して損したって言ってたよ!)

立花の発言は頭で考えて出てくるものではなく、思ったことがそのまま出てくるもので熱くなっている時は特に自分で何を発言していたかなんて覚えてないこともある。

「まあ落ち着いてくれ。明日からはまた普通に学校に行くから」

「はあ?十分落ち着いてるわよ。あとこれ」

立花はショッパーから借りていたバスタオルを取り出して小柳に渡す。

「昨日貸したやつか」

「安心して、ちゃんと洗濯してあるから」

立花に貸した時よりもバスタオルがふわふわになって返ってきたため小柳は軽く触りながら驚いていた。

「別に洗濯しなくてもいいのに」

「貸してもらったんだから当然よ!まさかだけど私の使ったバスタオルが欲しくて貸したんじゃないわよね?」

「なんだよそれ。ねえよ」

「ただいまー」

小柳の母が近所のスーパーで買い物から帰ってきて玄関から2階の小柳に向けて声を掛ける。

「あ!私卓也ママと話すことがあったんだ。ちょっと行ってくるね!」

そう言って中村は部屋から早々と出ていった。

小柳の部屋には2人きりで、小柳と中村が楽しそうに話していて1人取り残された時に考えていた作戦を立花はここで仕掛けようとする。

その名も熱を測る時に手でデコに触れる作戦だ。

偶然にも小柳の髪型はヘッドセットをしていたせいか前髪が上がっていて触れやすい状況だ。

(弱ってる時にやればより効果的だと思ったけどまさかの元気!仕方ない…今度は私から触れてあげるわよ!嬉しすぎて気絶して病院に運ばれても知らないから)

「小柳君は本当に大丈夫なの?まだ少し顔が赤いみたいだし熱あるんじゃない?」

「今は大丈夫。熱も下がったから」

「ホントに?」

立花は熱を測ろうと小柳の近くに寄ってデコに触れようと手を伸ばすが体を引いて避けられてしまう。

「近づくなよ」

小柳に出会って初めて拒絶された気がした立花は苦笑いをしてすぐにその場から離れてしまう。

嘘の告白をして振られた時とは違う気持ちが立花を襲った。いや、それ以上の恐怖だ。

自分の中で蓋をしていた物が一瞬顔を出した。

立花の悲しそうな表情を見た小柳は思っている以上の反応をしたため焦りだす。

「違うんだ!立花に風邪をうつしたら悪いから言ったのであって…別にそんな変な意味では…」

「そ、そう。だ、だと思ったわ…!でも…恵美ちゃんは近づいてたけど?」

立花は口を尖らせる。

「恵美は兄妹みたいなもんだし。アイツにはうつしても別に大丈夫だからな。アイツは風邪引いてるところ見たことないし」

小柳の一言に徐々に笑顔を取り戻した立花は小柳に近づいて微笑む。

「なによそれ。私にだって…その、風邪…うつしてもいいのよ?」

「え…」

「だって私が無理やり一緒に帰ろうと付き合わせた結果風邪引いたわけだし…。これでも悪いと思ってるのよ。だから、痛み分けってことで」

「いや、いいわ」

「何よ!せっかく私が気を遣ってやってんのに!…でもその雑な感じ、いつもの小柳君みたいだし元気になって良かったわ。安心したし帰るわね」

「別に立花を雑に扱ってるつもりはないけど…まあ俺みたいな奴に気を遣わなくていいから。…あ、そうだ、ちょっと待ってくれ」

小柳は立ち上がって勉強机の横に掛けている通学鞄から単語帳を取り出す。

「これ…一応書いたから。提出期限間に合ったわ」

小柳は立花の顔を見ずに単語帳を渡すと受け取った立花は顔を下に向ける。

(ホントに…ホントに書いてくれたのね。やるじゃないの)

きっと今の立花の表情を小柳に見せたら驚くかもしれない。

絶対に書いてくれるはずないとどこかで感じていた立花は顔を真っ赤にして全力で嬉しがる。

立花は表情を隠すように後ろを向いて自分の通学鞄を持つとドアに近づいて小柳の部屋から出ていこうとする。

「それじゃ…私帰るから」

「おう。気をつけて」

「また明日ね小柳君!」

振り向く立花に小柳は何も言えない。

まだ頬が少し赤く染まっていて嬉しそうに笑う立花を見て小柳は少しだけ嬉しくなっていた。


その日の夜。

夜ご飯を小柳と小柳の母は食卓で食べていた。

小柳の父は仕事で遅くなっているため2人でテレビをBGMに話していた。毎晩こうだった。

「病み上がりなんだからしっかり噛んで食べなさいよ。それにしても食欲も戻ったみたいだし良かったわ。また明日から学校行けそうね」

「まあね。そういや恵美と何の話したの?」

「恵美ちゃんと?別に話してないけど…」

ご飯を食べていた小柳の箸が止まる。

「え…?恵美が母さんと話すことがあるとか言って夕方母さんが帰ってきた時に部屋を出ていってたけど」

「あら、そうなの?私が帰ってきた時に靴があったから恵美ちゃんが来てたのは薄々知ってたけど、今日は1度も会ってないわよ。話すことって何だったのかしら」

「そうなのか…なにか急に用事ができたのかもな。どうせ隣に住んでることだし明日にでもまた来るとは思うけど」

小柳は中村があの時何故部屋から出ていったのかを知るのはもう少し先のことだった。

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